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第19話 邂逅する意識
しおりを挟む辺りを見回しても何もない。
真っ暗な闇の中。
上も下も左右も分からない場所に体が浮いている感覚だけがはっきりとしていた。
何がどうなっているんだ。
森の中を歩いていたら『聖域』にたどり着いて。
ハンナ・・・
すごく辛そうにしてたな。
そうだ。
そこで星護教団に遭遇して。
ネフィリムと戦闘になったんだ。
いきなり襲いかかってきて。
それで・・・
あれ・・・?
そこからの記憶が全くない。
もしかして俺、負けたのか?
確かに最近ちょっと調子に乗っていた感があったもんな。
だって、俺が魔法を使う度にフランもローズも面白いくらい驚いた反応をしてくれるから。
はっきり言って気分が良かったですよ。ええ。
あんな可愛い子たちに持ち上げられたらそりゃあ天狗にもなるって。
はぁ・・・
悔やんでも悔やみきれない。
油断して命を落とすなんて最悪だ。
きっと、最底辺のポンコツ魔導士ごときがちょっと魔法を使えたくらいで有頂天になっていたから天罰が下ったんだな。
・・・どうせならもう少し男らしい死に方が良かったな。
戦う前にあんな啖呵切っておいてダサすぎだろ。
きっとフランのヤツも腹を抱えて笑ってるんだろうな。
所詮、弱者には死に様も選べないってことか。
『おいおい。勝手に死んでもらっちゃ困るんだがな』
「声・・・?」
一体どこから?
見渡しても周囲は真っ暗のままだ。
突然、目の前に小さな火の玉のような淡い光が灯った。
優しく揺らめくその姿は少し温かさを感じる。
「なんだこれ?」
炎に触れようとしたその時。
『おかしいな。未だ成熟していない。少し早かったか』
炎が喋った。
ああ、なるほど。
これが幽霊ってヤツか。
朗報だローズ。
幽霊はちゃんと存在したぞ。
君のように可憐でないのは残念だが。
『まったく。度を超えた鈍感というのも考えものだな』
「さっきから何を言っているんですか? ていうかそもそも誰ですか?」
『ガブリエルだよガブリエル。ほら伝説の大賢者の』
はい・・・?
『おーい。何だよそのアホ面は。質問してきたのはそっちだぞ』
「は? え? いや、だって・・・」
この未確認生物は何を言っているんだ?
待て。そもそも生物でもないだろ。
火の玉だし。
でも確かにこの炎のマナは普通じゃない。
その質も強度も大きさも、今まで感じた事のないものだ。
だとしても、いきなり大賢者ガブリエルと言われて鵜呑みにする間抜けなんてそうそういない。
しかも誰かさんと少し似てるし。
自分で大賢者とかいう辺りが特に。
「・・・・・・」
うん。
信用できない。
「あの。ふざけないでもらえます?」
『ひどいな?! 俺は至って大真面目さ! 正真正銘大賢者ガブリエルなんだって!』
「いやいや有り得ないでしょ。そんな火の玉みたいなナリして。幽霊じゃあるまいし」
『仕方がないだろ。今はまだこの姿が精一杯なんだよ』
「焦るところが余計に怪しいです。大体、いきなりそんなこと言われてすぐに信用する方がどうかしてますよ」
まぁ、真っ先に信じそうなヤツは一名思い当たるけど。
フランならきっと首がもげるくらい頭振って喜ぶに違いない。
『安心していい。すぐに信じれるようになるさ』
「じゃあ何か証拠を見せてください。証拠を」
『すまん。提示できる証拠はない』
「分かりました。それではお引き取り下さい。お疲れ様でした」
『冷たっ!! お前それでも火の国の王子か?!』
俺のことを知りもしない他人にそれを言われるのはなんか腹が立つ。
「俺はもうサラマンドの人間ではありませんよ。これ以上バカにするなら怒りますよ?」
『そういえばお前はサラマンドに追放されたんだったな。悪い悪い。そんなつもりはなかったんだ』
『しかしあれだな。お前を追放するとは現代のサラマンドの程度も知れてるな。少し残念だ』
国のことを言われるとそれはそれで少し不快になる。
なんか複雑な気分だ。
たとえ追放されたとしてもこの年までサラマンドで育ったんだ。
思い出の全部が嫌なものだったわけではない。
まあ、その大半の思い出は我が愛しの妹ヴィクトリアのものだけど。
くそ。
この人と話をしていると調子が狂うな。
「まあいいです。ガブリエル様はどうして出てきたんですか? 何が起きているんですか?」
『ガブリエル様なんて他人行儀で寂しいじゃないか。遠慮せずに大賢者を付けてくれていいんだぞ』
「さりげなく図々しいですね。呼びませんよ。一ミリも信用していないんですから」
気のせいか炎の揺らめきが小さくなった。
しばらく反応がない。
なんだよ。俺が悪いみたいじゃないか。
「あの、ガブリエル様?」
『大賢者ってつけてくれないと応えないも~ん』
子供かっ!!
「はいはい。分かりましたよ大賢者ガブリエル様。どうして俺の前に現れたのか教えていただけますか?」
『それはだな』
意味深な溜めに期待が膨らむ。
『俺にも分からない』
イラッ。
「分かりました。じゃあ、さっさと消えてください」
『ほ、本当に分からないんだって! 提示できる証拠はないが理由なら説明できる!』
「どういうことです?」
『今の俺はまだ完全ではないんだ。だから他者の目に映るように姿を保つので精一杯で他は何もできないんだ。これまでお前とこうして接触する事ができなかったのも、今の俺にはマナが足りないからなんだ。本当ならちゃんとした姿で挨拶するつもりだったんだよ。それが俺の予想よりも早く、こうして中途半端な接触になってしまったというわけさ』
炎の揺らめきが一際強くなる。
「どうして俺なんですか?」
『悪いがそれを説明するにはもう少し時間が要る。それに、こんな状態で説明してもお前は納得しないだろう?』
「まあそうですね。何ならまだ本物かどうか疑ってますし」
『・・・今はそれでもいいさ。ただ、一つだけ言えることがある。それは、お前は俺と同じ力を持っているということだ。いや、俺以上かもしれない」
「な、何を適当なことを! そうやって籠絡しようとしても無駄ですよ!」
マジすか!?
この火の玉の言うことが本当だとしたら、俺はあの大賢者ガブリエルと同じ伝説の魔導士?!
ほんとに?! 夢じゃないよな?!
『分かりやすいな・・・ 全部筒抜けだ。それはそうとお前、魔導書を持ってないだろ』
「は、はい」
『ははは! 安心しろ。薄々気付いていると思うが、魔導書がないからといってエレメントというわけではない。それに、本来魔法は魔導書を介す必要なんてないんだよ』
「そ、そうなんですか?!」
『そうさ。要は魔法なんてのは大気中のマナをかき集めて様々な形に変え放出するだけのものだ。なら、いちいち魔導書を通して発動する面倒な一手間なんて要らないと思わないか? そのまま発動した方が断然早いし強力だ。クッションを挟まないわけだからな』
いやいや。
それができないからみんな魔導書を持っているんだろ。
そもそも魔導書を持って生まれてくるのは自然の摂理であって、所持不所持を選べるわけがない。
この人の発想、完全に天才のそれだ。
かく言う俺も魔導書を使う感覚はさっぱりなんだけど・・・
「それにしてもまるで魔導書を使ったことがあるような言い方ですね」
『さすがご名答! 俺は元々魔導書を持っていたんだが魔法発動の手順があまりにも面倒だったもんでな。魔導書をマナレベルまで分解して自分の体内に流れるマナに溶け込ませ取り込むことで、意図的に魔法発動時に魔導書を挟むという工程をカットした』
言っていることがめちゃくちゃだ。
マナは自然現象なんだぞ?
そんなもの個人の意思でどうこうできる問題じゃない。
『お前、その目で見た魔法をそのまま使えるだろ』
「ど、どうして分かったんですか?!」
『わかるさ。俺も同じだったからな。魔法の習得なんて一度見りゃ十分。皆んな難しく考え過ぎなんだよ。魔法は大きく四タイプに分かれているなんて言われているが、俺に言わせればそんなもん全部一緒だ』
ほ、本物だ!
少し会話しただけでここまで見透かすなんてまさに大賢者の所業!!
「俺、感動しました!!」
『な、何だよ急に手のひら返して』
実を言うと、俺が魔法を使った時の皆んなの引いたような顔が少し嫌だった。
まるでこの世のものではないモノを見ているみたいな・・・
それが内心ショックだったんだ。
分かってくれる人がいるってこんなにも心地よいものなんだ。
「師匠と呼ばせてください!」
『人を幽霊扱いしていたヤツとは思えん変わりぶりだな・・・』
「あ、でも俺死んだんだった」
話に熱中し過ぎて肝心なこと忘れていた。
そうだ。
俺の人生は終わってしまったんだ。
死後に分かち合える人と出会うとは。
なんたる皮肉・・・
『安心しろ。お前は死んでいない。気を失っているだけだ。ここは言わばお前の精神世界のようなものだな』
「そうなんですか?」
『ああ。お前はこれまでに様々なマナや魔法を見て習得し使用してきた。繰り返し魔法を使うことで開拓された体内のマナ経路が刺激され、より強くなり、それがトリガーとなって俺との接触が早まったのだろう』
真っ暗な世界に段々と光が差してくる。
『おっと。どうやらここまでのようだ』
「そんな。もっと話を聞きたかった」
『大丈夫だ。きっと再開の日は近いさ。お前がその成長を止めなければな』
揺らめく炎が次第に薄くなり透き通っていく。
『あ、そうそう。肝心なこと言い忘れていた』
「何ですか?」
『その「G」のアザ、似合ってるぞ。我ながらなかなかのセンスだ』
「は、はぁっ?! それってどういう・・・?!」
俺の言葉から逃げるように炎は光の粒となって消えていった。
苛立たしい笑い声を残してーーー。
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