191 / 300
逃亡
しおりを挟む
思ったよりも早く決着がついたことにほっと息を吐く。しかし最後に無茶な動きをしたせいか、背中が痛い。筋を痛めたような痛みだ。
あー、早く誰か来ないかな。ユリウス殿下を確実に捕まえるまでは身体強化とけないもんね。
「見かけによらずお強いんですね。驚きましたわ」
乱れた息を隠してそう笑うと、ユリウス殿下は「こっちのセリフだよ」と笑った。息一つ上がっていないのが憎らしい。しかも納得がいかないことがある。
「どうして剣を避けようとされたのですか?」
あのまま剣を振っていたらユリウス殿下は確実に逃げることができただろう。私は剣を引こうとしたからこそ生まれた隙をついたのだから。
なんか情けをかけられたようでちょっとムカつく。武士道とかそんな心は持っていないはずだけど。
「君は特別だから」
喉に剣を突き付けられたままいつものように笑えるのは普通にすごいと思う。私が殺さないとでも思っているのだろうか。まあその通りだけど。
「多少の怪我では死にませんよ。それに、光属性の使い手はもういるではありませんか」
私がそう言うと、殿下は不思議そうに首を傾げた。そして少し考えて「ああ」と納得したように頷いた。
「君は何か勘違いをしているようだね」
後ろから複数の足音が聞こえた。急いでいるのは分かるが、パタパタと軽い足音だ。クリスは誰に声を飛ばしたのだろうか。しかしこの短時間で来れるということは近くにいた人なのだろう。あまり頼りにはならないかもしれないけど。……いや、せっかく来てくれたのにこんな風に思ったら失礼だな。
「兄上!!」
やっぱり。一番初めにそう思った。そして少しがっかりした。子供だけではきっとユリウス殿下を確保することは不可能だと。お城の騎士団が来てくれるのが一番嬉しかったんだけど……まあこんなに早くは来れないか。
ユリウス殿下の表情は変わらない。視線は私に向いたまま。後ろにいるカイを見ようともしない。
「エレナ! 大丈夫か!?」
レオンの心配する声が聞こえ、剣を抜く音も聞こえた。そして、ユリウス殿下の手がピクリと動くのが見えた。
「来ないでください!」
そう叫んだ直後、空気が緊張で張り詰めた。何が変わったわけではない。だけど、ユリウス殿下から出る空気が違った。その視線は私の後ろへ向かっている。
「わたくしは大丈夫です。ですので、そこより一歩も近付かないでくださいませ」
よく分からない。だけどこれはきっと殺気じゃないかと思う。冷や汗が出る。剣を握る手が滑りそうになる。舌が上手く回らない。
「わたくしの近しい人に何かがあった時は、わたくしもこの世からいなくなる、と以前申し上げましたよね。お忘れでしょうか? それとももう何の意味もありませんか?」
声が震えていた。気を抜くと足から力が抜けてしまいそうだ。歯を噛みしめていないとカチカチ鳴りそう。
それが意味をなさないとしたら、この状況はあっという間に逆転されるだろう。私がこの剣を突き刺さない限りは。そんなことができるとは思えない。怒りも憎しみもある。だけど、そんなこと到底できない。
お願いだから頷かないで。まだ有効であって。私の価値を低めないで。そうでなければ私はもう皆を守ることができない。
祈るような気持ちでユリウス殿下を見る。ユリウス殿下は私へと視線を向けた。目が合う。そして、空気がゆるんだ。殺気は消え、ユリウス殿下は柔らかい笑みを浮かべる。
「ごめんね、ちょっと脅しただけだよ。そんなに怖がらないで」
一気に体が楽になった。しかし剣を握る手はもう自分の意志では開けないんじゃないかと思うくらいきつく閉じていた。
「忘れてはいないし、意味はある。君は勘違いをしているよ」
先ほどと同じ言葉が繰り返される。何を勘違いしているというのだろうか。頭がいつものように回らない。
「光属性の使い手が二人になっても、百人になっても君の価値は下がらない」
魔力強化している耳が音を拾う。ガチャガチャとした無数の金属の音。騎士団が近くまで来ている。
「誰がなんと言おうと、どんな状況になろうと、」
早く来て。ただその思いでいっぱいだ。
「君だけが僕の特別なんだ」
その言葉の意味がいまいち理解できなくて。え、と思ったその時にはもう目の前にユリウス殿下の姿はなかった。
「消えた……?」
呆然としたカイの声が聞こえ、はっとした。
「異空間を作ったのです! ベアトリクス様! どこですか!?」
私の目では分からない。そう言って振り返ると、ベアトリクスはクリスの腕に倒れていた。
「ベアトリクス様!?」
急いで駆け寄ると、クリスが「大丈夫」と言った。
「寝てるだけだよ」
ああ、眠らされたのか。ベアトリクスの目があれば逃げるのも大変だもんね。そう思った途端、手から剣が落ちて音を立てた。
「大丈夫か!?」
剣を握っていた手のひらは真っ赤になっていた。
騎士団は、もう遅かった。
「私だけが特別……」
そう呟いてみても言葉の意味も、ユリウス殿下の意図も分からなかった。
あー、早く誰か来ないかな。ユリウス殿下を確実に捕まえるまでは身体強化とけないもんね。
「見かけによらずお強いんですね。驚きましたわ」
乱れた息を隠してそう笑うと、ユリウス殿下は「こっちのセリフだよ」と笑った。息一つ上がっていないのが憎らしい。しかも納得がいかないことがある。
「どうして剣を避けようとされたのですか?」
あのまま剣を振っていたらユリウス殿下は確実に逃げることができただろう。私は剣を引こうとしたからこそ生まれた隙をついたのだから。
なんか情けをかけられたようでちょっとムカつく。武士道とかそんな心は持っていないはずだけど。
「君は特別だから」
喉に剣を突き付けられたままいつものように笑えるのは普通にすごいと思う。私が殺さないとでも思っているのだろうか。まあその通りだけど。
「多少の怪我では死にませんよ。それに、光属性の使い手はもういるではありませんか」
私がそう言うと、殿下は不思議そうに首を傾げた。そして少し考えて「ああ」と納得したように頷いた。
「君は何か勘違いをしているようだね」
後ろから複数の足音が聞こえた。急いでいるのは分かるが、パタパタと軽い足音だ。クリスは誰に声を飛ばしたのだろうか。しかしこの短時間で来れるということは近くにいた人なのだろう。あまり頼りにはならないかもしれないけど。……いや、せっかく来てくれたのにこんな風に思ったら失礼だな。
「兄上!!」
やっぱり。一番初めにそう思った。そして少しがっかりした。子供だけではきっとユリウス殿下を確保することは不可能だと。お城の騎士団が来てくれるのが一番嬉しかったんだけど……まあこんなに早くは来れないか。
ユリウス殿下の表情は変わらない。視線は私に向いたまま。後ろにいるカイを見ようともしない。
「エレナ! 大丈夫か!?」
レオンの心配する声が聞こえ、剣を抜く音も聞こえた。そして、ユリウス殿下の手がピクリと動くのが見えた。
「来ないでください!」
そう叫んだ直後、空気が緊張で張り詰めた。何が変わったわけではない。だけど、ユリウス殿下から出る空気が違った。その視線は私の後ろへ向かっている。
「わたくしは大丈夫です。ですので、そこより一歩も近付かないでくださいませ」
よく分からない。だけどこれはきっと殺気じゃないかと思う。冷や汗が出る。剣を握る手が滑りそうになる。舌が上手く回らない。
「わたくしの近しい人に何かがあった時は、わたくしもこの世からいなくなる、と以前申し上げましたよね。お忘れでしょうか? それとももう何の意味もありませんか?」
声が震えていた。気を抜くと足から力が抜けてしまいそうだ。歯を噛みしめていないとカチカチ鳴りそう。
それが意味をなさないとしたら、この状況はあっという間に逆転されるだろう。私がこの剣を突き刺さない限りは。そんなことができるとは思えない。怒りも憎しみもある。だけど、そんなこと到底できない。
お願いだから頷かないで。まだ有効であって。私の価値を低めないで。そうでなければ私はもう皆を守ることができない。
祈るような気持ちでユリウス殿下を見る。ユリウス殿下は私へと視線を向けた。目が合う。そして、空気がゆるんだ。殺気は消え、ユリウス殿下は柔らかい笑みを浮かべる。
「ごめんね、ちょっと脅しただけだよ。そんなに怖がらないで」
一気に体が楽になった。しかし剣を握る手はもう自分の意志では開けないんじゃないかと思うくらいきつく閉じていた。
「忘れてはいないし、意味はある。君は勘違いをしているよ」
先ほどと同じ言葉が繰り返される。何を勘違いしているというのだろうか。頭がいつものように回らない。
「光属性の使い手が二人になっても、百人になっても君の価値は下がらない」
魔力強化している耳が音を拾う。ガチャガチャとした無数の金属の音。騎士団が近くまで来ている。
「誰がなんと言おうと、どんな状況になろうと、」
早く来て。ただその思いでいっぱいだ。
「君だけが僕の特別なんだ」
その言葉の意味がいまいち理解できなくて。え、と思ったその時にはもう目の前にユリウス殿下の姿はなかった。
「消えた……?」
呆然としたカイの声が聞こえ、はっとした。
「異空間を作ったのです! ベアトリクス様! どこですか!?」
私の目では分からない。そう言って振り返ると、ベアトリクスはクリスの腕に倒れていた。
「ベアトリクス様!?」
急いで駆け寄ると、クリスが「大丈夫」と言った。
「寝てるだけだよ」
ああ、眠らされたのか。ベアトリクスの目があれば逃げるのも大変だもんね。そう思った途端、手から剣が落ちて音を立てた。
「大丈夫か!?」
剣を握っていた手のひらは真っ赤になっていた。
騎士団は、もう遅かった。
「私だけが特別……」
そう呟いてみても言葉の意味も、ユリウス殿下の意図も分からなかった。
10
お気に入りに追加
337
あなたにおすすめの小説
当て馬令息の婚約者になったので美味しいお菓子を食べながら聖女との恋を応援しようと思います!
朱音ゆうひ
恋愛
「わたくし、当て馬令息の婚約者では?」
伯爵令嬢コーデリアは家同士が決めた婚約者ジャスティンと出会った瞬間、前世の記憶を思い出した。
ここは小説に出てくる世界で、当て馬令息ジャスティンは聖女に片思いするキャラ。婚約者に遠慮してアプローチできないまま失恋する優しいお兄様系キャラで、前世での推しだったのだ。
「わたくし、ジャスティン様の恋を応援しますわ」
推しの幸せが自分の幸せ! あとお菓子が美味しい!
特に小説では出番がなく悪役令嬢でもなんでもない脇役以前のモブキャラ(?)コーデリアは、全力でジャスティンを応援することにした!
※ゆるゆるほんわかハートフルラブコメ。
サブキャラに軽く百合カップルが出てきたりします
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5753hy/ )
魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん
古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。
落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。
辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。
ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。
カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。
転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい
高木コン
ファンタジー
第一巻が発売されました!
レンタル実装されました。
初めて読もうとしてくれている方、読み返そうとしてくれている方、大変お待たせ致しました。
書籍化にあたり、内容に一部齟齬が生じておりますことをご了承ください。
改題で〝で〟が取れたとお知らせしましたが、さらに改題となりました。
〝で〟は抜かれたまま、〝お詫びチートで〟と〝転生幼女は〟が入れ替わっております。
初期:【お詫びチートで転生幼女は異世界でごーいんぐまいうぇい】
↓
旧:【お詫びチートで転生幼女は異世界ごーいんぐまいうぇい】
↓
最新:【転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい】
読者の皆様、混乱させてしまい大変申し訳ありません。
✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - -
――神様達の見栄の張り合いに巻き込まれて異世界へ
どっちが仕事出来るとかどうでもいい!
お詫びにいっぱいチートを貰ってオタクの夢溢れる異世界で楽しむことに。
グータラ三十路干物女から幼女へ転生。
だが目覚めた時状況がおかしい!。
神に会ったなんて記憶はないし、場所は……「森!?」
記憶を取り戻しチート使いつつ権力は拒否!(希望)
過保護な周りに見守られ、お世話されたりしてあげたり……
自ら面倒事に突っ込んでいったり、巻き込まれたり、流されたりといろいろやらかしつつも我が道をひた走る!
異世界で好きに生きていいと神様達から言質ももらい、冒険者を楽しみながらごーいんぐまいうぇい!
____________________
1/6 hotに取り上げて頂きました!
ありがとうございます!
*お知らせは近況ボードにて。
*第一部完結済み。
異世界あるあるのよく有るチート物です。
携帯で書いていて、作者も携帯でヨコ読みで見ているため、改行など読みやすくするために頻繁に使っています。
逆に読みにくかったらごめんなさい。
ストーリーはゆっくりめです。
温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
今世ではあなたと結婚なんてお断りです!
水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。
正確には、夫とその愛人である私の親友に。
夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。
もう二度とあんな目に遭いたくない。
今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。
あなたの人生なんて知ったことではないけれど、
破滅するまで見守ってさしあげますわ!
【完結】私を嫌う浮気者の婚約者が恋に落ちたのは仮面を付けた私でした。
ユユ
恋愛
仮面舞踏会でダンスを申し込まれた。
その後はお喋りをして立ち去った。
あの馬鹿は私だと気付いていない。
“好きな女ができたから婚約解消したい”
そう言って慰謝料をふんだんに持ってきた。
綺麗に終わらせることで、愛する人との
障害を無くしたいんだって。
でも。多分ソレは私なんだけど。
“ありがとう”と受け取った。
ニヤリ。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
まさか転生?
花菱
ファンタジー
気付いたら異世界? しかも身体が?
一体どうなってるの…
あれ?でも……
滑舌かなり悪く、ご都合主義のお話。
初めてなので作者にも今後どうなっていくのか分からない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる