上 下
29 / 70

悪の敵

しおりを挟む
 バンと乱暴に開かれた社長室のドア。




 その中は意外なほどに薄暗く、電灯の類いは一切付けられていなかった。部屋の中央に設置されたデスクの上、起動しているPCの画面だけが仄かな光源となって部屋を照らしている。




「ドアを開ける前にノックくらいして欲しいものだね」




 そこに座っていたのは安物のハロウィンマスクをつけたスーツ姿のやせた男。突然の訪問者に驚いた様子も無く平然としている。




「・・・お前がクイックリー警備の社長、ジョセフ・ボールドウィンで間違いないな」




 ウルフの言葉に男・・・ジョセフは鷹揚に頷く。




「いかにも。私こそがジョセフ・ボールドウィンだ」




 それだけわかれば十分だ。




 ウルフはその瞳に殺意を漲らせて一歩前に進む。




「君は噂の狼男だね・・・ずいぶんと私の組織に被害を与えてくれたものだよ。パワーに足止めを頼んだのだけれど彼はどうしたんだい?」




「殺した。次はお前の番だ」




「おお怖い。君は何故私を殺すのだ?」




「悪は滅びねばならない」




「だから君が断罪すると? 神にでもなったつもりかい? 私に言わせれば君の行為は正義からほど遠い」




 ウルフは戯れ言を言うジョセフを冷たい目線で見据えた。




「勘違いするな。俺は正義の味方などでは無い」




「ほう、ならば君は何者かな?」




 ウルフは一言一言確かめるようにその言葉を口にした。まるでそれは自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる。




「俺は・・・・・・悪の敵だ」




 正義の味方ではない




 悪の




 敵




 ウルフはギラリと鋭い爪を光らせて右手の指をゴキリと鳴らす。




「さて、そろそろ死ぬ準備は良いか?」




「良くないな。できるだけ戦闘は避けたいのだけれど話し合いに応じる気はあるかい?」




 ジョセフの言葉にウルフは首を左右に振る。




「邪悪・・・滅ぶべし!」




 その巨大なアギトをカパリと開きぬらぬらと唾液に塗れた犬歯をむき出しにする。両手の鉤爪はその一本一本がよく切れるナイフのように鋭く光り、ウルフは大きく跳躍して座ったままのジョセフに襲いかかった。




 必殺の威力を秘めた牙が、爪が無防備なジョセフ目がけて振るわれる。ジョセフは回避する様子も見せず、このまま次の瞬間には無残に切り裂かれるのではと思われたその瞬間、大きく右手を掲げたジョセフがパチンと指を鳴らした。




「グギャァアアアア!?」




 宙にいたウルフの全身が瞬時に燃え上がる。




 その炎は激しくウルフの全身を焼き、彼は大きな悲鳴を上げて床に転げ回る。しかし炎は一向に消える様子を見せず、しばらく暴れていたウルフが力尽きて静かになった頃、何事も無かったかのように炎は消え失せるのだった。




 床には黒く焦げたウルフの姿。




 かろうじて息をしているがいつ死んでもおかしくないほどの重傷だ。




「ああ、だからなるべく戦闘は避けたいと言ったんだ」




 ジョセフは静かに立ち上がると床に転がっているウルフの頭に足を乗せた。まるで汚らわしいものを見るかのように彼を見下ろすと、革靴でグリグリと踏みつける。




「嫌いなんだよ、炎は」




 ズキリとマスクの下の火傷跡が疼くのだった。











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...