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怒りの理由

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そして、夜を迎えた。日中はなんだかんだとすることなあるので。話すチャンスとしては、この時間が一番だ。邪魔も入らないし。

部屋で一人座って考える。昼寝はたっぷりしたから目はぱっちりだ。今日解決しておきたい。

朝のことを思い出す。……結構なことしちゃったしなあ。ユリウス殿下びっくりしてたし。

あれからユリウス殿下に会うこともなければ、部屋に来ることもなかった。つまり、まだ私は避けられているということだ。


「どんな顔して会えば……」


ーー殿下のベッドで待ってたらいいんじゃない?

クリスの言葉を思い出し、ぶんぶんと首を振る。そんな大胆なことできるわけ……!

いやまあ、確かにそれが一番手っ取り早いけどね?でも私知識として知ってるだけで、あっちの世界でも経験ないから!恥ずかしいし、普通に無理だから!

ユリウス殿下の部屋につながる扉をそっと開ける。殿下はまだ戻っていない。

ちらっとベッドを見る。

いやいやいや、無理!っていうか殿下のいない時に勝手に部屋に入るってアウトでしょ!

戻ろう。戻って寝よう。話すチャスは明日からでもきっとあるだろうし。

そう思って、自分の部屋へと戻ろうとした時だった。扉が開いた。もちろん、開けたのはユリウス殿下。

ぎゃあぁぁぁ!帰って来ちゃった!

殿下は勝手に部屋にいる私を驚いたように見つめていた。


「も、申し訳ありません!悪いことはしておりません!本当に!すみません!」


挙動不審になっていたと思う。慌てて部屋へ戻り、扉を閉めた。心臓がバクバクしている。床に座り込んだ。

タイミング悪過ぎでしょ……。

扉にもたれかかって息を吐く。すると、途端に壁がなくなった。というか、扉が開き、完全に油断していた私は後ろへ倒れた。


「わぁ……!」


覚悟していた衝撃ではなかった。何か温かいものに包まれていた。


「びっくりした……」


耳元でユリウス殿下の声が聞こえた。どうやら咄嗟に受け止めてくれたようだ。

まさか殿下の方から来ると思っていなかった。心臓がまたバクバクなる。何を言っていいか分からなかったし、顔が見れなかった。


「朝に一回」


そのままの体勢で殿下が喋る。すぐ耳元なので、とてもくすぐったい気分だ。


「ついさっき、二回目」


なんのカウントだろう。


「たった今で三回目」


ユリウス殿下はふっと笑った。耳に息がかかってゾワッとなった。


「君には驚かされてばかりだよ、エレナ」

「申し訳ございません……」


本当に。どれも全面的に私が悪いだろう。


「……怒ってられますか?」


少しの沈黙ののち「うん」と。不安定な体勢を整え、床に座り直すと、ユリウス殿下もそのまま座り直した。結果的に、私はユリウス殿下の足の間に座っているような体勢に。


「かなり怒っているよ」

「……そうですよね」

「何でか分かる?」

「分かっていたらすぐに謝っております」


堂々と分からないと言う。だって分かんないもん!


「どうして僕の部屋に?」


言葉に詰まる。どうしてと言ったらいいのだろうか。

いや、こうなったらもう取り繕う理由なんてない。全部話してしまおう。ちゃんと話をしないと、ぎこちないままなんて嫌だもん。


「殿下とお話がしたくて……クリスが言ったのです。夜にベッドで待ってたら?と」


返事がなかった。


「殿下?」

「あ、いや、ごめん、驚いて」


どうやら絶句していたようだ。


「それさ、意味分かって言ってる?」

「ええ、まあ。さすがに出来ませんけどね」

「うん、それはよかった……」


あれ、よかったんだ。なんだ、私がベッドで待ってても嬉しくないんじゃん。

やっぱりしなくてよかった。もっと怒らせるところだったかもしれない。


「今朝のあれは何?」


何?何と聞かれても……嫉妬ですとは言えない。いや、言うつもりはあるけど、恥ずかしい。


「……いえ、ついカッとなってしまって。お仕事の邪魔をしてすみません」


もごもごとそう言う。これ以上突っ込まれたら困る。話題を変えなければ!


「殿下はどうして怒っているんですか?私、考えたんですがぜんぜん分かりません」


いざ話をしてみれば全然気まずくない。あんなに悩んでいたのに、すらすらと言葉が出た。


「……僕、ラインハルト・フェルマーに関わるなって伝言残したよね?」

「ええ、聞きました」

「なぜ守らなかったの?」


いや、確かに聞いたけど。でも私が殿下の言い付け守らないなんて別にいつものことじゃん。


「君は僕のものだ」


低い声だった。


「それなのに側に男は置くし、同じ部屋で一晩過ごすし、僕の言葉を聞かず、知らない男と仲良さそうに……」


な、なんか雲行きが……。


「こんなに想っても君には伝わらないんだね」


殿下の手が首に触れた。すごく嫌な感じがした。ただ触れているだけなのに息苦しかった。これが本能というものだろうか。

殿下がこの手に少し力を入れるだけで私は死んでしまうだろう。

心の中で溜息をつく。ユリウス殿下ってヤンデレ属性なの?なんか魔法の属性が闇ってだけでそれっぽい気がするけど。


「僕は君に全てを捧げているよ、エレナ。君は何をくれた?」


……うん、確かに。そう言われたらそうだ。考えると私は与えられるものだけを受け取って、何も返していない気がする。

どうやって切り抜けようか、とか、抵抗したら勝てるかな、と考えたが、なんだかどうでもよくなった。どうせ殿下がその気になれば私なんか一瞬で死ぬ。

私は体の力を抜いて、殿下にもたれかかった。殿下は今、どんな顔をしているのだろうか。


「……では、命を。一緒に死にましょうか、ユリウス殿下」


後ろで息を飲む気配がした。私は殿下の予想と違う反応をしたのだろう。

ここで死ぬのは未練が残るけど、それでも殿下と二人で死ぬならそれもいいなと思った。気持ちを自覚した途端、一緒に死ぬなんて、クリスはなんて言うか分からないけど。


「誰かの為に命は差し出しても、共に死ぬのは意味がないと思っておりました。だけど、殿下となら一緒がいい。置いて逝かれるのも、一人で逝くのも嫌」


とんでもないわがままだなと自分で思う。私も実はヤンデレ属性を持っているのかもしれない。


「殿下と一緒なら私は幸せですよ。共に逝きましょうか」


私の言葉に、首にあった手がゆっくりと下がった。どうも、今ここで殺される心配はなさそうだ。

死んでもいいと言いながらも緊張していたようだ。冷や汗が出ていることに気が付いた。

「ごめん」と小さな声が耳元で聞こえた。
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