あの日、君は笑っていた

紅蘭

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第二章

変わったものと変わらないものⅣ

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「麗奈ちゃん!」


弘介さんが来た。

どうも私を追いかけてきたようで、息が上がっている。

咄嗟に電話が切れていないことを確認して、耳に当てた。


「ひろ君、お願い、早く来て!」


ひろ君にも弘介さんの声が聞こえたみたいで、頷く声を最後に電話が切れた。

弘介さんと向かい合う。

必死に冷静を装って、だけど私は早くひろ君が来ないかばかりを気にしていた。

ひろ君、早く来て。


「麗奈ちゃん、さっきのどういう意味?」


弘介さんが私を真っすぐに見つめる。

その目を私は見られなくて、少し視線をそらした。

私はいつだって冷静だ。高校生の時からずっと冷静でいられた。

なのにどうして弘介さんのこととなるとこんなにも心が乱されるのだろう。


「それは誰よりも朝賀さんが知っているんじゃないですか?」


はっきりとそう言うと弘介さんは私の方へ近づいて来た。

弘介さんが一歩進むたびに私は一歩後ずさる。

この感情がどういうものか分からなかった。

怒りは確かにある。だけどそれとは別に恐怖のような感情が込み上げる。

分からない。私が今何を感じているのか、その感情の名前が分からない。


「僕、麗奈ちゃんにその話したかな?」


していない。だけど知っている。

弘介さんは目に見えて戸惑っている。

だけど私はもう込み上げる怒りを抑えることができなかった。


「どうしてここまで来たんですか? どうして私を好きになってしまったんですか? 紗苗さんはもうどうでもいいんですか?」


自分で思っている以上に静かな声が出た。

弘介さんは言った。


「どうでもよくないよ。だけど麗奈ちゃんが好きなんだ」


どうでもよくないなら、なんで私を好きだと言えるのか。

私じゃ駄目だと、紗苗さんじゃないといけないと言ったのは弘介さんなのに。

だから私は弘介さんを許したのに。

あれは嘘だったのか。


「好きだけど麗奈ちゃんとどうにかなりたいわけではない。そのまま彼氏さんと幸せになって欲しい。僕はただ知りたいだけなんだ。麗奈ちゃんが何を知っていて、何を思っているのか」


弘介さんの後ろにひろ君が見えた。

ひろ君は本当に急いできてくれたみたいで、私の隣に来た頃には息が切れていた。

高ぶっていた感情が小さくなっていくのが分かる。

ひろ君は膝に手をついて肩で息をする。

そして、弘介さんを見て私に言った。


「びっくりした。男の声が聞こえたから襲われたのかと……よかった」


はあ、はあ、と上がった息を整えながら笑う。

ひろ君は優しくて鋭い。そして少し厳しい。


「これならそんなに急いで来なくても良かったかな」


そう言って近くにあったベンチに腰かけた。


「ちょっと休憩するから。どうぞ、俺のことは気にせずに続けて」

「やだ、帰ろうよ」


手を引っ張ってみてもひろ君は全く立ち上がる気配がない。


「走ってきたんだから少し休ませてよ」


どうしても私を弘介さんを話させたいみたいだ。

こうなったらもう動かないのは知っている。私は再び弘介さんを見る。
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