赤箱

夢幻成人

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箱隠しの章

順風

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 化学準備室に着くと、

笹川と二人きりで、準備室を丁寧に時間をかけて

隅々まで奇麗にしたのだ。

あの、カビ臭さは取れなかったが、澱んだ空気は、

窓を開放して、埃を追い出したことで、いささか良くはなった。

「この部屋、本当にカビ臭いよね」

笹川が怪訝そうな顔で、窓枠を拭きながら、話しかけてきた。

「誰も入らないから、空気が循環されなからね」

「湿気がたまっちゃうんでしょ」

「毎日、掃除すればいいのに、化学室ってこういう時しか掃除しないのね」

「そうだね。でも、少しは奇麗になったんじゃない?」

「杉山君が頑張ってくれたから、奇麗になったね」

「そんなに、頑張ってないよ」

「後は、ゴミを捨ててきたら、終わりだな」

「そうだね」

準備室の掃除が終わり、化学室に戻ると、

鈴木と藤宮も掃除が終わりそうな間近だった。

「そっち、終わったんだ?」

「あぁ、終わったよ」

「こっちは、もぅ、終わりそうなの?」

「この、ゴミを捨ててきたら、終わりだよ」

「そっかぁ…」



 時刻は16時に差し掛かっていた。

後、少しで夕会が始まって、笹川との楽しい時間も終わってしまう。

そんな事を考えていたら、

「今日、忘れずに連絡頂戴ね」

笹川が小声で念を押してきた。

「うん、忘れないで連絡するよ」

下手な事を言って、このイベントが消失しない様に

できるだけ、無難な対応を心掛けた。



 学校を一目散に帰り、連絡をする時間が待ち遠しかった。

夕飯を終え、時刻は19時半、ちょうどいい時間帯だと思い、

笹川に電話をいれた。

「はい、笹川ですけど」

「も、もしもし、笹川さんのクラスメイトの杉山ですけど…」

「心さんはおりますでしょうか?」

「あっ、はい、待っててね」

「心、電話よ」



 心臓がバクバクする。

沈黙のせいで、自分の心臓が強く鼓動を打ってるのさえわかる。

手に汗がにじみ出てきている。

電話をかけるだけで、こんなにも緊張するのだろうか。

良太がそんな事を考えていると、電話の向こうから、

「もしもし、杉山君」

「あっ、もしもし、笹川」

「良かった、電話来ないかと思ってたところだったんだ」

「いや、まさかちゃんと電話かけるよ」

「それで、連絡したけど…」

「うん、ゴールデンウィークは、いつ、会うって話だけど…」

「俺は、いつでも、空いてるから、笹川の都合の良い日で構わないけど」

「じゃぁ、5月3日の日に会えない?」

「うん、良いよ」

「本当、そしたら…待ち合わせ場所なんだけど…」

「日ノ守町の商店街入り口に10時頃でどうかな?」

「日ノ守町は行ったことないんだけど、商店街はどう行けばいい?」

「えぇとね、バスで商店街入口行きがあるから、それに乗ればいいよ」

「それじゃぁ、バス停で待ち合わせにしない」

「うん、そうしよう」

「心~ぉ、お風呂に入りなさい」

「はーい」

「ごめんね、親がうるさくなってきたから、切るね」

「おぅ、おやすみ」

「おやすみ」

ガチャッ…

楽しい時間は時計の針とともに過ぎ去っていた。

(俺もそろそろ、風呂に入るか…)

時計を目にすると、20時を越している。



 いつのまにか、鼓動は静かになっていた。

あんなにも緊張したのは最初だけで、

笹川と話してたら、自然と普通になっている。

(これって完全にデートだよな?)

(そういえば、目的を聞き忘れてしまった)

(休日にまでわざわざ会おうって事は…)

(少なからず、何かあるよな)

湯船につかかりながら、笹川と過ごす、休日の事を思っていた。

「よし、明日、聞いてみるか」



 翌朝

朝から、小ぶりの雨が降っていた。

いつもなら、雨が降ってるだけで、憂鬱(ゆううつ)になるのであったが、

その日の良太は、休日が待ち遠しくて天気の事など、どうでもよかった。

仮に休日が台風でも、良太はお構いなしに日ノ守町まで、行く気に満ち溢れていた。

「慎也君、おっはよう」

「おっす」

「雨なのにやけに上機嫌だな?何か良い事あったのか?」

「人生とは…いろいろあるんだな」

「はぁ?何か悪い物でも食ったのか?」

「いやいや、悟っただけだよ」

「夜中に悟るような経験でもしたのかよ」

慎也は卑猥(ひわい)な冗談交じりに良太をちゃかす。



 いつもなら、バスが来るのが、見えてるはずなのに

珍しくバスは来ていなかった。

「今日は早く着いたのか?」

慎也が不思議そうに良太に聞くと

「いや、バスの発車時刻ちょうどだ」

「珍しく遅れてるんじゃないか?」

「まぁ、皆待ってるし、俺たちも待つか」

その日、良太たちはバス停に並んでいたが、バスが来ることはなかった。
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