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プロローグ
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「エレナ・フィオーレ、お前との婚約はなかったことにする」
低く冷たい声が響き渡り、騒がしかったのが急にシンと静まり返った。
あちらこちらから注目されているのが分かる。
当事者である私、エレナ・フィオーレは、何も言わずにただ言葉の主の顔を見つめた。
ラルフ・ローマン。私の婚約者。
いや、婚約者だった人と言った方がいいだろうか。婚約はたった今破棄されたのだから。
何もこんなところで言わなくてもいいだろうに。
急に静まり返ったホール内が、今度はざわざわとしてきた。
「ローマン侯爵のご子息とフィオーレ伯爵のご令嬢よ」
「婚約破棄ってこと?」
同じような言葉がいくつも聞こえてきて、出そうになったため息を飲み込む。
本当に、どうして今ここで言うのだろうか。せっかくの卒業パーティーなのに。
本来ならこういうことは、こんな公の場で言うことではない。
それくらいこの馬鹿にも分かるはずだろう。
大体、一般的に婚約というものは本人の意向でどうこうなることではない。
両家の立場というものがあるのだ。
それすら分からないのか、この馬鹿には。
ラルフの顔から視線を外し、少し離れたところからこちらを見ている妹のカミラをそっと見てみる。
驚いているのが見ただけで分かった。
ラルフに気が付かれないよう、そっと安堵の息を吐く。
よかった。カミラは関係ない。
ラルフは何も言わない私を面白くなさそうに見下ろして言った。
「何か言ったらどうだ」
カミラが関係ないのならいい。
そもそもこの婚約は私の母とラルフの母の望んだものだ。
今後この馬鹿の面倒を見なくてもいいと言うのならむしろせいせいする。
多少名前に傷が付こうが、嫁ぎ先が見つからなかろうが構わない。お父様は構うかもしれないけれど。
私は再びラルフを見上げてにっこりと笑って見せた。
「分かりました。ラルフ様がそうおっしゃるのでしたら、わたくしは大人しく身を引きましょう」
私が泣いて縋るとでも思ったのか、ラルフは驚いた表情で私を見ていた。
「どうかラルフ様にこの先、たくさんの幸福が訪れますよう、お祈りすることはお許しくださいませ」
ラルフに向けて優雅に礼をして踵を返す。
今日のためにアリアたちが用意してくれたドレスを見て、もったいないなと思う。
袖を通してまだそんなに経っていない。だけどこの居心地の悪い場から去れるのは嬉しかった。
「エレナ・フィオーレ!」
少し歩くと鋭い声が私を呼んだ。振り返るとラルフがこちらに近付いてきている。
今度こそため息が漏れた。
「何でしょう、ラルフ様。お話は終わったのでは?」
平然としている私をラルフは悔しそうににらみつける。
別ににらまれたって怖くない。
「お前の代わりに、妹のカミラ・フィオーレを私の婚約者とする」
「はい?」
思わず声が出てしまった。
周りが一層ざわざわとなった。この男はどこまで馬鹿なのだろうか。
流石にこれ以上恥をさらされてはたまらない。
別にラルフはいいけど、こんなのと婚約していたと言われるのはすごく嫌だ。
「そういうことはまた後日、お父様を通してお話くださいませ」
今度こそドアへと向かって歩く。
途中でカミラの手を引いて会場から出ると一気に静かになり、同時に疲労がどっと押し寄せてきた。
「あの、お姉さま……」
カミラが心配そうに私を見上げてくる。
この子は本当にかわいい。
「大丈夫よ、心配しないで頂戴」
笑いかけるとカミラの表情が少しほぐれた。
そして控えめに笑顔を見せてくれる。
この可愛い妹をあんな馬鹿の婚約者なんかには絶対にさせない。
そう思って深いため息が出た。
ようやくだ。ようやくここまで来た。
七年間、だ。今日、この日のためにずっと頑張ってきた。
七年前のあの日、私がエレナ・フィオーレとなった時から。
低く冷たい声が響き渡り、騒がしかったのが急にシンと静まり返った。
あちらこちらから注目されているのが分かる。
当事者である私、エレナ・フィオーレは、何も言わずにただ言葉の主の顔を見つめた。
ラルフ・ローマン。私の婚約者。
いや、婚約者だった人と言った方がいいだろうか。婚約はたった今破棄されたのだから。
何もこんなところで言わなくてもいいだろうに。
急に静まり返ったホール内が、今度はざわざわとしてきた。
「ローマン侯爵のご子息とフィオーレ伯爵のご令嬢よ」
「婚約破棄ってこと?」
同じような言葉がいくつも聞こえてきて、出そうになったため息を飲み込む。
本当に、どうして今ここで言うのだろうか。せっかくの卒業パーティーなのに。
本来ならこういうことは、こんな公の場で言うことではない。
それくらいこの馬鹿にも分かるはずだろう。
大体、一般的に婚約というものは本人の意向でどうこうなることではない。
両家の立場というものがあるのだ。
それすら分からないのか、この馬鹿には。
ラルフの顔から視線を外し、少し離れたところからこちらを見ている妹のカミラをそっと見てみる。
驚いているのが見ただけで分かった。
ラルフに気が付かれないよう、そっと安堵の息を吐く。
よかった。カミラは関係ない。
ラルフは何も言わない私を面白くなさそうに見下ろして言った。
「何か言ったらどうだ」
カミラが関係ないのならいい。
そもそもこの婚約は私の母とラルフの母の望んだものだ。
今後この馬鹿の面倒を見なくてもいいと言うのならむしろせいせいする。
多少名前に傷が付こうが、嫁ぎ先が見つからなかろうが構わない。お父様は構うかもしれないけれど。
私は再びラルフを見上げてにっこりと笑って見せた。
「分かりました。ラルフ様がそうおっしゃるのでしたら、わたくしは大人しく身を引きましょう」
私が泣いて縋るとでも思ったのか、ラルフは驚いた表情で私を見ていた。
「どうかラルフ様にこの先、たくさんの幸福が訪れますよう、お祈りすることはお許しくださいませ」
ラルフに向けて優雅に礼をして踵を返す。
今日のためにアリアたちが用意してくれたドレスを見て、もったいないなと思う。
袖を通してまだそんなに経っていない。だけどこの居心地の悪い場から去れるのは嬉しかった。
「エレナ・フィオーレ!」
少し歩くと鋭い声が私を呼んだ。振り返るとラルフがこちらに近付いてきている。
今度こそため息が漏れた。
「何でしょう、ラルフ様。お話は終わったのでは?」
平然としている私をラルフは悔しそうににらみつける。
別ににらまれたって怖くない。
「お前の代わりに、妹のカミラ・フィオーレを私の婚約者とする」
「はい?」
思わず声が出てしまった。
周りが一層ざわざわとなった。この男はどこまで馬鹿なのだろうか。
流石にこれ以上恥をさらされてはたまらない。
別にラルフはいいけど、こんなのと婚約していたと言われるのはすごく嫌だ。
「そういうことはまた後日、お父様を通してお話くださいませ」
今度こそドアへと向かって歩く。
途中でカミラの手を引いて会場から出ると一気に静かになり、同時に疲労がどっと押し寄せてきた。
「あの、お姉さま……」
カミラが心配そうに私を見上げてくる。
この子は本当にかわいい。
「大丈夫よ、心配しないで頂戴」
笑いかけるとカミラの表情が少しほぐれた。
そして控えめに笑顔を見せてくれる。
この可愛い妹をあんな馬鹿の婚約者なんかには絶対にさせない。
そう思って深いため息が出た。
ようやくだ。ようやくここまで来た。
七年間、だ。今日、この日のためにずっと頑張ってきた。
七年前のあの日、私がエレナ・フィオーレとなった時から。
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