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第6夜 セラフィトの皇太子
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◇
復活祭の当日。
陽が落ちるまで小雨が続き、夜には雨雲が散って晴れ間が覗いた。
辺りを漂っていた淀みは全て流され帝都の空気は澄み渡り、濡れた地面の香りが立ち込めている。
頭上には、銀の砂や色とりどりの宝珠を撒き散らしたかのような眩いばかりの星空が果てなく広がっていた。その星々の煌めきは、手を伸ばせば簡単に掴めそうなほど明るく美しい。
城下町の通りでは至る所に灯篭が灯り、露に濡れた真紅の薔薇が家々を飾る。
橙色の灯りが夜の街を揺蕩い、暖かな光に照らされて浮かぶ薔薇は艶やかだ。
どこか幻想的な景色の中、大通りを埋め尽くすのは人の波だ。通りの脇に構えられた店には普段出回らない珍しい品々が並んでいる。
それほどこの祭事は特別なのだ。
馬車に揺られながら復活祭に沸く街並みを眺めていたロランは、毎年のことながら綺麗な景色だと嘆息した。
灯篭の光を受けて淡く輝く乙女の薔薇は、先が見えない闇の中にあっても、世が戦いで荒みきっていても、どこか人々に希望を抱かせてくれる――そんな気がした。
かつては実在した破魔の薔薇も人々に希望の光を与えたというが、それも頷ける。何にせよ、乙女が丹精を込めて育てたというだけで価値がある。
城に到着して馬車から降りると侍従が恭しく出迎えた。
「お待ち申し上げておりました、ロラン殿下」
「兄様方はもう御着きか?」
「いいえ、殿下が一番乗りにございますよ。ですが丁度よろしゅうございました。陛下がお待ちです」
「父――陛下が? 僕を?」
脱いだ外套を預けながらロランは怪訝そうに首を傾げた。
この機に勅命の意を聞けるのだろうか。だとすれば、願ってもないことではある。
ずっと気にはなっていた。
宙ぶらりんのままここまで来てしまったし、結局ただレグルスから引き離されただけで、何故呼び戻されたのか分からないままではあんまりである。
「……分かった。このまますぐ参る」
「それがよろしゅうございます。陛下も殿下のご尊顔を見ればさぞやお喜びになられるでしょう」
「そうだろうか……」
復活祭だからと言って息子を待ちわびるような父親でもない。
苦笑を浮かべるロランを先導し、侍従は大きく頷いた。
「無論です。復活祭だというのに第一皇子も第二皇子も一向にいらっしゃる気配がなく、陛下も沈んでおられましたよ」
「父上が……想像できないなあ」
あの冷厳とした父が。息子達があまりにも遅いから寂しくて沈み込む?
なんだかおかしくてロランはふふっと笑った。
「公爵も来ていないの? 三家とも?」
「アデレイド候はいらっしゃっております。ブラーヴ候とフローズヴィトニルソン候はこれから」
「そう……叔父上はさぞや気まずいだろうな」
皇族である三公――アデレイド、ブラーヴ、フローズヴィトニルソン――は城で行われる晩餐会に必ず参加することになっている。その他、公爵や皇族の娘が降嫁したことにより皇族の末端に加えられた諸侯も招待されるし、皇帝が個人的に招いた者――主に功労を讃えられた軍部将校や文官だ――が晩餐会に参列する。
市井でいう親戚の集まりである。
皇族の血筋を引くものが一堂に会する機会は復活祭以外ほぼないので貴重でもあった。ロランは人の名前と顔、その者の身分を覚えるのが得意ではあるが、皇族関係は毎年増減するのでなかなか大変である。去年まで一臣下にすぎなかった者がどこぞで皇族の血を引く娘を嫁にもらえばもう親戚――そういう関係だから。
今のアデレイド候は娘婿。皇族とは血のつながりがないためこういった行事では肩身は狭い様子だった。元は辺境伯の次男坊、出自は決して悪くはないし、仕事もできる人なので皇族からの評判もいい。ただ、祖父の目は一際厳しかった。もっと広く人脈を持てとせっついて困らせては、諸外国の貴族達の主催する夜会に参加させている。今回も祖父に何か言われたに違いない。
公爵家はまだ揃っていないが、招待客達の何組かは既に登城しているとロランの先導をしながら侍従は話した。
晩餐会の会場を通り過ぎれば香ばしいかおりが漂ってくる。きっと焼きたてのパンや肉料理を並べているのだろう。
甘いマフィンの匂い、外は油でサクッと揚げて中はふわふわになった白身魚のフリッター、赤魚のムニエル、チーズをふんだんに使った海老マカロニグラタン、子羊のステーキ、しっかりと裏ごしした南瓜のスープに甘く柔らかい春キャベツのサラダ、氷室で冷やした果実のゼリー……今年の料理は一体なんだろうと想像しただけで空腹になる。料理長はロランの希望も聞いてくれただろうか。カリカリに焼いたベーコンにゆでた卵や野菜を焼きたてのパンで挟んだもの、胡桃やナッツ、よく乾燥させたベリーの実を混ぜこんで焼いたパン、蜂蜜とクリームをたっぷり乗せたトースト――どんなパンでも仕上げてみせると料理長は豪語したのだから、きっと大層なものが出てくるに違いない。
料理に気取られていたロランだったが、侍従の一言で引き戻された。
「今年は珍しくリヒャルト殿下もお越しになられるとか。御子のご誕生もありましたし、顔見せもかねてのことでしょうが……ここでレグルス殿下がおられないのが悔やまれますね」
「うん……」
四人兄弟が揃うことは近年ほとんどなかった。
去年の復活祭は体調不良を理由にリヒャルトは参加していない。公の場に出ること自体本当に久しぶりだ。子が生まれていなければ恐らく今年も引きこもりを決めたことだろう。
レグルスは戦場にいることがほとんどだったが、この復活祭の時期には必ず帰還していた。――今年は流石に難しそうだ。
レグルスがいない復活祭は初めてだ。
心に大きな風穴があいたようなこの虚しさは、きっと他の誰にも埋められやしない。
ロランは大きなため息を一つついて、回廊を歩いた。
皇帝がロランを待っていたのは、薔薇園が良く望める東屋だった。夜風に吹かれてなびく金髪は老いてもなお艶があり、六十近いとは思えないほどその体つきは引き締まっている。流石は武断の皇帝といえようか、その圧倒的ともいえる覇気は今でも衰えていない。どこか冷厳さを湛えた深い青緑の瞳がロランを捉えると、少しだけその表情が和らいだ。
ロランは皇帝の前に進み出てにっこりと微笑んだ。
「父上、招致に応じ参上いたしました」
「ほう、随分と堅苦しい挨拶をするようになったものだな。アレの側に置いたことで少しは成長したか、ロラン」
「はい。レグルス兄様の御側は大変勉強になります。本当に別れるのが惜しいくらいで……。それを踏まえて、父上の前でも、もう少しわきまえた振る舞いをした方がいいかなと思って」
皇帝は顎鬚を撫でつけ太い笑みを浮かべた。
「なるほど。あちらではレグルスは息災であったか」
「はい。気になるならレグルス兄様も呼び寄せたらいかがでしょうか。お顔を見て確認したほうが父上だって安心でしょう」
「お前はいつも下らぬ戯言を申す。レグルスは既に我が手を離れたのだ。あれはもう、セラフィトの人間ではあるまい。今更呼び戻されたところで虚しいだけであろうよ」
「そう、でしょうか。僕はそんなことないと思いますよ。他でもない父上にお声がけいただければ……。それに、いくらウィストに行ったからといって兄様が僕たちの家族であることには変わりないでしょう? どこにいたってレグルス兄様は僕の自慢の兄様ですから」
「違いないな。どうあっても血のつながりを断つことなどできまい。確かに、どこへ逃れようと我が子であることには変わりない」
ロランはくつくつと笑う父を前にして無邪気に首を傾げた。何よりもレグルスが最も認めてもらいたがっていたのは父だ。その功績を讃えるために祖国に呼べば、歓喜すること間違いないだろうに。
それが父には分からないのだろうか。
悶々とするロランに皇帝は隣に座るよう促した。東屋の卓には琥珀色のウィスキーが並々と注がれたグラスが置かれている。ロランは晩酌の相手もなく一人酒を呷っていた父に苦笑しつつ腰掛けた。
「こちらが呼び出したくとも、今はその時ではあるまい。ウィストは不安定だ。それは実地で見てきたお前が誰よりも把握しておろう」
「それは……はい」
ロランは素直に頷いた。
帝国への反感は根強くあり、レグルスも苦労していた。そして起こったらしい内乱。正直、復活祭どころではないだろう。
「大公も姿を消したと聞いている。国家中枢も混乱している。レグルスも頭を抱えておることだろう」
「義姉様が!? 一体どこへ」
「さて、どこに消えたのだろうな。こちらでも探らせているが、真相は未だ知れぬ」
父の瞳が陰った。
「召喚士は貴重だ。国を出て他国にでも発見されれば即囚われる。それが教会の勢力圏外であればよいがな」
「教会の影響が強いところだと……処断、ですか?」
「皆まで言わずとも分かろう」
眉間の皺を深くする父にロランは物憂げに俯いた。
自分がウィストを離れなければ、内乱の時にレグルスや義姉を手助けできたかもしれない。義姉が姿を消すこともなかったかもしれない。だが、ロランに一体何ができただろう。戦場に出たこともなければ、兵の指揮をしたこともない。これまで呑気に遊んでばかりいて、難しいことは周囲の大人達に任せてきた。結局何もできなかっただろう。それなのに心の奥ではレグルスを見下していた。その事実を思い返すと、胸が抉られるくらい苦しかった。
「ご無事であればよいのですが……」
「そう案ずることもあるまい。ウィストの娘はそこらの兵士などより数段上手だ。一見清廉そうな印象を受けるが実際は相当強かだろう――違うか?」
「おっしゃる通りです」
ロランは驚きを隠せず目を瞬かせ、大きく頷いた。
父はウィストの義姉の詳細まで調べていたのだろうか。一体どこまで知っているのだろうか。
「並大抵の者に彼女は扱えまい。逆に手玉に取られて終わりだろう。レグルスはどうであったか知らぬがな」
「兄様はともかく、僕は手玉に取られましたよ」
「そうか」
父は低く笑ってウィスキーを呷った。
「話は変わるが、ロランよ。アデレイドの目付け役を振り切って逃げ回っていると伝え聞いたが、それほど彼の者らの目は嫌か。アデレイド候もどうしたものかと困っておる」
「……そういうわけでは。ただ、なんだか窮屈で。それに、勝手に僕の派閥を名乗って兄様達の取り巻きといがみ合っている貴族もいるんですよ。僕、派閥なんて作った覚えないのに。リヒャルト兄様から聞いたんですけどね、他所では僕の右腕を自称してるアデレイド家傘下の諸侯もいるとか。何だかなーって感じ。僕を見る皆の目がこれまでとは違う。それが酷く恐ろしいのです。兄様方に比べたら僕は未熟です。それは誰よりも僕が一番理解している。たとえ形だけの力や権限を与えられても、それをうまく扱える自信はありません。それなのに皆僕に何か過度な期待をしている。そんな気がするのです。……貴族が何の見返りもなく皇子に寄ってくるわけがないですから」
「臆面もなく言ってのけるところはまだ幼いな。諸侯が取り付く島もないわけだ。すり寄ってくる者どもは煩わしいか?」
「あの……はい。一緒にいて勉強になるとか楽しいとか、そういうことならまた話は別なんですが……言っては悪いけれど今僕の周りに来る人たちはあまり信用ならないのです」
「そうか。分からぬでもない」
父は顎髭を撫でて頷いた。
「打算的に群がってきた連中は往々にして面倒だ。碌な実績もない家名だけが独り歩きしているような貴族と付き合うと特にそう感じる。こちらには何の益もなく、無為な時間ばかりが過ぎていけば苛立たしいことこの上ない。だがな、中には使える奴が一人二人は紛れているものだ。よくよく相手を見て囲うか囲わぬか決めればよい。血統や家柄をちらつかせてくるような連中は馬鹿が多いが、その人脈の広さはなかなかのものだぞ。あちらはこちらを利用するつもりで近寄ってくるが、こちらも同じく利用してやれ」
「それ、レグルス兄様も同じようなことを言ってました」
それを聞いて父の口元が緩んだ。
「そうか……」
暫く父は物思いに耽るように黙り込んでいたが、やがて口を開いた。
「お前はまだ小さいが賢い。それは他の皇子にも引けをとらぬだろう」
「お褒めいただき光栄です、父上」
皇帝はまじまじとロランを見つめた。
「十五か……ついこの間までわしの膝の上で遊んでおったのが嘘のようだ。月日の流れはまこと早いものよ」
「僕だっていつまでも子どもではありませんよ」
「そうだな。お前はもう大人のひとりとして数えられる。それから帝位を継ぐ器として皆がお前を意識する」
ロランは目を丸くして父を見つめ返した。
「僕がその器なわけないじゃありませんか! 兄様達と争ってまで皇帝になんてなりたくないし」
何より皇帝になれば自由はない。ロランは更に言い募った。
「皇帝に相応しいのはルーク兄様やリヒャルト兄様でしょう? 僕なんてまだ子ども……いえ、大人になりたての雛で全然頼りにならないし、皆の上に立つような器量もありません!」
「斯様なくだらぬ理由で帝位を望まぬか、ロラン。実に愚かだな。年長者だからと言ってその器に相応しいわけではないのだ。正直なところ、身分や血統など実にくだらんとは思う。魔力主義に基づく古臭い身分制度など完全に廃してやりたかったが、流石のわしでもそこまで至らなんだ。役職に見合った能力があれば積極的に登用すればよいものを、一部の者は依然としてそれに固執しておる。アデレイド家など最早妄執の域だ。セラフィト皇族に深く連なる血筋であるが故、未だ無駄に高い矜持を持っておる。厄介よの」
嘲笑を浮かべて吐き捨てると、父は動揺するロランに言った。
「特に年功序列など帝位においては無意味だと知れ。皇位継承順など所詮は飾りだ。皇太子を決めるのはあくまでも皇帝、それを支持するのは三公と司教枢機卿。三公が首を縦に振らねば太子とはならぬ。諸侯を納得させ、人脈を築き、三公の支持を得ることが肝要だ。覚えておくがいい」
「いいえ、別に覚えなくても結構です。興味ないもの」
「ならば頭の片隅にでもとどめておくのだな。そのうち否が応にでも皇太子レースに参加することになろう」
ロランは否と首を振った。
「こっちは辞退したいのに?」
「お前には選択権はない。皇子を見定め、決めるのはわしだからな」
「でも……」
ロランは渋面で父を見上げた。
「あれと対立するのがそれほど恐ろしいか。お前もルークも同じアデレイドの血を引き、代は同じだ。潜在能力を含めればお前もルークとそう変わらぬはず」
セラフィトの魔法『英雄の血統』は成長促進の魔法だ。代を重ねるごとに強くなる。父はそれを言っているのだ。
「皇帝になるなら、そんなものより大切なものが他にあると僕は思うんですけど……」
「それはお前の言う通りだな。判断力、決断力を求められる。更にその双肩には国の全てが圧し掛かろう。重圧に耐え、国を守り、導かねばなるまい」
国に生きる何千万もの民の命を預かり、時に非情な決断を下さねばならない。
その責を負う――考えただけでも恐ろしく、ロランには無謀なことにしか思えなかった。経験豊富な父や兄達には容易なことなのだろうが、これまで実務をほとんど担ってこなかったロランにしてみれば帝位に就いて国の運営を行うのは難題以外の何ものでもない。皇帝を支える立場にある老獪な重鎮達と渡り合える気もしないし、諸外国との交渉もうまくできるとも思えない。そもそもそういった勉強は避けてきた。帝位からは一番縁遠い位置にいるのだとロランやその周囲の者達も信じて疑わなかったはずだ。だからこそ窮屈な貴族社会に縛られることもなく自由でいられたのだし、レグルスの側にいても咎められなかったのだから。
ロランは苦し気に皇帝に問う。
「父上は、結局何をおっしゃりたいのですか。帰還のご命令は皇太子レースに参加させるため? そんなの……たった一言、父上がやれとおっしゃるなら僕は皇太子にだって何だってなりましょう。ですが、まだ父上のお心が定まらず兄弟で争わせてお決めになるというのなら、僕は最初から帝位など望みません。兄様達を蹴落としてまで手に入れたいとは思わない。――欲しくないのです。兄様達と対立しなければ皇帝になれないというのなら、僕は皇族の名を捨てて野に下りたい」
皇帝は苦笑を浮かべた。
「なるほど、見上げた覚悟だ。しかしそれほど嫌か。ならば、ルークとリヒャルト――そのどちらを皇太子に選んだとしても依存あるまい。ルークは既に動いておる。リヒャルトは……その取り巻きが何とかその気にさせようと懸命に説得しておるようだが、まあ、難しかろう。お前はこのレースの行く末を指をくわえて見ているのだな。そして大人しく臣籍に下るがいい」
ロランはそこで息を呑んだ。
ルークと対立するのは確かに恐ろしいが、ルークがセラフィトの玉座に就くのはもっと恐ろしい予感がする。
かといって、あの兄がリヒャルトに後れを取るとも思えない。
人に首を垂れることを知らず、人に従うことを知らない。
父たる皇帝の言うことすら渋々聞く程度だ。
仮にルーク以外が皇帝になったとして、無理矢理その頭を押さえつけて屈服させたところで、いつか寝首を掻かれるのは明白だろう。
邪魔だと感じれば躊躇いなく消されるだろうし、怖気づいて逃げ出せば狩りを楽しむかのようにどこまでも追ってくるに違いない。
ルークはそういう人間だとロランは知っていた。
そんな者が皇帝として君臨したらこのセラフィトは一体どうなってしまうことか。想像すると恐ろしくて鳥肌が立った。ロランはただただ戦慄した。
皇太子にはなりたくない。だからと言って、ロランに何ができるのだろう。
苦悩の表情を浮かべる息子を皇帝はただじっと見つめていた。
父に先んじてロランが広間に踏み入ると、集まった諸侯がそれぞれ歓談に興じていた。青い顔をした第四皇子を見るなり、皆ぎょっとして振り返ったがロランは一向に気にならなかった。頭は皇太子レースのことでいっぱいだった。
無意識に兄皇子の姿を探したが、その影はどこにもない。二人ともまだ到着していないようだ。
皇太子レースのことが本当ならば、この復活祭こそ諸侯を取り入れる絶好の機会のはず。皇族の末席とはいえ発言力はその辺の貴族の比ではない。自陣に引き込めれば有利になるのは間違いないのだ。それなのにどうしたことか。
欝々としたロランを案じてか、それとも他の思惑あってのことか、フローズヴィトニルソン候――グレイブ・フォン・フローズヴィトニルソンが声をかけてきた。
「酷い顔色をなさっているな。無理をせずに椅子にでも座っているといい」
「……大丈夫です。ご心配なく。それよりも、兄様方はまだいらっしゃっていないのですね」
冷たい水を一杯だけもらってゆっくり流し込むと少しだけ気持ちが落ち着いた。
「いくら何でも遅すぎる気がしますね……」
「ああ……リヒャルト殿下も今年ばかりは来るはずだが。何しろ御子のお披露目をせねばなるまい」
ロランは苦笑を浮かべた。
グレイブは皇帝の実弟、要するにロランの叔父だ。彼はリヒャルトの後見も務めている。フローズヴィトニルソンの分家筋――ハイジーン家からリヒャルトに嫁を出しているのだ。
叔父もリヒャルトをどうにか皇太子にと考えているのだろう。引きこもってばかりで気が向いた時にしか外に出ないリヒャルトに気を揉んでいることは間違いない。
「僕、この間リヒャルト兄様に図書館でお会いしたんです。珍しかったからお茶もして。でもそれ以来お見掛けしませんね。僕も御子の顔を見たかったのに、先触れを出したのに何の反応もないから結局お屋敷にも行けずじまいですよ」
「そうか。図書館か……。あれは本が好きだからな。今日は来ると約束したが、ここまで何の連絡もない。人前に出る緊張のあまり腹でも下してしまったのだろうか」
「それもあるかもしれないけど。土壇場になって嫌になった、なんてこともあるかもしれませんよ」
「縁起でもないことを言わないでくれ」
グレイブは頭を抱えた。
「ロラン殿下とてお分かりだろう。今日ほど大切な日はないのだ。アデレイド候は一番乗りで登城したと聞いているから、もう根回しは完璧なのだろうな。はあ……。せめてブラーヴ候があと一歩遅く到着していたら接触する機もあったのだが」
「出遅れたんですね、叔父上」
「うっ、痛いところを突くな。自分でも分かっているのだ……」
皇太子レースを意識していることは明白だった。このフローズヴィトニルソン候は父と違って素直であり、駆け引きが酷く苦手なのだ。やることは大体裏目に出ている気がする。
そもそも争う関係にあるはずのロランにそのようなことを漏らすこと自体、間違っている。
ロランの認識が正しければ、ブラーヴ候は元々レグルスを支持していた。娘のグレイシアを妃に差し出しているのだ。そのレグルスはウィストに向かったため候補から外れている。つまり、三公のうち中立なのはブラーヴ候だけだろう。早期に接触しておけば皇太子レースの勢力図も大きく変わったはずだ。
グレイブは深い溜息をついた。
「アデレイド家は二人も候補者を抱えながら本当によくやっている。一人に絞らないところが流石というか」
「そんなの。僕はおまけみたいなものでしょう。皆が意識しているのはルーク兄様ですよ」
「何を馬鹿なことを。ロラン殿下とて立派な候補者だろう。レグルス殿下がいなくなり皇子達の均衡も変わった。だからこそ、諸侯は誰につくべきか決めあぐねて迷走している。兄上は血統でも年功序列でもなく、実績で皇太子を決めるだろうし。……それで皆が納得するかどうかは別だが――っと、ロラン殿下相手だとつい口が軽くなってしまうな」
グレイブは気まずそうに頬を掻いた。ロランも候補者の一人であると言ったその口でぺらぺらと内情を話しているのだから世話ない。
「今更そんなこと気にしなくたって。僕が本気で帝位を狙っていたら、叔父上を真っ先に調略するところですけど、今のところは微塵も考えていませんから」
「そうやって油断させるおつもりか? 可愛い顔をして腹黒いな」
「違いますよ。僕は本当に皇太子になんてなりたくないんです。ルーク兄様が玉座に君臨されるくらいなら、僕はリヒャルト兄様を応援しますよ」
尻すぼみになっていくロランの声にグレイブは目を大きく見開いた。
「その言葉は本心か」
「叔父上はこんなに可愛い甥っ子をお疑いになるんですか?」
潤んだ瞳で見つめられ、グレイブはたじろいだ。
「いやいや、分からんぞ。殿下は昔から調子がいいところがおありだから。その手に何度引っかかってきたことか――」
「今回は本当に本当に本っ当ですよ! 皇帝なんて無理ムリ!」
「ならばリヒャルト殿下を共にお支えして下さるか」
ロランはあっさり首肯した。
派閥を勝手に作った者達には悪いが、兄達と諍いになるくらいであればリヒャルトを支持する方がずっといい。
何より、ただ指をくわえて見ているよりも、リヒャルトを応援することで間接的に皇太子レースに関われることがロランの心を軽くした。
リヒャルトとの同盟を決意したその時、会場にはざわめきが起こった。
外から悲鳴が上がる。
「城の敷地内に魔獣が!」
すぐさま衛兵が集まり、城内に潜伏した魔獣の捜索と駆除に乗り出した。
「破魔の聖女の再臨を祝う祭事になんと不吉な」
「教会をないがしろにしてきた故に神の怒りを買ったのではあるまいな」
心無い諸侯の声があちこちで囁かれた。面と向かって批判するには恐ろしく、陰口を叩くことでしか意見できないような勝手な輩には腹が立つ。
憤りを隠せず、ロランも衛兵に続いて飛び出した。何故か己が魔獣を仕留めねばならない、そんな気がしたのだ。ロランを止めようと伸びてきた腕を軽くかわして夢中で駆け出すと、中庭に出たところで三つの影が飛び込んできた。
一つは巨大な熊に似ており、一つは長身の男の姿、そしてもう一つ――華奢で儚げな女性。
華奢な女性の足元には青く輝く魔法陣が浮かび上がり、水面のように揺らめく空間からは美しい一角獣が顕現した。
(――召喚獣だ)
一角獣は魔獣に向かってまっしぐらに駆けた。その鋭利な角が魔獣の胸元を深く貫くと醜い絶命の声をあげて魔獣は力尽きた。
夜風に女性のベールが揺れる。淡く輝く白銀の髪が垣間見え、ロランの鼓動は大きく跳ねた。
まさか、そんなことがあるのだろうか。一緒にいたのは、見間違えでなければ――。
(ーー義姉様? どうしてルーク兄様と……)
復活祭の当日。
陽が落ちるまで小雨が続き、夜には雨雲が散って晴れ間が覗いた。
辺りを漂っていた淀みは全て流され帝都の空気は澄み渡り、濡れた地面の香りが立ち込めている。
頭上には、銀の砂や色とりどりの宝珠を撒き散らしたかのような眩いばかりの星空が果てなく広がっていた。その星々の煌めきは、手を伸ばせば簡単に掴めそうなほど明るく美しい。
城下町の通りでは至る所に灯篭が灯り、露に濡れた真紅の薔薇が家々を飾る。
橙色の灯りが夜の街を揺蕩い、暖かな光に照らされて浮かぶ薔薇は艶やかだ。
どこか幻想的な景色の中、大通りを埋め尽くすのは人の波だ。通りの脇に構えられた店には普段出回らない珍しい品々が並んでいる。
それほどこの祭事は特別なのだ。
馬車に揺られながら復活祭に沸く街並みを眺めていたロランは、毎年のことながら綺麗な景色だと嘆息した。
灯篭の光を受けて淡く輝く乙女の薔薇は、先が見えない闇の中にあっても、世が戦いで荒みきっていても、どこか人々に希望を抱かせてくれる――そんな気がした。
かつては実在した破魔の薔薇も人々に希望の光を与えたというが、それも頷ける。何にせよ、乙女が丹精を込めて育てたというだけで価値がある。
城に到着して馬車から降りると侍従が恭しく出迎えた。
「お待ち申し上げておりました、ロラン殿下」
「兄様方はもう御着きか?」
「いいえ、殿下が一番乗りにございますよ。ですが丁度よろしゅうございました。陛下がお待ちです」
「父――陛下が? 僕を?」
脱いだ外套を預けながらロランは怪訝そうに首を傾げた。
この機に勅命の意を聞けるのだろうか。だとすれば、願ってもないことではある。
ずっと気にはなっていた。
宙ぶらりんのままここまで来てしまったし、結局ただレグルスから引き離されただけで、何故呼び戻されたのか分からないままではあんまりである。
「……分かった。このまますぐ参る」
「それがよろしゅうございます。陛下も殿下のご尊顔を見ればさぞやお喜びになられるでしょう」
「そうだろうか……」
復活祭だからと言って息子を待ちわびるような父親でもない。
苦笑を浮かべるロランを先導し、侍従は大きく頷いた。
「無論です。復活祭だというのに第一皇子も第二皇子も一向にいらっしゃる気配がなく、陛下も沈んでおられましたよ」
「父上が……想像できないなあ」
あの冷厳とした父が。息子達があまりにも遅いから寂しくて沈み込む?
なんだかおかしくてロランはふふっと笑った。
「公爵も来ていないの? 三家とも?」
「アデレイド候はいらっしゃっております。ブラーヴ候とフローズヴィトニルソン候はこれから」
「そう……叔父上はさぞや気まずいだろうな」
皇族である三公――アデレイド、ブラーヴ、フローズヴィトニルソン――は城で行われる晩餐会に必ず参加することになっている。その他、公爵や皇族の娘が降嫁したことにより皇族の末端に加えられた諸侯も招待されるし、皇帝が個人的に招いた者――主に功労を讃えられた軍部将校や文官だ――が晩餐会に参列する。
市井でいう親戚の集まりである。
皇族の血筋を引くものが一堂に会する機会は復活祭以外ほぼないので貴重でもあった。ロランは人の名前と顔、その者の身分を覚えるのが得意ではあるが、皇族関係は毎年増減するのでなかなか大変である。去年まで一臣下にすぎなかった者がどこぞで皇族の血を引く娘を嫁にもらえばもう親戚――そういう関係だから。
今のアデレイド候は娘婿。皇族とは血のつながりがないためこういった行事では肩身は狭い様子だった。元は辺境伯の次男坊、出自は決して悪くはないし、仕事もできる人なので皇族からの評判もいい。ただ、祖父の目は一際厳しかった。もっと広く人脈を持てとせっついて困らせては、諸外国の貴族達の主催する夜会に参加させている。今回も祖父に何か言われたに違いない。
公爵家はまだ揃っていないが、招待客達の何組かは既に登城しているとロランの先導をしながら侍従は話した。
晩餐会の会場を通り過ぎれば香ばしいかおりが漂ってくる。きっと焼きたてのパンや肉料理を並べているのだろう。
甘いマフィンの匂い、外は油でサクッと揚げて中はふわふわになった白身魚のフリッター、赤魚のムニエル、チーズをふんだんに使った海老マカロニグラタン、子羊のステーキ、しっかりと裏ごしした南瓜のスープに甘く柔らかい春キャベツのサラダ、氷室で冷やした果実のゼリー……今年の料理は一体なんだろうと想像しただけで空腹になる。料理長はロランの希望も聞いてくれただろうか。カリカリに焼いたベーコンにゆでた卵や野菜を焼きたてのパンで挟んだもの、胡桃やナッツ、よく乾燥させたベリーの実を混ぜこんで焼いたパン、蜂蜜とクリームをたっぷり乗せたトースト――どんなパンでも仕上げてみせると料理長は豪語したのだから、きっと大層なものが出てくるに違いない。
料理に気取られていたロランだったが、侍従の一言で引き戻された。
「今年は珍しくリヒャルト殿下もお越しになられるとか。御子のご誕生もありましたし、顔見せもかねてのことでしょうが……ここでレグルス殿下がおられないのが悔やまれますね」
「うん……」
四人兄弟が揃うことは近年ほとんどなかった。
去年の復活祭は体調不良を理由にリヒャルトは参加していない。公の場に出ること自体本当に久しぶりだ。子が生まれていなければ恐らく今年も引きこもりを決めたことだろう。
レグルスは戦場にいることがほとんどだったが、この復活祭の時期には必ず帰還していた。――今年は流石に難しそうだ。
レグルスがいない復活祭は初めてだ。
心に大きな風穴があいたようなこの虚しさは、きっと他の誰にも埋められやしない。
ロランは大きなため息を一つついて、回廊を歩いた。
皇帝がロランを待っていたのは、薔薇園が良く望める東屋だった。夜風に吹かれてなびく金髪は老いてもなお艶があり、六十近いとは思えないほどその体つきは引き締まっている。流石は武断の皇帝といえようか、その圧倒的ともいえる覇気は今でも衰えていない。どこか冷厳さを湛えた深い青緑の瞳がロランを捉えると、少しだけその表情が和らいだ。
ロランは皇帝の前に進み出てにっこりと微笑んだ。
「父上、招致に応じ参上いたしました」
「ほう、随分と堅苦しい挨拶をするようになったものだな。アレの側に置いたことで少しは成長したか、ロラン」
「はい。レグルス兄様の御側は大変勉強になります。本当に別れるのが惜しいくらいで……。それを踏まえて、父上の前でも、もう少しわきまえた振る舞いをした方がいいかなと思って」
皇帝は顎鬚を撫でつけ太い笑みを浮かべた。
「なるほど。あちらではレグルスは息災であったか」
「はい。気になるならレグルス兄様も呼び寄せたらいかがでしょうか。お顔を見て確認したほうが父上だって安心でしょう」
「お前はいつも下らぬ戯言を申す。レグルスは既に我が手を離れたのだ。あれはもう、セラフィトの人間ではあるまい。今更呼び戻されたところで虚しいだけであろうよ」
「そう、でしょうか。僕はそんなことないと思いますよ。他でもない父上にお声がけいただければ……。それに、いくらウィストに行ったからといって兄様が僕たちの家族であることには変わりないでしょう? どこにいたってレグルス兄様は僕の自慢の兄様ですから」
「違いないな。どうあっても血のつながりを断つことなどできまい。確かに、どこへ逃れようと我が子であることには変わりない」
ロランはくつくつと笑う父を前にして無邪気に首を傾げた。何よりもレグルスが最も認めてもらいたがっていたのは父だ。その功績を讃えるために祖国に呼べば、歓喜すること間違いないだろうに。
それが父には分からないのだろうか。
悶々とするロランに皇帝は隣に座るよう促した。東屋の卓には琥珀色のウィスキーが並々と注がれたグラスが置かれている。ロランは晩酌の相手もなく一人酒を呷っていた父に苦笑しつつ腰掛けた。
「こちらが呼び出したくとも、今はその時ではあるまい。ウィストは不安定だ。それは実地で見てきたお前が誰よりも把握しておろう」
「それは……はい」
ロランは素直に頷いた。
帝国への反感は根強くあり、レグルスも苦労していた。そして起こったらしい内乱。正直、復活祭どころではないだろう。
「大公も姿を消したと聞いている。国家中枢も混乱している。レグルスも頭を抱えておることだろう」
「義姉様が!? 一体どこへ」
「さて、どこに消えたのだろうな。こちらでも探らせているが、真相は未だ知れぬ」
父の瞳が陰った。
「召喚士は貴重だ。国を出て他国にでも発見されれば即囚われる。それが教会の勢力圏外であればよいがな」
「教会の影響が強いところだと……処断、ですか?」
「皆まで言わずとも分かろう」
眉間の皺を深くする父にロランは物憂げに俯いた。
自分がウィストを離れなければ、内乱の時にレグルスや義姉を手助けできたかもしれない。義姉が姿を消すこともなかったかもしれない。だが、ロランに一体何ができただろう。戦場に出たこともなければ、兵の指揮をしたこともない。これまで呑気に遊んでばかりいて、難しいことは周囲の大人達に任せてきた。結局何もできなかっただろう。それなのに心の奥ではレグルスを見下していた。その事実を思い返すと、胸が抉られるくらい苦しかった。
「ご無事であればよいのですが……」
「そう案ずることもあるまい。ウィストの娘はそこらの兵士などより数段上手だ。一見清廉そうな印象を受けるが実際は相当強かだろう――違うか?」
「おっしゃる通りです」
ロランは驚きを隠せず目を瞬かせ、大きく頷いた。
父はウィストの義姉の詳細まで調べていたのだろうか。一体どこまで知っているのだろうか。
「並大抵の者に彼女は扱えまい。逆に手玉に取られて終わりだろう。レグルスはどうであったか知らぬがな」
「兄様はともかく、僕は手玉に取られましたよ」
「そうか」
父は低く笑ってウィスキーを呷った。
「話は変わるが、ロランよ。アデレイドの目付け役を振り切って逃げ回っていると伝え聞いたが、それほど彼の者らの目は嫌か。アデレイド候もどうしたものかと困っておる」
「……そういうわけでは。ただ、なんだか窮屈で。それに、勝手に僕の派閥を名乗って兄様達の取り巻きといがみ合っている貴族もいるんですよ。僕、派閥なんて作った覚えないのに。リヒャルト兄様から聞いたんですけどね、他所では僕の右腕を自称してるアデレイド家傘下の諸侯もいるとか。何だかなーって感じ。僕を見る皆の目がこれまでとは違う。それが酷く恐ろしいのです。兄様方に比べたら僕は未熟です。それは誰よりも僕が一番理解している。たとえ形だけの力や権限を与えられても、それをうまく扱える自信はありません。それなのに皆僕に何か過度な期待をしている。そんな気がするのです。……貴族が何の見返りもなく皇子に寄ってくるわけがないですから」
「臆面もなく言ってのけるところはまだ幼いな。諸侯が取り付く島もないわけだ。すり寄ってくる者どもは煩わしいか?」
「あの……はい。一緒にいて勉強になるとか楽しいとか、そういうことならまた話は別なんですが……言っては悪いけれど今僕の周りに来る人たちはあまり信用ならないのです」
「そうか。分からぬでもない」
父は顎髭を撫でて頷いた。
「打算的に群がってきた連中は往々にして面倒だ。碌な実績もない家名だけが独り歩きしているような貴族と付き合うと特にそう感じる。こちらには何の益もなく、無為な時間ばかりが過ぎていけば苛立たしいことこの上ない。だがな、中には使える奴が一人二人は紛れているものだ。よくよく相手を見て囲うか囲わぬか決めればよい。血統や家柄をちらつかせてくるような連中は馬鹿が多いが、その人脈の広さはなかなかのものだぞ。あちらはこちらを利用するつもりで近寄ってくるが、こちらも同じく利用してやれ」
「それ、レグルス兄様も同じようなことを言ってました」
それを聞いて父の口元が緩んだ。
「そうか……」
暫く父は物思いに耽るように黙り込んでいたが、やがて口を開いた。
「お前はまだ小さいが賢い。それは他の皇子にも引けをとらぬだろう」
「お褒めいただき光栄です、父上」
皇帝はまじまじとロランを見つめた。
「十五か……ついこの間までわしの膝の上で遊んでおったのが嘘のようだ。月日の流れはまこと早いものよ」
「僕だっていつまでも子どもではありませんよ」
「そうだな。お前はもう大人のひとりとして数えられる。それから帝位を継ぐ器として皆がお前を意識する」
ロランは目を丸くして父を見つめ返した。
「僕がその器なわけないじゃありませんか! 兄様達と争ってまで皇帝になんてなりたくないし」
何より皇帝になれば自由はない。ロランは更に言い募った。
「皇帝に相応しいのはルーク兄様やリヒャルト兄様でしょう? 僕なんてまだ子ども……いえ、大人になりたての雛で全然頼りにならないし、皆の上に立つような器量もありません!」
「斯様なくだらぬ理由で帝位を望まぬか、ロラン。実に愚かだな。年長者だからと言ってその器に相応しいわけではないのだ。正直なところ、身分や血統など実にくだらんとは思う。魔力主義に基づく古臭い身分制度など完全に廃してやりたかったが、流石のわしでもそこまで至らなんだ。役職に見合った能力があれば積極的に登用すればよいものを、一部の者は依然としてそれに固執しておる。アデレイド家など最早妄執の域だ。セラフィト皇族に深く連なる血筋であるが故、未だ無駄に高い矜持を持っておる。厄介よの」
嘲笑を浮かべて吐き捨てると、父は動揺するロランに言った。
「特に年功序列など帝位においては無意味だと知れ。皇位継承順など所詮は飾りだ。皇太子を決めるのはあくまでも皇帝、それを支持するのは三公と司教枢機卿。三公が首を縦に振らねば太子とはならぬ。諸侯を納得させ、人脈を築き、三公の支持を得ることが肝要だ。覚えておくがいい」
「いいえ、別に覚えなくても結構です。興味ないもの」
「ならば頭の片隅にでもとどめておくのだな。そのうち否が応にでも皇太子レースに参加することになろう」
ロランは否と首を振った。
「こっちは辞退したいのに?」
「お前には選択権はない。皇子を見定め、決めるのはわしだからな」
「でも……」
ロランは渋面で父を見上げた。
「あれと対立するのがそれほど恐ろしいか。お前もルークも同じアデレイドの血を引き、代は同じだ。潜在能力を含めればお前もルークとそう変わらぬはず」
セラフィトの魔法『英雄の血統』は成長促進の魔法だ。代を重ねるごとに強くなる。父はそれを言っているのだ。
「皇帝になるなら、そんなものより大切なものが他にあると僕は思うんですけど……」
「それはお前の言う通りだな。判断力、決断力を求められる。更にその双肩には国の全てが圧し掛かろう。重圧に耐え、国を守り、導かねばなるまい」
国に生きる何千万もの民の命を預かり、時に非情な決断を下さねばならない。
その責を負う――考えただけでも恐ろしく、ロランには無謀なことにしか思えなかった。経験豊富な父や兄達には容易なことなのだろうが、これまで実務をほとんど担ってこなかったロランにしてみれば帝位に就いて国の運営を行うのは難題以外の何ものでもない。皇帝を支える立場にある老獪な重鎮達と渡り合える気もしないし、諸外国との交渉もうまくできるとも思えない。そもそもそういった勉強は避けてきた。帝位からは一番縁遠い位置にいるのだとロランやその周囲の者達も信じて疑わなかったはずだ。だからこそ窮屈な貴族社会に縛られることもなく自由でいられたのだし、レグルスの側にいても咎められなかったのだから。
ロランは苦し気に皇帝に問う。
「父上は、結局何をおっしゃりたいのですか。帰還のご命令は皇太子レースに参加させるため? そんなの……たった一言、父上がやれとおっしゃるなら僕は皇太子にだって何だってなりましょう。ですが、まだ父上のお心が定まらず兄弟で争わせてお決めになるというのなら、僕は最初から帝位など望みません。兄様達を蹴落としてまで手に入れたいとは思わない。――欲しくないのです。兄様達と対立しなければ皇帝になれないというのなら、僕は皇族の名を捨てて野に下りたい」
皇帝は苦笑を浮かべた。
「なるほど、見上げた覚悟だ。しかしそれほど嫌か。ならば、ルークとリヒャルト――そのどちらを皇太子に選んだとしても依存あるまい。ルークは既に動いておる。リヒャルトは……その取り巻きが何とかその気にさせようと懸命に説得しておるようだが、まあ、難しかろう。お前はこのレースの行く末を指をくわえて見ているのだな。そして大人しく臣籍に下るがいい」
ロランはそこで息を呑んだ。
ルークと対立するのは確かに恐ろしいが、ルークがセラフィトの玉座に就くのはもっと恐ろしい予感がする。
かといって、あの兄がリヒャルトに後れを取るとも思えない。
人に首を垂れることを知らず、人に従うことを知らない。
父たる皇帝の言うことすら渋々聞く程度だ。
仮にルーク以外が皇帝になったとして、無理矢理その頭を押さえつけて屈服させたところで、いつか寝首を掻かれるのは明白だろう。
邪魔だと感じれば躊躇いなく消されるだろうし、怖気づいて逃げ出せば狩りを楽しむかのようにどこまでも追ってくるに違いない。
ルークはそういう人間だとロランは知っていた。
そんな者が皇帝として君臨したらこのセラフィトは一体どうなってしまうことか。想像すると恐ろしくて鳥肌が立った。ロランはただただ戦慄した。
皇太子にはなりたくない。だからと言って、ロランに何ができるのだろう。
苦悩の表情を浮かべる息子を皇帝はただじっと見つめていた。
父に先んじてロランが広間に踏み入ると、集まった諸侯がそれぞれ歓談に興じていた。青い顔をした第四皇子を見るなり、皆ぎょっとして振り返ったがロランは一向に気にならなかった。頭は皇太子レースのことでいっぱいだった。
無意識に兄皇子の姿を探したが、その影はどこにもない。二人ともまだ到着していないようだ。
皇太子レースのことが本当ならば、この復活祭こそ諸侯を取り入れる絶好の機会のはず。皇族の末席とはいえ発言力はその辺の貴族の比ではない。自陣に引き込めれば有利になるのは間違いないのだ。それなのにどうしたことか。
欝々としたロランを案じてか、それとも他の思惑あってのことか、フローズヴィトニルソン候――グレイブ・フォン・フローズヴィトニルソンが声をかけてきた。
「酷い顔色をなさっているな。無理をせずに椅子にでも座っているといい」
「……大丈夫です。ご心配なく。それよりも、兄様方はまだいらっしゃっていないのですね」
冷たい水を一杯だけもらってゆっくり流し込むと少しだけ気持ちが落ち着いた。
「いくら何でも遅すぎる気がしますね……」
「ああ……リヒャルト殿下も今年ばかりは来るはずだが。何しろ御子のお披露目をせねばなるまい」
ロランは苦笑を浮かべた。
グレイブは皇帝の実弟、要するにロランの叔父だ。彼はリヒャルトの後見も務めている。フローズヴィトニルソンの分家筋――ハイジーン家からリヒャルトに嫁を出しているのだ。
叔父もリヒャルトをどうにか皇太子にと考えているのだろう。引きこもってばかりで気が向いた時にしか外に出ないリヒャルトに気を揉んでいることは間違いない。
「僕、この間リヒャルト兄様に図書館でお会いしたんです。珍しかったからお茶もして。でもそれ以来お見掛けしませんね。僕も御子の顔を見たかったのに、先触れを出したのに何の反応もないから結局お屋敷にも行けずじまいですよ」
「そうか。図書館か……。あれは本が好きだからな。今日は来ると約束したが、ここまで何の連絡もない。人前に出る緊張のあまり腹でも下してしまったのだろうか」
「それもあるかもしれないけど。土壇場になって嫌になった、なんてこともあるかもしれませんよ」
「縁起でもないことを言わないでくれ」
グレイブは頭を抱えた。
「ロラン殿下とてお分かりだろう。今日ほど大切な日はないのだ。アデレイド候は一番乗りで登城したと聞いているから、もう根回しは完璧なのだろうな。はあ……。せめてブラーヴ候があと一歩遅く到着していたら接触する機もあったのだが」
「出遅れたんですね、叔父上」
「うっ、痛いところを突くな。自分でも分かっているのだ……」
皇太子レースを意識していることは明白だった。このフローズヴィトニルソン候は父と違って素直であり、駆け引きが酷く苦手なのだ。やることは大体裏目に出ている気がする。
そもそも争う関係にあるはずのロランにそのようなことを漏らすこと自体、間違っている。
ロランの認識が正しければ、ブラーヴ候は元々レグルスを支持していた。娘のグレイシアを妃に差し出しているのだ。そのレグルスはウィストに向かったため候補から外れている。つまり、三公のうち中立なのはブラーヴ候だけだろう。早期に接触しておけば皇太子レースの勢力図も大きく変わったはずだ。
グレイブは深い溜息をついた。
「アデレイド家は二人も候補者を抱えながら本当によくやっている。一人に絞らないところが流石というか」
「そんなの。僕はおまけみたいなものでしょう。皆が意識しているのはルーク兄様ですよ」
「何を馬鹿なことを。ロラン殿下とて立派な候補者だろう。レグルス殿下がいなくなり皇子達の均衡も変わった。だからこそ、諸侯は誰につくべきか決めあぐねて迷走している。兄上は血統でも年功序列でもなく、実績で皇太子を決めるだろうし。……それで皆が納得するかどうかは別だが――っと、ロラン殿下相手だとつい口が軽くなってしまうな」
グレイブは気まずそうに頬を掻いた。ロランも候補者の一人であると言ったその口でぺらぺらと内情を話しているのだから世話ない。
「今更そんなこと気にしなくたって。僕が本気で帝位を狙っていたら、叔父上を真っ先に調略するところですけど、今のところは微塵も考えていませんから」
「そうやって油断させるおつもりか? 可愛い顔をして腹黒いな」
「違いますよ。僕は本当に皇太子になんてなりたくないんです。ルーク兄様が玉座に君臨されるくらいなら、僕はリヒャルト兄様を応援しますよ」
尻すぼみになっていくロランの声にグレイブは目を大きく見開いた。
「その言葉は本心か」
「叔父上はこんなに可愛い甥っ子をお疑いになるんですか?」
潤んだ瞳で見つめられ、グレイブはたじろいだ。
「いやいや、分からんぞ。殿下は昔から調子がいいところがおありだから。その手に何度引っかかってきたことか――」
「今回は本当に本当に本っ当ですよ! 皇帝なんて無理ムリ!」
「ならばリヒャルト殿下を共にお支えして下さるか」
ロランはあっさり首肯した。
派閥を勝手に作った者達には悪いが、兄達と諍いになるくらいであればリヒャルトを支持する方がずっといい。
何より、ただ指をくわえて見ているよりも、リヒャルトを応援することで間接的に皇太子レースに関われることがロランの心を軽くした。
リヒャルトとの同盟を決意したその時、会場にはざわめきが起こった。
外から悲鳴が上がる。
「城の敷地内に魔獣が!」
すぐさま衛兵が集まり、城内に潜伏した魔獣の捜索と駆除に乗り出した。
「破魔の聖女の再臨を祝う祭事になんと不吉な」
「教会をないがしろにしてきた故に神の怒りを買ったのではあるまいな」
心無い諸侯の声があちこちで囁かれた。面と向かって批判するには恐ろしく、陰口を叩くことでしか意見できないような勝手な輩には腹が立つ。
憤りを隠せず、ロランも衛兵に続いて飛び出した。何故か己が魔獣を仕留めねばならない、そんな気がしたのだ。ロランを止めようと伸びてきた腕を軽くかわして夢中で駆け出すと、中庭に出たところで三つの影が飛び込んできた。
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(――召喚獣だ)
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夜風に女性のベールが揺れる。淡く輝く白銀の髪が垣間見え、ロランの鼓動は大きく跳ねた。
まさか、そんなことがあるのだろうか。一緒にいたのは、見間違えでなければ――。
(ーー義姉様? どうしてルーク兄様と……)
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