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第48話 落ちこぼれの二人

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ヴィゴーは目を閉じゆっくりと丁寧に詠唱を開始する。

透明さを帯びる純白の魔導書グリモワールを起点にヴィゴーの周りに白いマナの玉がぽつぽつと出現する。

次第にその数は増し、やがてヴィゴーの周囲を無数の光の玉が球状に囲った。

一つ一つの光が相当な破壊力を秘めた大魔法であることが窺える。

手のひらに意識を集中させると、液体で創られたような美しい輝きを放つ一本の剣が出現した。

「さあ来い」

『この身に宿りし憤怒の御霊よ 今こそ其の力を解放し 立ちはだかる全ての魂を灰燼と帰せ』

『インディグネイション!!』

ヴィゴーの合図と共に無数の光の玉が一斉に散開すると、燃え盛る炎の球体へと姿を変え四方八方から襲いかかってきた。

両手を広げると、背中に羽が生えたように背後に出現した無数の剣の束が翼を形作った。

剣を掴み真っ直ぐ振り下ろす。

その瞬間、無数の剣の束はそれぞれ炎の球体めがけて颯爽と突き進んだ。

虹色の剣は飛び回る小虫をはたき落とすように斬りかかり、一つずつ迅速かつ確実に破壊していく。

「な、何だとっ?!」

やがて衝突した全ての火の玉は水蒸気に変わり、虹色の雨となって周囲に降り注いだ。

剣を放るように目の前に離すと、背後に戻った虹色の剣の束はマナの粒子となり消えていった。

「終わりか?」
「バ、バカな。それはバトルメイジの領域のはずだ。どうして・・・」
「これで分かったろ。今の俺はもう追放されたあの時とは違うんだ」

ヴィゴーは歩み寄る俺から飛び退いた。

「そうやってまた上から見下ろして蔑むのか!」
「そんなつもりはない。お前の方がよっぽど凄いだろ。Sランクという階級に恵まれながら聖化しょうかまでさせる奴なんていないぞ」
「しらばっくれるな! 認めない。僕は絶対に認めない!!」

まだ抗おうっていうのか。

「どうしてそこまで頑なに・・・」
「そんなの、魔導書グリモワール以外に兄上よりも優れたものがなかったからに決まっているだろ!」

ヴィゴーの言葉に、一瞬頭が真っ白になった。

「何を言っているんだ・・・ 勉強も剣術も武術もお前の方がずっと成績良かったじゃないか」
「馬鹿にするな! 兄上は全て分かった上で手を抜いていた! 気付いていないとでも思ったのか?!」
「そ、それは・・・」

遠い日のヴィゴーの顔を思い出す。

無邪気に駆け寄る弟の笑顔。

この笑顔を悲しみに変えたくない。

そう思った。

「魔法学においては一度記憶したことは忘れない! 剣術も武術も大人の兵士では歯が立たない! 飛行艇や戦艦の運転までも専門家を凌駕する腕前! 何をやらせても一級品の兄上が僕よりも成績が悪いわけないなんてのはすぐに分かるんだよ!」
「ヴィゴー・・・」

昔から、やらされたことは何でもこなしてきたつもりだ。

そうすることでしか両親の気を引けなかったから。

「どうせ出来の悪い僕を見て陰で笑っていたんだろう?! いや、それどころか出来の悪さに絶望していたのかもしれないな」

違う。

どうしてそんなことを思えるんだ。

大切な弟を、どうして笑うことができるんだ。

「そんな時だ。ある朝、手に感じる温かい温もりで目を覚ました時、僕の手のひらに一冊の魔導書グリモワールが顕現していたんだ。これしかないと思ったよ。幸い、兄上にはまだ魔導書グリモワールの顕現はない。成人の儀により階級の判明はできなくとも、少なくとも父上には認めてもらえるだろうと」
「その予想は当たっていた。父上の態度は一変し、僕に注意を向けてくれるようになった。魔法が全てだと信じる父上は、ヴェルブレイズ家の血がこの代で途切れてしまうのを酷く恐れていた。成人の儀を待たずに魔導書グリモワールを顕現できた者は過去にいない。僕が魔導書グリモワールを顕現させたことは父上にとってこの上ない喜びだったに違いない」

確かに、ヴィゴーが魔導書グリモワールを顕現させるまでは父上の目は今よりも俺に向けられていたのは本当だし、ほんの少しだけ期待もされていた。

いつも言い聞かされていた。

魔導書グリモワールが顕現したらきっと素晴らしい魔導士になるはずだ、と。

でも、俺が気にかけられている間、魔法以外の身体的能力が平均だったヴィゴーは父上に見向きもされず、全く相手にしてもらえなかった。

そんな弟の悲しむ顔を見るのがとてつもなく嫌だった。

そんな父上の態度がたまらなく嫌だった。

「実際、習わしにより階級こそ未覚醒だったとはいえ、魔導書グリモワールが顕現したことで頭脳を含め僕の身体能力は劇的に向上した。それからは兄上にも肩を並べられるようになった。ユリウス様が監督して下さるようになり、僕の能力は更に飛躍的に伸びた。気分が良かったよ。認めてもらえるというのは」
「・・・・・・」
「同時に激しい怒りの感情が芽生えた。兄上ばかりがこんな贅沢な待遇を独り占めしていたのだと。それはやがて憎しみの感情へと変わり、兄上の言動全てが鼻につくようになった。そしてそれは今も変わらない。その顔を見ると腹が立って仕方がないよ」

こんなことを言えば、きっと言い訳に聞こえてしまうだろう。

本気を出さないことで自分に精神的な逃げ道を用意していたわけでも、一生懸命取り組む弟を嘲笑うつもりだったわけでもない。

ただ可愛い弟が喜ぶ顔を見たかったんだ。

難題を解いた時の達成感に満ちた笑顔。

剣術稽古で俺から初めて一本取った時の歓喜の叫び。

そんなお前の姿に元気をもらった。

俺もいつか魔導書グリモワールを顕現させて一人前の魔導士になれると。

そんな希望をくれるお前の姿を、ずっと見ていたいと思ったんだ。

魔導士として覚醒できたお前を心から尊敬したんだ。

でも、覚醒したことでヴィゴーの性格が歪んでいくことに、いつしか妬みにも似た嫌悪感を抱くようになり心から祝福できなくなっていた。

弟には魔導書グリモワールしかないのに。

他では全部俺の方が優れているのに、と。

結局、俺は与えていた分の見返りを求めていただけなんだ。

ヴェルブレイズ家に伝わる古くからの規律と名家の血筋が、俺とヴィゴーを歪めてしまった。

「ある意味、ヴェルブレイズ家に生まれてしまったことが僕たちにとって不運の始まりだったのかもしれないな。こうしている今も兄上が憎くてたまらない」
「・・・そうだな。追放された時、俺を殺そうとした時のお前の眼を今でもはっきり覚えている。正直、心臓を握り潰されたと思うくらい辛かったよ。次に会う時はこの手でヴィゴーを殺す。そう思っていた。こうして実際に会って話すまでは」
「何が言いたい」

滑稽だな。

こんなにも長い間すれ違っていたなんて。

「おかしな話だよな。あんなにお前が憎かったはずなのに、今は微塵もそんなこと思わないんだ」
「おめでたいな。それは兄上だけだ」

いつの日か本音で話してくれなくなったヴィゴーが、こうして心の内を吐き出してくれた。

俺も・・・

良かれと思ってしていたことが単なる傲慢だったこと。

そして無意識のうちに見返りを求めてしまっていた自分の弱さ。

ヴィゴーは今まさに、俺という存在に全力で向き合ってくれている。

それが凄く嬉しい。

真っ暗な場所に蝋燭を灯すように、心の底から温かい気持ちが芽生えるのを感じる。

小さくて頼りないけど力強い確かな灯。

取り戻せるかもしれない。

取り戻したい。

お互い笑い合い、怒り合い、本音で話し合ったあの日々を。

「僕を蝕むこの憎しみは、兄上がいなくならなければ解消されないだろう」
「俺は・・・ 取り戻したいと思っている。何でも話せたあの時を」
「フン。どこまでもおめでたい奴だ。不可能だ。修復などできないんだよ。一度壊れてしまったモノはな」

ヴィゴーは手を天に掲げ、魔導書グリモワールにマナを集中させていく。

「魔法は不可能を可能にするためにあるんだろ?」
「・・・これで終わりにする。本気で兄上を殺すために放つ。不可能を可能にするというのなら、これを乗り越えて見せろ」

ヴィゴーの頭上に現れた非常に高濃度なマナの集合体が炎のように滾り、空気を歪めていく。

「こうしてお前の本音を聞けたことは俺にとって何よりの幸運」

次第に左頬の『G』の刻印が熱を帯びていく。

「それくらいお前が大切な存在なんだってようやく気付くことができた。ありがとう。ヴィゴー」

心の奥底から湧き上がるマナを感じ取る。

今ならできるかもしれない。

マナの波長を完璧に合わせることが。

深く息を吸い込み、凪いだ精神世界に身を委ねるように静かに目を閉じた。
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