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第6夜 セラフィトの皇太子
12
しおりを挟む当初の宣言通り、リディアは二週間で件の少女の行方を突き止めた。
それは竜の魔力が強すぎるがゆえに、その残渣を容易に追えたからに他ならない。
運よく竜がファーレン国内に滞在していたのもあるだろう。
更にイルマリの協力もあったし、普段は絶対に手が出せない高価な魔石を使ってゴーレムを作ったというのもある。
それでもレグルスはその仕事の迅速さに感嘆した。
そもそも、どこにいるとも知れない相手のために探索の網を広げていかねばならなかったし、最悪、捜索に数か月かかってもおかしくないとは思っていた。
リディアが例の少女の行方を追っている間に、レグルス達は竜の教団についての調査を進めていればよいことだったし、失敗しても決して責めるつもりは毛頭なかった。
何しろ去年の十月に魔術学院に入学したばかりだと言うのだ。
実戦経験もほぼなく、まだ探索者として学び始めてから半年程しか経っていないのだから、芳しい成果を叩きだせずとも協力の対価は支払おう――そう考えていたのだ。
だが、リディアは予想を上回る働きをしてみせた。
彼女は間違いなく優秀である。宮廷魔術師イルマリの見る目は確かなのだろう。
報告を聞き終わったレグルスは両手を組んで唸った。
「ジュタか……」
「はい。イルマリ師にも一緒に確認してもらいましたから、間違いないと思います」
「しかし、本当に二週間で探し出すとは。実に優秀だな」
「ありがとうございます!」
「――うん、このまま手放すのが惜しいな。これも何かの縁だ。どうだろう、うちの国で働く気はないか? 小さな島国ではあるが、未踏の地があるらしい。リディアほどの探索者ならば新種の魔獣や妖魔の一匹や二匹、見つけられたりするのではないか?」
手放しに褒められ、照れたように頬を紅潮させたリディアは、慌てて返した。
「勿体ないお言葉です! 本当に。嬉しいのですが……就職先は既に決まっているんです。魔術学院を卒業したら、最低三年は王宮魔術師団で勤めるという約束で学費を免除していただいているので。三年経ったら自由にしていいとは言われているのですが……その時まだ殿下のお心が変わっていなければ、雇っていただきたく……なんちゃって」
「そうか、残念だな。まあ、分からなくもない。恐らくどの機関でも重宝されるのは間違いないし、引く手数多だろう。何よりあなたは可愛らしい。同輩として迎えられる者はさぞや嬉しかろう」
「そんな。過分に評価していただき恐縮です!」
ぺこぺこと頭を下げるリディアにレグルスは笑い、耳元で戯れるように囁いた。
「気が変わったらいつでも歓迎するよ、リディア」
「――っからかわないでください!」
リディアは首まで赤くして、そのまま勢いよく飛びのいた。
それまで黙ってリディアに付き添っていたイルマリが、神妙な顔つきで口を挟んだ。
「ただ、一つ問題がありまして」
「問題というと?」
「今、ジュタには立ち入ることができなくなっています」
レグルス達は怪訝な表情を浮かべて顔を見合わせた。
「どういうことだ?」
「あそこは元々、満潮になると孤立してしまうのです。その際唯一行き来できるのは隣国セラフィトの領地。潮が引けば問題ないのですが、困ったことに去年の冬を境に潮は満ちたままとなり、往来ができなくなってしまいました」
「待て、たしかそのセラフィトの領地というのは、ルークが治める――」
「その通りでございます」
レグルスの言葉に重ねるようにイルマリは即答した。
「メラルダ海峡を挟んだ向かいはロラン殿下の領地でした。本来、海峡を結ぶ大橋が掛かっていたのですが、橋は災害で壊れてしまって修繕できぬままです。ゆえにジュタは孤立している。こちらとしては取り残されてしまった民の救援をしたいのですが、何分、ルーク殿下が領地の通行を許して下さらないので内情がどうなっているのかすら分からない」
「抗議はしたのか?」
「もちろん、外交官を通じて抗議文を送らせていただきましたが、色よいお返事はいただけませんでしたね。せめて物資だけでも届けたいとお伝えし、それは何とか受け入れていただきましたが」
イルマリは苦々しく溜息をついた。
「事実上、占領されているのと変わりません。それを指摘するとそんなことはないと否定されるし、むしろ孤立したジュタを助けているのだから感謝してほしいとおっしゃる始末。こちらもただ指をくわえて見ているわけには参りませんから、船を出して近づこうとしたのですが即座に魔砲撃を受けて先に進めず、上空から様子を伺おうと使い魔も放ちましたが、結界を張られてしまって結局何も分からずじまいでした。何とかジュタを奪還しようと模索はしていますが、セラフィトと事を構える以外方法がないとなると、うちの軍部も尻込みしてしまいまして。もう殿下はおられないというのに、レグルス軍の恐ろしさは骨の髄まで思い知らされているようで」
「それはすまなかった」
言葉とは裏腹に悪びれる様子もなく言ってから、レグルスはそのまま思案した。
(ファーレン側からの道はないに等しい、か)
少女がジュタ近隣に潜伏しているとすれば、マリアベルも同じような場所にいる可能性がある。では彼女は一体どうやってジュタに入ったのか。
(まあ、ルークの領地を通っていったのだろうな)
ルークは竜の教団を支援しているのだ、聖女と崇められるのがマリアベルなのだとしたら、問題なく通過できるだろう。
よもや二人は相当親密な関係になっているのではあるまいか――刹那にそんな考えが過ぎり胸がちりちりと熱くなったところで、湧き上がるルークへの嫉妬を遮るようにイルマリが口を開いた。
「セラフィト側からジュタに入ることができれば良いのですが、ルーク殿下の領地は物騒な噂が絶えない。入ったら最後、出ること叶わぬとか。間諜を送り込んだこともありますが、確かに命からがら戻ってきたというありさまで、ジュタまではたどり着けなかった。支援物資を運ぶものが唯一の生還者でしたが、それも肝心な記憶を消されて何も覚えていないというのです。――まあ、それも去年の冬の話です。ルーク殿下も皇太子選定で内外の心証を悪くしたくないはずですし、今ならばセラフィト側からジュタに入ることも可能かもしれない」
「なるほどな」
それでも、ファーレンの民が容易く出入りできないのには変わりないだろう。セラフィトの民ですら行商人以外はルークの領地に近寄れまい。
イルマリは何かを期待するような視線を投げて寄越した。レグルスは肩を竦めてみせた。
「そうだな、協力していただいた礼にジュタの内情を探ってくる。――それでいいか?」
「十分すぎるほどです」
方向性が決まったところで、リディアが遠慮がちに声をあげた。
「あの、大変厚かましいことと存じますが……っ私からも殿下にお願いがございます」
「何だ?」
柔らかく返すと、リディアはもじもじしながら両指を突き合わせて答えた。
「実はジュタに、私に勉強を教えてくれた方がいるようなのです。殿下がお探しの方を追跡している最中に、たまたま見つけまして……。その方には魔術学院に入学するために色々教えていただいた御恩があります。ジェンシアナさんとおっしゃるのですが……うちの常連さんで、とても気品があって、お綺麗でお優しい方でした」
「ジェンシアナ……」
他人事には思えない、とレグルスは頷いてから続きを促した。
「もしも、シアがジュタで困っているようなら、助けて差し上げて欲しいんです。私が最後に会った時、彼女、とても思いつめた様子でした。以来リッカには戻ってこなかったし、きっと何かあったんだと思うんです。婚約者がいるって言っていたから、もしかしたらジュタに嫁いだだけなのかもしれないけれど……。突然彼女がいなくなって、兄も私もすごく心配しました。特に兄はシアのことが好きだったから落ち込みがすさまじくて……まあ、実るはずのない片思いだったんですけど」
「そうか……。大切な人を喪失する気持ちは、よく分かる」
レグルスはしみじみと呟いた。脳裏にあの女の面影がちらつく。
「では、そのジェンシアナ殿にお会いしたらリディアが心配していたと伝えておこう」
「はい、ありがとうございます!」
ジュタの民がおかしなことになっていないことを祈りつつ、レグルス達はリッカを発った。
マナが召喚した天馬に車を引かせ、陸路と空路を交互に進む。天馬は馬よりも俊足で尚且つ空を駆けるため、本来馬車で五日はかかる行程を、たったの二日で駆け抜ける。
車内ではリディアから受け取った地図に皆で目を通していた。
そこには網の範囲とレグルスが追うスピカ・ルナリアの居場所が落とし込まれている。スピカと地図は連動しているようで、彼女に動きがあれば居場所を指し示す印に反映される仕組みだ。印はジュタ近隣を行ったり来たりしており、時には網の外に出ることもあるようだった。それでもしばらくするとジュタに戻ってくることから、そこを中心に動いていることは間違いないようだ。
ちなみにこの地図はイルマリが開発したものらしい。その技術力の高さにマナは興味津々の様子だった。
「さて、どうしましょうか。スピカ様もじっとなさっているわけではない。乗り込んでいってすぐ会えるとも限らないですね」
「そうだな。……否が応でも会いたくなるような文でも書いて送り付けるか」
ルトは首を傾げた。
「まさかお得意の恋文ですか?」
「違う。果たし状だ」
思いがけず物騒な内容にルトは困惑した。
「……果たし状、で会いたくなりますかね?」
「なるだろう」
「いや、世の中誰しもがレグルス様のような戦闘狂じゃないんですよ。ましてや、お相手は女の子でしょう? レグルス様の写真入りの恋文とかの方が釣れるのではありませんか?」
「お前な……俺を何だと思っているんだ」
あの少女とてレグルスの存在が気にかかっているはずである。彼女が何を目論んでいるか今のところ分からないが、邪魔立てする気ならば消す、それくらいの気概はあろう。
彼女とて知りたいはずだ、何故レグルスに視界を覗かれてしまうのか。これ以上情報を抜かれたくはなかろう。
とにかく相手が会ってやろうと思えるようなことを意味深長に書けばいいのだ。
レグルスは早速筆を執った。
出来上がった書簡をマナの使い魔に託すと、レグルスは一人、ジュタ近郊の森林地帯に潜伏した。
陽は山際に落ちて、森には闇が漂い始めていた。見上げればまだ空は茜色、だが夜の気配は確実に近づいている。もうしばらくすれば空から陽光の残渣も消えて、紫紺に覆われることだろう。
天に向かって真っすぐに伸びた木々の影は濃く、風が吹くたびに梢がしなってはざあざあと鳴いて蠢いている。刹那の静寂が訪れたと思っても、鳥の鳴き声や羽音が断続的に響いていた。大木にぽっかりと開いた洞(うろ)は、通りすがるレグルスを丸ごと飲み込んでしまいそうな気さえする。
今宵は満月だ。月は薄青い天の端から昇り始めていた。
だがその光は生い茂る葉に遮られて奥まで届くことはない。月影の断たれた昏いけものみちを進むと突然開けた場所に躍り出た。
それまで上空と地上を遮っていた木々がなくなり、そこに聳えているのは樹齢ゆうに数百年は超えているであろう、一本の大樹だった。その大樹を中心に沼地となっている。淡い月光が大樹を照らし、青白い光の粒子が辺りをふわふわと浮遊していた。
――この場所は、魔力に満ちている。
レグルスはそこで立ち止まり、来るべき少女を待った。
本当に来るのかとルトは半信半疑だったし、マナもかなりの賭けだと言っていた。
それでも、レグルスには確信めいたものがあった。
あの女は来る。
レグルスの書簡を受け取ったのならば、必ず。
マリアベルを守ろうとするレグルスを放っておくわけがない。
何より、レグルスはあの女の――竜の目を持っているのだ。そして彼女はレグルスの眼を持っている。
己が眼を返せ、そしてこの異物を突き返してやりたいと心の底から願ってやまないはずだ――レグルスのように。
刹那、嘆きのような風が止んで静寂が訪れた。
(――来る)
低く身を屈めて構える。右手は得物の柄にかけ、天空から突き刺すように降ってくる殺気の塊を睨み据えた。
互いに隠れるつもりは毛頭ない。
降り立った少女は、闇を裂く彗星のようだった。月光を受けて淡く輝くプラチナの髪、動きやすさを重視したのか大腿部まで見えるほどの深いスリットの入った白いロングドレスに身を包み、レグルスとは左右対称なオッドアイには激情が迸っている。
レグルスは神経を逆なでるかの如く、恭しく腰を折った。
「お待ち申し上げました。麗しの姫君。もしや、怯えるあまりいらっしゃられないのではないかと案じていたところです」
「……戯言ね。あのような挑発的な文を送り付けておいて」
「姫のご機嫌を損ねてしまったのでしたら謝ります。ああでもしなければ、恐らくあなたは会って下さらなかった」
「……そうね」
見えざる戦いは既に始まっていた。にじりと距離を取り、互いに得物からは決して手を離さない。
「訊きたいことが沢山あるわ」
「奇遇ですね。私もあなたに問いたいことがある」
「そう、気が合いそうね。――あなた、何故あの女のことを守ろうとするの?」
マリアベルのことを言っているのだとレグルスは理解した。ならば、少女はマリアベルがどこにいるのか間違いなく知っている。
レグルスは笑った。
「知れたこと。守りたいのは最愛の御方ゆえ。それ以外の理由はない。あなたこそ、何故我が君を監視している」
「ふざけないで。あの女が何に関わっているか、知らないわけじゃないでしょう!」
スピカの顔は憤怒に染まった。
対してレグルスは冷静さを保ったまま、少女の動きを観察していた。
「知らない、と言ったら。激怒される理由を教えてくださるか」
「教えたら、あの女――竜の教団を名乗る狂った連中から手を引くって約束できるの?」
レグルスは頭を振った。
「残念ながら、私があの方から手を引くことはない。たとえ世界を敵に回したとしても、必ずあの方の下に参じてお助けする。ただそれだけのこと」
「そう。あなたも奴らと同じけだものなのね。――もうこれ以上、何も言うことはないわ。とりあえず、あなたを殺して左目を返してもらう」
「それは困りましたね。まだ肝心なことは何もお教えいただいていない」
スピカは塵でも見るような目でレグルスを見据えた。
敵対する者に容赦ない視線にレグルスは喜びにうち震えた。
血が湧きたち、鼓動が逸る。
相手がその気になっている以上、遠慮はいらないだろう。今や伝説の中でしか生き得ぬ竜と対峙できるとは、この上ない誉れだ。自然と笑みが零れた。
空気が揺らぐ。互いの敵意が相手を真っ直ぐに貫く。
――先に動いたのはスピカの方だった。
詠唱を始めた刹那、凝縮された魔力の砲撃がレグルスめがけて放たれた。当たれば一撃で塵になる――スピカはそう考えたのだろう。しかし、レグルスはその攻撃を容易く無力化できる。直撃する寸でのところで剣を抜き、その砲撃を両断してみせた。
スピカは息を呑んだ。まさか攻撃を斬って躱すとは思ってもみなかったのだろう。
レグルスはそのままぬかるんだ地を蹴って跳躍し、その間合いを一気に詰めた。懐に踏み込んでこられたスピカは顔を歪め、咄嗟に飛び退く。
召喚士に接近戦は分が悪かろう。意地悪い笑みを浮かべてそのまま下段から澄んだ刃で切り上げる。剣は少女の柔肌を裂いてそこから鮮やかな血がしぶいた。
激痛に耐えかねてスピカが叫ぶ。得意の魔術を使う余裕もなく、腰に下げられた短剣を抜き去るとそのままレグルスめがけて突っ込んでくる。剣で軽くいなすと、勢いそのままにまろぶスピカの背中へ鞘で一撃叩きこんだ。骨が軋むような音がした次の瞬間には、少女は吐血していた。
ひゅーっ、という喘鳴が断続的に聞こえる。背中を強打されて息が乱れ、スピカはそのまま地面に伏した。
戦いに慣れていないのは一目瞭然だった。レグルスは剥き出しの刃を収めて溜息をついた。それから痛みに震える少女を見下ろす。
弱者をいたぶるのは趣味ではない。ただでさえ魔術師には有利なレグルスであるが、こうも力量の差が歴然であると勝負としてもつまらない。
スピカは、そんなレグルスを苦しげに見上げた。
「一つだけ聞かせて。あなたがおとうさま――……ベリアード王を惑わして天空都市を滅ぼしたの?」
「さて、何のことでしょう。身に覚えのない話だ」
「……正直に言うつもりもないという訳ね」
殺気を滾らせるスピカにレグルスは肩を竦めてみせた。本当に知らないのだから、答えようがない。何よりスピカがベリアード王の娘だという話も信じがたいことだ。亡き王には確かに娘がいた。一人はベリアード崩壊の最中に行方不明となり、恐らく死んだ。そしてもう一人。突如として存在が明かされあの滅亡の日に処刑された王女――それまで一切表に出てこなかった娘が。
レグルスはその姫の名を思い出し、ああと呟いた。
「そうですか、あなたが亡国ベリアードのスピカ姫。生きておられたのですか。今頃気付くとはとんだ失礼をいたしました。なるほど。道理で聞き覚えがあるはずだ。しかし、私のことを知らぬとは。王族というのも名ばかりのご様子……長らく地下にでも籠っておられましたか?」
「道化が。人をおちょくるのも大概にしなさい!」
勝負は着いたと思っていたレグルスだが、怒声を発したスピカの体に異変が起きたことで再度気を引き締めた。
逆巻く青白い光の粒子がスピカを包んで閉じ込めたかと思うと、次の瞬間には白い竜が現われた。初めて目にするその姿にレグルスはただ感嘆した。
間近で見る竜は想像以上に美しかった。
思わず心を奪われていると、竜となったスピカはそのまま翼を広げてふわりと浮かび、満月の浮かぶ夜空に向かって羽ばたいた。
「おいおい、逃げる気か?」
天に向かって一直線に昇っていく姿を見上げていると、急に竜は身を反転させた。そしてそのまま肉眼では追いきれないほどの速さで降りてくる。まさに雷光さながら、レグルスに向けて一閃。避ける間もなく体当たりを仕掛けられ、耐えきれずに鬱蒼と茂った木々の中に吹き飛ばされた。体のあちこちは木々に擦られ、太い枝に叩きつけられる。
その隙にスピカはその場を離脱した。
レグルスは舌打ちして立ち上がると、白い竜を見上げながら走り出した。打撲の痛みがじんと残る。だが、今追わなければ。
スピカは近いうちにマリアベルのことを消そうとするだろう。それは疑念ではなく、レグルスの中で確信に変わった。
あの竜を怒らせる何かがジュタに――竜の教団にあるのだ。
(そっちがその気なら俺も容赦しない)
その巨体で逃げ切れるわけがなかろう、レグルスは薄く笑った。現に、今もスピカの気配は目をつぶっていても感じられた。遥か上空を飛んでいるが、その強力な魔力を消して移動するなど無理なのだ。
それに、無傷ならばともかくあの竜は手負いだ。いずれ疲れて地上に降りてくる。
レグルスの予想通り、スピカはほどなくして弱々しく地上に降りた。警戒しつつ着地点に向かうと、肩で大きく息をする少女の影があった。少女はレグルスを認めると苦虫を嚙み潰したような顔をしてみせた。
「……っしつこい男は嫌われるって知らないの?」
「申し訳ない。逃げられると追いたくなる性分なもので。まあ、あなたに対してはそれほど執拗ではなかったと思うのだが」
「……何が目的?」
レグルスは苦笑を浮かべた。
「最初からそのように応じて下さればよかった」
「殺気を隠そうともしない人がよく言うわね」
「それはお互いさまでは? ――さて。冗談はこれくらいにしましょうか。知りたいのは一つだけだ。私の愛しい人が今どこで何をしているのか……。監視されていたあなたならば、もちろんご存知なのでは?」
スピカは痛みに顔を歪めながらレグルスを見上げた。
「私の名前を勝手に名乗って聖女と嘯くあの女のことを言っているのなら、ジュタに行けば分かるわ。――ただし、ジュタは既に異界の一部となっている。普通に入ることも、出ることもできない。出入りできるのは竜と召喚士くらいだと私の連れが言っていたわ」
予想外の答えにレグルスは瞠目した。スピカは更に続ける。
「何なら、私たちが連れて行ってあげましょうか? 何が起こっているのか、その目で見て確かめてみればいいんだわ」
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