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相変わらずな兄妹

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魔法省の扉を開けると、いつも通りの光景が視界に飛び込んできた。これまたいつも通り部屋を片付けながら奥の部屋へと向かうと、そこは魔法省とは思えない程片付いていた。


「クリス、ここは魔法省で間違っていないわよね?」

「う、うん、そのはずだけど……」


私が適当にその辺りに書類をまとめるのとはわけが違う。あるべきところにあるべき物が置いてあり、きちんと片付けられていた。


「邪魔だ、どけ」


部屋に入口に二人並んで呆然としていると冷ややかな声が聞こえた。ばっと振り返ると、そこにはヘンドリックお兄様が立っていて、とても機嫌が悪そうに見える。髪はきちんと整えられている。げっそりとやせ細っているわけでもない。目の下の隈は少しだけ。

私が思っていた以上に魔法省に染まっていないようだ。お兄様は私とクリスの間を通って部屋へ入ると、椅子へと深く腰掛けてため息をついた。


「遅い。どこで道草を食っていた」


お、怒ってらっしゃる……。別に遅くなんてなってない。けど、行きたくないと駄々をこねていたなんて言えない。


「あら、道の草なんて食しませんわよ、妹をなんだと思っておられるのですか?」


私の口から出てきたのはそんな言葉だった。……しまったあぁぁぁぁぁ! 完全に間違えた! もっと他に言うことあったでしょ、私!

お兄様は心底苛立たしそうに私を睨むと、音を立てて立ち上がった。恐怖で足がすくんだ。隣でクリスも固まっているのが分かる。カツン、カツン、とゆっくりと私の前まで来ると、凄みのある笑顔を浮かべて言った。


「会うのは卒業パーティー以来だが、どうも生意気になったようだな。私の妹は」


ひいぃぃぃ! わ、笑っているのに怖い! 今までで一番怖い!

言葉が何も出てこなくて、「えへ」とごまかすように笑うとお兄様はすっと私の方へ手を伸ばした。そしてそのまま私のほっぺをつまんだ。


「ほう、まだ笑う余裕があるか」


ぎゅーと思いっきりつねられて涙が出そうになる。痛い痛い痛い! この人本気なんだけど! そんなに怒らなくてもいいじゃん!


「ほ、ほめんなはいいぃぃぃ!」


痛みに耐えながらもやっとのことで謝ると、お兄様はようやく手を離し、「行くぞ」とそれだけ言って部屋から出た。ひりひりするほっぺを押さえて、こっそり光魔法をかけておく。


「エレナは魔法だけじゃなくてヘンドリック様を怒らせる才能もすごいんだね」


隣から呆れたような声が聞こえた。……すごいと言われたけど褒められてる気がしない。っていうか皮肉だよね、今の。まあ自分でも失敗したとは思ってるけど。ヘンドリックお兄様とさっさと歩き出したクリスの背を追って私はとぼとぼと歩いた。



お兄様は迷いのない足取りで一つに部屋へ入ると、私達にもさっさと入るように促した。急ぎ足で入ると、お兄様は閉まった扉に紙をペタ、と張り付けた。クリスと顔を見合わせて首を傾げていると、お兄様は同じように床にも紙を置いて回る。椅子と机を囲むように四隅に。


「……扉に貼ったのは出入り禁止の魔法陣。これは盗聴防止の魔法陣だ」


ああ、魔法陣。改めて扉へと目を向けて見るが、魔法陣は見えない。魔力で書いてあるのかな? 目を魔力強化してみると、魔法陣は浮かび上がった。それだけではない。天井や壁、床、いたるところに魔法陣が浮かび上がった。

もしかしてこれが普段使っている魔法陣? そっか、全部魔力で書かれてあるから見えないんだ。


「茶の入れ方は?」

「はい、知っております」


私が頷くとお兄様は部屋の隅に置いてあったワゴンへと視線を向けた。茶葉が入った筒と、ティーポットやカップが見える。お茶を入れろということか。まあ別にいいけど。

風魔法でティーポットに茶葉を入れる。そして水と火魔法でお湯を入れて、それからカップへそそぐ。ソファに座っているお兄様の前と、向かいに二つ。あっという間に部屋の中が紅茶の香りに包まれた。家で飲むのともお城で飲むのとも違う茶葉の香り。


「全属性持ちは便利でいいな。魔法だけで茶を入れることもできるのか」


それは私達に話しかけているのではなく、まるで何かを考えているような独り言に聞こえた。……お茶を入れるための魔法陣を作ろうと考えているのかな。


「ところで、お兄様もご自分でお茶を入れることがありますの?」


お兄様の向かい側のソファにクリスと二人で並んで座りながら聞くと、お兄様は「私も?」と呟いた。そして、すぐにくつくつと笑い出す。

何か面白いことがあったのだろうか。


「そうか、お前たち、ヨハンの入れた茶を飲んだか」


おお? すごい、あれだけでそこまで分かるんだ。つい今まであまり機嫌が良さそうではなかったが、急によくなったようだ。


「魔法でも剣でも勉強でも何でもできるあいつが、茶を入れさせたらあれだ。唯一の欠点といっても過言ではない。言っておくが、慣れていないとか入れ方を知らないとかそう言う問題じゃないぞ、あれは。茶を入れることに関しての才能が全くと言っていいほどないんだ。あれほどまずい茶はもう飲みたくない」


……そんなに言うほど酷くはなかったよ。そりゃ美味しくはなかったけど、お茶の香りはあんまりしなかったけど、まるで苦いお湯を飲んでいるような感じではあったけど、でもそこまでは言わない。飲めないことはない。……けど、今度から私が入れよう。


「私ももう飲みたくはありませんね。あれは本当にまずかった。私全部飲み切れなかったですもん」


クリスがけらけらと笑う。何でもできる兄の欠点を知ることができて嬉しいのかもしれない。私だってヘンドリックお兄様の欠点を知ることができたら多分嬉しいもん。ああ、あれか。女の子に優しくできないところ。

そんな私の考えていることなど知らずに、ヘンドリックお兄様は上機嫌にお茶へ口を付けた。そして、満足そうに頷く。気に入ってもらえたかな?


「アリア直伝ですのよ。お口に合いまして?」

「上出来だ」


よっし! 心の中でガッツポーズをして、私もお茶を一口飲んだ。カップを置くと、先ほどまでの和気あいあいとした雰囲気ではなくなっていた。
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