上 下
213 / 300

皆の声

しおりを挟む
誰かが枕元で喋っているのが聞こえた。


「エレナ、まだ起きるつもりはないかい? 皆エレナが帰ってくるのを待ってるよ。レオンも、マクシミリアンも、もちろん私も。早くその笑顔が見たい。戻っておいで」


これはカイの声か。起きるとか戻るとか何? 私ここにいるじゃん。皆が待ってるって何?

カイの言っている意味がよく分からなくて、そう言うが返事はなく、カイの声は消えた。

次はカミラだった。


「お姉さま、わたくし寂しいです。お姉様にたくさんお話ししたいことがありますの。……相談したいことも。早く戻っていらして、あのお方を止めてくださいませ。わたくしにはもうあの方が何をしたいのか全く分かりませんの」


ぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえる。カミラが泣いている。私の可愛いカミラが。泣かせたのは誰? あの方って誰? 私がすぐに助けてあげるからね!

そう思うが、体に力が入らず私は動くことができなかった。

次の声はなかなかに厳しかった。


「あなたいつまでぐうたらしているつもりなの!? 早く起きなさいよ! あなたが待って欲しいと言うから待っているけど、このまま起きないならもうわたくしは好きなようにしますわよ! リリーをいじめていじめて魔法学校に居場所がなくなるくらいはするつもりよ! 手加減なんてしないんだから! ……ダメだって言うなら早く起きなさいよ、馬鹿……」


何でそんなに声に元気がないのよ、ベアトリクス。っていうかリリーをいじめるなんてダメだよ! そんなことしたらベアトリクスの断罪イベントが起こってしまう。私はこの先もベアトリクスとわちゃわちゃしたいんだから!

……私は今寝てるの? 確かにあの誘拐事件の後から全く記憶がないけど。それにしてもどのくらい経ってるんだろう。疲れたとは思っていたけどそんなに長く寝るほどではなかったんだけど。

今すぐに飛び起きてベアトリクスを止めに行きたい。だけどどんなに頑張っても指が一本動かせただけだった。


「……エレナ様」


お、次はリリーか。私を呼ぶ声に元気がないのは気のせいだろうか。少し待ってみるが言葉が続かない。

え、何? 喋るなら早く喋ってよ。気になるじゃない。

少ししてようやくリリーは話し始めた。


「先週は学校外実習がありました。そこで、魔獣に襲われたのです」


おお、魔獣! 確かにそんなイベントがあった気がする。


「殿下やクリス様達と一緒にどうにか退治することはできました」


うんうん、よかった。よく頑張ったね。

しかしリリーの声はとても暗かった。


「だけど、私は何もすることができなかったのです。戦うことはできないし、皆の怪我を治すにも数人で精一杯で……皆さま十分だとおっしゃってかださったんですが、自分が情けなくて……!」


リリーの声が震える。泣いていることがわかった。だけどリリーが戦えないなんて皆知ってるし、数人だけでも怪我が治せたなら上出来だよ。そんな泣くことないじゃない。

そう言うが私の声はリリーに届かない。


「もし、もし、あの場にエレナ様がいらっしゃったらきっと、怪我で苦しむ方もいなかったでしょうし、そもそも誰も怪我をすることがなかったのではないかと考えると……や、やっぱりエレナ様がいないといけません。早く起きてください、お願いします」


悲痛な声が耳に届く。私だって早く起きたいとは思ってる。だけどどうすれば起きれるか分からないんだもん。

……というか皆ここで泣いていくの止めてよ。私には何も出来ないんだから。

リリーの気配が消え、次に聞こえたのは穏やかな声だった。


「兄上、エレナはまだ起きませんか?」

「ああ、まだだ」


柔らかくて温かい声。そして固くて冷たい声。その両極端な二つの声に思わず笑ってしまう。兄弟だと言うのに、声も性格もどうしてこの二人はこんなにも正反対なのか。

右手に温もりがふれ、何かに包まれる。少し固い、剣を振る手。クルトお兄様だ。


「少し休んだら目を開けると約束したじゃないか。兄との約束を破るつもりかい?」


そんな! 約束を破るつもりなんてないよ! ……ちょっと忘れてたけど。

ああ、そっか、約束したんだ。あの日、クルトお兄様と。それなら早く起きないと。


「そいつは抜けているからお前との約束もすっかり忘れているんじゃないか?」


ヘンドリックお兄様の声が聞こえ、クルトお兄様の笑い声も聞こえる。


「はは、そうかもしれませんね」


失礼だな! 確かに忘れてはいたけど! ヘンドリックお兄様だけならまだしもクルトお兄様にまでそんな風に言うなんて酷い。


「……エレナ、皆がエレナのことを待ってるよ。皆に恨まれたくなかったら早く起きて」


クルトお兄様の声は今にも泣いてしまいそうだった。右手がぎゅっと握られる。

ごめんなさい。お兄様を泣かせるつもりなんてなかったの。ただ、少しだけ休みたいと思っただけ。約束は破らないから安心して。


「……! 兄上、今、エレナが私の手を握りました」


無意識だった。どうも私はお兄様の手を握り返していたようだ。


「そうか」


興味なさげな声にカチンとする。ヘンドリックお兄様だってもっと喜んでくれてもいいじゃないか!

きゅっともう一度手が握られる。


「エレナも頑張っているんだね。待ってるから早く戻っておいで」


ええ、必ず。クルトお兄様の温もりが離れ、次に私の手を握ったのは冷たい手だった。


「……早く起きろ。お前がいないと静かで敵わん」


……なんだ、ヘンドリックお兄様も待ってくれてるんじゃん。ふふ、と笑うとおでこに衝撃があり、デコピンされたことが分かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

別人メイクですれ違い~食堂の白井さんとこじらせ御曹司~

富士とまと
恋愛
名古屋の食文化を知らない食堂の白井さん。 ある日、ご意見箱へ寄せられるご意見へのの返信係を命じられました。 謎多きご意見への返信は難しくもあり楽しくもあり。 学生相談室のいけ好かないイケメンににらまれたり、学生と間違えられて合コンに参加したりと、返信係になってからいろいろとありまして。 (最後まで予約投稿してありますのでよろしくなのです)

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

ある日仕事帰りに神様の手違いがあったが無事に転移させて貰いました。

いくみ
ファンタジー
寝てたら起こされて目を開けたら知らない場所で神様??が、君は死んだと告げられる。そして神様が、管理する世界(マジョル)に転生か転移しないかと提案され、キターファンタジーとガッツポーズする。 成宮暁彦は独身、サラリーマンだった アラサー間近パットしない容姿で、プチオタ、完全独り身爆走中。そんな暁彦が神様に願ったのは、あり得ない位のチートの数々、神様に無理難題を言い困らせ スキルやらetcを貰い転移し、冒険しながらスローライフを目指して楽しく暮らす場を探すお話になると?思います。 なにぶん、素人が書くお話なので 疑問やら、文章が読みにくいかも知れませんが、暖かい目でお読み頂けたらと思います。 あと、とりあえずR15指定にさせて頂きます。

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

【完結】いつの間にか全方向から包囲されて、どうしても結婚にまで巻き込まれた気の毒な令嬢の物語

buchi
恋愛
可憐と言うより威圧的な顔の美人フロレンスは伯爵令嬢。学園に入学し婚活に邁進するべきところを本に埋もれて、面倒くさいからと着飾りもせずひたすら地味にモブに徹していたのに、超美形貴公子に見染められ、常軌を逸する手腕と、嘘とホントが交雑する謎の罠にハメられる。溺愛なのか独占欲なのか、彼の城に監禁されて愛を迫られるけど、このままでいいの?王座をめぐる争いも同時展開中。R15は保険どまり。

悪役令嬢になりましたので、自分好みのイケメン近衛騎士団を作ることにしました

葉月キツネ
ファンタジー
 目が覚めると昔やり込んだ乙女ゲーム「白銀の騎士物語」の悪役令嬢フランソワになっていた!  本来ならメインヒロインの引き立て役になるはずの私…だけどせっかくこんな乙女ゲームのキャラになれたのなら思うがままにしないと勿体ないわ!  推しを含めたイケメン近衛騎士で私を囲ってもらって第二の人生楽しみます

知らない小説に転生したけどスキルを使って危険を回避してみせる!

家紋武範
恋愛
 目が覚めるとそこは中世ヨーロッパな世界! どうやら後輩から借りた小説の世界に転生してしまったようだ。  でもその小説全然読んでない。この物語がどう進行するかさっぱり分からないのだ。  でもどうして? 私にはその人の肩に『情報』が文字で確認できるのだ。母に聞くと、このオレンジ色の瞳にしかない能力『タグ読み』なのだとか。  よーし、この能力を使って、なんとか知らない小説の世界を生き延びてやる!

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

処理中です...