上 下
82 / 156
閑話

青蜜あかねの苛立ち 2

しおりを挟む
 
「お疲れ様でした、お嬢様。 卒業生代表の挨拶も完璧でした。
 恥ずかしながら私、感動して泣いてしまいましたよ」
 
「そ、そう? ありがとう。 
 でも貴方途中で姿が見えなかったわよ? 何処に行っていたの?」
 
「えっ? あっ、気付かれていたのですか? た、大した用事ではありません。
 そうです! 旦那様に頼まれた要件を済ませておりました。 そ、そんな事よりこれからどう致しますか? このまま帰られますか?」

 何で焦ってるのかしら? まぁお父様に頼まれた事があったのなら私がいちいち口を挟むべきではないわね。

「そうね、私はこれからちょっと行きたい所があるのよね。
 ほら、私って高校の新入生代表の挨拶もやるでしょう? その説明を今から聞きに行こうと思ってるの。 だからこのまま高校校舎に向かうつもりよ。 あきほも一緒に来る?」
 
「新入生代表挨拶ですか? あれ? でもそれは明日決まるのではなかったのですか?」
 
「そうだけど、毎年一番成績が良い子がやるんだもの必然的に私になるでしょ? 
 さっき聞いたら採点はもう終わってるみたいだから、今から行ってくるわ。
 だって明日もここに来るの面倒くさいでしょ?」
 
「まぁ確かにお嬢様で間違いないでしょう。 そう言う事でしたら私も是非お供させて頂きます、今日は旦那様にゆっくりしてこいと言われておりますので予定も特にありませんので」
 
「本当? じゃあ決まりね! 今から行きましょう!!」
 
 
 こうして卒業式を終えた私達はその足で高校生活を過ごす事になる校舎へと向かった。
 

 ……正直言えば別に明日この場所に来ても良かった。 
 たださっきあきほに話した事により一層高校生活が楽しみになっていたから、今すぐにでもその場所に、特別な事が起こるその場所をこの目で見ておきたかったのだ。
 
 

「つ、着きましたね。 それにしても、何度か来た事はあるはずなのに少し緊張してしまいますね」
 
 到着した校舎の前で珍しく声を震わせてあきほが言う。
 
「えぇ、そうね」
 
 私もあきほと同じく緊張していた。 

 何回も来た事がある場所なのに、何故か全く違う場所の様に感じてしまう。 
 どうやらたった1日で私達は大人に近付いた気分でいるみたいだ。
 
「い、行くわよ。 職員室の場所は知ってるから着いてきて」
 
「は、はい!!」
 
 私達はそのまま緊張した足取りで新たな校舎に入った。
 
 

「えーと、そうそう。 確かここを曲がればっ」


「だ、だから何度も言ってるじゃないですか! これ俺の名前が間違っているんです! 俺の名前は円じゃなくて円人なんですって!!」
 

 職員室に向かう通路の途中で聞き慣れない低音が私の耳に響いた。
 
 あれ? これってもしかして男の子の声??
 
 驚いた私が視線を向けた先には、額に汗を滲ませ必死な表情で教師に話しかける男の子が立っていた。

「ま、まぁ入学式までにちゃんと直しておくから! まどかくん、それで今日は勘弁してくれないかな??」
 
「いや、もう間違えてるじゃないですか! さっきから頑なに円人って呼んでくれないじゃないですか!」
 
「うっ、だから今は無理なんだよ。 ごめん、必ず入学式までには何とかするから! この通り!!」
 
「……わ、わかりました。 でも本当に入学式前には変更しておいて下さいよ?
 本当に宜しくお願いしますよ!」
 
 頭を下げる教師に根負けしたのか、その男の子は諦める様に肩を落として職員室から出て行った。
 
「珍しいですね、この学園に男が居るなんて」
 
 隠れて眺めていた私の後ろからあきほが静かに呟く。
 
「えぇ、そうね。 一体何の用だったのかしら?」
 
「まぁ来年度からこの学校も共学になるみたいですからその内の男の一人でしょう。 きっと珍しいものでもなくなるのでしょうね。 さて、行きましょうか、お嬢様」
 
「あぁ、そう言えばそうだったわね。 忘れてたわ」
 
 あきほの言葉に私は納得し、私達は職員室に入った。
 
 知り合いの先生の姿が見えなかったので、先ほどまで男の子と話していた先生に私は声をかける。
 
「すいません、今時間ありますか?」
 
「えっ? えぇ大丈夫よ。 って貴方もしかして青蜜さん? 一体どうしたのかしら??」
 
「わ、私の事知ってるんですか?」
 
「も、勿論よ! 聖桜葉女学院のアイドルですもの!! 話せて光栄ですわ! 私、貴方のファンクラブにも入っているんだから!!」
 
 目の前の女教師は目を輝かせてファンクラブの会員カードとやらを私に差し出した。
 
 一体誰がこんな物を、ってかいつの間に? ファンクラブなんて初耳なんだけど??
 
「近くで見たら本当に美しいわ。 青蜜さん、良かったらこれから青蜜様って呼んでも良いかしっ」

「……おい! 会員のルールを忘れたのか?」
 
 えっ?
 
 先生の発言にも驚いたが、それよりも隣から聞こえたドスの効いた声に私の意識は持っていかれた。
 
「あっ! す、すいません会長! つい盛り上がってしまいました!!」
 
「分かれば良いわ! だけど次は許さないからな? いいか? もし今後ルールを破れば一生お嬢様の写真を渡す事はない!! 今日撮ったお嬢様の卒業式の秘蔵写真もだ!! わかったか!」
 
 ……いや、何言ってんの? 馬鹿なのこの子? 姿見えないと思ったら写真なんて撮ってたの??

「さぁ、お嬢様。 本題に戻りましょう」
 
「……はぁー、まぁもう何でも良いわよ。 先生、実は私、新入生代表挨拶の説明を聞きに来たんです。 
 本当は明日の予定だったのでしょうけど、今日でも良いかなって思って、駄目ですかね?」
 
「か、可愛い! 勿論今日でも大丈夫ですよ!
 新入生代表挨拶の件ですね? それなら今すぐにでも説明をっ……」
 
 その瞬間、発狂しそうになっていた先生のテンションは一気に下がり、急に目を泳がせ始めた。 
 
 ど、どうしたのかしら? やっぱ今日じゃ駄目だったのかな??

「どうしたんですか先生? 顔色が悪いですよ??」
 
 先生の変わりようにあきほも心配そうに尋ねる。

「あ、青蜜さん、実はね……新入生代表挨拶は貴方じゃないのよ」
 
「そうですか、まぁやっぱり明日じゃないと駄目ですよねっ……え??」
 
 今、この先生なんて言ったのかしら? き、聞き間違いかな? 
 
「えーと、先生? もう一回言ってもらえますか??」
 
「……えぇ、あのね、今回の入試で一番成績が良かったのは、残念ながら青蜜さんじゃないのよ。 さっきここに居た男の子を見たかしら? 
 あの子が今年のトップなの。 だから新入生代表挨拶はあの子がする事になるのよね……」
 
「ははっ、先生、冗談ですよね? 私がトップじゃないなんて有り得ないじゃないですか!」
 
「……」
 
「お、お嬢様」
 
「……えっ? ほ、本当に??」
 
 う、嘘よ。 私は今までずっと一番だったのよ? 小学校も中学校もずっと一番だったのよ?
 あんな奴に負けるなんて有り得ないじゃない! だ、だって私は特別な人間の筈なんだから!

「ご、ごめんなさいね、青蜜さん。 こ、これはどうしようもない事だから」
 
「そ、その子の名前は何て言うのかしら?」
 
「えっ? あっ、まどかくんよ。 福吉まどか君」
 
「そうですか……ありがとうございました先生。 失礼します」
 
 私はその先生に一礼し直ぐに職員室を後にした。
 

 
「……お、お嬢様、だ、大丈夫でしょうか?」
 
「な、な何の事かしら? 別に怒ってないわよ? 私より成績の良い子が居た、それだけじゃない。 
 さぁてと、帰るわよあきほ。 お腹も空いてきたものね」
 
「ひっ! は、はい! 帰りましょう。 今日はいつもより一層美味しく作ります!!」
 
「そう、楽しみにしてるわね」
 
 

 ………福吉まどか。 
 こんな屈辱は初めてだわ! 絶対に許さない!
 高校生活が始まったら覚悟しておきなさい! 最後には絶対私が勝つんだから!!

 
 中学生卒業の日に覚えたこの憎い名前を忘れない様に小声でずっと呟きながら、私は家と帰った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...