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上達

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「見て! 見てくださいませ! わたくし、今上手に乗れておりますわよね!?」


翌日、クリスのように楽しんで乗ってみようと、できるだけ恐怖を振り払って練習をしていると、お昼前にはかなり上手に乗れるようになっていた。なんとなくコツがつかめたような気がする。サポートなしで乗れるようになった。


「ああ、上手だ、エレナ。その調子だよ」


叔父様の誉め言葉にどんどんと気が大きくなる。


『上手になったわね。すごいわ』


馬にも褒められて、私はふふん、と胸を張った。これからぐんぐん上達するぞー!


練習の時間が終わり、私は馬から下りた。


「ところで叔父様、この子のお名前はなんというのでしょうか?」


いつまでも馬っていうのもなんか嫌だ。ちゃんと名前で呼んであげたい。だけど叔父様は「ない」と一言。

ない? ないって何が? まさか名前が?


「お名前がありませんの?」

「ああ、こいつにはまだ主人がついてなくてな。良かったらエレナがつけてやってくれ」

「おじ様、この子は?」


クリスが横から割り込んでくる。自分も名前を付けたいと言う表情だ。


「ああ、そいつもまだないからクリスがつけてくれ」

「やったー! 何にしようかな」


……まさか私が名付けするとは思わなかった。これは結構重要だ。


「女の子よね? どんな名前がいいかしら?」

『可愛い名前をつけて欲しいわ。私こう見えて結構若いのよ』

「可愛い名前、ねぇ」


うーん、なんだろう。毛が白いからユキとか? でもそんな安直な名前は嫌だな。雪の字を入れた名前? ……いや、違うな。


「……ブラン、なんてどうかしら? 白って意味よ」


他の色の入っていない真っ白な馬。これこそ安直かもしれないけど、何かが混ざるような名前は嫌だと思った。馬、ブランは嬉しそうに笑ったような気がした。


『白、ブラン、ね。私は今日からブラン。気に入ったわ、ご主人様』

「お、嬉しそうだな」


叔父様がブランを見てそう言った。気に入ってもらえてよかった。というか『ブラン』って何語だっけ? この世界の人には意味は通じないよね。まあ別にいいけど。

というか本当に私が名前をつけてしまってもよかったのだろうか。次にここに来ることがあるかも分からないし、今回限りかもしれないのに。

そう思ったが、それでも嬉しそうンブランを見るとそんなことどうでもよくなった。別の人が主人になっても「ブラン」って呼んでくれたらいいな。



「……と、そんなことがあったのよ」


夕飯の後、カミラに乗馬の話をすると、カミラは目を輝かせた。


「お姉さま、馬にも乗れるようになったのですか! とってもかっこいいですわ!」

「まだ乗れるって程ではないわ。クリスは上手に乗っているけどね」


まだようやく落ちずに乗れるようになったくらいなのに、そんなにもキラキラした目で見られると申し訳なさでいっぱいになる。


「わたくしにはそのようなこと怖くてとてもできませんわ」

「できなくていいのよ」


本来なら女の子は乗らないものなんでしょ。私だってなんでこんなに必死に頑張ってるのか不思議なくらいだ。別にどうしても馬に乗りたかったの私じゃないし。こんなに頑張らなくてもよかったじゃんって思った。ついさっき。


「カミラはどう? 何をして過ごしているの?」

「わたくしはあれからも何度か町へ行ったり、お庭に出てお勉強をしたりしております」


お勉強……! カミラの一言に衝撃を受け、私はカミラから視線をそらした。

王都を発って数日。勉強など最初の二日くらいしかした覚えがない。あんなに授業がやばいと思っていたのにすっかり忘れていた。ちらっと向こうで楽しそうに叔父様と話をしているクリスを見る。あの顔は絶対に勉強のことなど忘れている。微塵も覚えていない顔だ。

やばいって、私。妹が勉強してるのに私がしてたことって何? 馬乗ってお茶を飲んで、剣を握ってたまに散歩して……勉強なんて全くじゃん! 剣だって授業には関係あるけど半分趣味みたいなものだし。

急に焦燥感と罪悪感に襲われた。田舎で勉強もいいな。少しくらい息抜きしてもいいかな。そう思って来たのだ。田舎で勉強なんてほとんどしておらず、少しくらいの息抜きのはずが、ほぼ全て息抜きになってしまっている。

これはやばい。長期休暇が終わってからの学校のことを考えるのが怖い。


「お姉さま? どうかなさいました?」


カミラが心配そうな表情で私を見てくる。私は引きつる頬を無理やり上げて笑った。


「ごめんなさい、少し疲れてしまったみたい。今日はもうお部屋に行って休むわ。また明日ね」

「あ、はい、おやすみなさいませ」


不自然ではあったが、無理やり話を切り上げ、私は立ち上がった。そしてそのままクリスの方へと行き、その手を握る。


「クリス、疲れているでしょう? 今日はもう休みましょう」


叔父様には悪いが今は楽しく話をしている場合ではない。ほら、早く立って、クリス!


「私まだ疲れてないよ。エレナだけ先に、」


しかしクリスは私の焦りには気が付かず、そんなことを言い出した。全て言い終わらない内に私はクリスの手を握る手にぐっと力をこめる。かなり痛いはずだ。クリスは引きつった笑顔で「あ、うん、私も疲れてるかも」と言った。棒読みではあったがまあいい。


「申し訳ありません、叔父様。そういうことですので本日はこれで。おやすみなさいませ」

「あ、ああ、おやすみ」


こうして部屋に戻った私とクリスは死ぬ気で勉強をしたのであった。
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