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第1夜 敗戦国
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◇
大陸が戦火に包まれるなか、永世中立国を未だ貫くファーレンの北部都市リッカ。すぐそこにはどの国領にも属さない空白地帯の砂漠が広がり、そのさらに北には現在大陸随一の力を誇る帝国領へと続いていた。
その都市の片隅で細々と営まれている喫茶『猫の眼』のカフェテラスで、長い黒髪をきっちりと纏めて結いあげ、銀淵の細いフレームの眼鏡をかけた女性が一人、手紙に目を通していた。
一見地味な女であったが、黒い瞳には聡明な光が宿り、桃色に潤う唇はふっくらとして愛らしい。頬は薔薇色、傷一つない珠のような白い肌は、きめ細やかで瑞々しく、短く切られた桜色の爪は先まで美しく磨き抜かれている。肌の露出を控えた襟の詰まった黒いドレスから、足を組みかえるたびに覗く美脚は、禁欲的な大人の色香を醸し出していた。
温くなった紅茶を一気に飲み干して、彼女は空になったカップを白いテーブルにそっと置く。その仕草は大変優雅であり、彼女の育ちの良さを十分に匂わせていた。
そこまで目立つわけでもない。事実、その美しさに気づくものはごく少数であり、大通りに面したカフェテラスにあっても、大概彼女を素通りしていくものが多かった。
空になったカップに紅茶のお代わりを注ぐため、年若い店主が近寄る。彼女は目礼し、そのまま書面に目を落とし続けた。
店主もそれは心得ているのか、彼女の態度に苦笑しつつも他愛ない話をしていく。
「もうすぐ秋も終わりだな。戦争はまだ終わらないというし、帝国と連合も双方睨みあったまま。決め手は幻の国だってのは、本当なのか怪しいものだな」
「さあ、わたくしにはわかりかねますが……」
巷では、戦争の話題で持ち切りである。
中立を貫くためには、他国の情勢にもそれなりに精通していなければならない。相応の武力を保ち、他国の侵略から自国を守るには情報が不可欠であり、世の力の均衡が傾くたびに戦力を調整させる必要があるのだ。
「幻の島国、ウィストか……」
テラスの壁に寄りかかって今朝の新聞を開き、店主は顔をしかめる。日もわずかに西に傾き始め、午後の日差しはその色を濃くしてゆく。
今日は平日ということもあって、客足はまばらである。閑談に興じるほどの暇があるのだろうと彼女は思った。
「帝国以北や東の連中は、本当にそこに竜が棲んでると思っているのか? 存在するかどうかも分からない幻の国に」
「思っているからこそ、血眼になって探しているのでしょうね。竜の力は魅力的なのだという話ですから」
文字を追いながら返し、芳しい香りの紅茶を一口すする。
ウィストという島国が南の海の向こうにあるらしいといった話は、ファーレンでは大分昔から語り継がれてきたことであった。どの時代の文献を遡っても、その名は一度や二度は必ず登場する。王宮内の一般人閲覧禁止図書の中には、かつてかの国と国交貿易のあったことを示唆する文章が少なからず存在するのだ。
海を渡るものの中には、食糧や燃料が尽きて困り果てていたところウィストの船に助けられたと言う者もいるが真偽のほどは定かではない。
何しろ、件の島の影を見た者はこれまで誰もいないのだ。船乗りの与太話でかの島国が存在する証明になるのかと問われると、いささか疑問であった。
「今や大陸最強の帝国が、幻の国の探索ねえ……果たして見つかるのかどうか」
「……見つかるはずがありません。未だかつて誰も視認できなかった島なのですよ」
「でも、ないとも言い切れないだろう? 魔術をかじる君なら分かるかもしれないけれど」
「……」
彼女が沈黙すると、店主はその笑みを深めた。
「ま、否定も肯定もしないなんて、君らしいね」
「不確かなことに首肯するのも嫌ですので」
眼鏡の奥を光らせ、彼女はずり落ちてきたフレームを押し上げる。
「確か、東の魔法大国ベリアードの領土の四分の一を吹っ飛ばしたのは、竜……なんだっけか? おかげで、一部の鉱山の所有が空白になって、その所有権を近隣諸国が主張して、泥沼化してるんだってな、東側は。国家自体は残っているけど、舵取りの王家が断絶したんじゃな……立て直すのは難しそうだなあ」
ベリアード王は竜の攻撃により王都が壊滅した時に、共にその行方をくらましたのだそうだ。生死不明とされているが、王都崩壊の様子から、その粛清の炎に巻き込まれたのなら生存の望みは薄い。
ベリアードの王は長らく圧制を敷いてきたらしい。搾取と弾圧が繰り返され、王に仕える者もその暴虐を止めようとせず、民の怨恨は深いと聞く。
それまで抑圧されていた反王制派が一斉に蜂起し、ベリアードの王政はついに幕を閉じた。
王を打倒したは良いが、次に国を統べる者がおらぬ。混乱に乗じ、国の中枢にいた文官達は国庫から金品をくすねて亡命した。残留すれば民の怨嗟を浴びて袋叩きにされる。国の滅亡と同時に抑圧された民の怒りが爆発し、王都の周辺では大規模な暴動が散発していたのだから。
結果として国の統治はままならず、放置された領土は諸国による奪い合いが起こっていた。それが、泥沼化しているのである。
そこで動いたのが、西の大国であるセラフィト帝国だった。
それまで東の王家と冷戦状態にあった帝国だったが、此度の事件により形だけとなったベリアード政府に対し保護を申し出たのだ。
今最も力のある帝国が、崩壊寸前の国家を保護するという名目で、そのすべてを掌握する……考えるだけでも恐ろしいことだ。
帝国は東の戦争に介入し、泥沼化した戦争をおさめて大陸統一の足がかりを得ようという腹積もりなのだろう。
現皇帝は、十代の頃に帝位をついでから四十年もの間、巨大な帝国を治めてきた稀代の覇者だ。
非常に好戦的であり、若い時分は周辺諸国を攻めては領土を拡大させたと聞く。領地が広がるたびに帝国の技術や軍事力は研ぎ澄まされていき、いつしか列国最強の国が出来上がった。
しかし技術はあっても帝国には資源がない。魔石が豊富に採掘されるベリアードの土地は、喉から手が出るほど欲しかったに違いない。魔石は生活の必需品だ。術式を刻み、様々な場面で活用される。
帝国の侵攻を警戒した諸国はすぐさま同盟を締結し、それに対抗する策に出た。
ただ、帝国が東へ侵攻した理由はもう一つあった。
「竜を飼って、国家防衛に役立てようなんて。国家の上層部が考えることは分からねえわ」
「……飼う、ですか」
それまで表情を動かさなかった彼女が、一瞬だけその瞳の奥に剣呑な光をたたえる。
気高い竜をよりにもよって、『飼う』。その言葉だけは、許し難いものだ。どれだけの奢りを抱えているのかと、彼女は内心憤っていた。
帝国が、ベリアードの王都を一瞬で崩壊させた竜の力を欲していることは明らかだ。ウィスト攻略に乗り出したのは、東の魔法大国べリアードが竜の炎で国土の四分の一を失ったと聞き及んでからなのだから。
大陸の三分の一を占めていたその大国は、帝国と双肩を並べるほどに巨大だった。高名な魔術師を幾人も輩出し、強力な魔法を継ぐ血脈が幾つも存在していた。
そう易々と滅びるはずのない魔法の国が、滅亡した。
その事実は、諸国に衝撃を与えた。
その圧倒的な力は、大陸統一を目指す帝国や、魔術研究所で国を栄えさせた山岳国家アルストリア、他国の侵略を恐れる大陸諸国にとって大いに魅力的なものであり、各国はこぞって竜の捜索に乗り出した。
その存在が確認できないと分かると、あれは召喚士が呼び寄せた竜だという話が浮上する。
そして始まったのが、青目狩りである。
青い目――それ即ち、竜と召喚士を指す。
もっとも最高位の魔力を持つ証、いかなるものをも召喚できる者達であり、古に大陸を追われたという民である。
あるものは天に逃れたといい、あるものは大陸を渡って海に逃れたという。
帝国の捜索の手はすぐそこまで迫ってきていた。諸国をめぐる旅人や商人は関所で尽く足止めされ、瞳の色を確認されるらしい。無論、拒否権などない。
「……いるかどうかも分からない、存在さえも確かなことは言えない国だというのに。ウィストという幻の国にかの白い竜がいると確信して、そこに経費を割くなど、帝国は愚か者しかいないのでしょうか」
彼女はひとりごち、深いため息をついて額を抑える。
なんと頭の痛い話なのだろう。これでは国境を超えることもできない。彼女の気分は、次第に落ち込んでいった。
もし帝国が竜の力を得れば、大陸の勢力図は大きく傾くこと必須だろう。
そうすれば、ファーレンの中立も危ぶまれるかもしれない。
大陸でも有数の安全地帯をそう易々と奪われてはたまったものではない。
中立でありながら強国と渡り合う為には、相当の国力と軍事力が必要だ。
今は帝国とて迂闊に手出しできない様子だが、将来どうなるか分からない。この均衡が崩れる日がくれば。
彼女は手元の書簡を無意識に握りしめた。
しかし店主は彼女の陰鬱な変化に気付かず、そのまま新聞を閉じて、明るい声で言う。
「ところでジェンシアナ。俺の妹が王立魔術学院に入りたいって聞かないんだ。だからさ、あいつの家庭教師してやってくれないか? まあ、この時期君が必ず実家に帰ってしまうのは知っているんだけどさ……」
「いいですよ」
「え、いいの?」
頭を下げる店主は、勢いよくその首を持ち上げ、目を丸くして彼女を見た。瞳に宿った驚愕は、見る間に歓喜に色づいていく。
「やったー! ありがとうシア! 恩にきるよ。妹には知り合いにエリート魔術師がいるなんて大口叩いたからさ。助かるよ。それじゃあ妹には伝えておく。君が家に来てくれるなら、部屋もきれいにしておかないといけないしね」
彼女はわずかに表情を和らげ、おかしそうに店主を見つめて頷いてみせる。
「この手紙、わたくしの兄からだったのですが、『今年は帰ってくるな』と」
「そうなのかい? でも、一体何故?」
「それについては何も……。ですが大体察しがつきます」
「ああ、そうか……。君は、東の国の生まれだったね?」
「……はい」
憐れみの視線を向けられ、彼女は一瞬言葉を詰まらせてから小さく頷いた。
おそらく、戦火に巻き込まれた哀れな小国だと彼は考えているのだろう。
あながち嘘ではない。確かにどちらかといえば東寄りに位置するのだから。
数日後、店主レノに連れられて、シアは彼の妹――リディアに引き合わされた。
彼は現在、妹のリディアと二人暮らしで、両親を早期になくしたリディアの親代わりを務めているのだ。家は両親が残してくれたものらしく、手入れの行き届いた緑の芝に、煉瓦で造られた花壇、白い壁の家はすべて譲り受けた当時のまま、維持しているのだと誇らしげに彼は語る。
妹のリディアは今年十六――王立魔術学院の入学資格を得られる年である――になったばかりであり、十人に聞けば十人が、彼女を可愛いと形容するだろう。
リディアはファーレン人特有の深緑の髪を肩のあたりで切りそろえ、白いシフォンのスカートを履いた清楚な少女だった。その容姿は百合を彷彿させるほどに清廉で、大きな澄んだ瞳は世の汚れを知らぬ、愛らしい少女そのままであった。
瞳の色は一見黒く見えるのだが、近くでみると深い藍色であることがうかがえ、魔力はそう低くはないと判じられる。
リディアは、我を忘れて少女を凝視していたシアへにっこり微笑むと、スカートの裾をつまんで可憐な礼をとった。
「初めまして。妹のリディアです。よろしくお願いします」
「よろしくね、リリー」
シアが礼を返すと、リディアは頬を薔薇色に染めて感嘆の声をあげる。
「あらまあ……」
「どうかしましたか?」
「いえ、とても優雅でおうつくしいので……あなたのような方に教えていただけるなんて光栄です! だって、今までお会いした淑女の中で一番お綺麗ですもの。何だか夢みたいだわ。所作の一つ一つが芸術のようだって、よく言われませんか?」
世辞だろうが、大げさに褒めたたえてくるリディアと頷くレノの視線が歯がゆい。
困ったように笑むと、リディアはまた溜息をついた。
「これはいくら見ていても飽きないわ。お兄ちゃんがよく、店に美人の常連が来るって自慢する意味がわかりました」
褒め殺しにされ、ますますいたたまれなくなってくる。
「そうだろう? でも不思議なことにさ、眼鏡のせいなのか……あんまりみんな気付かないんだよな」
「他のライバルがいないからって、お兄ちゃんが落とせるような人じゃないと思うけど」
「リリー、そういうことは思っても言うなよ! やってみないとわからないだろ?」
「ごめんなさい、シア。お兄ちゃん、まともに相手すると面倒くさいでしょう。いつも仕事のお邪魔して迷惑じゃないかしら。ここでガツンと言ってやらないといつまでも付きまとうと思うわ」
「お前ってやつは!」
微笑ましい光景に、シアは思わず笑みをこぼした。まるでかつての兄と、自分の姿を見せられているようだ。今は遠く離れて頻繁に会うこともかなわないが、何でも言い合える仲であった。
思い出に浸った今のシアにはその言い合いさえも楽しげに映る。
「笑われちゃったわね。お兄ちゃんのお馬鹿さを見たら仕方ないかしら」
「いやいや、違う違う――」
「それではリリー。過去の試験を持ってきましたので、自己の傾向をつかむところから始めましょう。何が苦手で何が得意なのか、はっきりさせたほうがわたくしも教えやすいですから」
「え、シア? あの、俺は無視……ああそうか、うん。そうだね俺邪魔しないように下で紅茶でも入れてくる」
「ありがとうございます、店主さん」
「なあシア。俺のこと、いい加減店主さんて呼ぶのやめてくれよ……なんか、こそばゆくて……」
店主のことは、ずっと店主と呼び続けてきたため、いきなり名で呼ぶのははばかられた。レノ、と今更気安く呼ぶほうが、シアにとってはこそばゆい。
「そうですね、そのうち、気が向いたらお名前で呼ぶこともあるかもしれません」
そう答えると、彼は落ち込んでしまった。背中を丸めて一階の調理室に引っ込んでいくレノに首を傾げる。
何か失言でもあったのだろうか。だが、どこに?
わけが分からずに目を瞬かせていると、一連の流れを見ていたリディアが吹き出した。
「シアは時々残酷なことがあるってお兄ちゃんが言う意味が分かったわ」
リディアがしみじみと呟いた言葉の意味が分からず、シアは小首をかしげる。
「何のことでしょう?」
「ね、シアには将来を誓った男性はいないの? そんなに魅力的なんですもの。いても不思議ではないわ」
「女の子は皆そういう話がお好きですね」
「うーん、だって、興味あるし。――それで、実際どうなの?」
「おりますよ」
「やっぱりね。お兄ちゃんには最初から無謀な戦いだったわけよ。で、どんな方? やはりシアの心を射止めたのですから、相当素敵な方なのでしょうねぇ」
「さあ、会ってお話した回数は限られておりますから……。わたくしよりも、ファーレンの方々のほうがあのお方のことをご存じかと」
その言葉に、リディアは怪訝そうな表情を浮かべ、シアの瞳を覗きこむ。
「それ、どういうことなの? 結婚するのでしょう? その、将来を誓ったのですもの」
「お互い、遠く離れた地に住んでおりましたので」
「でも、ファーレン人のほうがよく知っているってことは、かなり有名人なの? その、シアの将来の旦那様は」
リディアの無邪気な質問にどう返すべきか逡巡してから、シアは頷いた。
「そうですね……知らぬ者はいないのではないかと」
「魔術師フォンデリークとか? それともイルマリ・アーヴィングとか?」
それからリディアは、幾人かの人物の名前を挙げていったが、どれもみな今をときめく若手の魔術研究者ばかりで、シアの婚約者の名ではなかった。
誰もが知る人だと言えば、すぐに察せられるかと思ったのだが、意外とそうでもないらしい。
恋愛の話もそこそこに、レノが紅茶と焼きたてのケーキを持って上がってきた。
甘くこうばしい香りが部屋に満ち、三人はしばし幸せな時を過ごす。
「いいかリディア。馬鹿なままでは王立魔術学院には絶対入れないんだ。地方にあるような私立の学院に行きたくなかったら、余計な閑談に興じていないで必死こいて勉強しろよ」
リディアは頬を大きく膨らませてレノの小言を聞き流し、すがるようにシアを見上げた。
シアは、そんなリディアを励ますように柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよリディア。しっかり対策を練れば、何も怖いことはありませんから」
リディアは、魔力だけで見れば十分な素質を持っている。青傾向の強い藍色。身体検査はすぐに通ることができるだろう。問題は、難関とされる学院の筆記試験であった。
基本的な事項を聞く簡単な試験なのだが、答えを正しく解釈していないと全く分からないという仕様になっている。特に応用問題は、基本的な知識だけでなく思考力をも問われるために難しく、配点も高く割り振ってある。
王立魔術学院は、この筆記試験で多数の受験生をふるい落とし、少数精鋭の優秀な受験生を獲得しているのだ。
シアは眼鏡を人差し指で押し上げると、リディアの学力を図るために試験の問題を手渡したのだった。
金色の小さな扇が舞い散る、銀杏の並木道を通って、レノ兄妹の家から帰途につく道中、背後に気配を感じてシアは振りむくことなく声をかけた。
「どうしました? 報告ならば屋敷で聞きますが」
「申し訳ございません。火急の報せにて、危険を承知でお伝えいたします」
音もなく、背後に降り立ったのは小柄な女性であった。その気配は希薄だ。まるで最初から林の一部としてそこにあるかのようで、集中していなければすぐ見失ってしまいそうになる。
シアはため息をつき、周囲に誰も人がいないことを確認すると彼女に向き合った。
「分かりました。聞きましょう」
「――坊ちゃんからの手紙は読まれたことと存じますが」
「ああ、帰ってくるなというあれですね」
最近、青目狩りは熾烈を極めている。
狩りの対象者は十代後半から二十代前半の女。
ベリアードを粛清した白竜を何としても見つけようと帝国は躍起になった。
妙齢の女性を捕らえては検問にかけ、疑わしきは拘束して身体の隅々まで調べているらしい。
中立国であるファーレンに身を寄せているとは言っても、いつどこで狩りの対象にあうか分からない。兄はそれを心配しているのだろう。
帝国がウィストを探している――どうにも雲行きの怪しい展開に胸騒ぎがしていた。今帰郷すれば、危険が身に及ぶ。
「……帝国が、わが国の領海内に侵入いたしました」
「……」
それは、幾度となくあったこと。
他国の船が近づくことはあっても、寄港したことは一度もない。
かの国を見つけられるはずないのだ。
「心して、お聞きください」
彼女は静かに告げる。
シアは、彼女の真っすぐな視線を受けて、揺らぎそうになる体を両足で地面を踏みしめて支えた。そうしなければ、そのまま足を取られて倒れてしまいそうだった。
「我が国ウィストが……暴かれましてございます」
大陸が戦火に包まれるなか、永世中立国を未だ貫くファーレンの北部都市リッカ。すぐそこにはどの国領にも属さない空白地帯の砂漠が広がり、そのさらに北には現在大陸随一の力を誇る帝国領へと続いていた。
その都市の片隅で細々と営まれている喫茶『猫の眼』のカフェテラスで、長い黒髪をきっちりと纏めて結いあげ、銀淵の細いフレームの眼鏡をかけた女性が一人、手紙に目を通していた。
一見地味な女であったが、黒い瞳には聡明な光が宿り、桃色に潤う唇はふっくらとして愛らしい。頬は薔薇色、傷一つない珠のような白い肌は、きめ細やかで瑞々しく、短く切られた桜色の爪は先まで美しく磨き抜かれている。肌の露出を控えた襟の詰まった黒いドレスから、足を組みかえるたびに覗く美脚は、禁欲的な大人の色香を醸し出していた。
温くなった紅茶を一気に飲み干して、彼女は空になったカップを白いテーブルにそっと置く。その仕草は大変優雅であり、彼女の育ちの良さを十分に匂わせていた。
そこまで目立つわけでもない。事実、その美しさに気づくものはごく少数であり、大通りに面したカフェテラスにあっても、大概彼女を素通りしていくものが多かった。
空になったカップに紅茶のお代わりを注ぐため、年若い店主が近寄る。彼女は目礼し、そのまま書面に目を落とし続けた。
店主もそれは心得ているのか、彼女の態度に苦笑しつつも他愛ない話をしていく。
「もうすぐ秋も終わりだな。戦争はまだ終わらないというし、帝国と連合も双方睨みあったまま。決め手は幻の国だってのは、本当なのか怪しいものだな」
「さあ、わたくしにはわかりかねますが……」
巷では、戦争の話題で持ち切りである。
中立を貫くためには、他国の情勢にもそれなりに精通していなければならない。相応の武力を保ち、他国の侵略から自国を守るには情報が不可欠であり、世の力の均衡が傾くたびに戦力を調整させる必要があるのだ。
「幻の島国、ウィストか……」
テラスの壁に寄りかかって今朝の新聞を開き、店主は顔をしかめる。日もわずかに西に傾き始め、午後の日差しはその色を濃くしてゆく。
今日は平日ということもあって、客足はまばらである。閑談に興じるほどの暇があるのだろうと彼女は思った。
「帝国以北や東の連中は、本当にそこに竜が棲んでると思っているのか? 存在するかどうかも分からない幻の国に」
「思っているからこそ、血眼になって探しているのでしょうね。竜の力は魅力的なのだという話ですから」
文字を追いながら返し、芳しい香りの紅茶を一口すする。
ウィストという島国が南の海の向こうにあるらしいといった話は、ファーレンでは大分昔から語り継がれてきたことであった。どの時代の文献を遡っても、その名は一度や二度は必ず登場する。王宮内の一般人閲覧禁止図書の中には、かつてかの国と国交貿易のあったことを示唆する文章が少なからず存在するのだ。
海を渡るものの中には、食糧や燃料が尽きて困り果てていたところウィストの船に助けられたと言う者もいるが真偽のほどは定かではない。
何しろ、件の島の影を見た者はこれまで誰もいないのだ。船乗りの与太話でかの島国が存在する証明になるのかと問われると、いささか疑問であった。
「今や大陸最強の帝国が、幻の国の探索ねえ……果たして見つかるのかどうか」
「……見つかるはずがありません。未だかつて誰も視認できなかった島なのですよ」
「でも、ないとも言い切れないだろう? 魔術をかじる君なら分かるかもしれないけれど」
「……」
彼女が沈黙すると、店主はその笑みを深めた。
「ま、否定も肯定もしないなんて、君らしいね」
「不確かなことに首肯するのも嫌ですので」
眼鏡の奥を光らせ、彼女はずり落ちてきたフレームを押し上げる。
「確か、東の魔法大国ベリアードの領土の四分の一を吹っ飛ばしたのは、竜……なんだっけか? おかげで、一部の鉱山の所有が空白になって、その所有権を近隣諸国が主張して、泥沼化してるんだってな、東側は。国家自体は残っているけど、舵取りの王家が断絶したんじゃな……立て直すのは難しそうだなあ」
ベリアード王は竜の攻撃により王都が壊滅した時に、共にその行方をくらましたのだそうだ。生死不明とされているが、王都崩壊の様子から、その粛清の炎に巻き込まれたのなら生存の望みは薄い。
ベリアードの王は長らく圧制を敷いてきたらしい。搾取と弾圧が繰り返され、王に仕える者もその暴虐を止めようとせず、民の怨恨は深いと聞く。
それまで抑圧されていた反王制派が一斉に蜂起し、ベリアードの王政はついに幕を閉じた。
王を打倒したは良いが、次に国を統べる者がおらぬ。混乱に乗じ、国の中枢にいた文官達は国庫から金品をくすねて亡命した。残留すれば民の怨嗟を浴びて袋叩きにされる。国の滅亡と同時に抑圧された民の怒りが爆発し、王都の周辺では大規模な暴動が散発していたのだから。
結果として国の統治はままならず、放置された領土は諸国による奪い合いが起こっていた。それが、泥沼化しているのである。
そこで動いたのが、西の大国であるセラフィト帝国だった。
それまで東の王家と冷戦状態にあった帝国だったが、此度の事件により形だけとなったベリアード政府に対し保護を申し出たのだ。
今最も力のある帝国が、崩壊寸前の国家を保護するという名目で、そのすべてを掌握する……考えるだけでも恐ろしいことだ。
帝国は東の戦争に介入し、泥沼化した戦争をおさめて大陸統一の足がかりを得ようという腹積もりなのだろう。
現皇帝は、十代の頃に帝位をついでから四十年もの間、巨大な帝国を治めてきた稀代の覇者だ。
非常に好戦的であり、若い時分は周辺諸国を攻めては領土を拡大させたと聞く。領地が広がるたびに帝国の技術や軍事力は研ぎ澄まされていき、いつしか列国最強の国が出来上がった。
しかし技術はあっても帝国には資源がない。魔石が豊富に採掘されるベリアードの土地は、喉から手が出るほど欲しかったに違いない。魔石は生活の必需品だ。術式を刻み、様々な場面で活用される。
帝国の侵攻を警戒した諸国はすぐさま同盟を締結し、それに対抗する策に出た。
ただ、帝国が東へ侵攻した理由はもう一つあった。
「竜を飼って、国家防衛に役立てようなんて。国家の上層部が考えることは分からねえわ」
「……飼う、ですか」
それまで表情を動かさなかった彼女が、一瞬だけその瞳の奥に剣呑な光をたたえる。
気高い竜をよりにもよって、『飼う』。その言葉だけは、許し難いものだ。どれだけの奢りを抱えているのかと、彼女は内心憤っていた。
帝国が、ベリアードの王都を一瞬で崩壊させた竜の力を欲していることは明らかだ。ウィスト攻略に乗り出したのは、東の魔法大国べリアードが竜の炎で国土の四分の一を失ったと聞き及んでからなのだから。
大陸の三分の一を占めていたその大国は、帝国と双肩を並べるほどに巨大だった。高名な魔術師を幾人も輩出し、強力な魔法を継ぐ血脈が幾つも存在していた。
そう易々と滅びるはずのない魔法の国が、滅亡した。
その事実は、諸国に衝撃を与えた。
その圧倒的な力は、大陸統一を目指す帝国や、魔術研究所で国を栄えさせた山岳国家アルストリア、他国の侵略を恐れる大陸諸国にとって大いに魅力的なものであり、各国はこぞって竜の捜索に乗り出した。
その存在が確認できないと分かると、あれは召喚士が呼び寄せた竜だという話が浮上する。
そして始まったのが、青目狩りである。
青い目――それ即ち、竜と召喚士を指す。
もっとも最高位の魔力を持つ証、いかなるものをも召喚できる者達であり、古に大陸を追われたという民である。
あるものは天に逃れたといい、あるものは大陸を渡って海に逃れたという。
帝国の捜索の手はすぐそこまで迫ってきていた。諸国をめぐる旅人や商人は関所で尽く足止めされ、瞳の色を確認されるらしい。無論、拒否権などない。
「……いるかどうかも分からない、存在さえも確かなことは言えない国だというのに。ウィストという幻の国にかの白い竜がいると確信して、そこに経費を割くなど、帝国は愚か者しかいないのでしょうか」
彼女はひとりごち、深いため息をついて額を抑える。
なんと頭の痛い話なのだろう。これでは国境を超えることもできない。彼女の気分は、次第に落ち込んでいった。
もし帝国が竜の力を得れば、大陸の勢力図は大きく傾くこと必須だろう。
そうすれば、ファーレンの中立も危ぶまれるかもしれない。
大陸でも有数の安全地帯をそう易々と奪われてはたまったものではない。
中立でありながら強国と渡り合う為には、相当の国力と軍事力が必要だ。
今は帝国とて迂闊に手出しできない様子だが、将来どうなるか分からない。この均衡が崩れる日がくれば。
彼女は手元の書簡を無意識に握りしめた。
しかし店主は彼女の陰鬱な変化に気付かず、そのまま新聞を閉じて、明るい声で言う。
「ところでジェンシアナ。俺の妹が王立魔術学院に入りたいって聞かないんだ。だからさ、あいつの家庭教師してやってくれないか? まあ、この時期君が必ず実家に帰ってしまうのは知っているんだけどさ……」
「いいですよ」
「え、いいの?」
頭を下げる店主は、勢いよくその首を持ち上げ、目を丸くして彼女を見た。瞳に宿った驚愕は、見る間に歓喜に色づいていく。
「やったー! ありがとうシア! 恩にきるよ。妹には知り合いにエリート魔術師がいるなんて大口叩いたからさ。助かるよ。それじゃあ妹には伝えておく。君が家に来てくれるなら、部屋もきれいにしておかないといけないしね」
彼女はわずかに表情を和らげ、おかしそうに店主を見つめて頷いてみせる。
「この手紙、わたくしの兄からだったのですが、『今年は帰ってくるな』と」
「そうなのかい? でも、一体何故?」
「それについては何も……。ですが大体察しがつきます」
「ああ、そうか……。君は、東の国の生まれだったね?」
「……はい」
憐れみの視線を向けられ、彼女は一瞬言葉を詰まらせてから小さく頷いた。
おそらく、戦火に巻き込まれた哀れな小国だと彼は考えているのだろう。
あながち嘘ではない。確かにどちらかといえば東寄りに位置するのだから。
数日後、店主レノに連れられて、シアは彼の妹――リディアに引き合わされた。
彼は現在、妹のリディアと二人暮らしで、両親を早期になくしたリディアの親代わりを務めているのだ。家は両親が残してくれたものらしく、手入れの行き届いた緑の芝に、煉瓦で造られた花壇、白い壁の家はすべて譲り受けた当時のまま、維持しているのだと誇らしげに彼は語る。
妹のリディアは今年十六――王立魔術学院の入学資格を得られる年である――になったばかりであり、十人に聞けば十人が、彼女を可愛いと形容するだろう。
リディアはファーレン人特有の深緑の髪を肩のあたりで切りそろえ、白いシフォンのスカートを履いた清楚な少女だった。その容姿は百合を彷彿させるほどに清廉で、大きな澄んだ瞳は世の汚れを知らぬ、愛らしい少女そのままであった。
瞳の色は一見黒く見えるのだが、近くでみると深い藍色であることがうかがえ、魔力はそう低くはないと判じられる。
リディアは、我を忘れて少女を凝視していたシアへにっこり微笑むと、スカートの裾をつまんで可憐な礼をとった。
「初めまして。妹のリディアです。よろしくお願いします」
「よろしくね、リリー」
シアが礼を返すと、リディアは頬を薔薇色に染めて感嘆の声をあげる。
「あらまあ……」
「どうかしましたか?」
「いえ、とても優雅でおうつくしいので……あなたのような方に教えていただけるなんて光栄です! だって、今までお会いした淑女の中で一番お綺麗ですもの。何だか夢みたいだわ。所作の一つ一つが芸術のようだって、よく言われませんか?」
世辞だろうが、大げさに褒めたたえてくるリディアと頷くレノの視線が歯がゆい。
困ったように笑むと、リディアはまた溜息をついた。
「これはいくら見ていても飽きないわ。お兄ちゃんがよく、店に美人の常連が来るって自慢する意味がわかりました」
褒め殺しにされ、ますますいたたまれなくなってくる。
「そうだろう? でも不思議なことにさ、眼鏡のせいなのか……あんまりみんな気付かないんだよな」
「他のライバルがいないからって、お兄ちゃんが落とせるような人じゃないと思うけど」
「リリー、そういうことは思っても言うなよ! やってみないとわからないだろ?」
「ごめんなさい、シア。お兄ちゃん、まともに相手すると面倒くさいでしょう。いつも仕事のお邪魔して迷惑じゃないかしら。ここでガツンと言ってやらないといつまでも付きまとうと思うわ」
「お前ってやつは!」
微笑ましい光景に、シアは思わず笑みをこぼした。まるでかつての兄と、自分の姿を見せられているようだ。今は遠く離れて頻繁に会うこともかなわないが、何でも言い合える仲であった。
思い出に浸った今のシアにはその言い合いさえも楽しげに映る。
「笑われちゃったわね。お兄ちゃんのお馬鹿さを見たら仕方ないかしら」
「いやいや、違う違う――」
「それではリリー。過去の試験を持ってきましたので、自己の傾向をつかむところから始めましょう。何が苦手で何が得意なのか、はっきりさせたほうがわたくしも教えやすいですから」
「え、シア? あの、俺は無視……ああそうか、うん。そうだね俺邪魔しないように下で紅茶でも入れてくる」
「ありがとうございます、店主さん」
「なあシア。俺のこと、いい加減店主さんて呼ぶのやめてくれよ……なんか、こそばゆくて……」
店主のことは、ずっと店主と呼び続けてきたため、いきなり名で呼ぶのははばかられた。レノ、と今更気安く呼ぶほうが、シアにとってはこそばゆい。
「そうですね、そのうち、気が向いたらお名前で呼ぶこともあるかもしれません」
そう答えると、彼は落ち込んでしまった。背中を丸めて一階の調理室に引っ込んでいくレノに首を傾げる。
何か失言でもあったのだろうか。だが、どこに?
わけが分からずに目を瞬かせていると、一連の流れを見ていたリディアが吹き出した。
「シアは時々残酷なことがあるってお兄ちゃんが言う意味が分かったわ」
リディアがしみじみと呟いた言葉の意味が分からず、シアは小首をかしげる。
「何のことでしょう?」
「ね、シアには将来を誓った男性はいないの? そんなに魅力的なんですもの。いても不思議ではないわ」
「女の子は皆そういう話がお好きですね」
「うーん、だって、興味あるし。――それで、実際どうなの?」
「おりますよ」
「やっぱりね。お兄ちゃんには最初から無謀な戦いだったわけよ。で、どんな方? やはりシアの心を射止めたのですから、相当素敵な方なのでしょうねぇ」
「さあ、会ってお話した回数は限られておりますから……。わたくしよりも、ファーレンの方々のほうがあのお方のことをご存じかと」
その言葉に、リディアは怪訝そうな表情を浮かべ、シアの瞳を覗きこむ。
「それ、どういうことなの? 結婚するのでしょう? その、将来を誓ったのですもの」
「お互い、遠く離れた地に住んでおりましたので」
「でも、ファーレン人のほうがよく知っているってことは、かなり有名人なの? その、シアの将来の旦那様は」
リディアの無邪気な質問にどう返すべきか逡巡してから、シアは頷いた。
「そうですね……知らぬ者はいないのではないかと」
「魔術師フォンデリークとか? それともイルマリ・アーヴィングとか?」
それからリディアは、幾人かの人物の名前を挙げていったが、どれもみな今をときめく若手の魔術研究者ばかりで、シアの婚約者の名ではなかった。
誰もが知る人だと言えば、すぐに察せられるかと思ったのだが、意外とそうでもないらしい。
恋愛の話もそこそこに、レノが紅茶と焼きたてのケーキを持って上がってきた。
甘くこうばしい香りが部屋に満ち、三人はしばし幸せな時を過ごす。
「いいかリディア。馬鹿なままでは王立魔術学院には絶対入れないんだ。地方にあるような私立の学院に行きたくなかったら、余計な閑談に興じていないで必死こいて勉強しろよ」
リディアは頬を大きく膨らませてレノの小言を聞き流し、すがるようにシアを見上げた。
シアは、そんなリディアを励ますように柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよリディア。しっかり対策を練れば、何も怖いことはありませんから」
リディアは、魔力だけで見れば十分な素質を持っている。青傾向の強い藍色。身体検査はすぐに通ることができるだろう。問題は、難関とされる学院の筆記試験であった。
基本的な事項を聞く簡単な試験なのだが、答えを正しく解釈していないと全く分からないという仕様になっている。特に応用問題は、基本的な知識だけでなく思考力をも問われるために難しく、配点も高く割り振ってある。
王立魔術学院は、この筆記試験で多数の受験生をふるい落とし、少数精鋭の優秀な受験生を獲得しているのだ。
シアは眼鏡を人差し指で押し上げると、リディアの学力を図るために試験の問題を手渡したのだった。
金色の小さな扇が舞い散る、銀杏の並木道を通って、レノ兄妹の家から帰途につく道中、背後に気配を感じてシアは振りむくことなく声をかけた。
「どうしました? 報告ならば屋敷で聞きますが」
「申し訳ございません。火急の報せにて、危険を承知でお伝えいたします」
音もなく、背後に降り立ったのは小柄な女性であった。その気配は希薄だ。まるで最初から林の一部としてそこにあるかのようで、集中していなければすぐ見失ってしまいそうになる。
シアはため息をつき、周囲に誰も人がいないことを確認すると彼女に向き合った。
「分かりました。聞きましょう」
「――坊ちゃんからの手紙は読まれたことと存じますが」
「ああ、帰ってくるなというあれですね」
最近、青目狩りは熾烈を極めている。
狩りの対象者は十代後半から二十代前半の女。
ベリアードを粛清した白竜を何としても見つけようと帝国は躍起になった。
妙齢の女性を捕らえては検問にかけ、疑わしきは拘束して身体の隅々まで調べているらしい。
中立国であるファーレンに身を寄せているとは言っても、いつどこで狩りの対象にあうか分からない。兄はそれを心配しているのだろう。
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かの国を見つけられるはずないのだ。
「心して、お聞きください」
彼女は静かに告げる。
シアは、彼女の真っすぐな視線を受けて、揺らぎそうになる体を両足で地面を踏みしめて支えた。そうしなければ、そのまま足を取られて倒れてしまいそうだった。
「我が国ウィストが……暴かれましてございます」
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