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第5夜 叛逆

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 ◆

 竜から人の姿に変化した男は、この世のものとは思えぬほどに麗しかった。

『竜さまは、お空からいらっしゃったのですか? そこのゲートを通って?』

 長椅子に腰掛けて、足をぶらぶらとさせて訊ねる少女に、竜は苦笑を浮かべた。大きな手のひらで、少女の白銀の頭をひと撫でしたあと、躊躇いがちに頷いた。
 ウィスト公国がずっと守り続けてきた、天へと至る楽園の扉――『竜の門』と呼ばれる空に続く唯一の道。その道が開かれたのは、まったくの偶然のことだった。
 その門は、竜の因子を持つものにしか通れない。故に、そこから現れた彼は、竜に他ならない。
 輝くような碧玉の双眸。どんな宝珠よりも美しく、少女を捉えて放さない。

『正確に言えば――落とされてしまったのです』

 その言葉に吃驚して目を丸くする幼い少女に、彼は続ける。

『元々、私はここよりもずっと高いところに棲んでいたのです。小さな姫君。双子は凶兆、落とされるより他なかった』
『双子だと、何故いけないの? あなたはひとりぼっちなのですか?』

 首を傾げれば、竜は悲しげに瞳を眇め、苦笑を浮かべるだけだった。

『私が、ひとりぼっちに見えますか?』
『見えます』

 素直に頷く少女に、竜はくっと喉を鳴らした。

『とても、寂しそうにみえます』

 竜は虚を衝かれたような顔をして、そのあと声を立てて笑った。少女は真剣な顔のまま、竜の顔をじっと覗き込む。

『では聡く小さな姫君。しばらく、私のお相手をしていただけますか?』
『わたしでよろしいのでしょうか?』
『もちろん。小さな姫君』

 手を差し伸べられ、少女は竜の大きな手を取った。

『わたしも退屈していました。お兄さまもお父さまもお母さまも、みんなわたしを置いて、外に行ってしまったから』
『小さな姫君、あなたは外の世界にあこがれていらっしゃるのですか?』
『あこがれていないと言えば、嘘になります。でも、わたしが外に出ると、皆悲しそうな顔をするから、このままでもいいのです』
『ああ……。なんと痛ましい……』
『あなたは、わたしをかわいそうだと思いますか?』
『ええ。できることならば、救って差し上げたい』

 少女は竜の言葉に戸惑った。救って欲しいと思ったことはない。今、少女を取り巻く世界はとても穏やかで、平和だった。父と母と兄。それから優しい女官達に囲まれて、少女は毎日、変わらない日々を送っていた。
 
『自由を知らない小さな姫君。いつか貴女を、外の世界にお連れするとお約束します』
『お外の世界にいけるのですか?』

 声を弾ませ、瞳を輝かせた少女に、竜はにっこりと微笑んだ。
 けれど、少女は咄嗟に想像する。自分の大切な人たち。兄や両親から離れ、もしも自分ひとりだけ、誰も知らない場所に行ったら――そう考えると悲しくて、寂しくて涙が溢れてきた。
 手の甲で涙を拭い、赤らんだ目でじっと竜を見上げる。
 竜は再び苦笑を浮かべ、少女の目の前にしゃがみ込み、濡れた宝珠のように煌く瞳を覗き込んだ。同じ目線に竜の美しい青があった。吸い込まれそうなその鮮やかさ。少女は息を呑む。

『いつか、ここを出て、外へ行きたくなったら私の名を呼んでください。私の真の名を――……』



 ◇
  
 レグルスが孤児院に帰ってくる頃には、辺りはすっかり夜の闇に包まれていた。
 アルとメリルの二人を連れて孤児院の門をくぐると、ソフィが今にも泣きそうな顔で出迎え、交互に二人の子どもを抱き締めた。

「心配したのよ。無事に帰ってきて、本当に良かったわ」
「先生……!」

 ソフィの胸に抱かれて、メリルがわっと泣き出した。よほど、怖かったに違いない。

「ごめんなさい。お使いを頼んだ先生が悪かったわ。もう、あなた達を危ない目には、遭わせないからね」
「ベル姉、帝国兵に捕まったわたしを助けてくれたのに、お礼もできなくて、どっかいっちゃって……!」

 あの時、帝国兵へと毅然と向かっていった女がベルなのだと思い至るのに、そう時間は掛からなかった。
 だが、ソフィが事前に言っていたような笑顔は見られなかったし、どちらかと言えば、その雰囲気は冷たく、到底子ども達に懐かれているとも思えない。懐き具合で言えば、レグルスの方が懐かれていると思えるくらいだ。
 ソフィはレグルスが彼女をきっと気に入ると断言していたがあれのどこに。

(惹かれる要素が……)

 むっつりと腕を組み、レグルスは壁に寄りかかった。
 しゃっくり上げながらも一生懸命訴えるメリルに、ソフィは涙を拭い、優しく微笑んでから頬にキスをした。

「そう。ベルが助けてくれたのね。大丈夫よ。ベルならまた来るわ」 
「本当?」
「ええ、本当よ。ベルだって、あなた達にとーっても会いたいんだもの。それにね――」

 ソフィはくすりと笑って、部外者であるはずのレグルスの方を見つめた。つられて子ども達もレグルスへと注目し、レグルスは居心地が悪くなって顔を顰めた。

「何だ?」
「興味があるみたいよ。あなたにね」
「はあ?」

 素っ頓狂な声を上げたレグルスに、ソフィはただ笑うだけだった。当のレグルスはわけが分からない。
 確かに去り際、彼女は「また、お会いしましょう。特異なお方」と言い残して消えた。一方的に再会を約束され、興味を抱かれたとあっては奇妙なことこの上ない。
 レグルスのどこに、興味を惹かれたというのだろう。

(変な女だ)

 部屋の中に子ども達を入れた後、居間に残ったのはレグルスとソフィだけだ。誰かが訪れていたのか、卓上には飲みかけの紅茶のカップが三つ置いてある。二つのカップには口紅の跡が残っていた。
 ソフィはレグルスに椅子を勧め、ポットに沸かしたばかりの湯を注ぎながら口を開いた。

「ベルに会ったのでしょう。どうでした?」
「どう、と言われてもな……」

 脳裏に彼女の姿が閃く。
 下種な輩に捕らえられた時ですら、怯えることなく毅然としていた。
 あの度胸は普通の女では在り得ない。ただ、少女を庇って立ち向かう後姿は、どこか冷厳として確かに美しいと思った。
 それに、彼女から漂う気配や匂いは、レグルスが焦がれて、無意識に追い求めたそれに、酷似していた。
 間違えるわけがないーーそう思うのだが、あれが果たしてレグルスの求めるその人である確信はない。
 左手の薬指に嵌めなおした指輪を、じっと眺める。ベルの指に、指輪があったかどうか、覚えていない。
 美しい銀細工の指輪。これに、魔法がかけられているなど知る由もなかった。
 外さなければよかったと、今更ながら苦い思いが込み上げてくる。
 レグルスへと心が向けられないことくらい、分かっていたこと。それを今更確認したところで、何故こうも傷ついているのか、正直理解できない。
 相手はあのマリアベルだ。
 心を鉄の鎧で武装しているのかと思うほどに無表情で、人前で笑う姿など終ぞ見たことが無い。
 レグルスがマリアベルの表情で思い浮かべられるのは、胸を衝かれるほどの慟哭と、それから無情な冷たい目。それ以外に一体何があるというのだろう。
 レグルスは、マリアベルのことを何一つ知らないのだ。
 知る必要もないと思っていた。

「あれだけの邂逅で、どうこう思うほうがおかしいだろう」

 レグルスはソフィから視線をはずし、そう吐き棄てた。

「第一印象というものは、とっても大事なんですよ。ベルはね、貴方の姿に興味を惹かれたそうよ」
「俺の容姿に?」

 またか。
 レグルスはため息をついた。
 女というのはどうして――
 そう腐りかけた時。ソフィの続けた言葉に、レグルスは思いっきり引っ叩かれたような心地になった。

「黒い髪に竜の目を持つ方。そんな方は、この世にきっと、二人といない――。ベルの憧れの方の姿に、貴方を重ねたのね」

(俺自身に興味があるんじゃなくて、別の誰かの代わりかよ……!)
 
 愕然とした。
 そんなことを思ってしまう自身に。

(どうかしてる。別にいいではないか。見ず知らずの女が、俺を誰に重ねていようが……) 

 誤魔化すように鼻で笑って、レグルスは力任せに机を叩いた。

「こんな風体の男が、その女の理想の姿だと? 馬鹿なのか、そのベルとかいう女は!」
「あらあら。そんな穿った風に捕らえなくても、何も外見だけに興味を持ったわけじゃないわ。メリルのこと、真っ先に助けてくれたのでしょう?」

 そういう姿勢がベルの興味を引いた、そう言ってソフィは笑うが、それにどれほどの信憑性があろうか。どうせ、外見が似ていたから興味を抱いたまでのこと。それ以外のところに、どうせ期待の欠片も寄せないくせに。
 レグルスが燻っている間に、ソフィはカップへ紅茶を注いだ。

「それにしても……最近の帝国兵はちょっと度が過ぎるところがあるわねえ」

 にこやかな表情を崩さず、ソフィは呟いた。

「今までは、何とか見逃してあげていたけれど、流石に子ども達にまで手を出されたら、わたしも黙ってあの人達の暴挙を看過するわけにもいかないわねえ。駄目ね。中立を貫こうって決めていたのに」

 おっとりと笑って、ソフィは紅茶の入ったカップと、焼き菓子を机の上に並べた。甘い香りが途端に鼻腔に充満する。レグルスの紅茶にはブランデーを注いで渡す。
 紅茶には散々な思いしかさせられていないレグルスだったが、ここで断れるほど非道にもなれない。ルト以外がいれた茶などもう飲むまいと誓っておきながら、ここであっさりと破ることになろうとは……。
 レグルスは勧められるままにそれに手をつけた。
 口腔内に広がる芳醇な香り。上流階級の給仕でもしていなければ、このような味と香りは出せない。ソフィをちらりと盗み見てみれば、上品な仕草で彼女も紅茶を含んでいた。

「反撃に出るのか?」
「出来れば、帝国にたてつくような真似はしたくないわ。陛下の立場も悪くなるでしょうし」
「なら、どう裁く」
「さあ、どうしましょうか」

 愛らしい微笑を浮かべ、ソフィは小首をかしげた。お茶のお代わりはいかが、とそんな気安いことを訊ね、彼女は続けた。

「いっそのこと、レグルス閣下に直訴したいわ」
「それはまた、発想が突飛だな」
「そうかしら? わたし、レグルス閣下がそんな愚行をおよそ許すとは思えないの。だから訴状を差し上げれば動いてくれると思うのよねえ」

 人を見る目は確かなんだから、とソフィは呟いた。
 レグルスは平静を装い、口を開く。

「あんた、レグルスに会ったことがあるのか?」
「街で一度、見かけたことならあるけれど。そうね、甘い顔をしていたけれど、自ら失脚の隙を作るような、間抜けでもなさそうだったわ。なんにしても、あの甘い笑みに眩ませられるようなら、彼をどうこうするなんて無理でしょうねえ。隙だらけに見えて、隙なんて全然なかったもの」

 レグルスは口をあけて言いかけた感謝の言葉を飲み込んだ。
 散々な言い様だが、少なくともソフィには、レグルスが間抜けに見えなかったというだけで、喜ばしいことだろう。扱き下ろされ、蔑まれ、憎まれることしかなかったが、時々下される些細な評価に、いちいち浮つく己が正直馬鹿らしい。
 しかしなかなかどうして、ただの孤児院の先生にしては鋭いことを言ってくれる。
 レグルスはソフィをじっと観察した。どこからみても、優しげな雰囲気の滲み出る、慈愛の塊のような人物にしか見えない。それでいて人の核心を衝くようなことを言ったりするのだから、どうにも食えない。
 その視線に気づいて、彼女は照れたように笑う。

「わたし、これでも昔は友人と二人でやんちゃしてたのよ。帝国兵の一人や二人くらいなら、どうにでもできるわ。流石に金獅子直属の部隊は、わたしの手に余るでしょうけど、見たところだとあの人達、あんまりたいしたことなさそうだし」

 おっとりとこともなげに言うものだから聞き逃してしまいそうになったが、この孤児院の先生は一体どんな経歴なのか気になるところである。歴戦の兵を相手にしても引けをとらないと断言するなど、あの高慢ちきなマナの顔がレグルスの脳裏を過ぎり思わず額を押さえた。
 よりにもよって、あの苛烈なマナと、このどう見ても穏やかな、孤児院の先生をしている女性を同列に扱おうとするなど。
 心なしか顔色が悪くなったレグルスを悪戯っぽく覗き込んで、ソフィはにっこりと笑った。

「あら、意外だったかしら?」
「ああ……」
「そうだ。貴方、アレンと正式に引き合わせてもらったのでしょう?」

 それが何を意味するのか、彼女には分かっているのだろう。空になったカップへ紅茶を注ぎ、ただ相変わらず穏やかに、レグルスを向かい合ってカップに口をつける。
 レグルスの印象に残っているのは、アレン・ハーデンスよりもむしろ、ネロとかいう男の方だった。風変わりな格好だったからとか、そういうのではない。
 変わった匂いがする。レグルスの勘が、あれは只者ではないと判じていた。

「ああ。あの熊男と道化みたいな野郎な」
「きっと、貴方が初めてね。アレンと――……ネロが直接会ったのは」
「そうなのか?」
「アレンもネロも、傭兵と顔を合わせて直に会話するなんてないもの。面が割れるのは、何かと面倒だし」

 そいつらが、レグルスには直接会ったと。
 もしや、レグルスだとばれているのではないかと勘繰るが、ソフィはただ、にこにこしているだけだ。

「ねえ、サードさん」
「……なんだ」

 自分で適当に考えておきながら、レグルスはその呼び方が好きではなかった。
 三番目サード。よりにもよって、その名前。 

「アレンはね、よくここに来て色んな話を聞かせてくれるわ」
「知っている」

 何を吹き込んでいるかは知らないが、恐らくソフィにもあらぬ帝国の――いや、レグルスの悪行を吹き込んでいることだろう。

「けれど、ここはあくまで中立の場所よ。反帝国派ではないし、わたし自身も祖国か反帝国か、どちらに組することもないわ。この孤児院を戦いに巻き込むつもりは全くないから」
「そうか」

 子ども達が巻き込まれる心配がない。それが分かっただけでも、安心できた。
 ソフィはカップを置いて、俯いた。

「この国は、やっぱりいびつなのかしら」
「不安定なことに間違いはないだろうな」
「在るべき姿ではないと――魔女である姫君を頂くこの国は、国の在り方として相応しくないとアレンは言うの。けれど陛下の心も知らないで、歪だと断言できるほど、わたしも浅はかではないつもりよ」

 ただ、魔女であるという理由だけでマリアベルを相応しくないと断ずるのは間違っている。正すべきはそこではなくて、帝国が介在しているという一点のみではないのか。あれほど清廉な魔女がいてたまるか。
 ますますアレン・ハーデンスという男が気に食わず、レグルスは鼻白んだ。

「陛下はこの国になくてはならない人だと思うわ。あれほど国のことを思い、国のために全てを捧げてきた人はいないもの。でもね、魔女が国に君臨することを良しとするのもまた違うと思う。アレンの言うとおり、国の在り方としておかしいのかもしれない」

 だが、レグルスは、魔女が頂に君臨する国を知っている。
 アルストリア山岳地帯。あの場所に唯一在る国こそは、魔女の国と呼ばれる魔術の国だ。

「何故魔女ではならない?」

 ソフィは苦笑を浮かべつつ、レグルスに返した。

「魔女はね、代々母から子へ受け継がれてきた魔力因子――わたし達魔術師は、実(み)と呼ぶけれど――それが魔法種に蝕まれ、それの魔力因子に置換されて、普通の人以上の魔力を持って生まれるもののことを言うの。魔女を生み出す魔法種は総じて生殖機能を失っていて、それ故に種としての存続を図るため、まだ誕生していない子どもの実を自身の魔力で侵すのよ。要するに親と同じ因子を持つはずだったものが、全く別の因子を持って生まれてくるというわけ。その存在は人というよりも、影響を及ぼした種族に近い存在になる」
「魔女自身が魔物に魂を売ったわけではないのか?」
「それは俗説もいいところね。その考えは大分前に棄却されているわ」

 だとすると、母親から受け継ぐはずの一族の因子はなく、わが子の皮を被った全く別物の魔物が腹から出てきたのと同じこと。マリアベルも、何かの種族に実を蝕まれ、魔女になったということか。
 国を治めるものが、魔物と変わらない存在だと知りながら、それを認めることは出来ないということだろう。
 これまで脈々と続いてきた因子を壊され、別のものにとって変わられるのは困ると、アレンはそれだけの為に、マリアベルが相応しくないと判ずるのか。
 なんと言う、愚かなことを。

「魔法種は、どの種族に於いても生殖できない状況にあれば、本能的に実を蝕むようになっているの。番(つが)いを得られない魔法種は、最終手段として人の胎にいる子の実を蝕む。本来あるべき姿は変質し、目の色も髪の色も親兄弟とは似つかないなんて、魔女の世界ではよくあることよ」

 レグルスはその時理解した。
 だから、マリアベルの髪は家族の中で一人だけ、流星のように美しい白銀なのだと。
 
「それにしても、あんた随分と詳しいな」
「どうかしら。これくらいの知識は、一般教養のうちよ?」
 
 ソフィはくすりと笑ってから、澄まし顔で紅茶を啜った。
 そんな高度な一般教養があるものか。そう思いつつ、レグルスは黙って紅茶を飲み干した。


 ◇


 ソフィの言う一般教養は、随分と幅広い分野にまで及んだ。
 子ども達に勉強を教えるついでだから、とレグルスも授業に参加するように勧めてきたので、折角だからと部屋の隅で拝聴していれば、どこの事情通だと突っ込みたくなるようなことまで子ども達に教えているのだから驚きだ。
 レグルスが興味を引かれたのは、この国の歴史と伝承である。

「ウィスト公国が代々、秘匿された天へと至る『竜の門』を守る為に、閉鎖的な環境に置かれてきたのは、皆知っていることかと思います。その門の先には、召喚士にとっての楽園が広がるのだと伝えられ、その楽園から招かれたもののみが、そこに入ることを許されるという逸話がありますね。しかし、楽園という定義は酷く曖昧です。楽園に何があるのか、未だに誰も分からない」
「その門は、一体どこにあるんですか?」
「いい質問ね。門は、どこにでも開かれるというのが、先生の仮説です。実際に門が開かれたところを見たのは、今の大公陛下と、太后陛下だけですから、実際門がどこでどうやって出現したか、陛下に聞くより他ありませんね」
「その門から出てくるのが、竜なのですか?」
「そうね。天にあるその場所は、竜の棲家ですから。ただ、門はひとつではなくいくつもあり、この国の上には、フィンメルと呼ばれる領地があるのは確かです。太后陛下がご存命の頃には、門を象り竜を招く祭りをしていたそうですけれど、今のご時勢ではそれも廃れる一方でしょうね」

「どうしてウィストが危ないときに、竜は助けに来てくれなかったの? わたし達、一生懸命ウィストの秘密を守ってきて、竜の力が悪用されないようにって、とっても頑張ってきたのに」

 一人の子が、ソフィ先生に質問した内容があまりにも衝撃的すぎて、レグルスもついその子を凝視した。
 メリルだ。

「メリル……」
「だって、竜は親愛なるものでしょう? わたし達にとって、召喚士にとって。焦がれて焦がれて、血の記憶に刻まれたものだって、先生前に言っていたじゃない」 
「竜はね、地上を離れたときから、もう人の領域には干渉しないという取り決めをしているの」
「竜だって、召喚士のこと愛してくれていたのでしょう? 御伽噺の竜は、いつも青い目の人を大事にしてくれるわ」
「そうね……」

 ソフィは淡い笑みを浮かべた。

「天に棲む竜族は、もう絶滅している――そういう説を唱える人もいるわ」
「もう、誰もいないの?」
「そういうわけではないと思うけれど……」

 ソフィは言葉を濁した。
「陛下は、竜の影響を受けていらっしゃる。つまり、陛下の実を蝕んだ竜は、番いを得られなかったの。それを考えれば、竜が消えてしまったという説も、あながち間違いではないのかもしれない」

 ただ、種としてはマリアベルに実を結んでいる。
 魔力の因子は、母から子へと受け継がれる。だから、竜族の因子はマリアベルが命を繋ぐ限り、残っていくことになるのだ。

「ただ、一度地上に落ちた竜は、呼び戻されない限りは天へ至る門をくぐることはできない。だから地上の竜が番いを得るのは、ほぼ不可能に近いのよ」

 ――そして、番いを得られない魔法種は、魔女を生み出す。
 

 
 ぼんやりと部屋に戻って考えていたときだった。

『わたしだって、以前は普通に笑っていたのよ?』
「……そうか」

 レグルスは気だるげに寝返りをってから、声にならない叫びをあげた。
 暗がりの部屋の真ん中にぼうっと浮かび上がる、白銀の髪。海底のように揺らめく美しい瞳。
 しかし、その姿はどことなく、レグルスの知る姿よりはいくらかあどけなく、何よりレグルスに対して微笑む姿が在り得ない。
 月影に照らされた姿は、どこかおぼろげで、触れれば今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
 彼女は、悪戯っぽく微笑み、動けずにいるレグルスにずいっと近づいた。そしてその場にしゃがみ込んで可愛らしく小首をかしげ、レグルスを見上げた。

『ね。わたしのこと、考えていたでしょう?』
「誰だお前は」
『貴方が一番、わたしのことを考えていたわ』
「質問に、答えろ」
『分からない? わたしはマリアベル。あなたの思う通りの、白の魔女』

 マリアベルはスカートの裾を摘んで、淑女の礼をとった。

『あなた、いっつもマリアベルのことばかり考えているわね』
「あのな、誰がいつもあんな魔女のことなんか……――」
『きっと、貴方がわたしの王子様だと思う……。だから、きっと見つけられるわ』

 耳元で囁いて、彼女はレグルスから距離を取る。

『探して欲しいの。マリアベルわたしを』
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