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番外編

後日談③ スコッルとルチア【キリキリ痛:S】

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 冷たい北風が街道を吹き抜け、道行く者達は外套をかき寄せ足早に歩いていた。そこかしこに見える木々は赤や黄色に色づいて、時折その葉が石畳の上に舞い落ちる。
 冬支度を前にしてどの店も混みあい、肌寒さと人恋しさに男女は身を寄せ合って宿屋に入っていく。
 そんな晩秋の帝都にある場末の酒場は、今夜も盛況だった。
 気持ちよく酔った雑多な者どもが、どこの誰とも知れぬ者と隣り合って肩を組み、呂律の回らない口で好きなことをのたまっている。
 ――その、隅で。
 嘘か真か、今や三英傑と巷でもてはやされている残念御三家――サイファ、シグルド、スコッル――が、浴びるように酒を飲んでいた。 
 容姿端麗にして才気煥発、士官候補生ながら第一皇子ハティの麾下きかに抜擢され、獅子奮迅の活躍をした面々であるが、彼らのテーブル付近には空き瓶がいくつも転がっていた。ただし酒癖は悪くなく、羽振りもいいので誰も文句は言わない。ただ店員が黙々と空き瓶を回収していくだけである。
 シグルドはともかく、軍属ながらも細身のスコッル、サイファは一体その身のどこに大容量の酒が入る余地があるのか、周囲の者達は不思議でならないだろう。
 中でも、ソルウォルフ伯爵家の嫡男スコッルは、これ以上ないほど飲んだらしく、耳の裏まで真っ赤になっている。甘く垂れた翡翠色の目はいつも以上に蕩けそうで、それを見た隣のテーブルにいた女がこくりと喉を鳴らして席を立つ。スコッルが一人でいたならば誘われていただろうが、他二人の保護者オーラを前にして女はすごすごと引き下がった。

「いやあ、しかし一年なんて、あっという間だったな」

 飲みながら、シグルドは苦笑を浮かべた。

「屋敷を綺麗に使っておいてよかったな、シグルド?」
「あのなあ、サイファ。俺はそういう分別はあるぞ。殿下から預かった大事な大っっ事なお屋敷を、女の連れ込み場所にするわけがない」
「よく言う。何度か連れ込んでいただろうが」

 サイファの突っ込みにシグルド押し黙った。
 三人を使い勝手のいい駒として散々用いてきた第一皇子、ハティ。所領の屋敷の一部を三人に預け、いつ戻るとも知れぬ放浪の旅に出たのが一年ほど前のこと。
 そのハティが、内々に戻ってきていた。どこでもいいから屋敷を一つ返して欲しいというため、一番まともな管理をしていそうな屋敷――というとスコッル預かりのノルドフェルトくらいであるが――を返還することになっている。
 とはいえ、元はハティの屋敷。何の前触れもなくシグルドやサイファ預かりの屋敷に立ち寄ることもあるだろう。綺麗にしておいて損はない。
 女の痕跡は残っていなかったか、と脳内で考えを巡らしつつ、シグルドはもう一杯酒を呷った。
 ――そんなものが見つかろうものなら。
 長年一途に思い続けた姫君アリカをようやく手に入れたハティである。他の女の匂いがあろうものなら、最悪、二人の仲がこじれる可能性だってある。そうなれば、シグルドの明日はないだろう。
 ぶるりと身震いしてから、気を取り直すようにスコッルの肩に腕を回した。

「まあまあ、俺のことよりお前だよ、スコッル。ルチアとは最近どうなんだ。結局どこまで行ってんの?」

 シグルドがニヤニヤと訊ねると、スコッルは机に突っ伏した。そのハニーブラウンの髪が照明の下で揺れる。

「んー……どこにも行ってないよ。ルチアは僕と違って忙しいし」
「まあ、そうだろうな。国立魔術学院とは恐れ入る。試験と課題に追われ、我々に付き合っている暇などないだろう」

 サイファの言葉にスコッルは小さく頷いた。
 赤い城壁に囲まれた帝都、ダルタン。そこには貴賤問わず才能ある子達を集めた学び舎がある。
 セラフィト国立魔術学院である。
 入るために必要なのは高額な寄付金と、セラフィト国内でも最難関と謳われて久しい選抜試験を突破するだけの知識と技量だ。その両方を兼ね備えるとなると、庶民が入学するにはハードルが高く、家柄だけが取り柄の貴族子弟も容易く門戸を叩けない。
 魔術学院が無理ならば士官学校を、と目標変更する者もいるが、後者とて難関である。何しろ、士官学校ともなれば将来は軍幹部が確約されている。選抜試験は魔術学院と同等に厳しい。国の防衛の要として大隊を率いる、その重責は如何ほどか。生半可な覚悟では務まらない……おそらくは。というのも、親の代から軍属であり、それを踏襲して子弟も士官学校に入るのが大半で覚悟云々は建前だった。そうでなければ、残念御三家などという不名誉なあだ名が爆誕するはずもなし。
 どちらにせよ狭き門ゆえ、優秀な者達が集う場であることは間違いない。
 卒業生たちは往々にして華々しい活躍をし、大成すると言われている。つまり、将来安泰。この先食うに困らない生活が約束されているのである。
 ルチアはそこの特待生として入学していた。
 軍の監視下にありながら一般枠で試験を受け、首席で合格したのだ。特待生ともなれば、寄付金は不要、代わりに卒業後は国が指定する組織へ一定期間所属しなければならない。
 ちなみに、魔術学院への入学はルチアの強い希望であった。現在の後見人――もとい、監視役が軍属ゆえ、そのまま軍に士官する選択肢もあったのだが、意外にもルチアは交友関係を広げることを望んだ。
 今や付き合いのあるのはスコッル達くらいである。それも本人の意思と言うよりは呼び出されて仕方なく応じているのだろう。軍属から声を掛けられては断わりづらいに違いない。ともあれ、うら若き乙女が軍関係者一色の交友関係は流石に異様すぎる。 
 身内がおらず、かつての知り合いや友もいないとなると、寂しかったのかもしれない。
 ――隠者エレトはこの夏、天に還った。
 心の支えがなくなって、孤独にさいなまれ、きっと不安を抱えて過ごしていたことだろう。セラフィト皇族に降りかかった災厄――その根本を断ち切れたのはルチアの活躍があってこそだったが、中には心無い言葉を吐く者もいた。
 スコッルは、ただルチアが心配だった。
 軍に入れば、同じ隊に配属されれば。心に降り積もっていく淀みを、少しは振り払うこともできたのに。
 溜息をつくスコッルに、シグルドは顔を引きつらせた。

「いやいや、ここで天然ぶっかますな? 忙しいからって、何もなかった――とか言うなよスコッル」
「事実、何もなかったよ。最後に会ったのいつだっけ。忘れた」

 ははは、と笑うスコッルに友人二人は顔をしかめた。

「……おいおい、冗談だよな。いくらお前がフラグクラッシャーだからって……」

 フラグとは、戦いの勝利宣言時に立てる旗のことである。恋愛において成就目前の時に、フラグが立っている、とシグルドはしょっちゅう騒いでいた。フラグが立つとわかっていながら戦いを放棄する者をフラグクラッシャーと言う。実りそうな恋なのに、それに気づかず自然消滅させる奴も、シグルドが勝手にフラグクラッシャーと呼んでいた。
 シグルドから言わせれば、スコッルがまさにそのフラグクラッシャーらしい。

 ――心当たりはいくつかある。

 最近で言えば、将来のソルウォルフ伯爵に恋焦がれた男爵令嬢が、募らせた思いをスコッルにぶちまけた。
 ありていに言えば無理矢理関係を迫ったのである。
 誰にでも優しいスコッルは、知らずのうちに相手を恋の沼に突き落としているらしく、そのたびにシグルドが陰ながら処理して事を収めているのだが、今回はどうにもならなかった。

 ――無論スコッルには全くそのつもりがなかったので、男爵令嬢、見事玉砕。

 それでも強行突破して既成事実を作ろうと男爵令嬢は足掻いたものの、相手は軍属のスコッルである。いくら頼りなさそうな風体に見えても、内実鍛えているし、令嬢がどうこうできる相手ではない。
 ドレスの乱れた令嬢を椅子に座らせ、自分の上着を興奮気味の彼女に被せてスコッルは話した。
 ――そういう行為は、お互い好きになった人とした方がいい。
 ――もっと自分を大事にするべきだ、将来君が心から愛する人に顔向けできないようなことは絶対にするべきじゃない。
 ――君はとてもきれいだし可愛いし、僕にはもったいない。僕なんかが君を傷物にしていいはずがない。
 大体、そんな感じの話を小一時間ほどしたか。
 ……それを聞いて令嬢は号泣した。「要するに、眼中にないから帰って、と遠回しに言われたの。覚悟を決めて脱いだ女の子を前にして!」と茶会で皆に触れ回ったというのだから腑に落ちない。

 ――好きではない相手を、心を偽って抱いた方が良かったのか?

 それではお互いが傷付くだけだろうに。
 そんな考え方だからか、未だに婚約者もいない。言ってしまえば自ら可能性の芽を摘みまくっているわけである。

 この場合、シグルドの言うフラグはルチアとのそれだ。
 濡れたグラスから水滴が落ちた。赤らんだスコッルの顔がそこに映っている。
 ルチアとフラグ……いつ?
 ぼんやりと考えるうちにある日の光景が脳裏を過る。



『――わたし達も行く? スコッル殿』

 きょとんとするスコッルにあの時ルチアは言った。
 ネーヴェフィールの任務の帰りだった。秘め事を抱えた男女が路地裏に消え、男を誘う艶麗な女がそこここで目に留まる。
 行くって、どこに――そう返せば、宿屋だ、と彼女は答えた。今日は冷える、温まりたい気分でしょ、とスコッルの腕を取ったのだ。
 その意味を考えて慌てふためき真っ赤になるスコッルを見て、ルチアは盛大に笑った。

『ごめん、冗談。本当、スコッル殿は可愛い』

 軽率にスコッルをからかうからものだから、そのうち痛い目を見るよ、と忠告すればルチアはただ笑って答えた。
 ――わたし、その辺の男より強いけど?
 あまりにもふざけたことを言うので、スコッルはルチアの腕を掴んで壁際に追い詰め言ってやった――こうやって身動きを取れなくされたら、何もできないでしょ、と。
 その時のルチアはやけに挙動不審で、あちこちに視線を彷徨わせていたけれど。



 フラグ……立っていたのだろうか。

 男女の色恋に疎すぎて分からず、首を傾げるスコッルにシグルドは眉間に皺を寄せ、片手で額を抑えた。

「……とりあえず、話を整理しようぜ」
「整理するような話か?」
「うるせえ、サイファ。俺達のスコッルの一大事なんだぞ。適当なこと言えねえだろうが」
「常日頃は適当に生きている男の言葉とは思えんな……」
 
 サイファに呆れられながらもシグルドは続けた。
 
「お前達、結構な頻度で会ってたよな。二人で出かけたりもしただろ」
「そんなこともあったねー」

 スコッルは朗らかに笑った。酒が入っているせいか、妙に気分がいい。
 ルチアが魔術学院に入学する前は入用なものを買うのを手伝ったし、帝都で話題になっている菓子工房に二人で足を運んだこともある。それだけではない、この三人で飲む時はルチアにも声をかけた。そこではよく話したし、一緒に笑った。
 だが、最近はどうだろう。
 二人で会うことはもちろん、この三人で集まる時にも顔を出さない。
 それどころか――スコッルはひとり自嘲した。
 シグルドは怪訝な顔のまま口を開く。

「――前にみんなでお前の別荘で飲んだ時、朝まで一緒にソファーで寝てただろうが。あれで何もなかったとか、嘘だろお前……」
「あーれーはっ! 寝ぼけてたの!」

 グラスを思いのまま机に叩きつけると、反動でエールが零れた。その大きな音に驚いて周囲の視線が刹那にスコッルに集中したが、皆すぐにそれぞれの会話に戻っていく。

 その日のことを思い出し、スコッルの顔が一気に火照った。
 腕の中で抱いた柔らかな感触、鼻腔を擽る女の子の甘い香り、息をつめてスコッルをじっと見上げるルチアの、若葉色の大きな瞳……。

 ――もう、何か月も前の話である。まだ、ルチアが魔術学院の門戸を叩く前。
 ドールでの虜囚生活でろくな青春を送れなかったルチアは、友人同士の集まり、サロンやパーティーに強い憧れを抱いていた。令嬢達は頻繁に茶会を開き、楽しそうにしている同年代を見て自分もあれをやってみたい、と酒場で言い出したのだ。
 スコッル達はそれに乗った。
 ソルウォルフ家の別荘で茶会を開いたところ、集まったのはいつもの面子である。風の噂では、令嬢達が大挙してソルウォルフ本邸に押し寄せてきたらしいが、結局茶会の会場まで乗り込んでくることはなかった。シグルドは心底安堵し、楽しい茶会がややこしくならなくてよかったな、とあっけらかんとのたまうものだからお察しである。
 結局、サイファが誘った婚約者と、どこかで噂を聞いたユリアンとアンネリーゼが途中から参加した。
 そこまでは良かった。体裁として、茶会だった。生粋のハティ信者ルチア、意外なことにユリアン、アンネリーゼと話が合った――噛み合っているかどうかは別として。
 だが、ブラーヴ兄妹とサイファの婚約者が帰ってからが問題だった。
 ――始まったのだ、酒盛りが。
 そも、生粋の酒好き三人が集まって、ただの茶会で終わるはずもなし。
 客間に集まって飲み始めたころ、それまでの晴天が嘘のように、横殴りの雨が窓を叩きつけた。雨雲が辺り一帯に垂れこめ、ほの暗い空に稲光が走る。
 この嵐の中帰るのも一苦労だ、別荘に泊まろう、と誰かが言い出せば反対する者はいない。何しろ翌日は皆非番、休日である。結局そのまま別荘で一晩中飲み明かし、適当な時間に適当な場所で寝たはずだ。

 目覚めた時、スコッルの腕の中には何故かルチアがすっぽりと収まっていた。細い腰、まろやかな胸の谷間、形の良い脚、甘く柔らかな肢体――。
 何故。何が。
 状況が飲み込めず呆然としていると、ルチアが心なしか疲れた声で言った。

『――おはようございます、スコッル殿。よく寝られたようで何よりです』

 何故一緒に寝ていたのか疑問符を浮かべていると、ルチアは珍しく顔を赤らめ、消え入りそうな声で答えた。

『――スコッル殿がわたしを放してくれなかったから』

 それを聞けば平謝りするしかなかった。
 酔った勢いで子女を一晩中腕の中に囲ったなどと貴族にあるまじき行為である。
 ルチアでよかったが、これが他の子女ならば平手打ちをくらっていたかもしれないと安堵し笑うと、彼女は複雑そうな顔をして見せた。
 よもや、酒の力で理性が壊れ、大事な仲間であるルチアを欲望の捌け口としたのか。ルチアの信頼を裏切るような行いをしてしまったのか――そんな焦りが湧きおこる。

『不快な思いをさせてごめん、何か無体を働いたなら今すぐ僕を殴ってくれ』

 そう言って頭を下げると、ルチアはその若葉色の瞳を揺らし、ただ黙って頭を振っただけだ。
 ……それから、特に何もなかった。
 ルチアは魔術学院へ入学し、スコッルは中尉になり、探索者として任務を遂行する日々だった。
 うちで暮らせばいいよ、と言ったのも一年くらい前の話で。それに対する返答は何もなく、結局ルチアは最期まで召喚士と一緒に過ごした。

「……本当に、何もないんだよ」
 
 苦々しく返せば、シグルドがこくりと喉を鳴らした。

「……俺達にいちいち報告するのが恥ずかしくて黙っていた、とかじゃなくて?」
「ない」
「うちで暮らせとか誘っておいて、絶好の機会到来でも何もなかった……俺はもう分かんねえ。一体何なんだよお前らの関係は……」
「別に。僕が一緒に住もうってルチアに言ったのは、そういう意味じゃないよ」

 シグルドは脱力して返す。

「……じゃあどういう意味なんだよ。好みの女を囲って好きな時に好きなだけ抱くため以外で一緒に住む意味があんのか!?」
「そりゃあ、あるよ。エレトがいなくなれば、ルチアは一人だ……たった、ひとりなんだよ。あの時は心の底から、かわいそうだと思ったんだ」

 ルチアを連れてきたのは他でもないスコッルだ。
 その、萌える若葉のような瞳が鮮やかに脳裏に閃く。
 不安に揺れ、故郷の人々からの侮蔑の言葉と視線に怯え、それでも帰郷を望んだ少女の。
 そこにはかつての友達も、知り合いもいない。皆記憶を改ざんされ、ルチアのことを誰も覚えていない。
 人質として利用されて生きるよりずっとましだとルチアは言うが、助けた先の責任も負わずに、孤独に生きる少女を放っておくことなど何故できようか。
 ――スコッルが寄り添わずして、一体誰が。

「つまり、好意から同棲を申し出たわけではない、と?」
「下心はねえのか?」
「うーん……分からない」

 正直に答えると二人は素っ頓狂な声を上げた。

「分からない?」

 スコッルは自らのハニーブラウンの髪を掻きむしった。

「……だって、ルチアのことは気になるけどさ。本気で好きかって言われると……分からないとしか答えられない。かわいそうだと思うのは本当だし、それだけで誘ったのかと聞かれると、答えに困るし……――」
「いや、そんなんでよく一緒に住もうなんて言えたな……可哀そうだからって、あんな可愛い食べごろの女を一つ屋根の下に置いて手だしせずにいられると思えるお前がすごい」
「流石、我々のスコッルは一味違う」
「……だって、ルチアは大事な仲間だし。放っておけないよ」

 三人の間に沈黙が横たわる。
 スコッルは溜息をつき、口を開いた。

「大体、ルチアは僕のことあんまり好きじゃないと思うよ」
「何故そう思う?」
「……明らかに避けられてるもん、僕」

 スコッルは乾いた笑いを漏らした。
 魔術学院の講堂は、丁度帝都の大通りに面している。軍部へ帰還する際には必ずその前を通るし、ルチアの姿を見かけたのも一度や二度ではない。
 スコッルはルチアに気付くと手を振ったし、校門の外で会えば声もかけた。しかし、いずれもよそよそしい反応が返ってきただけだった。スコッルの顔を見るなり視線を逸らし、返事もろくにされず、何度背を向けられたことか。
 いくら鈍いスコッルでも分かる。ルチアは、スコッルのことが――……。
 心当たりはさっぱりなかった。何故避けられているのかも分からない。
 セラフィトに戻れると知った時の、ルチアの無邪気な笑みを見たのはもう遠い過去の出来事のように感じる。
 スコッルは組んだ両腕の上に顔を乗せて呟いた。

「嫌われるようなこと、したのかなあ……」

 ルチアは一人でも生きていける、それだけの力が確かにある。スコッルが寄り添う努力をしなくとも、どこへでも飛んでいけるのだ。
 ――ルチアの人生にスコッルは不要なのか。一分も入る余地がないのだろうか。
 魔術学院はスコッルの領分とはかけ離れた世界だ。軍属とは違う、魔術士の世界。
 同年代の学友に囲まれ、気の置けない仲間もできただろう。きっと、毎日楽しく勉強しているに違いない。
 いずれスコッル達のことを忘れ、帝都から遠く離れた領地で魔術士として大成するのだろうか。そこで暮らすうちに、やがて愛する人を見つけるのだろうか。あの、瑞々しい若葉色の瞳で優しく見つめ、花のような唇で思慕の情を囁くのだろうか。
 そう考えると、胃がキリキリと痛んだ。

 
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