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抜け道

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部屋の中に降りる沈黙。

ヘンドリックお兄様は聞こえているはずなのに返事をしてくれない。隣に座るクリスはそわそわと落ち着かない様子だ。

私はお弁当を食べ続けるお兄様をじっと見つめる。

どうだ、食べづらいだろう。答えてくれるまで見続けてあげるんだから。

そう思うが、ヘンドリックお兄様は全く気にしていない様子だ。私の方など一向に見ず、パクパクと上品に食べ続けている。

私はこの人の神経の図太さを少し舐めていたのかもしれない。これはクリス以上だ。


「……お兄様、教えてくださいませ」


先に耐えられなくなったのは私だった。人が食べるのを見ているだけなんてとても退屈だ。嫌がらせでできることではなかった。


「なぜ知りたい」


お兄様はお弁当を持ったままそう聞いて来る。

なぜなんてそんなの助けたいからしかないだろう。そう言おうとするが、先にお兄様が言った。


「なぜ助けたい」

「ベアトリクス様は裁かれる程の罪を犯したとは思えないからですわ」


確かに性格は悪かったし、色々あったけど人の命を狙うようなことはしていないらしいし、もちろん公爵の悪事にも加担していないだろう。それなのに一緒に罰を受けるなんて黙っていられない。

再び沈黙が降りる。ヘンドリックお兄様の手の中のお弁当はもう残りちょっとだ。

早く話を進めたいところだけど、それくらいなら待ってあげよう。お兄様と話をするうえで大切なのは寛大な心だ。じゃないとイライラしてキレてしまいそうになる。

お兄様の言うことは正しいんだけど、言い方はとにかくムカつくんだよね。

空になったお弁当箱を閉めて、お茶を飲むお兄様。そして私を見た。


「クラッセン公爵家には裁かれる程の罪を犯していない者も、全く罪を犯していない者もいる。その全てを救う気か?」

「そ、それは……」


言われてみれば確かにそうだ。クラッセン公爵に巻き込まれるのは何もベアトリクスだけではない。まだ何も分からない子供だっているだろうし、悪いことなんて縁のない人だっているだろう。


「そうできればそれが一番いいですが……」


そう言いながら自分の声がどんどん小さくなっていくのが分かった。そんなことできっこない。なんとなく分かっていた。


「無理だ」


お兄様はきっぱりとそう言った。


「公爵家の処刑は長い歴史を見ても珍しいことだ。他の貴族への見せしめにもなる。何人も見逃すことなどできない」


処刑。その言葉を聞いてズーンと胸が重くなる。既にクリスに聞いていたことではあるけど、それでも何とも言えない気持ちだ。


「……分かっておりますわ」


あっちの世界では犯罪を犯しても償うのは本人だけ。だけどこの世界では違う。この国にはこの国のルールがあるのだ。そう簡単に曲げることはできないだろう。

だけどベアトリクスは助けたい。例えそれが私のエゴだとしても。


「もう一度聞く。なぜあの娘を助けたい」


なぜベアトリクスを助けたいか。

お兄様は分かっていて聞いているような気がした。私の心の内など全て見透かして。

初めはただ面倒な悪役令嬢がいなくなってくれたらいいと思っただけだった。話も通じず直接的な敵意を向けてくるのはラルフだけで十分だと。性格を矯正できたらヒロインもいじめられることなく楽かなって。

だけど今こうしてベアトリクスの性格が丸くなって、話が通じるようになった。なんだかんだ言って面倒なところはあるけど、悪い子ではないのだ。つまり、私はベアトリクスのことが嫌いではない。

……いや、違うな。


「わたくしがベアトリクス様のことを好きだからです。この先も生きて欲しいと思っているからです。全てわたくしの感情によるものです」


父親の巻き添えなんて理不尽だ、なんて表向きな理由はお兄様には通じない。これが私の本心だ。私はベアトリクスのことを面倒だとは思っていたけど、嫌いだと思ったことは今まで一度もない。まだ子供なのだ。これから先どんな風にもなれる。

今のベアトリクスは決して馬鹿ではない。

何か文句がありますか、という意味を込めてにっこりと笑うと、お兄様は無言で私を見た。そして立ち上がると言った。


「クラッセン公爵家に属している限り、処罰は免れない。例外はなしだ」


その表情は笑ってはいなかったけど、少し機嫌がいいように見えた。


「うまかった。また作って来い」


何の話だ、と思うと同時にお兄様は部屋を出て行った。

ああ、お弁当の話か、と気が付く。お兄様は私のお弁当が好きらしいのは知っていたけど、こうして面と向かって美味しいと言われたことはなかった。

よっぽど機嫌がいいんだな。


「結局教えてくれないんじゃん」


隣でクリスが口をとがらせる。


「どうする? 兄様にもあたってみる?」

「……教えてくれなかったのかしら?」


あの機嫌の良さなら教えてくれても不思議じゃない。


「クラッセン公爵家に属している限り処罰は免れない……」


お兄様の言葉を繰り返す。


「つまり、クラッセン公爵家に属していなかったらいいのじゃない?」


考えられるのはそれしかない。私の言葉にクリスは目を丸くした。


「確かにそうだとは思うけど、そんなことできるのかな?」


……まあそこだよね。
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