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二人きりの部屋

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「ちょ、ちょっとクリス!?」


無理やり手を引かれ、扉の方へと引っ張られる。これは一体どういう状況なのだろう。


「クリス、痛いわ。離してちょうだい」


明らかに怒っているクリスにそう言うと、クリスははっとしたように私の手を離した。少しは冷静になったようだ。


「どうしてそんなに怒っているの?」

「エレナこそどうしてそんなに冷静なの? 考えてみてよ。同じ部屋に殿下と二人きり。周りにどう思われるか分かってるの!?」


それはまあ……でもどうせいずれは結婚するんだし、今どう思われたって何とも思わない。

けろっとした顔で頷くとクリスは再び怒り出した。


「エレナ……!」

「心配しなくても何もないわよ。いくら殿下がわたくしを気に入っていると言っても殿下から見たらわたくしなんてまだ子供よ。そんな気も起きないわ」


一回りも年が離れているのだ。愛玲奈の時を合わせれば私の方が年上かもしれないけど。いや、でもユリウス殿下だって時間を戻す前があるから……私の方が年下か。

どちらにしても肉体年齢的には私はまだ十六歳。二十七歳のユリウス殿下からしてみれば子供にしか見えないだろう。大体今更だ。捕らわれていた間なんてそれこそ他に誰もいなかったのだから。

のほほんとそう答えるとクリスはキッと目を吊り上げた。


「そんなわけないじゃん! あの腹黒殿下だよ!? 婚約なんて解消しようと思ったらできるんだからその前に既成事実を、なんて考えてるに決まってるよ!」


……言いたいことは色々とある。だけどまず本人の前で「腹黒殿下」は論外。

視線だけでユリウス殿下の様子を伺うと、ユリウス殿下は可笑しそうに笑っていた。まあ怒ってはいないならセーフ……?


「そんなことを思う方じゃないわ。ねえ? ユリウス殿下」


同意を求めてユリウス殿下を見ると、ユリウス殿下はよく分からない笑みを浮かべていた。どういう意味だ?

首を傾げるとユリウス殿下は私からクリスへと視線を移した。


「よく分かっているね、クリス」


……はい? どういう意味?

少し考え、反射的に体が動いた。さっとクリスを盾にするようにしてその後ろに隠れる。

え、何、私まだ十六歳なんだけど!?

そんな私の様子を見てユリウス殿下は笑っていた。


「大丈夫だよ。一瞬考えただけ」


一瞬考えた!? 何それ、こわっ!


「それに、既成事実という点ではこうして同じ部屋に二人でいるだけでも十分だ。今日は邪魔されたけどね」


……それは確かにそうかも。


「君が嫌がるなら手も触れないよ」


そう、ユリウス殿下はこういう人。私を神格化して、私に嫌われたくない。嫌がることはしない人。それはそれでちょっと嫌な部分もあるけど。


「その言葉、信じてよろしいですか?」

「もちろん。必要なら契約魔法を交わそう」


契約魔法。それはお互いの魔力でお互いを縛るもの。今回契約魔法をかわすとなれば多分私が一方的にユリウス殿下を縛ることになるだろう。


「……必要ありません」


少なくともそれは普通の婚約者の形ではないだろう。そんなものは目指していない。

クリスの影から出ると、クリスは「もっと考えなよ」と呆れたように言った。「考えた結果がこれよ」と開き直ってみるとため息を吐かれた。

……仕方ないじゃん。


「ところで、僕も言いたいことがあるんだけどいいかな?」

「どうぞ」


確かに言いたいことは山ほどあるんじゃないかと思う。私もクリスも結構無礼な態度取ってるし。まあこれは今更か。


「婚約したら側に男を置かないと言ったよね?」

「ええ」


特に問題はないはずだけど……。ユリウス殿下の目が私からクリスへと向く。


「お約束した通り、殿方とは最低限の会話しかしておりませんが?」


首を傾げると、ユリウス殿下が「どういうことだ」とクリスへ言った。それを聞きたいのは私の方なんだけど。どういうこと?

訳が分からない私と違い、クリスは特に困った様子なく答えた。


「ご覧のとおり、こういうことです」


少しの間沈黙が降りる。私とクリスを見ているユリウス殿下、いつも通りのクリス、何も分からない私。最初にため息を吐いたのはクリスだった。


「ため息を吐きたいのはこっちなんだけど」


ユリウス殿下がすかさずそう言った。クリスは表情を変えず「すみませんね」と軽く言う。

……ほんとにどういう状況?

一人置いていかれている私はただ立っていることしかできない。


「まあいいよ。その子が友達が必要なら仕方がない」

「ええ、大親友ですよ。ご安心を」

「それが安心できないんだけどね」


なんだろう、二人とも笑顔なのに火花が散っている気がする。しかしとりあえず話は終わったようだ。クリスは改めて私を見て言った。


「何かされそうになったらすぐに呼ぶんだよ。ヘンドリック様連れてくるから!」

「え、ええ、ありがとう」


それは心強いけど……。苦笑いを浮かべるしかできない私に手を振ってクリスは部屋を出て行った。


「も、申し訳ありません……普段から誰に対してもあの感じなのですが……」


クリスを庇う言葉が見つからない。ズバズバと物を言うところが好きだけど、誰に対しても、っていうのは本当に止めて欲しい。


「いいよ。僕こそ大人げなかったね」

「ああ、いえ、そんなことは……」


あったかも……? とは思っても口には出せない。そんな私を見てユリウス殿下が笑った。


「君とクリスが仲が良いのを見ていると嫉妬してしまったよ」


嫉妬……。なるほど。


「それは、胸がもやもやしたり、羨ましいと思ったりすること、でしょうか?」

「まあ、それは状況によるだろうけど」

「では、ユリウス殿下がわたくしの名前は呼ばないのに、クリスの名前は呼ぶことが羨ましいと感じるのは?」


少し、ほんの少しだけクリスが羨ましいと思った。私の名前は結局あの一回しか呼ばれていないのだ。自分でも子供らしいとは思う。しかし気持ちはどうにもならない。

頬を膨らませて俯く。ユリウス殿下が驚いているのが見なくても分かった。

今になって顔が熱くなってくる。別に好きとかそういうのではない。だけど……。


「何でもありません、忘れてください……!」


雰囲気に耐えきれなくなって部屋を出ようと踵を返すと、私が扉に着く前に手首を握られた。強い力ではなかった。だけど足が止まった。


「嬉しいよ。ごめんね、エレナ」


なぜだかとても恥ずかしくて、振り返ってユリウス殿下の顔を見ることができなかった。
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