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クリスへのお願い
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「まさかクルト様がこんなに早く来るとは思わなかったな」
クリスがちょっと残念そうにそう言った。速攻勝負がついてしまったけど、賭けは私の勝ち。
お兄様が早く来てはいけなかったのかと、一瞬だけ不安そうな表情を浮かべた。慌ててフォローしておく。
「お兄様、わたくしはお兄様が来てくださってとても嬉しかったですわ。ありがとうございます」
賭けにも勝てたしね。でも、
「お顔を見ることができたのでお兄様はお仕事に戻ってくださいませ。お兄様の評価が下がるのは妹として許せませんわ。それに、ほら、ヴェルナー様は怒ったらとても怖いですもの」
私だってヴェルナー様に剣の稽古を受けたことがあるから分かる。話がわかる人ではある。が、厳しくて怖い人だ。訓練となるとなおさら。
一言言って来るならまだしも、勝手に出て来たなら早く戻らなければ。
私の言葉にお兄様は少し不満そうだったが「うん」と頷いた。
「またお仕事がお休みの日にゆっくりお話ししましょう。頑張ってくださいませ」
「うん、ありがとう。エレナは休める時にゆっくり休むんだよ」
「はい」
お兄様は優しい手つきで私の頭を撫で、部屋を出て行った。
「あーあ、負けちゃったよ」
少しだけ残念そうな言い方ではあるが、別に気にしている感じではない。「何かして欲しいことがあるの?」と私を見るクリス。
「ええ、ちょっとね、お願いがあるの」
他の人には頼めないお願いを口にすると、クリスは目を丸くした。
「なんで今更そんなこと知りたいの?」
「難しいかしら?」
「……できないことはないと思うけど」
クリスの問いを無視したことに少し不満そうな顔をされる。お願いする以上、説明をする気はある。だけど今はまだ言いたくない。気持ち的な問題でもあるし、今全部を話して協力してくれないと困るっていうのもある。
「じゃあお願い。後でちゃんと説明はするわ」
じっとクリスを見つめると、クリスは少ししてため息をついた。
「……分かったよ。調べておく」
「ありがとう」
コンコン、とノックの音が響いた。
「どうぞ」
返事をするとすぐに扉が開いて、飛び込んできたのはたくさんの影だった。
『エレナ!』
カイ、レオン、マクシミリアン、フロレンツ。想像通りの四人がどっと押し寄せて来る。
クリスが小さく「遅いよ」と言うのが聞こえた。
「体調はどう!? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「会いたかったよ、エレナちゃん」
「わたくしもよ、フロレンツ」
皆が口々にいろいろなことを言う。改めて見ると、皆大人になったんだなと思う。愛玲奈の知っている皆だ。私の知っている子供ではなく。それなのに言動が同じだと思うのは気のせいだろうか。
少なくともこういう時に興奮したり取り乱したりする攻略対象達の姿ははかっこよくない。
「皆様、落ち着いてくださいませ。わたくしはもうすっかり元通りですわ」
にっこりと笑うと、四人がほっと息をつくのが分かった。
「遅かったね、カイ」
クリスが横から口を挟む。
「おかげで私はまた面倒なことが増えちゃったよ」
「これでも急いで来たんだけど」
「ああそう、カイを信じた私が馬鹿だったよ」
クリスがわざとらしく頬を膨らませる。訳がわからないカイは不思議そうに首を傾げた。
「殿下、気にしないでくださいませ。こちらの話ですわ」
プンスカと怒るクリスを見て思わず笑ってしまう。だけど、クリスはきっと賭けなんてなくても手伝ってくれたんじゃないかと思う。優しいから。
なんだかんだ言って甘いクリスである。
「そういえばリリー様はご一緒ではありませんの?」
リリーは自分で馬車の調達をするのも難しいし、てっきりカイにくっついて来るんじゃないかと思っていたけど……。
カイは「ああ」と頷くと扉の方を見た。
「一緒に来ようかと思ったんだけど、ちょうどベアトリクスと一緒になってね。私たちと一緒の馬車よりも女の子同士の方がいいかと思って……そろそろ来ると思うんだけど」
まじか。ベアトリクスとリリーが一緒に来るなんて……え、大丈夫? リリーはともかくベアトリクスはリリーのことよく思ってなかったし。私が寝ている間に関係が改善されたのかな?
「あの二人も仲良くなったようでよかったよ」なんてカイが言う。
ちらっとクリスの視線を向けてみると、クリスは強張ったような、引き攣ったような顔で首を横に振っていた。
うん、仲良くなった訳じゃないんだね。よく見るとマクシミリアンも微妙そうな顔をしている。なるほど、マクシミリアンはあの二人の関係に気付いているけど、カイが気付いてないと言うことか。
まあベアトリクスだって表立って何かしているわけではないと信じたい。
またノックの音が響き、入って来たのは想像通りの、ベアトリクスとリリーだった。
ベアトリクスは私の顔を見るとキッと睨む。そして一言。
「寝すぎでしてよ」
文句ととれる言葉だったが、そう言ったベアトリクスの目に涙が滲んでいて、謝るしか出来なかった。
一方リリーは満面の笑顔で「おはようございます」と言ってくれた。はい、天使。やっぱりヒロインは可愛い。
多種多様なリアクションの皆だが、それでも皆私の目覚めを喜んでくれているようで、もっと早く起きればよかった、と心の底から思った。
クリスがちょっと残念そうにそう言った。速攻勝負がついてしまったけど、賭けは私の勝ち。
お兄様が早く来てはいけなかったのかと、一瞬だけ不安そうな表情を浮かべた。慌ててフォローしておく。
「お兄様、わたくしはお兄様が来てくださってとても嬉しかったですわ。ありがとうございます」
賭けにも勝てたしね。でも、
「お顔を見ることができたのでお兄様はお仕事に戻ってくださいませ。お兄様の評価が下がるのは妹として許せませんわ。それに、ほら、ヴェルナー様は怒ったらとても怖いですもの」
私だってヴェルナー様に剣の稽古を受けたことがあるから分かる。話がわかる人ではある。が、厳しくて怖い人だ。訓練となるとなおさら。
一言言って来るならまだしも、勝手に出て来たなら早く戻らなければ。
私の言葉にお兄様は少し不満そうだったが「うん」と頷いた。
「またお仕事がお休みの日にゆっくりお話ししましょう。頑張ってくださいませ」
「うん、ありがとう。エレナは休める時にゆっくり休むんだよ」
「はい」
お兄様は優しい手つきで私の頭を撫で、部屋を出て行った。
「あーあ、負けちゃったよ」
少しだけ残念そうな言い方ではあるが、別に気にしている感じではない。「何かして欲しいことがあるの?」と私を見るクリス。
「ええ、ちょっとね、お願いがあるの」
他の人には頼めないお願いを口にすると、クリスは目を丸くした。
「なんで今更そんなこと知りたいの?」
「難しいかしら?」
「……できないことはないと思うけど」
クリスの問いを無視したことに少し不満そうな顔をされる。お願いする以上、説明をする気はある。だけど今はまだ言いたくない。気持ち的な問題でもあるし、今全部を話して協力してくれないと困るっていうのもある。
「じゃあお願い。後でちゃんと説明はするわ」
じっとクリスを見つめると、クリスは少ししてため息をついた。
「……分かったよ。調べておく」
「ありがとう」
コンコン、とノックの音が響いた。
「どうぞ」
返事をするとすぐに扉が開いて、飛び込んできたのはたくさんの影だった。
『エレナ!』
カイ、レオン、マクシミリアン、フロレンツ。想像通りの四人がどっと押し寄せて来る。
クリスが小さく「遅いよ」と言うのが聞こえた。
「体調はどう!? 大丈夫?」
「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」
「会いたかったよ、エレナちゃん」
「わたくしもよ、フロレンツ」
皆が口々にいろいろなことを言う。改めて見ると、皆大人になったんだなと思う。愛玲奈の知っている皆だ。私の知っている子供ではなく。それなのに言動が同じだと思うのは気のせいだろうか。
少なくともこういう時に興奮したり取り乱したりする攻略対象達の姿ははかっこよくない。
「皆様、落ち着いてくださいませ。わたくしはもうすっかり元通りですわ」
にっこりと笑うと、四人がほっと息をつくのが分かった。
「遅かったね、カイ」
クリスが横から口を挟む。
「おかげで私はまた面倒なことが増えちゃったよ」
「これでも急いで来たんだけど」
「ああそう、カイを信じた私が馬鹿だったよ」
クリスがわざとらしく頬を膨らませる。訳がわからないカイは不思議そうに首を傾げた。
「殿下、気にしないでくださいませ。こちらの話ですわ」
プンスカと怒るクリスを見て思わず笑ってしまう。だけど、クリスはきっと賭けなんてなくても手伝ってくれたんじゃないかと思う。優しいから。
なんだかんだ言って甘いクリスである。
「そういえばリリー様はご一緒ではありませんの?」
リリーは自分で馬車の調達をするのも難しいし、てっきりカイにくっついて来るんじゃないかと思っていたけど……。
カイは「ああ」と頷くと扉の方を見た。
「一緒に来ようかと思ったんだけど、ちょうどベアトリクスと一緒になってね。私たちと一緒の馬車よりも女の子同士の方がいいかと思って……そろそろ来ると思うんだけど」
まじか。ベアトリクスとリリーが一緒に来るなんて……え、大丈夫? リリーはともかくベアトリクスはリリーのことよく思ってなかったし。私が寝ている間に関係が改善されたのかな?
「あの二人も仲良くなったようでよかったよ」なんてカイが言う。
ちらっとクリスの視線を向けてみると、クリスは強張ったような、引き攣ったような顔で首を横に振っていた。
うん、仲良くなった訳じゃないんだね。よく見るとマクシミリアンも微妙そうな顔をしている。なるほど、マクシミリアンはあの二人の関係に気付いているけど、カイが気付いてないと言うことか。
まあベアトリクスだって表立って何かしているわけではないと信じたい。
またノックの音が響き、入って来たのは想像通りの、ベアトリクスとリリーだった。
ベアトリクスは私の顔を見るとキッと睨む。そして一言。
「寝すぎでしてよ」
文句ととれる言葉だったが、そう言ったベアトリクスの目に涙が滲んでいて、謝るしか出来なかった。
一方リリーは満面の笑顔で「おはようございます」と言ってくれた。はい、天使。やっぱりヒロインは可愛い。
多種多様なリアクションの皆だが、それでも皆私の目覚めを喜んでくれているようで、もっと早く起きればよかった、と心の底から思った。
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