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出航
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大型船が三隻。
乗っている兵士の数は総勢で三千といったところか。
相当な大所帯だ。そして長い船旅になるだろう。しかし速見に割り当てられた部屋は小さな部屋に無理矢理三人の人間を押し込めているので息苦しくてしょうがない。就寝時以外の時間をこの部屋で過ごしていたらすっかり気分が滅入ってしまうだろう。
速見は狭い部屋を出て船のデッキに上がり、広がる青空を眺めて深く息を吐いた。
(俺が船酔いしない体質で助かった。じゃなきゃこんな長い船旅絶対やらないもんな)
陽光を反射して海面がきらきらと輝いている。穏やかに波打つその水面を見ながらタバコを一本取り出して火をつけた。
晴天の日の海は少し眩しい。
目を細めながらタバコの煙を吸い込み、そっと吐き出した。
「ハヤミだったかな。私にも一本くれないか?」
声をかけられて振り向くと、そこには速見の試験を担当した試験官の男が立っていた。どうやら同じ船に乗っていたらしい。
「どうぞ」
速見は快くタバコを一本差し出す。男は礼を言うとタバコを受け取り口にくわえた。速見は持っていたマッチで男のタバコに火をつけてやり、しばらくの間二人は無言でタバコを吸う。
「・・・ヤマト国は遠い。この長い船旅の間、我々に仕事はないからな。雇った船乗りにすべて任せてのんびりとしているだけだから暇なのだよ」
タバコの煙を吐きながら男はそう言った。
「そうですか、そんで?俺のとこにはタバコを吸いに来たんです?」
「まあそれもあるが・・・少しアナタと話をしたくてね。かつて冒険者だったという話だが・・・失礼ながらハヤミという名前に聞き覚えが無くてね。無名の冒険者にしては試験の時の射撃は見事なものだったから少し気になったんだ」
男の言葉に速見は肩をすくめる。
「なに、それだけが取り柄です。力が強いわけでも剣術に優れているわけでもなく、魔法も使えない。ただ長年の戦闘経験から周囲の環境を利用する事に長けている事と、敵の意表をつく小技をいくつか持っているというだけで20年ほど冒険者をやっていた、ただの雑魚ですよ」
そもそもこの世界に来た当初は言葉すらわからなかった。その問題を解決するのにすら長い時間が必要だったのだ。
「なるほどな。だけど20年も五体満足で冒険者を続けられるというだけで素晴らしい事だと私は思う。アナタ自身が言うように戦闘能力に秀でている訳ではないのだろうが・・・それでも生存能力は高いと私は考える」
速見は感心していた。
この男は短時間の邂逅で速見の本質をある程度理解していたのだ。
速見の強みは戦闘能力では無い。適応能力と幅広い知識にある。
どんな場所でも生き延び、適応していく力。それが速見を五体満足で20年生き残らせた。そして自分の事をよく知っているからこそ危機を回避する事ができるのだ。
「・・・怖い人だ。ほんの少しの会話でそこまで推測するなんてね」
「ふふ、失敬。警戒させてしまったかな。しかし狙撃が得意というのなら魔力の付与された弓などを使えばより強くなれるのでは?」
「魔法武器か・・・確かに理想なんですが。あれは滅多に市場に出回らないし、自分で遺跡に潜って探すとなるとどうしても命の危険がつきまとう。俺は死にたくは無いんでね、力に未練が無いわけじゃないけどそれでも命にはかえられません」
そう、死ぬのはごめんだ。
思い出すかつての記憶
むせかえるような暑さ
血と硝煙の臭いと次から次に死んでゆく友の姿
死にたくない
生きていたい
若き速見に刻まれたこの世の地獄の光景は、彼の今後の人生へ大きな影響を及ぼした。
「なるほど、死にたくない・・・ね」
速見の話を聞いた男はずいっとその顔を速見の耳元に寄せてささやく。
「では何故こんな危険な戦に志願した? まさか敵がたった4人と聞いて慢心したか?」
「・・・そういえばその敵について詳しく聞いていませんでしたね。何者なんですか? その敵とは」
「・・・話を逸らしたな。まあ、答えたくないならそれでいい。・・・敵についてだったな。今回の敵はヤマトの地で古くから恐れられている怪物・・・名を”鬼”という」
「・・・鬼?」
そう聞いて速見が思い浮かべたのは祖国に伝わる妖怪の姿。額に角、屈強な体に虎の皮で作ったふんどしをつけたそんな鬼がこの世界にもいるというのか。
「そう鬼だ。どうやらヤマト国に生息する固有種の亜人らしい。個体数こそ少ないがその強さは異常なほどで、一度暴れ出すとそいつが疲れて帰るまで誰にも止められない天災のようなものらしいな。現にこの間我が国の軍二千人が4人の鬼に敗走している」
男の言葉に速見は一つの疑問を覚える。
「何故その情報を提示しないのですか?」
兵を募集する張り紙には今回の敵について詳しく書かれていなかった。
「簡単な話さ。それを知ろうが知るまいが募集兵のやることは変わらない。むしろ知らないほうが恐怖が減って動きがよくなるからな。もちろん聞かれたら答えるが、敵を知ろうともしない愚か者にわざわざ教えてやる必要もないだろう?」
冷たい考え方だ。だが非道だとも思わなかった。少なくともここにいる全員が死を覚悟して参加しているのだ。知らなかったで済まされるほど甘い戦では無い。
「騎士長、ここに居たんですか」
男と速見が無言でタバコを吸っていると、後方から野太い声が聞こえた。
見ると小山のような大男がこちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「・・・騎士長?」
速見は隣の男を見つめた。
「はは、そういえば自己紹介がまだだったな」
騎士長と呼ばれたその男は爽やかに笑うとその右手を差し出した。
「騎士クリサリダ・ブーパ。今回の遠征のまとめ役をやらせて貰っている。これからよろしくなハヤミ」
◇
乗っている兵士の数は総勢で三千といったところか。
相当な大所帯だ。そして長い船旅になるだろう。しかし速見に割り当てられた部屋は小さな部屋に無理矢理三人の人間を押し込めているので息苦しくてしょうがない。就寝時以外の時間をこの部屋で過ごしていたらすっかり気分が滅入ってしまうだろう。
速見は狭い部屋を出て船のデッキに上がり、広がる青空を眺めて深く息を吐いた。
(俺が船酔いしない体質で助かった。じゃなきゃこんな長い船旅絶対やらないもんな)
陽光を反射して海面がきらきらと輝いている。穏やかに波打つその水面を見ながらタバコを一本取り出して火をつけた。
晴天の日の海は少し眩しい。
目を細めながらタバコの煙を吸い込み、そっと吐き出した。
「ハヤミだったかな。私にも一本くれないか?」
声をかけられて振り向くと、そこには速見の試験を担当した試験官の男が立っていた。どうやら同じ船に乗っていたらしい。
「どうぞ」
速見は快くタバコを一本差し出す。男は礼を言うとタバコを受け取り口にくわえた。速見は持っていたマッチで男のタバコに火をつけてやり、しばらくの間二人は無言でタバコを吸う。
「・・・ヤマト国は遠い。この長い船旅の間、我々に仕事はないからな。雇った船乗りにすべて任せてのんびりとしているだけだから暇なのだよ」
タバコの煙を吐きながら男はそう言った。
「そうですか、そんで?俺のとこにはタバコを吸いに来たんです?」
「まあそれもあるが・・・少しアナタと話をしたくてね。かつて冒険者だったという話だが・・・失礼ながらハヤミという名前に聞き覚えが無くてね。無名の冒険者にしては試験の時の射撃は見事なものだったから少し気になったんだ」
男の言葉に速見は肩をすくめる。
「なに、それだけが取り柄です。力が強いわけでも剣術に優れているわけでもなく、魔法も使えない。ただ長年の戦闘経験から周囲の環境を利用する事に長けている事と、敵の意表をつく小技をいくつか持っているというだけで20年ほど冒険者をやっていた、ただの雑魚ですよ」
そもそもこの世界に来た当初は言葉すらわからなかった。その問題を解決するのにすら長い時間が必要だったのだ。
「なるほどな。だけど20年も五体満足で冒険者を続けられるというだけで素晴らしい事だと私は思う。アナタ自身が言うように戦闘能力に秀でている訳ではないのだろうが・・・それでも生存能力は高いと私は考える」
速見は感心していた。
この男は短時間の邂逅で速見の本質をある程度理解していたのだ。
速見の強みは戦闘能力では無い。適応能力と幅広い知識にある。
どんな場所でも生き延び、適応していく力。それが速見を五体満足で20年生き残らせた。そして自分の事をよく知っているからこそ危機を回避する事ができるのだ。
「・・・怖い人だ。ほんの少しの会話でそこまで推測するなんてね」
「ふふ、失敬。警戒させてしまったかな。しかし狙撃が得意というのなら魔力の付与された弓などを使えばより強くなれるのでは?」
「魔法武器か・・・確かに理想なんですが。あれは滅多に市場に出回らないし、自分で遺跡に潜って探すとなるとどうしても命の危険がつきまとう。俺は死にたくは無いんでね、力に未練が無いわけじゃないけどそれでも命にはかえられません」
そう、死ぬのはごめんだ。
思い出すかつての記憶
むせかえるような暑さ
血と硝煙の臭いと次から次に死んでゆく友の姿
死にたくない
生きていたい
若き速見に刻まれたこの世の地獄の光景は、彼の今後の人生へ大きな影響を及ぼした。
「なるほど、死にたくない・・・ね」
速見の話を聞いた男はずいっとその顔を速見の耳元に寄せてささやく。
「では何故こんな危険な戦に志願した? まさか敵がたった4人と聞いて慢心したか?」
「・・・そういえばその敵について詳しく聞いていませんでしたね。何者なんですか? その敵とは」
「・・・話を逸らしたな。まあ、答えたくないならそれでいい。・・・敵についてだったな。今回の敵はヤマトの地で古くから恐れられている怪物・・・名を”鬼”という」
「・・・鬼?」
そう聞いて速見が思い浮かべたのは祖国に伝わる妖怪の姿。額に角、屈強な体に虎の皮で作ったふんどしをつけたそんな鬼がこの世界にもいるというのか。
「そう鬼だ。どうやらヤマト国に生息する固有種の亜人らしい。個体数こそ少ないがその強さは異常なほどで、一度暴れ出すとそいつが疲れて帰るまで誰にも止められない天災のようなものらしいな。現にこの間我が国の軍二千人が4人の鬼に敗走している」
男の言葉に速見は一つの疑問を覚える。
「何故その情報を提示しないのですか?」
兵を募集する張り紙には今回の敵について詳しく書かれていなかった。
「簡単な話さ。それを知ろうが知るまいが募集兵のやることは変わらない。むしろ知らないほうが恐怖が減って動きがよくなるからな。もちろん聞かれたら答えるが、敵を知ろうともしない愚か者にわざわざ教えてやる必要もないだろう?」
冷たい考え方だ。だが非道だとも思わなかった。少なくともここにいる全員が死を覚悟して参加しているのだ。知らなかったで済まされるほど甘い戦では無い。
「騎士長、ここに居たんですか」
男と速見が無言でタバコを吸っていると、後方から野太い声が聞こえた。
見ると小山のような大男がこちらに向かって小走りで駆け寄ってくる。
「・・・騎士長?」
速見は隣の男を見つめた。
「はは、そういえば自己紹介がまだだったな」
騎士長と呼ばれたその男は爽やかに笑うとその右手を差し出した。
「騎士クリサリダ・ブーパ。今回の遠征のまとめ役をやらせて貰っている。これからよろしくなハヤミ」
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