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第28話 不死身の女騎士
しおりを挟む甲板の先端部に十人ずつ配置された隊列がローテーションしながら障壁を破っていく。
平均して一列あたりおよそ十枚くらいの解除で交代している。
すでに十周は超えており、各隊に疲れが見え始めていた。
各隊の解除数も落ちてきている。
そんな姿を嘲笑うかのように、虹色の障壁が阻む視界は変わらず、一向に先が見えてこない。
「皆さん気を強く! 大丈夫! まだまだやれます!」
ビアンカの檄が響き渡る。
「ビアンカ凄すぎじゃない? 他の魔導士たちはもう何回も交代してるっていうのに、まだ一度も交代してない」
「だな。障壁解除にはマナの濃度と振動数の波長を合わせる必要がある。洗練された集中力と膨大なマナがなければ不可能だ」
見たところ彼女のマナ消費はようやく三分の一といった感じだ。
「もはや不死身とも思えるマナ保有量だな。どこからあんなにマナが湧き出てくるというんだ」
「当然ですぅ。ビアンカは『不死身の水簾』の異名がありますからねぇ~」
「サンサーラ?」
「輪廻を繰り返すがごとく湧き出るマナから畏敬を込めてそう呼ばれているのですぅ。彼女がその気になれば一人で千人は相手にできるのですぅ」
「すごいね。魔導士というより、もうほとんど兵器だよ」
フランに同意。
ウェンディといい、ビアンカといい、レギオン級のリーダーは恐ろしいな。
今は頼もしいことこの上ないが。
ただ問題なのは、そんなビアンカが解除に加わっていながら進展が見られないこの障壁の厚さだ。
さすがのビアンカの表情にも少し疲れが見えてきている。
「変わります!!」
マルコの掛け声と同時にビアンカは身を捩り後方へ退いた。
「・・・ふぅ。予想していたとはいえ、やはり一筋縄ではいきませんね。ハンナさん、マルコと他の魔導士の援護を頼みます」
「任せて!」
ハンナは隊列の後ろから、隊全体を包むように回復魔法と強化魔法を展開した。
「別々の魔法を同時に発動するなんて器用な事するなぁ」
「ふふ。ハンナさんはオンディーヌで一番魔法の使い方がしなやかですからね。その繊細さはとても真似できません」
ふとフランを見ると、何だか得意気に腕を組んでいた。
「ふふ! ハンナもなかなかやるじゃない」
「良い力加減ですがわたくしには一歩及ばないといったところかしら」
二人とも強がっているのがバレバレだって。
そもそも型が違うんだし変なところで対抗しなくても・・・
「よく言うわね。あんたの魔法は魔導書を剣に変えるだけの脳筋魔法じゃない」
「何ですって?! あなたこそバカの一つ覚えみたいに炎魔法しか使えないではありませんか!」
「うっさい! 私は好きで炎魔法を使ってるの! 炎は私にピッタリなの!」
「それを言うならレイピアだってエレガントなわたくしに相応しい最高の相棒ですわ!」
また始まった。
もう少し状況を考えて欲しいなぁ。
「ビアンカ。手応えはどうだ?」
「何とも言えませんが・・・ 計算上では全隊の魔導士が力尽きるまでにおよそ三日。そこから私とマルコが最後まで残り解除を続け、ハンナさんの補助も尽きるまでにおよそ二日。つまり、五日以内に何とかこじ開けないと詰み、となる可能性が高いでしょう」
五日、か。
ということは実質リミットはもっと短い。
三日と考えた方がいいな。
一般の魔導士たちは替えがきくからまだ何とかなる。
しかし、ビアンカ、ハンナ、マルコの代わりが務まる魔導士は見つける方が困難だ。
今後のことを考えると三人を失うのはあまりにも損失が大きい。
とはいえ進むしかないのも事実。
「最悪の場合、二日目の夜明けで突破できないようなら引き返すことも視野に入れています」
「引き返している途中で障壁に挟まれるんじゃないか?」
「幸い、障壁の修復には時間がかかります。進むことだけに集中できる分アトランティスの進みも早くなります」
「うーん。戻るのは避けた方がいいかもな。俺たちならともかく、回復した万全な隊を同じ数揃えるのに何日かかるか分からない。それに、障壁が修復されてしまうなら今回の任務が無駄になってしまう」
ノームズへの上陸は次に回せたとしても、ヘンリーの命と戦争は取り返しがつかない。
「俺たちには時間がない。戦争が始まってしまうかもしれないし、ヘンリーを救えないかもしれない。俺たちにとって最悪のシナリオは両方を達成できないことだ。だったらここでケリをつけるしかない」
「そうですね。私も同感です。指揮を取るリーダーとして撤退の策も提示しましたが、私としても今回で終わりにしたい。戦争もそうですが、何より仲間であるハンナさんの弟を救うために」
話しているうちに目の前で解除を続けていたマルコが膝をついた。
「くっ!!」
「マルコ!!」
ビアンカは咄嗟にマルコと変わり解除に当たる。
「はぁ・・・ はぁ・・・」
マルコの額から汗が滴り落ちる。
息をするのが精一杯といった様子だ。
肩で息をするマルコは、普段の彼からは想像もできないくらい辛そうだ。
「ね、ねぇ。まだ一日目が始まったばかりよね? それでこの疲労。本当に大丈夫なのかな・・・」
障壁を解除するビアンカとそれをサポートするハンナを注意深く見つめる。
ビアンカたちの解除は開始からずっと観察していた。
ビアンカの兵器じみたマナ保有量はさすがにどうしようもないけど、その原理と流し方は参考にできる。
それとハンナの回復魔法と強化魔法。
あれならイケるかも知れない。
「ヴィンセント?」
「なぁフラン。自動的に障壁が解除されれば楽だよな」
「へ? それはそうかも知れないけど。それが出来ないから一枚ずつ解除してるんでしょ?」
「俺の予想が正しければ、たぶんできる」
マルコの力ない笑い声が聞こえる。
「フハハ・・・ バカが。そんなことができるなら最初からやっている」
「今からでも全然遅くないだろ?」
「お前・・・ 本気で言っているのか」
「この状況で嘘を言う意味はあるのか?」
うつむくマルコを尻目に、視線をビアンカとハンナに戻す。
うん。
どう考えても効率が悪い。
「ちょっと行ってくる」
「へ?」
「旦那様?」
ビアンカの肩に手を置く。
「ヴィンセント様?! あまり近づくと危険ですよ」
「まぁそう言わずに。ちょっと俺と変わってくれないかな?」
さて。集中だ。
目の前に広がる美しい虹色に輝く障壁を前に、穏やかな気持ちのまま静かに目を閉じた。
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