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母娘の愛

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「カミラ、無理はしなくてもいいのよ」


私は屋敷の玄関で立ち止まるカミラに必死に声をかける。

だけどカミラは真剣な顔で首を横に振る。


「いいえ、わたくしもお姉さまと一緒にお稽古がしたいのです」


うわわ、なんてかわいい!

健気なカミラを見ていると、つい抱きしめたくなってしまう。だけど、頑張っているカミラを邪魔するわけにはいかない。

昨日、初めて外に出たカミラは私と一緒に剣のお稽古をしたいと言い出したのだ。

だからお稽古前に呼びに来たのだけど、やっぱり外に出るのは勇気がいるそうで、もう五分くらい別館の玄関にいる。

私、アリア、カミラのメイドさんのサラがはらはらと見守っている中、カミラはとうとう決意したかのように、「えいっ」と目を閉じて一歩を踏み出した。


「やりました!」


カミラは、そっと目を開けて自分が外にいることを確認すると、ぱあっと表情を輝かせて私を見た。

可愛くてつい頬が緩んでしまう。


「ええ、頑張りましたね。じゃあ先にお義母様の所へ行きましょうか」


私はほぼ無意識にカミラの手を取って歩く。

小さな手は温かくて、少し汗ばんでいた。

本当によく頑張ったと思う。カミラはすごい。まだ五歳なのにいっぱい勉強して、苦手を克服して……。

このままでは私はあっという間に抜かされてしまいそうだ。もっと頑張らないといけない。

お義母様の部屋の前まで行くと、アリアがすっと進み出た。

ちなみに、昨日一人で部屋に戻った私をアリアが呆れたように見たのは、自分でドアを開けるのが失敗だったようだ。そういう時はノックをして、中から開けてもらうのを待つらしい。……分かるわけないじゃない!

アリアがノックをすると、中から「どうぞ」とお義母様の声がした。

私はすっと後ろに下がってカミラに前に行くように促す。

お義母様はまだカミラが外に出たことを知らない。サプライズ報告だ。ついでにカミラの剣のお稽古の許可申請。


「エレナね、今日はどうしたのかしら?」


お義母様はアリアが見えて私だと判断したのか、そんな声が聞こえてきた。おそらく忙しくて顔を上げてもいないのだろう。

ふっふっふ、お義母様の驚いた顔を見せてもらうよ。

カミラの背中をそっと押して前に出す。カミラは小さく頷いた。

頑張れ!!


「失礼いたします」


カミラの声は少し震えていた。

それと同時にガタッと部屋の中から聞こえる。

あら、お義母様ともあろう方が音を立てて立ち上がるなんて。


「カミラ……?」

「はい、お母様」


嬉しさとか誇らしさとか、色々な感情が浮かんできて頬が緩んだ。まあ私は連れて来ただけで、大して力にはなれなかったんだけどね。でも、驚かせることには成功したみたい。

私はお義母様からは見えないドアの影にアリアと並んで立った。

親子の感動シーンを邪魔しちゃいけないから。


「エレナ」


と、思ったけど、すぐに呼ばれた。

もう少し二人で話したらいいのに。


「はい、お義母様」


私がドアの影から出ると、お義母様はカミラの前にしゃがんでいた。そして、私の方へと手を伸ばす。

……うん? これはどうするのが正解? 伸ばされた手を取ればいいの?

よく分からずにとりあえず近付くと、急にぐいっと腕を引っ張られた。


「わっ!」


そして、気が付いた時にはしっかりと抱き締められていた。

待って待って待って、何この状況!

お義母様の方の向こうにカミラが立っているのが見える。なんでカミラを差し置いて私が抱き締められているの。せっかく娘が訪ねてきたんだから私のことなんていいよ!


「あ、あの、お義母様」

「エレナ、本当にありがとう。感謝してもしきれません」


私の言葉を遮って聞こえたお義母様の声は濡れていた。ぎゅっと力のこもった腕は決して緩みそうではない。

実際、私そんなに何もできなかったんだけどな……。

しばらく抱き締められたまま言葉を探す。


「お義母様、頑張ったのはカミラですわ。わたくし何もできませんでしたもの」


私の言葉にお義母様の腕の力がすっと抜けた。ようやく解放されて、そっと息をつく。

こうして抱き締められたのはいつ以来だったか。エレナとして母親に甘えることは絶対にないと思っていたけど、少し心が温かかった。戸惑いの方が大きかったけど。


「エレナは謙虚な子ですね」


お義母様はそう言ってふっと笑った。

あれ、この笑い方って……。

お父様が帰って来た日、私はお義母様に笑われた。その時の表情と同じだった。

ずっと私の身のこなしがみっともなくて笑われたのだと思っていた。だけど、それは違うような気がした。

お義母様は人のことを馬鹿にして笑ったりはしないと知っているし、今と同じあの表情が、悪いものだったとは思えない。

だけど今更聞くつもりはない。どうせお義母様はそんな些細なこと覚えていないだろうし。

お義母様はとても柔らかく微笑む。


「エレナ、わたくしはあなたと血は繋がってませんが、本当の娘だと思っていますのよ。だから、エレナも遠慮することなく、わたくしを頼ってちょうだいね。カミラも、エレナも、同じように愛しているわ」

「……ありがとうございます」


嬉しい。本当に嬉しい。愛玲奈の時はお母さんとそれなりに仲良かった。だけど、こうして面と向かって「愛してる」なんて言われたことない。

涙が出そうになって、慌てて目をそらす。お義母様はそんな私に気が付いたのか、ふっと笑った。


「二人とも、これからも仲のいい姉妹でいてちょうだいね」

「はい」


私とカミラの声が重なって響いた。

もちろん、カミラは大事な可愛い妹だもん。私はずっと仲良くするつもりだよ。

お義母様との話が終わり、二人でお義母様の部屋を出た。

私はエレナになってから初めて、家族からの愛情を感じた。

エレナの母親はエレナが二歳の頃に亡くなっている。二歳の時のことなんて覚えてないよね。

……本物のエレナはこうして母親からの愛情をもらった記憶があるのかな。

そう思うと、胸が締め付けられた。
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