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高校生編side蓮 

38.何でも

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「良く寝てるけど、目が覚めた時が心配だね。」

深刻な表情の憲人さんの言葉に頷く。

眠ってしまった晴をバイクに乗せる事はできなくて、車で憲人さんに来てもらった。

晴を部屋のベッドに寝かせた俺達は、リビングで向かい合って話しをしている。

「憲人さんごめん…俺がもっと早く行ってれば…」

「何言ってるの、蓮君が駆け付けてくれなかったら……本当に感謝してもしきれないよ。」

最悪の未来を予想したのか、ブルリと身を震わせながらも憲人さんは俯く俺の手をしっかり握る。

「晴を助けてくれて本当に有難う。」

いや、違う。

俺は守ってやれなかった。

だから晴はあんなに怯えてーー。


ドタタッ


ふいに聞こえてきた音に、俺達はハッと顔を上げた。

リビングのドアを隔てた先にある階段からの物音はきっとーー。

「晴?大丈夫⁉︎」

「晴、落ちのか⁉︎」

慌てて駆け付けると、階段下で晴が座り込んでいる。

痛がる様子は無いが、晴の手が俺を求めるように伸びて来た。

迷いなくその手を取って身体を寄せると、緊張した様子だった晴から力が抜ける。

「憲人さん、やっぱ警察は明日以降にしよう。」

俺の言葉に憲人さんが頷く。

晴が寝ている間に伝手で警察に動いて貰ったが、やはり犯人の特徴が分からないと捕まえる事は難しい。

思い出させるのは酷だが、野放しだと晴の恐怖心は薄れないだろう。

そう結論に至った俺達だったが…やはり暫く様子を見た方が良さそうだ。

「俺大丈夫だよ?明日英語の小テストだから行かないと。」

そんな風に考えていたから、晴の声がいつも通りな事に驚いた。

思わず憲人さんと顔を見合わせるが、当の本人は俺達を不思議そうに見ている。

それでも明日は休むように言う父親に、諦めたように頷いた晴は「蓮は学校だから、家でちゃんと休んで。俺もう大丈夫だから。」なんて言ってきて。

学校なんてどうでもいいから俺はお前の傍にいたい。

その言葉を、ぐっと飲み込んだ。

さっきによって恐怖心を植え付けられた晴にとって、俺が傍にいる事は果たしていい事なんだろうか。

自分に好意を持つの存在は、晴にとって負担にならないだろうか。

悔しいが、今家に向かっているらしい女性母親の方が安心できるかもしれない。

晴の望むようにするべく、後ろ髪を引かれながら萱島家を後にする。

憲人さんには随時連絡を頼んだから、明日の朝また来よう。

てか晴の耳に事件のこと入れたくねぇな…ここで美香さん待って、俺から詳しく説明するか。

そう考えて萱島家の門の前に立った。

明日様子を見て、大丈夫そうなら病院と警察だな。

晴が嫌がる素振りがないか細心の注意を払って、その上でできる限り俺も一緒にいる。

これからの事に思考を巡らせて、白い息を吐いた。

凍てつく1月の夜の空気は、重たい程に静かだ。

「蓮君!!」

その静寂を切り裂いたのは、おっとりとした姿しか見た事のない、想い人の父親の大声。

「晴が…!」

反射的に駆け出して蹴破るように玄関を開けると、さっき俺を見送ったのと全く同じ場所に晴がいた。

壁に凭れるように蹲ってーー。

「晴!」

遠目にも分かる程震えているその身体に触れようとして、一瞬躊躇う。

「……っ…」

その時、俯く晴が小さく何かを呟いている事に気が付いた。

「…れん……れんっ…」

膝をついて耳をそば立てると漸く聞こえる程の音量のそれは、確かに俺を呼ぶ声ーー。

「晴ッ!」

もう躊躇いなんてなく、包み込むように全身で抱き締めた。

そのまま横抱きにすると、晴が初めて俺に気が付いたかのように目を見瞠る。

「無理すんな。」

その唇が紡ごうとする言葉を遮る。

「あんな目にあったんだからショック受けんのは当たり前なんだよ。俺に気使うなっつったろ?」

だから『大丈夫』なんて言おうとするな。

「晴、自分の気持ちだけ考えろ。どうしたい?」

晴の顔がクシャリと歪み、その瞳からポロリと涙が溢れる。

「一緒にいて…。蓮がいないと、怖い…。」

泣きながら身体を震わせる晴に胸が苦しい程痛んで、強く抱き締める。

お前がそれを望んでくれるなら…傍にいる事が許されるならずっとこうさせて欲しい。

憲人さんの了解を取って晴をベッドまで運び、その手を握る。

「俺には遠慮も我慢もしないって約束して。
お前に遠慮されると俺は寂しい。」

「迷惑じゃない…?」

ブルーグレーの瞳が不安そうに揺れている。

「迷惑なんて思った事ないって前も言っただろ。
こっちはお前に惚れてんだよ。頼られたら嬉しいし、もっと我儘言って甘えて欲しいって常に思ってる。」

俺の本心を聞いてボンッと赤くなった顔に苦笑しながら、その頭を撫でる。

「まだ伝わってなかった?俺が晴を好きだって。
俺は晴が笑ってるのが幸せなんだよ。」

その為ならどんな事だってできる。

「じゃあさ、本当に我儘言っていい?」

上目遣いにチラリとこっちを見る晴に大きく頷く。

「もっとくっつきたい。」

一瞬呆けて、即座に横抱きで膝の上に乗せた。

それに安心したのか、晴が微笑みながら続ける。

「俺ね、蓮にギュッてされんの好き。ここなら何があっても大丈夫って思えるから。世界一安心できる場所なんだよね。」

そんな事を言いながら俺の胸に頬を寄せてくるから、心臓が跳ねた。

せ、世界一って…そんな風に思ってたのか?

「それとね、子供の頃みたいに一緒に寝て欲しい。」

…いや待て、それは逆に…有りな訳?

「蓮?」

あぁクソッ、無自覚な上目遣は反則だろ。

「ぐっ…俺の理性の限界に挑むのはやめてくれ…。」

「やっぱりダメ?」

「……仰せのままに。」

あまりにも可愛い頼み事に「否」なんて言える訳がない。

嬉しそうに笑う晴と一緒に、ベッドに身を横たえた。

あっという間に眠りに落ちたその顔を見つめる。

片手で頬を撫でて、長い睫毛と唇をなぞる。

あんな事を言われた後に添い寝なんて…腕枕で片手を封じておいてマジで良かった。

晴が嫌がる事は絶対にしたくない。

根性見せろ俺の理性。

そんな心境で眠れる訳もなく、延々と素数を数えていた時だった。

小さな呻き声にハッとして顔を覗き込むと、閉じた晴の瞼から涙が溢れている。

「晴!」

魘されるその肩を揺すると、ボンヤリした様子で目を開けてーー。

「嫌だっ!…やだっ…!触らないで…!」

「晴、落ち着け!大丈夫だから…!」

取り乱したように手脚をバタつかせるのを抱きすくめて『大丈夫』を繰り返す。

「…蓮?」

「そう、今ここにいるのは俺だけだ。だから安心しろ。」

動きを止めた晴に言い聞かせると、気絶するかのやうにガクンとその身体が重くなった。

慌てて呼吸と脈を確認していると、小さな寝息が聞こえてきて胸を撫で下ろす。

だけどこれはーーまずいな。

眠りが深くなったのを確認して、晴を抱き上げて階下に移動した。

「晴…!?」

リビングのドアを開けると、憲人さんと帰宅したらしい美香さんが深刻な顔でこっちを振り返る。

「シーッ、今は寝てるだけだから大丈夫。ただ、聞いて欲しい事があって。」

晴をソファに降ろしてブランケットを掛けると、2人にさっきの出来事を説明する。

「晴…。」

涙ぐむ美香さんの肩を憲人さんが支えて、俺に向き直る。

「蓮君…学生である君にこんな事言うのは違うって分かってるんだけど…暫く晴と一緒に生活してやって欲しい。晴にとっては蓮君が精神安定剤なんだと思うんだ。」

「当然。離れるつもりねぇよ。」

強く頷く俺に、萱島夫妻はホッと息を吐いた。

「…何で、晴がこんな目に…。」

眠る息子の頭を撫でる母の呟きが、俺達全員の気持ちの全てだった。





翌朝目を覚ました晴は、覚醒した時の事を覚えていない様子だった。

だけど不安感は常に付き纏っているようで、俺は晴を片時も離さないようにする。

抱き上げて移動して、食事は俺の膝の上でさせて。

「父さん、ちょっと作りすぎじゃない?」

半分以上残した晴の好物であるグラタンは、いつもならペロリと食べ切っている量だ。

「晴、口開けろ。」

あまりにも自覚なく細くなっていく食事量に危機感を覚えて、スプーンを口元に運ぶ。

最初は抵抗していた晴が、素直に口を開けて咀嚼する様子に全員がこっそりと安堵の溜息を吐いた。

トイレと風呂は流石に(晴が全力で抵抗するから)別だが、髪を乾かしたり何くれと世話を焼く。

小さな物音でもビクリと身体を強ばらせる所為でガチガチになってしまう筋肉を、寝る前にマッサージで解して。

晴が舟を漕ぎ出した所でベッドに横たわらせて、包むように抱き締めて眠る。

そんな生活を続けて3日。

こんな事態じゃなければ叫びたい程幸せなのにーー。

殆ど自覚が無い無意識下で苦しむ晴の姿に、犯人への憎悪は募る一方だ。


学校には(一部を除いて)体調不良での欠席と言う事にしているが、晴は自分の所為で俺が通学できない事を気にしている。

「余裕で満点とってやるから心配すんな」と笑ってやると、キョトンとしてから弾ける様に笑った。

久しぶりに見るその表情に心底ホッとする。

次回のテストで満点を取る事がここに決定した。


それから更に4日が過ぎ、晴は随分安定してきている。

会話にも表情にも事件前の明るさが戻り、俺が傍を離れようとしても『服の裾を掴んで引き留める』事も無くなった。

…これに関してだけは正直、ほんの少し残念な気持ちもあるがーー晴の心の傷が癒え始めた事が何より嬉しい。

この日の夜、ベッドに並んで横になると、晴が初めて事件について触れた。

時々震える背中と話の内容に、犯人への怒りを抑えるのに苦労しながらも、全てを聞き終える。

反対に尋ねられて、俺が駆け付けるに至った経緯も説明した。

そして、迷惑をかけたと謝る晴に言う。

「お前は悪くねぇよ。けど、あの道はもう通んな。それと、今後は暗くなったら俺が迎え行く。」

最初の提案にはコクコクと頷いた晴だが、二つ目の方には首を横に振った。

「いやいや、蓮だってバイトとかあるだろ?」

「バ先来て待ってりゃいいじゃん。あそこ大通りだから危なくねぇし」

そう言って、晴のスマホを操作して(暗証番号は把握済み)予定共有のアプリを入れる。

「そ、それは蓮に悪ーー」

言いかけて、俺との約束を思い出したのか言い淀む晴にキッパリと宣言する。

「悪くねぇ。むしろ俺の精神衛生のためにそうしろ。万が一こんな事がまたあったら、家から出せなくなるから。」

マジで頼むからそうしてくれ。

じゃないと、本気で閉じ込める自信しかない。

「わ、分かった!22時過ぎる時は連絡する。」

「は?遅せぇわ。…20時だな。」

そこからは時間の事で随分揉めた。

中野と飯食って帰りたい?

いつだって却下だわそんなもん。

「せめて21時30分!蓮、お願い!」

両手を合わせて懇願してくる晴に対して、眉間の皺を寄せ続けるのは難しい。

「…はぁ~、分かった。21時な。」

30分削りつつ了承すると晴が笑顔になった。

「…俺も甘いよなぁ。」

晴の『お願い』と笑顔に弱すぎるーー。



●●●
side晴人85話辺りの話です。





















晴人は事件の翌日、切藤総合病院でCTとか諸々検査受けてます。
切藤理事長直々のお出ましに現場は大変な緊張感でしたが、晴はこの辺りの記憶が曖昧です。。



















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