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花火
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「楽しかったですわね、クリスティーナ様」
音楽が止み、そう言った私にクリスはうんざりとした顔でぼそっと「怖かった」と呟いた。ああ、あのぶつかりそうになったやつね。確かに怖かった。
うんうん、と頷いていると、どこかからドンという音が聞こえた。あちこちから「きゃあっ」と驚いたような悲鳴が上がる。
何? 襲撃? にしてはちょっと違う。なんか聞き覚えのある音なんだけど、なんだっけ?
「エレナちゃん、花火だよ」
そう、花火だ。
周りを見ると、皆窓から見える花火を眺めているのだろう。同じ方向を向いていた。私もちょっと移動して、大きな窓の前に立つ。おお、まじで花火だ。真っ暗な空に色とりどりの大輪が咲いては崩れていく。
この世界にも花火ってあるんだ。あまりの綺麗さに窓にかじりついて見ていると、クリスが横に立つ気配があった。隣を見ると、目をキラキラさせているクリスがいた。
「あれなんだろう。すっごい綺麗だね」
「あれは花火だ。最近完成したもので、こうして人に見せるのはこれが初めてだ」
そっか、最近できたんだ。前からあったわけじゃないんだ。それがどうかしたというわけではないけど、だけど今日ここに来てよかったと思えるくらいには綺麗だ。
「もしかしてお兄様も制作に携わっておられますの?」
「ああ、ヨハンもな」
「……そうですか」
この綺麗な花火を自分の兄が作ったとはとても誇らしい気分になった。
花火が上がっていたのはちょっとの間だった。だけどとても満足した。クリスも気に入ったようで、すごくテンションが上がっているのが分かる。あちこちから感嘆のため息が聞こえてきた。
私も感傷に浸っていた。が、それはとても冷たい声によって強制的に止めさせられた。
「何をぐずぐずしている。置いて帰るぞ」
「もう帰られるのですか?」
急な話なので驚いてそう聞くと、お兄様は意外そうに私を見下ろした。
「なんだ、まだいたいのか?」
「あ、いえ、そういうわけではありません。帰りましょう」
ダンスと花火で忘れていたけど、ここは戦場だった。早く帰れるなら帰るに越したことはない。ヨハンとクリスも帰るモードだ。
お兄様の腕に手をかけると、お兄様は扉ではない方向へと歩き始めた。帰るんじゃないの? どこに行くの? そう思って歩いて、着いた先は陛下の所だった。
「皇帝陛下」
ヨハンの呼びかけに陛下が振り向いた。そしてその顔がほころぶ。
「おお、そなた達か」
「こちらから声をかける無礼をお許しください」
「うむ、そなた達なら構わん。もう帰るのか?」
膝をつくこともせず、いつものように陛下と親しく話すヨハン。色々なところから視線を感じた。こんな公衆の面前で皇帝陛下と普通に話していいの? 大丈夫?
陛下はヨハンとお兄様と軽く言葉を交わすと、私とクリスに目を向けた。
「エレナとクリスは来月から魔法学校の生徒になる。十分に励みたまえ。それから、皇子のことを頼みたい。あれはまだ未熟だが、そなた達が側にいてくれるとなると安心できる」
周りにいる人たちがざわっとなった。そして、私はお兄様たちの思惑を察した。
こうして他の人に陛下の信頼を見せつけることが目的だったのだろう。多分、これは私が入学した後の盾となる。だけど、お兄様はカイに私と距離をおくように、と言ったはずだ。それなら私は陛下の頼みはそんなに聞けないかもしれない。
「はい、この身の及ぶ限り」
クリスと並んでにっこりと笑って、陛下にお礼と別れを告げる。扉の方へ歩きながら私はお兄様を睨んだ。私は目立ちたくないんだって! 例え大きな力になろうとも、こういう風に目立つのはとても嫌だ。ちょっとだけ恨みを込めて仕返しを。
「本日はとても楽しかったですわ。連れて来てくださってありがとうございました。ヘンドリックお兄様」
わざと少し大きめの声でそう言うと、近くにいた人たちがこっちを見たのが分かった。反応したのは特に女の人だ。さらにここでダメ押し。
「それにお兄様っておモテになられるのですね。妹としてとても誇らしいですわ」
そう言って見上げて笑うと、お兄様も笑った。それはそれはとても冷たい笑顔で。あ、めっちゃ怒ってる。でもいいや。これで少しは気も晴れた。今日あった色々はとりあえずチャラにしてあげよう。
ホールを出ると、お兄様は私を見下ろした。怖い笑顔のまま。
「お前はよほど私のことが嫌いみたいだな」
「あら、そんなことはありませんでしてよ。ただちょっとだけ恨みがあっただけですの。心当たりはございますよね?」
負けじと笑顔でそう言うと、お兄様は私のほっぺをぎゅっとつねった。痛い痛い痛い!
「お顔は止めてくださいませ!」
手を払いのけてほっぺを押さえてそう言うと、お兄様はふん、と不機嫌そうに私を見ながらも手を差し出してくれた。並んで歩く。
……いっぱい目立ってしまったけど、なんだかんだ楽しかったかもしれない。お兄様の色々な表情も見れたし。来月からの学校がとても楽しみだ。
音楽が止み、そう言った私にクリスはうんざりとした顔でぼそっと「怖かった」と呟いた。ああ、あのぶつかりそうになったやつね。確かに怖かった。
うんうん、と頷いていると、どこかからドンという音が聞こえた。あちこちから「きゃあっ」と驚いたような悲鳴が上がる。
何? 襲撃? にしてはちょっと違う。なんか聞き覚えのある音なんだけど、なんだっけ?
「エレナちゃん、花火だよ」
そう、花火だ。
周りを見ると、皆窓から見える花火を眺めているのだろう。同じ方向を向いていた。私もちょっと移動して、大きな窓の前に立つ。おお、まじで花火だ。真っ暗な空に色とりどりの大輪が咲いては崩れていく。
この世界にも花火ってあるんだ。あまりの綺麗さに窓にかじりついて見ていると、クリスが横に立つ気配があった。隣を見ると、目をキラキラさせているクリスがいた。
「あれなんだろう。すっごい綺麗だね」
「あれは花火だ。最近完成したもので、こうして人に見せるのはこれが初めてだ」
そっか、最近できたんだ。前からあったわけじゃないんだ。それがどうかしたというわけではないけど、だけど今日ここに来てよかったと思えるくらいには綺麗だ。
「もしかしてお兄様も制作に携わっておられますの?」
「ああ、ヨハンもな」
「……そうですか」
この綺麗な花火を自分の兄が作ったとはとても誇らしい気分になった。
花火が上がっていたのはちょっとの間だった。だけどとても満足した。クリスも気に入ったようで、すごくテンションが上がっているのが分かる。あちこちから感嘆のため息が聞こえてきた。
私も感傷に浸っていた。が、それはとても冷たい声によって強制的に止めさせられた。
「何をぐずぐずしている。置いて帰るぞ」
「もう帰られるのですか?」
急な話なので驚いてそう聞くと、お兄様は意外そうに私を見下ろした。
「なんだ、まだいたいのか?」
「あ、いえ、そういうわけではありません。帰りましょう」
ダンスと花火で忘れていたけど、ここは戦場だった。早く帰れるなら帰るに越したことはない。ヨハンとクリスも帰るモードだ。
お兄様の腕に手をかけると、お兄様は扉ではない方向へと歩き始めた。帰るんじゃないの? どこに行くの? そう思って歩いて、着いた先は陛下の所だった。
「皇帝陛下」
ヨハンの呼びかけに陛下が振り向いた。そしてその顔がほころぶ。
「おお、そなた達か」
「こちらから声をかける無礼をお許しください」
「うむ、そなた達なら構わん。もう帰るのか?」
膝をつくこともせず、いつものように陛下と親しく話すヨハン。色々なところから視線を感じた。こんな公衆の面前で皇帝陛下と普通に話していいの? 大丈夫?
陛下はヨハンとお兄様と軽く言葉を交わすと、私とクリスに目を向けた。
「エレナとクリスは来月から魔法学校の生徒になる。十分に励みたまえ。それから、皇子のことを頼みたい。あれはまだ未熟だが、そなた達が側にいてくれるとなると安心できる」
周りにいる人たちがざわっとなった。そして、私はお兄様たちの思惑を察した。
こうして他の人に陛下の信頼を見せつけることが目的だったのだろう。多分、これは私が入学した後の盾となる。だけど、お兄様はカイに私と距離をおくように、と言ったはずだ。それなら私は陛下の頼みはそんなに聞けないかもしれない。
「はい、この身の及ぶ限り」
クリスと並んでにっこりと笑って、陛下にお礼と別れを告げる。扉の方へ歩きながら私はお兄様を睨んだ。私は目立ちたくないんだって! 例え大きな力になろうとも、こういう風に目立つのはとても嫌だ。ちょっとだけ恨みを込めて仕返しを。
「本日はとても楽しかったですわ。連れて来てくださってありがとうございました。ヘンドリックお兄様」
わざと少し大きめの声でそう言うと、近くにいた人たちがこっちを見たのが分かった。反応したのは特に女の人だ。さらにここでダメ押し。
「それにお兄様っておモテになられるのですね。妹としてとても誇らしいですわ」
そう言って見上げて笑うと、お兄様も笑った。それはそれはとても冷たい笑顔で。あ、めっちゃ怒ってる。でもいいや。これで少しは気も晴れた。今日あった色々はとりあえずチャラにしてあげよう。
ホールを出ると、お兄様は私を見下ろした。怖い笑顔のまま。
「お前はよほど私のことが嫌いみたいだな」
「あら、そんなことはありませんでしてよ。ただちょっとだけ恨みがあっただけですの。心当たりはございますよね?」
負けじと笑顔でそう言うと、お兄様は私のほっぺをぎゅっとつねった。痛い痛い痛い!
「お顔は止めてくださいませ!」
手を払いのけてほっぺを押さえてそう言うと、お兄様はふん、と不機嫌そうに私を見ながらも手を差し出してくれた。並んで歩く。
……いっぱい目立ってしまったけど、なんだかんだ楽しかったかもしれない。お兄様の色々な表情も見れたし。来月からの学校がとても楽しみだ。
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