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祝福の理由

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陛下の執務室の前へ着くと、扉の両脇に立っている騎士が私を見た。いつもの人だけど会話を交わしたことなんて数えるほどしかない。しかも「今は入れない」とか「陛下が待っている」とかそんな話ばかり。


「フィオーレ伯爵令嬢、お待ちしておりました」

「おめでとうございます」


だから何が!?

にっこりと笑ってお礼を言っても全然嬉しくない。「おめでとう」はどうでもいい。そろそろ何がおめでたいのか教えて欲しい。


「あの、先ほどから色々な方に祝福されるのですが、心当たりがございませんの。教えてくださいますか?」


私がそう言うと二人は顔を見合わせた。そして「いや、そんなはずは」とか、「どういうことだ?」とか言って、二人も訳が分からない様子。

少ししてまた私の方を見る。


「どうぞ、中にお入りください。こちらです」


そう言われ、隣の部屋の扉を一人がノックした。

「誰だ」と陛下の声が聞こえる。


「フィオーレ伯爵令嬢でございます」

「入れ」


扉が開けられ、中にいる人たちの顔が見える。そこには私が思っていた以上に皆いた。ユリウス殿下も。


「体は平気か?」


陛下にそう聞かれ頷く。


「はい、たくさん寝ましたのでもうすっかり」


陛下がお誕生日席。その右側の列にユリウス殿下、カイ、リリー。それに向かい合ってヨハン、ヘンドリックお兄様、クリス。それから陛下の斜め後ろにお父様も立っている。珍しい。

私はどこに座ればいいんだろう。クリスの隣いいかな。なんて考えているとクリスが手招きしてくれた。

メイドさんが椅子を引いてくれたので腰かけるとすぐにお茶とお菓子が出て来た。

やったぁ!


「皆様、何のお話をされていらっしゃったのですか?」


この場に宰相であるお父様がいるのだ。個人的な話ではないだろう。それにお父様はユリウス殿下のことは知らなかったはず。お義母様はまだユリウス殿下のことは知らない様子だった。

しかしお父様と言い、マルゴット様と言い、ユリウス殿下の帰還を知っている人が増えている。今後の方針が決まったのだろうか。


「説明の前にエレナ、おめでとう」


そう言ったのはヘンドリックお兄様だった。笑顔だがそれがとても胡散臭い。今までの原因はこの人かもしれない。


「残念ですがその祝福を素直に受け取ることはできません。わたくし、心当たりがございませんの」


そう言った途端、くすくすと笑う声が聞こえてくる。ヨハンとユリウス殿下だった。カイとリリーは明らかに私の視線を避けている。クリスは目が合ったらにこっと笑顔を浮かべた。どこかいつもと違う。何か隠し事をしているような感じ。

陛下とお父様を見る。陛下はいつも通り。お父様は不思議そうな顔だ。


「エレナ、お前が言い出したことだと聞いているが?」

「はい? わたくしが?」


私が何か言った? 祝福されるような何かを? 考えてみても全く出てこない。


「お父様、よく分かりませんがわたくしではないと思われますわ。人違いでは?」

「いいや、お前だ、エレナ。お前が言い出した。皆聞いている」


否定してもそれをすぐヘンドリックお兄様に否定された。陛下を初め、お父様以外が皆頷く。いや、どういうこと!?


「あの、本当に分からないのです。わたくしが何を言ったのかも、どうしておめでとうと言われるのかも。教えてくださいませ」


視線が一度私に集まり、そしてユリウス殿下へと集まる。ユリウス殿下は柔らかい笑みを浮かべた。


「君は僕と婚約したんだよ」


一瞬頭の中が真っ白になった。


「……婚約?」

「うん」

「誰と誰が?」

「だから、君と僕が」


君と僕。つまり私とユリウス殿下。


「はいいぃぃぃ!?」


自分でも驚くくらい大きな声が出た。しかしそんなこと気にしていられない。


「どういうことよ! クリス! どうしてそうなっているの!? 説明して!!」

「エ、エレナ、落ち着いて……」

「落ち着いてなんていられないわよ! どういうこと!?」


クリスに詰め寄ると、クリスは困ったような笑みを浮かべて「落ち着いて」と言うばかり。いいから早く説明して!

そう思った時、コホンと咳払いが聞こえた。


「これ以上恥をさらすな。みっともない」


そして冷ややかな声。お父様の咳払いとお兄様の声だった。急に冷静になって、自分の行動を思い出す。……うん、まずい。大分恥ずかしいことをしている。

えへ、とごまかしの笑顔を浮かべ、椅子に座り直す。そしてもう一度言った。


「どうしてそうなったのですか? どなたか説明をしていただきたいのですが……」

「説明も何も、エレナちゃんが殿下に言ったんだよ」


答えてくれたのはヨハンだった。しかしそれだけでは先ほどと同じだ。ん? ちょっと待って、婚約が決まるようなそれらしい言葉を言ったかもしれない。


「エレナ言っていたよ。わたくしと一緒に生きてくださいませって」


やっぱりぃぃ! 違う! あれはそう言う意味じゃない! これからは私と協力してカイとリリーを支えて行こうって言う意味で、婚約するなんて一言も言っていない!


「まあ、エレナは気付いていないだろうとは思っていたけど」

「ええ、私もなんとなくそう思っておりました」


じゃあ教えてくれてもいいじゃん。クリスを見ると「まあまあ」という顔が笑っていた。絶対クリスも分かっていた。キッと睨むとクリスは「だって」とヨハンの方を見た。


「ごめんね、クリスを止めたのは私なんだ」

「なんで……」


さすがにヨハンには強く出れない。小さい声でそれだけ言うと、答えたのはヘンドリックお兄様だった。


「婚約に関しては他人が口を挟む問題ではない。家の問題だ。不都合があればお前がなんと言おうと婚約をすることはないし、逆もまたしかりだ」

「じゃあわたくしがあんなこと言わなくても婚約は結ばれていたということですか?」

『そういうわけではない』


きっぱりとしたその声はお父様と陛下のものだった。

どういうことよ!!

私は口に出す代わりに心の中で全力で叫んだ。
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