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下のお兄様
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「エレナ様! 大変です!」
ある日、部屋で一人で本を読んでいると、いつもでは考えられない程慌てたアリアが飛び込んできた。
いつも私に令嬢らしく、と厳しく注意をするアリアにはあってはならないことだ。
だけどそれを気にする余裕もないらしく、アリアはつかつかと私の方へ来た。
「どうしたの?」
私も本を閉じてアリアに向き合う。
「クルト様が帰って来られました」
「クルト様……?」
誰? 私の知っている人だっけ?
帰って来たってことはこの家の人だよね。
そう思って記憶を探ってみるが、どうも思い当たらない。
アリアはぼーっと考えている私と反対に、きびきびと動いて、私の髪や服を整えながら、教えてくれる。
「下のお兄様でございます」
「確か学校へ行っているっていうお兄様?」
「そうです。長期休暇に入ったので帰って来られたようです。申し訳ありません、すっかり失念しておりました」
おお、アリアも忘れることあるんだ。なんでもできるメイドのアリアには珍しい。
それにしてもお兄様か。ずっと一人っ子で育ってきた私が今更兄ができるというのもなんか変だ。
でもどうせエレナはそんなに関わっていなかったんでしょ。お父様みたいに。
とりあえず挨拶だけしておけばいいよね。髪を整えられている間、気楽に鼻歌を歌っていると、アリアが私の考えを見抜いて言った。
「エレナ様、勘違いされておられるようですが、エレナ様とクルト様はとても仲のいい兄妹でした」
なんですとおおぉぉぉぉ!
え、え、どうするの? 仲が良かったなら私がエレナじゃないってばれるんじゃ……。
ようやく事の重大さが分かった私を見て、アリアが呆れるようにため息をついた。
「クルト様はこの春から学校に通っておいでです。剣がお得意で、エレナ様もクルト様のお稽古はよく見学されておられました」
剣!? ファンタジーだ! それはぜひとも私も見てみたい!
「分かりました、わたくしも剣のお稽古はぜひ見学しましょう」
ぐっと手を握ってそう言うと、アリアは「ただ見学したいだけでしょう」と言った視線を向けてきたが、それを言葉にする前にドアがノックされた。
「いいですか、決して迂闊なことはおっしゃいませんようにお願い致します」
アリアはそう小声で釘を刺した後、ドアの方へと歩いた。
迂闊なことってなんだろう。とりあえず私がエレナじゃないってばれなかったらいいんだよね?
仲のいい兄妹だったのなら、妹らしく振舞ったらいいのかな?
「エレナ、帰ったよ」
アリアがドアを開けると、少年と執事さんが部屋に入って来た。
あれ、なんかちっちゃくない? お兄様は私の想像と違い、子供だった。
そりゃそうか。お兄ちゃんっていうと、大人なイメージがあったけど、私だってまだ子供なんだもん。そんなに年が離れているわけないよね。
私が今八歳だから、クルトお兄様は十歳か。
だけど、顔に浮かべているのは子供だとは思えない程、柔らかな表情だ。
「おかえりなさいませ、クルトお兄様。お会いしたかったですわ」
お父様の時と同じように礼をすると、クルトお兄様も執事さんも目を丸くさせた。
またこの顔か。礼儀作法が身に付いたことに驚いているのかな。
「お兄様? どうなさいましたの?」
首を傾げてみると、クルトお兄様は笑った。
「この数ヶ月で随分雰囲気が変わったな」
ドキッとしたが、別にエレナじゃないとバレたわけではない。堂々としていれば大丈夫だ。誰がどう見ても私はエレナにしか見えないはず。
「お父様にも言われましたわ。わたくし、そんなに変わったかしら?」
自分では分からない、とアリアに視線を向ける。アリアはどうにか誤魔化してくれるだろう。私は迂闊なことは言わないよ。
「エレナ様は随分と努力しておられましたので」
「はい、わたくしとても頑張りましたの」
さっきよりも丁寧に礼をしてみる。ふわっとスカートが揺れる。
顔を上げてクルトお兄様に微笑んでみせる。
私の雰囲気の変化は礼儀作法を身につけ、仕草や喋り方が変わったことだと思わせる!
まあ実際そうだしね、体は本物のエレナなんだから。仕草や喋り方と一緒に中身も変わっているけど……。
「そっか、見違えたよ。綺麗になった」
うわあぁぁぁぁ。やばい、お兄様かっこいい!
微笑んだその顔はとても十歳のものだとは思えない。
顔がいいんだよ! 心の中で叫ぶが、表情には出ないようにぐっと顔に力を入れる。
「ありがとうございます」
「エレナがそんなに頑張っているなら僕ももっと頑張らないとな」
お兄様の呟きを私は逃さない。
「剣のお稽古をされますか!?」
ぜひ見たい!
早く、早く、と心の中で急かしているのが顔に出ていたのか、クルトお兄様は可笑しそうに笑った。
「先に義母上に挨拶してくるよ。稽古は午後にしよう」
「午後ですね、分かりました」
私が頷くと、クルトお兄様の表情が途端に曇り、声を潜めて言った。
「僕がいない間、義母上とはどうだったかい?」
お義母様と? どうも何も礼儀作法を叩きこんでもらったけど。
そう言うとお兄様は眉を潜めて微妙な顔をした。
何その顔。せっかくのかっこいい顔が台無しですよ。とは言えないけど。
「義母上に礼儀作法を? それはエレナが頼んだのかい?」
「そうですが?」
それがどうしたのだろう。首を傾げると、お兄様はため息をついた。
え、何、なんでため息をつくの。お義母様に頼んだらダメだったの!?
おろおろとアリアを見るが、アリアは何も言ってくれないし、無表情で何を考えているかも分からない。
「あの、お兄様、わたくし、何かしてしまいましたか?」
「いや、大丈夫だよ。じゃあまた午後にね」
そう言ったクルトお兄様は私の頭をぽんと撫でて、部屋を出ていこうとしたが、出る直前に私とアリアを振り返って言った。
「明日には兄上も帰って来るらしいから、準備をしておくんだよ」
へえ、上のお兄様も帰って来るんだ。私は呑気にそう思ったが、後ろでアリアが息をのむ気配がした。
振り返ってみると、アリアの顔色がどんどん悪くなっていく。
私を目が合うと、「大丈夫ですよ」といつものように微笑んだが、明らかに顔が引きつっている。
クルトお兄様は私を気遣うような視線を向け、部屋を出て行った。
ん? なんか面倒なことになりそう?
ある日、部屋で一人で本を読んでいると、いつもでは考えられない程慌てたアリアが飛び込んできた。
いつも私に令嬢らしく、と厳しく注意をするアリアにはあってはならないことだ。
だけどそれを気にする余裕もないらしく、アリアはつかつかと私の方へ来た。
「どうしたの?」
私も本を閉じてアリアに向き合う。
「クルト様が帰って来られました」
「クルト様……?」
誰? 私の知っている人だっけ?
帰って来たってことはこの家の人だよね。
そう思って記憶を探ってみるが、どうも思い当たらない。
アリアはぼーっと考えている私と反対に、きびきびと動いて、私の髪や服を整えながら、教えてくれる。
「下のお兄様でございます」
「確か学校へ行っているっていうお兄様?」
「そうです。長期休暇に入ったので帰って来られたようです。申し訳ありません、すっかり失念しておりました」
おお、アリアも忘れることあるんだ。なんでもできるメイドのアリアには珍しい。
それにしてもお兄様か。ずっと一人っ子で育ってきた私が今更兄ができるというのもなんか変だ。
でもどうせエレナはそんなに関わっていなかったんでしょ。お父様みたいに。
とりあえず挨拶だけしておけばいいよね。髪を整えられている間、気楽に鼻歌を歌っていると、アリアが私の考えを見抜いて言った。
「エレナ様、勘違いされておられるようですが、エレナ様とクルト様はとても仲のいい兄妹でした」
なんですとおおぉぉぉぉ!
え、え、どうするの? 仲が良かったなら私がエレナじゃないってばれるんじゃ……。
ようやく事の重大さが分かった私を見て、アリアが呆れるようにため息をついた。
「クルト様はこの春から学校に通っておいでです。剣がお得意で、エレナ様もクルト様のお稽古はよく見学されておられました」
剣!? ファンタジーだ! それはぜひとも私も見てみたい!
「分かりました、わたくしも剣のお稽古はぜひ見学しましょう」
ぐっと手を握ってそう言うと、アリアは「ただ見学したいだけでしょう」と言った視線を向けてきたが、それを言葉にする前にドアがノックされた。
「いいですか、決して迂闊なことはおっしゃいませんようにお願い致します」
アリアはそう小声で釘を刺した後、ドアの方へと歩いた。
迂闊なことってなんだろう。とりあえず私がエレナじゃないってばれなかったらいいんだよね?
仲のいい兄妹だったのなら、妹らしく振舞ったらいいのかな?
「エレナ、帰ったよ」
アリアがドアを開けると、少年と執事さんが部屋に入って来た。
あれ、なんかちっちゃくない? お兄様は私の想像と違い、子供だった。
そりゃそうか。お兄ちゃんっていうと、大人なイメージがあったけど、私だってまだ子供なんだもん。そんなに年が離れているわけないよね。
私が今八歳だから、クルトお兄様は十歳か。
だけど、顔に浮かべているのは子供だとは思えない程、柔らかな表情だ。
「おかえりなさいませ、クルトお兄様。お会いしたかったですわ」
お父様の時と同じように礼をすると、クルトお兄様も執事さんも目を丸くさせた。
またこの顔か。礼儀作法が身に付いたことに驚いているのかな。
「お兄様? どうなさいましたの?」
首を傾げてみると、クルトお兄様は笑った。
「この数ヶ月で随分雰囲気が変わったな」
ドキッとしたが、別にエレナじゃないとバレたわけではない。堂々としていれば大丈夫だ。誰がどう見ても私はエレナにしか見えないはず。
「お父様にも言われましたわ。わたくし、そんなに変わったかしら?」
自分では分からない、とアリアに視線を向ける。アリアはどうにか誤魔化してくれるだろう。私は迂闊なことは言わないよ。
「エレナ様は随分と努力しておられましたので」
「はい、わたくしとても頑張りましたの」
さっきよりも丁寧に礼をしてみる。ふわっとスカートが揺れる。
顔を上げてクルトお兄様に微笑んでみせる。
私の雰囲気の変化は礼儀作法を身につけ、仕草や喋り方が変わったことだと思わせる!
まあ実際そうだしね、体は本物のエレナなんだから。仕草や喋り方と一緒に中身も変わっているけど……。
「そっか、見違えたよ。綺麗になった」
うわあぁぁぁぁ。やばい、お兄様かっこいい!
微笑んだその顔はとても十歳のものだとは思えない。
顔がいいんだよ! 心の中で叫ぶが、表情には出ないようにぐっと顔に力を入れる。
「ありがとうございます」
「エレナがそんなに頑張っているなら僕ももっと頑張らないとな」
お兄様の呟きを私は逃さない。
「剣のお稽古をされますか!?」
ぜひ見たい!
早く、早く、と心の中で急かしているのが顔に出ていたのか、クルトお兄様は可笑しそうに笑った。
「先に義母上に挨拶してくるよ。稽古は午後にしよう」
「午後ですね、分かりました」
私が頷くと、クルトお兄様の表情が途端に曇り、声を潜めて言った。
「僕がいない間、義母上とはどうだったかい?」
お義母様と? どうも何も礼儀作法を叩きこんでもらったけど。
そう言うとお兄様は眉を潜めて微妙な顔をした。
何その顔。せっかくのかっこいい顔が台無しですよ。とは言えないけど。
「義母上に礼儀作法を? それはエレナが頼んだのかい?」
「そうですが?」
それがどうしたのだろう。首を傾げると、お兄様はため息をついた。
え、何、なんでため息をつくの。お義母様に頼んだらダメだったの!?
おろおろとアリアを見るが、アリアは何も言ってくれないし、無表情で何を考えているかも分からない。
「あの、お兄様、わたくし、何かしてしまいましたか?」
「いや、大丈夫だよ。じゃあまた午後にね」
そう言ったクルトお兄様は私の頭をぽんと撫でて、部屋を出ていこうとしたが、出る直前に私とアリアを振り返って言った。
「明日には兄上も帰って来るらしいから、準備をしておくんだよ」
へえ、上のお兄様も帰って来るんだ。私は呑気にそう思ったが、後ろでアリアが息をのむ気配がした。
振り返ってみると、アリアの顔色がどんどん悪くなっていく。
私を目が合うと、「大丈夫ですよ」といつものように微笑んだが、明らかに顔が引きつっている。
クルトお兄様は私を気遣うような視線を向け、部屋を出て行った。
ん? なんか面倒なことになりそう?
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