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入れ替わり生活2ーーエレナ

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翌日もクリスは朝一番に部屋に来た。ユリウスはというと昨日あれっきりだ。夜も顔を出さなかった。

かと思えばノックもなしで扉が開き、ユリウスが入ってきた。ちらりと私を見て「戻ってないのか」と呟く。


「殿下、失礼ですよ」


クリスが言った。


「失礼?こっちはエレナが取られているんだ」


その言い方に少しムカッとした。私は別に何もしていない。


「あら、これは愛玲奈の意志ですわよ。戻って来ていないのも愛玲奈の意志」


ここに戻りたいと思ったら愛玲奈はすぐに戻って来られるんだから。だって本物は愛玲奈なのだから。


「私のせいにする前にご自分を省みられては?」


途端、背中に強い衝撃を受けた。反射的に治癒魔法を使い、痛みは一瞬でとれた。気が付けば私は壁に押し付けられている。胸を押さえられて息が苦しい。近距離にユリウスの顔が見えた。


「調子に乗るなよ。その体だったら僕が何も出来ないとでも思ったか?傷一つつけることなく精神だけを破壊することもできるんだ。よく考えて喋れ」

「殿下、殿下、ダメですって。エレナが知ったら絶対に怒りますよ」


クリスの焦った声。ユリウスは舌打ちをして私から離れた。解放されたが、足に力が入らない。苦しかった。しかしやられっぱなしで終わる私じゃない。


「……そちらこそ、今この体の主導権が誰にあるかよくよく考えられた方がよろしいのではなくて?」


座り込んだまま睨むと、ユリウスは振り返った。濃い魔力が攻撃してくる。


「エレナの体に何かしてみろ。世界すら超えてお前の大事な人間を全て消してやる」


だから、この体は元々私のだって。ユリウスは不機嫌を隠すことなく部屋から出て行った。すぐにクリスが駆け寄ってくる。


「大丈夫?殿下に喧嘩を売るなんて命知らずだよ。お願いだからもうしないでね」

「あちらの態度によるかしら」


クリスはため息をついた。


「エレナより強い……」


ぼそっと聞こえた。確かに気は強い方だ。滅多に言い返すことはしないけど。

立ち上がって服の汚れをはたく。


「一人会いたい人がいるの。付き合ってくれる?」


クリスにそう言うと「うん」と頷いてくれた。そして私はそこへ案内してもらった。

私の姿を見るや、「何だ」とその人は言った。ああ、変わったな、と思った。刺々しさが減って雰囲気が柔らかくなった。私の知っているこの人は世界の全てを憎むような目をしていた。


「少々お話がしたいのです、上のお兄様」


かつて私をいじめた上のお兄様、ヘンドリックは、はっとした顔で私を見た。


場所を変えて向かい合って座る。ヘンドリックは面白くなさそうな表情だ。


「あいつはどうした」

「過去の精算へ」


ここで会う人たち皆がすぐに私を見抜く。愛玲奈はそう何人もの人に事情を話しているのだろうか。


「ご心配なさらずとも近いうちに戻ってくると思いますよ」

「そうか」


柔らかな表情。それを見ただけでこの人への用事は終わった。


「一言謝罪をいただこうかと思って参りましたが、愛玲奈を大切にしてくださっているのですね。ありがとうございます」


椅子から立ち上がる。私の体に入った愛玲奈。ヘンドリックに酷い扱いを受けないといいな、と思っていた。それなりに仲良くしているとは聞いていたけど、まさかここまでだとは。

愛玲奈は皆から愛されている。これは早く帰って来てくれないと私の身が危ないな、なんて思った。


「おい」


部屋から出る直前に呼び止められて振り向く。ヘンドリックは座ったままこちらへ背を向けていた。


「悪かったな]


じわっと心が温かくなった。


「……変わられましたね」


とても私をいじめていたあの人と同一人物だとは思えない。


「あいつのおかげでな。感謝する」


その表情は見えない。だけどきっと笑っているんだろうな、と思った。

……愛玲奈、早く戻って。ここに私の居場所はないよ。


部屋へ戻ろうと歩いていると、クリスが言った。


「クルト様にも会いに行く?」


下のお兄様。上のお兄様にいじめられている私を庇ってくれたり、部屋までお菓子を持って来てくれたり、亡くなった母以外で唯一私に優しくしてくれた人と言っても過言ではない。

しかし私はその優しさすら受け入れることができなかった。あの頃の私は皆が敵だと思っていた。


「……会わなくてもいいわ。姿だけ見ようかしら」


クリスの案内で騎士団へと来た。見たことのある顔がいくつか。その中に見つけた。一際目立っている下のお兄様。


「クルト様すごいんだよ。体格に恵まれていないのに、騎士団の中ではトップ3に入るほどの腕前なんだって」


確かに他の人に比べると小柄だ。それなのに誰も勝てない。


「……優しくてとても強い人だわ」


それに何度救われたことか。それなのに当時の私はそのことにすら気が付いていなかった。

愛玲奈になって、自分の心に余裕ができて初めて気が付いた。下のお兄様も傷付きながら、苦しみながら、私に優しさを分けてくれていたこと。ずっとお礼が言いたかった。

じっと見ていると下のお兄様が視線に気が付いたのか、こちらを見た。目が合う。浮かべた微笑みは私の知っているものと同じだった。

会いたかった。もう一度この顔が見たかった。

溢れそうになった涙を堪え、私は微笑みを浮かべた。かつての私にはあげられなかったもの。

すぐにその場を離れる。クリスが後ろから「話さなくていいの?」と聞いた。私はただ首を振る。

いい。話したらきっと未練になるから。私はあっちの世界に大切な人がいる。下のお兄様と同じように微笑む大好きな人。だから会わない。

私は部屋に戻り、それから一歩も出なかった。
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