19 / 83
鬼 そして
しおりを挟む
「皆の者気を引き締めろよ? ここからはもう鬼の住処だ」
ヤマト国に到着して、三千の軍は休み事無くそのまま鬼の住む山へと向かった。速見はその隊列に加わりながらそっと周囲の景色を眺める。
自然に囲まれた山、湿度が高く地面はしっとりと湿っている。何やら懐かしいような見覚えのある木々の姿に速見の心はざわついた。
(驚いたな。まだこの地の人を見てはいないが、この風景はまるで祖国の山を見ているようだ)
シンと静まりかえった山道を無言で歩く。三千の兵をいくつかの部隊に分けて同時に登山を開始している。
山狩りだ。
決してその鬼とやらを逃がす気は無いらしい。
静かな
静かな行進が続く
悟られぬように
決して警戒させないように
名も知らぬ鳥の鳴くチュンチュンという声が響いている。虫たちも今から行われる死闘などに興味は無いとばかりに鳴き始め、大自然のコーラスが生まれる。
ふと感じた違和感。
首筋をちりちりと焦がすような焦燥、ねっとりとした狩人の視線。聞こえるはずのない舌なめずりの音を幻聴し、速見は機敏な動きで近くの茂みに身を投げ出した。
そしてそれは現れた。
速見の隣を歩いていた兵の首が飛ぶ。力を無くして膝をついた死体の首から大量の鮮血が噴出した。
「来たぞ!! 奴らだ!!」
指揮官の男が叫び、隊の兵は皆武器を構える。
だが
全ては
遅すぎたのだが
赤い物体が高速で移動する。その動きは速すぎて目で追うことすら困難だ。
兵達は何も出来ず、赤い物体が通り過ぎるとその通り道にいた兵が血しぶきを上げて倒れていく。
その様はまるでダンスでも踊っているかのようで、戦場は死の舞踏会と化していた。
速見は茂みに伏してそっと背中に背負ったライフルを構える。立ち上がる事はしない、むざむざ敵に自分の居場所を教えてやる必要は無いのだ。
味方の兵が次々に死んでいく地獄の中、速見は心を落ち着かせてじっと耐えた。
(今は駄目だ。敵の姿が見えないんじゃ当てようがない)
目の前の地獄絵図に心を乱される事も無い。そんなものは若い頃に死ぬほど見ているのだから。
懐にいる太郎も殺気を感じているのか大人しくぶるぶると震えていた。速見は怯える太郎を懐から取り出し、そっと隣の茂みへと隠す。
何も太郎まで危険にさらすことは無い。
そして待った。
ただひたすらに
その時が来るのを・・・。
やがて動き回る兵もいなくなり、場を静寂が支配したときソイツは姿を現した。
赤黒い肌。隆起した筋肉。肉食獣を思わせる鋭いかぎ爪。人と獣を掛け合わせたかのような二足歩行だが野性的な骨格。
そして額には二本の角・・・。
”鬼”
ああそれは速見が思い描いていた通りの姿をした鬼だった。おとぎ話の産物だと思っていた妖怪の出現に速見は全身を震わせる。
(見たところ皮膚はそうとう分厚そうだ。一撃で仕留めるなら・・・)
鬼との距離はおよそ五メートル。
スコープが無くても外す筈は無い。
呼吸を整え、銃口を鬼に向ける。
そして鬼の見せた一瞬の隙を捉えた。
(今しか無い!!)
引き金を引く。
乾いた音と供に放たれた弾丸が油断した鬼の右目に見事命中した。
仕留めた。
そう歓喜した次の瞬間。右目を打ち抜かれた鬼がぐるりと首を回してこちらを睨み付ける。
(そんな馬鹿な!? どんなに体が頑丈だろうと人間に近い種族である亜人が目を打ち抜かれて無事なんて・・・)
速見の思考は中断された。
大きく跳躍した鬼が五メートルの距離を一瞬で詰め、腹ばいに寝そべっていた速見の背中を思い切り踏みつけた。
ボキボキと背骨の折れる音がする。
あまりの痛みに意識が飛びかけ・・・最後に速見が目にしたのは、こちらに向けて腕を振りかぶる鬼の姿。
打ち抜かれた右目からは絶え間なく赤い血が流れ出ており、その顔は苦痛に歪んでいた。
(・・・なんだ・・・やっぱり効いてるじゃねえか)
そして腕が振り下ろされ、速見の意識は闇に落ちた。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
(暗い)
(そして寒い。)
(ここはどこだろう?)
ぼんやりともやの掛かったような思考で考える
(わからない)
(何も)
ただ・・・とても寒かった
意識がはっきりしない
(俺は死んだのか?)
ふわふわ
ふわふわと闇に浮かんでいる意識の欠片が
そっと消えてゆく・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「なんだ、まだ生きてるのか」
声が
聞こえた気がした。
◇
ヤマト国に到着して、三千の軍は休み事無くそのまま鬼の住む山へと向かった。速見はその隊列に加わりながらそっと周囲の景色を眺める。
自然に囲まれた山、湿度が高く地面はしっとりと湿っている。何やら懐かしいような見覚えのある木々の姿に速見の心はざわついた。
(驚いたな。まだこの地の人を見てはいないが、この風景はまるで祖国の山を見ているようだ)
シンと静まりかえった山道を無言で歩く。三千の兵をいくつかの部隊に分けて同時に登山を開始している。
山狩りだ。
決してその鬼とやらを逃がす気は無いらしい。
静かな
静かな行進が続く
悟られぬように
決して警戒させないように
名も知らぬ鳥の鳴くチュンチュンという声が響いている。虫たちも今から行われる死闘などに興味は無いとばかりに鳴き始め、大自然のコーラスが生まれる。
ふと感じた違和感。
首筋をちりちりと焦がすような焦燥、ねっとりとした狩人の視線。聞こえるはずのない舌なめずりの音を幻聴し、速見は機敏な動きで近くの茂みに身を投げ出した。
そしてそれは現れた。
速見の隣を歩いていた兵の首が飛ぶ。力を無くして膝をついた死体の首から大量の鮮血が噴出した。
「来たぞ!! 奴らだ!!」
指揮官の男が叫び、隊の兵は皆武器を構える。
だが
全ては
遅すぎたのだが
赤い物体が高速で移動する。その動きは速すぎて目で追うことすら困難だ。
兵達は何も出来ず、赤い物体が通り過ぎるとその通り道にいた兵が血しぶきを上げて倒れていく。
その様はまるでダンスでも踊っているかのようで、戦場は死の舞踏会と化していた。
速見は茂みに伏してそっと背中に背負ったライフルを構える。立ち上がる事はしない、むざむざ敵に自分の居場所を教えてやる必要は無いのだ。
味方の兵が次々に死んでいく地獄の中、速見は心を落ち着かせてじっと耐えた。
(今は駄目だ。敵の姿が見えないんじゃ当てようがない)
目の前の地獄絵図に心を乱される事も無い。そんなものは若い頃に死ぬほど見ているのだから。
懐にいる太郎も殺気を感じているのか大人しくぶるぶると震えていた。速見は怯える太郎を懐から取り出し、そっと隣の茂みへと隠す。
何も太郎まで危険にさらすことは無い。
そして待った。
ただひたすらに
その時が来るのを・・・。
やがて動き回る兵もいなくなり、場を静寂が支配したときソイツは姿を現した。
赤黒い肌。隆起した筋肉。肉食獣を思わせる鋭いかぎ爪。人と獣を掛け合わせたかのような二足歩行だが野性的な骨格。
そして額には二本の角・・・。
”鬼”
ああそれは速見が思い描いていた通りの姿をした鬼だった。おとぎ話の産物だと思っていた妖怪の出現に速見は全身を震わせる。
(見たところ皮膚はそうとう分厚そうだ。一撃で仕留めるなら・・・)
鬼との距離はおよそ五メートル。
スコープが無くても外す筈は無い。
呼吸を整え、銃口を鬼に向ける。
そして鬼の見せた一瞬の隙を捉えた。
(今しか無い!!)
引き金を引く。
乾いた音と供に放たれた弾丸が油断した鬼の右目に見事命中した。
仕留めた。
そう歓喜した次の瞬間。右目を打ち抜かれた鬼がぐるりと首を回してこちらを睨み付ける。
(そんな馬鹿な!? どんなに体が頑丈だろうと人間に近い種族である亜人が目を打ち抜かれて無事なんて・・・)
速見の思考は中断された。
大きく跳躍した鬼が五メートルの距離を一瞬で詰め、腹ばいに寝そべっていた速見の背中を思い切り踏みつけた。
ボキボキと背骨の折れる音がする。
あまりの痛みに意識が飛びかけ・・・最後に速見が目にしたのは、こちらに向けて腕を振りかぶる鬼の姿。
打ち抜かれた右目からは絶え間なく赤い血が流れ出ており、その顔は苦痛に歪んでいた。
(・・・なんだ・・・やっぱり効いてるじゃねえか)
そして腕が振り下ろされ、速見の意識は闇に落ちた。
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
(暗い)
(そして寒い。)
(ここはどこだろう?)
ぼんやりともやの掛かったような思考で考える
(わからない)
(何も)
ただ・・・とても寒かった
意識がはっきりしない
(俺は死んだのか?)
ふわふわ
ふわふわと闇に浮かんでいる意識の欠片が
そっと消えてゆく・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「なんだ、まだ生きてるのか」
声が
聞こえた気がした。
◇
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。
異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。
そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。
異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。
龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。
現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
不幸な少女の”日常”探し
榊原ひなた
ファンタジー
夜の暗闇の中、弱々しく歩く少女の姿があった。
03:31という時間なので車や人が通らず、街灯もない道を歩く少女の姿を見る者はいない。
もしその少女の姿を見たら思わず目を背けてしまうだろう。裸足で…異様なほど痩せていて…痛々しい痣や傷を全身に作り、服はだらしなく伸びきっており…肩口が破け…髪はボサボサで…。
だが…その少女は虚ろな目をしながら微かに笑っていた。
………
……
…
これは…不幸な少女の”日常”を探す物語。
_________________________
*一話毎文字数少ないです。
*多分R18じゃないはずです、でも一応そういった事も書いてあります。
*初めて書く小説なので文章力や表現力が無く、所々間違っているかも知れません。
*伝わらない表現があるかも知れません。
*それでも読んで頂けたら嬉しいです。
*本編完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる