Sugar

いち

　氷砂糖を1つ手にとって口に含む。じわじわと舌の上で甘さが溶けだしていく。口の中でころころと氷砂糖を転がせば、カラ、コロ、小気味いい音が鳴った。
　小さな事務所でひとり、窓から見える桜を横目に、鼻歌を歌いながらコーヒーを二人分用意して机の上に置くと、ソファに座る。
　(さて、もうすぐ来るかな)
　口の中に甘い余韻を残して、氷砂糖がその姿を消すと、ガチャリと事務所のドアが開いた。
　｢ようこそ、お待ちしておりました｣
　ドアの向こうから1人の少女。少女はブカブカの制服を着ていた。それはこの辺りの公立中学のものだ。
　｢あ、あの…予約とかしてないんでしけど…大丈夫ですか？｣
　｢もちろんです。お待ちしておりました、と言ったでしょう？愛梨あいり様｣
　｢なんで名前…｣
　｢ふふ、さて、どうしてでしょうね｣
　名乗ってもいないのに言い当てられた名前に戸惑いを隠せない少女は、一歩後ずさり、ドアを閉めようとするがそれは叶わなかった。
　｢おはよぉございマース！…と、あれ？お客さん？｣
　少女の後ろから現れた190cmの巨体に押され、少女は事務所の中に足を踏み入れた。
　｢まったく、昨日言っただろう？聞いてなかったのか、珠莉じゅり｣
　｢えー、そんなこと言ってましたっけ？｣
　｢君が遅刻するのも分かってたから、言っておいたのに。はあ…やはり他を雇った方が…｣
　｢あああ、いや、あの！思い出したっス！縁切り依頼の愛梨チャン、スよね！｣
　慌てて珠莉が取り繕うと、こほん、と咳払いをして少女、愛梨の手を取った。
　｢任せてくださいね！オレにかかればこれくらいすぐなんで！！｣
　どうやらこちらの機嫌を気にしているらしい。チラチラと視線を送ってくる。
　……この上なく鬱陶しいが。
　｢珠莉、彼女が困ってる。怒ってないから離しなさい。｣
　はい！なんていい返事をして愛梨の手を離す珠莉を横目に、改めて愛梨に声を掛ける。…頭が痛い。はあ、とため息を1つ零してしまった。
　｢…失礼しました、今日いらして頂いたのは縁切りのご依頼で間違いないですか？｣
　｢え、あ、はい…｣
　何が何だかと言った様子の愛梨の目を覗き込むと、彼女のヘーゼル色した瞳が揺らぐ。…なるほど。
　｢わかりました、珠莉｣
　｢はいっス｣
　先程まで愛梨の後ろにいた珠莉を近くに呼びよせ、一言、二言伝える。
　｢じゃ、任せたよ。いってらっしゃい｣
　｢行ってくるっス！愛梨チャン、待っててね！｣
　珠莉は愛梨にぱちんとひとつウインクを送ると、事務所を飛び出して行った。
　｢えっ、あの、｣
　わけも分からないまま、珠莉が出ていったドアと私を交互に見つめる愛梨に、ソファに座るよう促すと、戸惑いながらもソファに腰掛けた。
　｢さて、恐らく、今考えるのは、依頼内容も聞いていないのに何故珠莉が飛び出して行ったのか、かな。いや、それとも、報酬のこと…？｣
　出来るだけにこやかに。穏やかな声で話し掛ける。警戒されてしまえば信用を得るのは酷く難しい。
　｢ああ、そうだ、失礼、申し遅れました。ここに来たということは知っているかもしれませんが…。私、こういうものです｣
　そう言って、1枚の名刺を彼女に差し出した。
　｢こう…たちばな…？｣
　愛梨は難しそうな顔をしながら名刺を読み上げた。
　｢ああ、読みにくく、申し訳ありません…。私、皇すめらぎ 立花りつかと申します。｣
　やんわりと訂正すると、愛梨はすめらぎ…と復唱し、納得したようだ。
　｢さて、本題に入りますね｣