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第七章 散りゆく
従者と薬屋
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タンタンタン、足音が冷たく廊下に響く。来た時はまだ朝だったのに。もう日が暮れそうだ。真っ赤な夕陽がシュレアとハチの影を濃くうつしだす。
「あの、シュレアさん」
「なんでしょうか」
ハチの半歩前を歩き、前を向いたままシュレアは答える。
「シュレアさんは知ってるんですか?」
「今日のこと、ですか?リウ様からは、ハチさんに相談したいことがあるから、とだけ聞いております」
「そう、ですか…」
なんとなく、シュレアの口調がいつもよりも冷たく感じられ、落ち着かない。また無言で城内を歩く。聞こえるのは足音だけ。
しばらく歩いたところで、違う部屋に通された。薄暗い、小さな部屋。物置だろうか、色んなものがしまってある。
「あの、シュレアさん、ここは?」
てっきり城の出口へ案内されているのだと思っていたハチは、シュレアに問いかける。すると、シュレアは口を開いた。
「どうして、あなたなのでしょうか」
「え?」
ハチは1歩1歩距離を詰めてくるシュレアに恐怖を感じ、1歩1歩距離を取る。いつもの温厚な、リウの後ろで優しく笑ってくれているシュレアが…。表情は見えないが、今はなんとなく、恐ろしい雰囲気を纏っている。
そしてとうとう、部屋の壁にあたり、ハチは逃げ場を失った。そこにシュレアが詰め寄る。
「どうして、どうしてリウ様は私でなく、あなたに相談など…!!!」
ダンッと顔のすぐ真横の壁にシュレアの拳が叩きつけられた。ハチの心臓はバクバクと忙しなく動き始める。
「シュレアさん、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!!どうして、私には相談して頂けないのです!!!そんなに私は頼りないのですか!!!」
最早、ハチのことなど視界から消え去っているとでも言うかのように、嘆き散らすシュレア。ハチはその場から動けなかった。
「言いなさい、リウ様は何をあなたに相談したの?何を…っ言え…!言えよ!!!」
「シュレアさ、苦し…っ」
シュレアは敬語が崩れ、ハチの胸ぐらを掴み壁に押しつけた。睨みつける視線はそれだけで人を殺してしまえそうなくらい鋭かった。
圧迫感と酸欠で朦朧としかける意識の中でハチは必死で言葉を紡ぎ出す。
「姫様が、私を呼んだのは…っ、王妃の…ため、です…」
「ジルティア様の…?」
瞬間、シュレアの力が弱まり、突然流れ込んできた空気にむせる。目に涙を浮かべながら、思いついた嘘を悟られないように紡ぐ。
「ええ。薬の作り方を教えてほしいと…ですが、知識のない者が薬草を触ることはとても危険な行為。ですので、私が作って差し上げていたのです」
少しずつ正気を取り戻したのであろうシュレアが、だんだんと申し訳ないことをしたとでも言うような表情で青ざめていく。
「申し訳ありませんハチ様…そのようなこととは知らず、なんとお詫びすればいいか…」
これでもかというくらい頭を下げるシュレアに、何故かハチまで申し訳ない気持ちになってくる。しかしこれは、チャンスではないかとハチは考えた。リウの企みをここで話せば、止めてくれるかもしれない。そこまで考えたが、口に出すのはやめた。
シュレアの思考が読めない。何を考えているのか分からない。止めてくれるかもしれない。けれど、もし、その手助けをされてしまったら?リウ一人で行うのであれば、リウへの来客を聞いておけば、その中から事前に被害者を割り出すことはできる。家に帰れば解毒剤だって作ることが出来る。そうすれば、助けられるかもしれない。しかし、シュレアがその手助けをしてしまえば、その情報を手に入れることすら困難になるだろう。
ハチは悩んだ末、シュレアに事実を伝えることはやめることにした。その代わりに、とひとつ、問いかけることにした。
「あの、シュレアさん。この数日内に、リウ様が城へ来るように呼び出している方ってわかりますか?」
「何故そんなことを?」
「ああ、いえ。リウ様にその後薬を服用してどうだったのか伺いたくて、予定はどうかと思いまして」
よくもこんなにも嘘がつけるものだと、ハチは自分自身の言葉に驚いた。しかし、これは、人を死なせないため、リウに毒殺させないため。必要な嘘だとハチは自分に言い聞かせる。
「そうでしたか、確か明日と、明明後日は来客がありますので明後日でしたら…」
「そうですか、ありがとうございます。それではその日に伺わせてもらいますね」
にこりと笑って。それが嘘だと悟られてはいけない。嘘を本心にしなければ。
「しかし、リウ様もお忙しいんですね。貴族の方なんかが来られるんですか?」
「そういう日もありますね」
"そういう日も"ということは、明日、もしくは明後日の来客は貴族以外の人間の可能性が高い。
「私たちみたいな商人がリウ様とお話できることはなかなかない機会なんでしょうね…」
「そうですね…貴女方兄妹と、それから、果物屋、くらいでしょうか」
気のせいか、果物屋と口にしたとき、一瞬声が震えたように思えたが、一瞬のことだったため、分からない。
「果物屋、ですか?というと、ジェトーさんが?」
「ああいえ、いつもはそうなのですが、明日は娘のハナさんがいらっしゃるようで…」
その名を聞いてハチの中で話が繋がっていく。リウが毒殺しようとしている人物。貴族間でのトラブルかと思っていたが…そうではなさそうだ。ひとつ思い浮かんだ可能性。そこにほぼ確信を持っていた。
リウの想い人、ミヤの、恋人の噂。
数日前にナナがリウに伝えてしまったあの噂。あの後のリウの様子はおかしかった。心がここにない感じで悩み込んでいるようだった。
もしも、その噂が原因ならば、リウが毒殺しようとしているのは。
ハチは城から出ると、急いで果物屋へ向かった。
「あの、シュレアさん」
「なんでしょうか」
ハチの半歩前を歩き、前を向いたままシュレアは答える。
「シュレアさんは知ってるんですか?」
「今日のこと、ですか?リウ様からは、ハチさんに相談したいことがあるから、とだけ聞いております」
「そう、ですか…」
なんとなく、シュレアの口調がいつもよりも冷たく感じられ、落ち着かない。また無言で城内を歩く。聞こえるのは足音だけ。
しばらく歩いたところで、違う部屋に通された。薄暗い、小さな部屋。物置だろうか、色んなものがしまってある。
「あの、シュレアさん、ここは?」
てっきり城の出口へ案内されているのだと思っていたハチは、シュレアに問いかける。すると、シュレアは口を開いた。
「どうして、あなたなのでしょうか」
「え?」
ハチは1歩1歩距離を詰めてくるシュレアに恐怖を感じ、1歩1歩距離を取る。いつもの温厚な、リウの後ろで優しく笑ってくれているシュレアが…。表情は見えないが、今はなんとなく、恐ろしい雰囲気を纏っている。
そしてとうとう、部屋の壁にあたり、ハチは逃げ場を失った。そこにシュレアが詰め寄る。
「どうして、どうしてリウ様は私でなく、あなたに相談など…!!!」
ダンッと顔のすぐ真横の壁にシュレアの拳が叩きつけられた。ハチの心臓はバクバクと忙しなく動き始める。
「シュレアさん、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!!どうして、私には相談して頂けないのです!!!そんなに私は頼りないのですか!!!」
最早、ハチのことなど視界から消え去っているとでも言うかのように、嘆き散らすシュレア。ハチはその場から動けなかった。
「言いなさい、リウ様は何をあなたに相談したの?何を…っ言え…!言えよ!!!」
「シュレアさ、苦し…っ」
シュレアは敬語が崩れ、ハチの胸ぐらを掴み壁に押しつけた。睨みつける視線はそれだけで人を殺してしまえそうなくらい鋭かった。
圧迫感と酸欠で朦朧としかける意識の中でハチは必死で言葉を紡ぎ出す。
「姫様が、私を呼んだのは…っ、王妃の…ため、です…」
「ジルティア様の…?」
瞬間、シュレアの力が弱まり、突然流れ込んできた空気にむせる。目に涙を浮かべながら、思いついた嘘を悟られないように紡ぐ。
「ええ。薬の作り方を教えてほしいと…ですが、知識のない者が薬草を触ることはとても危険な行為。ですので、私が作って差し上げていたのです」
少しずつ正気を取り戻したのであろうシュレアが、だんだんと申し訳ないことをしたとでも言うような表情で青ざめていく。
「申し訳ありませんハチ様…そのようなこととは知らず、なんとお詫びすればいいか…」
これでもかというくらい頭を下げるシュレアに、何故かハチまで申し訳ない気持ちになってくる。しかしこれは、チャンスではないかとハチは考えた。リウの企みをここで話せば、止めてくれるかもしれない。そこまで考えたが、口に出すのはやめた。
シュレアの思考が読めない。何を考えているのか分からない。止めてくれるかもしれない。けれど、もし、その手助けをされてしまったら?リウ一人で行うのであれば、リウへの来客を聞いておけば、その中から事前に被害者を割り出すことはできる。家に帰れば解毒剤だって作ることが出来る。そうすれば、助けられるかもしれない。しかし、シュレアがその手助けをしてしまえば、その情報を手に入れることすら困難になるだろう。
ハチは悩んだ末、シュレアに事実を伝えることはやめることにした。その代わりに、とひとつ、問いかけることにした。
「あの、シュレアさん。この数日内に、リウ様が城へ来るように呼び出している方ってわかりますか?」
「何故そんなことを?」
「ああ、いえ。リウ様にその後薬を服用してどうだったのか伺いたくて、予定はどうかと思いまして」
よくもこんなにも嘘がつけるものだと、ハチは自分自身の言葉に驚いた。しかし、これは、人を死なせないため、リウに毒殺させないため。必要な嘘だとハチは自分に言い聞かせる。
「そうでしたか、確か明日と、明明後日は来客がありますので明後日でしたら…」
「そうですか、ありがとうございます。それではその日に伺わせてもらいますね」
にこりと笑って。それが嘘だと悟られてはいけない。嘘を本心にしなければ。
「しかし、リウ様もお忙しいんですね。貴族の方なんかが来られるんですか?」
「そういう日もありますね」
"そういう日も"ということは、明日、もしくは明後日の来客は貴族以外の人間の可能性が高い。
「私たちみたいな商人がリウ様とお話できることはなかなかない機会なんでしょうね…」
「そうですね…貴女方兄妹と、それから、果物屋、くらいでしょうか」
気のせいか、果物屋と口にしたとき、一瞬声が震えたように思えたが、一瞬のことだったため、分からない。
「果物屋、ですか?というと、ジェトーさんが?」
「ああいえ、いつもはそうなのですが、明日は娘のハナさんがいらっしゃるようで…」
その名を聞いてハチの中で話が繋がっていく。リウが毒殺しようとしている人物。貴族間でのトラブルかと思っていたが…そうではなさそうだ。ひとつ思い浮かんだ可能性。そこにほぼ確信を持っていた。
リウの想い人、ミヤの、恋人の噂。
数日前にナナがリウに伝えてしまったあの噂。あの後のリウの様子はおかしかった。心がここにない感じで悩み込んでいるようだった。
もしも、その噂が原因ならば、リウが毒殺しようとしているのは。
ハチは城から出ると、急いで果物屋へ向かった。
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