上 下
47 / 51

ルシャードの溺愛 ①

しおりを挟む
 ルシャードが苦手とするものに恋愛があった。
 恋愛など愚かで無意味な感情だと思っていたのだ。

 容姿の優れた第二王子は、男女問わずオメガだけではなくベータやアルファからも好意を寄せられ続けた結果、それに比例するかのように、心は冷めていくばかりだった。

 目に見えない物を信じない現実主義のルシャードは、ありもしない物を信じる馬鹿ばかりだと思っていた。

 十五歳を過ぎた頃には、すでにルシャードの恋愛嫌いは完成した。
 だから、結婚もしなければ、父親になることもないだろうと楽観していたのだった。

 ルシャードは子供という存在も苦手だった。

 二十五歳を過ぎると、周りも諦め始めた。
 オメガの茶会など、時間の無駄でしかなかったのだ。

 王子として閨教育も仕方なく受け、騎士団で娼館に行くこともあったが、生理現象でしかない。
 運動したら、汗をかくのと一緒だ。
 
 それなのに、マイネと出会い必然のように恋をして、父親にもなってしまった。





 ルシャードはマイネの寝顔をじっと眺めていた。
 番になると約束した日から、準備に忙しくあまり寝られなかったが、隣で眠るマイネから目を離せなかった。

 昨日、婚姻の儀を済ませた。
 婚姻の儀が行わなければ、番にもなれないしカスパーの父親にもなれないのだから、急ぐに越したことはない。

 ディアーク王と大神官の二人さえ揃えば、執り行うのは可能だった。

 ルシャードがマイネと番になると決めたのは、四年半前、マイネの寝顔を最初に見た時だ。
 それなのに、マイネは姿を消してしまい、夢の中でしかマイネに会うことができなかった。

 何度もマイネの夢を見た。
 目が覚めると、マイネがいない一人きりのベットに寂しさが溢れ、しばらく微動だにできない朝が続いた。

 しかし、マイネを発見したと一報が入ったのは、そんな朝だった。
 その日、ルシャードは、すべての予定を変更すると、アプトまで飛んだのだ。

 森の中でマイネを見つけ助け出したルシャードは、手で触れ、幻ではないことを確かめずにはいられなかった。
 そのまま、王宮に連れ帰らなかったのは、ある意味混乱していたからだ。
 冷静な判断ができていれば、マイネから再び離れることはできなかったはずだった。

 ルシャードは、寝入っているマイネの腹部の手術跡を指でなぞった。
 カスパーを出産した時の帝王切開の跡だ。

 マイネが出産したと聞いた時は驚いた。
 父親になっていたのだ。知らないうちに。

 まだ、父親になった実感はないが、カスパーを大切にしたいという気持ちは芽生えている。
 カスパーは、ルシャードによく似た容姿だ。

 実際、カスパーが獣人だったことと、黄金を受け継いだ容姿でなかったら、実子にすることはできなかったかもしれない。
 頭の硬い前王でもある父に「ルシャードの子だと証明できるのか」と横槍が入ったからだ。

 しかし、カスパーが王宮に到着すると前王は黙った。
 黄金の聖獣はルシャードただ一人しかいないからだ。
 
 マイネの瞼が震えたため、ルシャードは咄嗟に目を閉じ寝たふりをする。
 マイネが動く気配があり視線を感じた。

「惹かれ合う運命の番」
 マイネの囁き声がすると、ルシャードはマイネを胸の中に閉じ込めた。

「マイネは俺の運命の番だ」
 マイネの耳朶を甘噛みした。

 獣の耳を持つルシャードにとって、マイネの耳は丸くて小さくて可愛い。
 触りたいし、噛みたい。
  
「俺も同じこと考えてました。ルシャード様は運命の番なんじゃないかって。何があっても、結ばれる運命だったんです」

 可愛い。
 マイネの表情はわかりやすく嬉しさを表現する。

 ルシャードはマイネのうなじに触れた。
 そこには番のあかしとなる噛み跡がついている。

「跡ついてますか?」
「あぁ」
 ルシャードが印を指でなぞった。

「生涯、番はマイネだけだ。出会った頃から、ずっと好きだ」
 マイネの滑らかな頬を指先でゆっくりと触れる。

 ルシャードはマイネに出会うまで、人を好きになったことがなかった。
 初めての恋だ。

 その手を握りしめられた。
「俺もずっと好き。ルシャード様と番になれて本当に嬉しい」
 
「俺もだ」

 毛布の中で、ルシャードの長い尻尾が無意識にマイネの腰に巻きついた。
 マイネの額に唇を寄せる。

「マイネ。起きれそうか?そろそろ朝食の時間だが」

 無理をさせてしまった。

 上半身を起こしたマイネが腰を押さえた。
「うぅ……ちょっと、痛いかもしれません。でもカスパーが待ってるから」

「じゃあ、俺の部屋に食事を運んでもらって食べようか?カスパーも連れてきてもらおう」

 ルシャードとマイネの部屋は寝室で繋がっている。

「はい。お願いします」
 マイネが答えると、ルシャードが頷く。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱でちょっと不憫な第三王子が、寵愛を受けるはなし。 ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。 イラストを『しき』様(https://twitter.com/a20wa2fu12ji)に描いていただき、表紙にさせていただきました。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

Ω令息は、αの旦那様の溺愛をまだ知らない

仁茂田もに
BL
旧題:ローゼンシュタイン伯爵夫人の王太子妃教育~不仲な夫と職場が同じになりました~ オメガの地位が著しく低い国、シュテルンリヒト王国。 その王国貴族として密やかに生活するオメガ、ユーリス・ヨルク・ローゼンシュタインはある日、新しく王太子の婚約者となった平民出身のオメガ、アデル・ヴァイツェンの教育係に任命される。 王家からの勅命を断ることも出来ず、王宮に出仕することなったユーリスだが、不仲と噂されるユーリスの夫兼番のギルベルトも騎士として仕えることになっており――。 不仲であるとは思わない。けれど、好かれているとも思えない。 顔を会わせるのは三か月に一度の発情期のときだけ。 そんな夫とともにユーリスはアデルを取り巻く陰謀に巻き込まれていく。 愛情表現が下手くそすぎる不器用な攻め(α)×健気で一途なだけれど自己評価が低い受け(Ω)のふたりが、未来の王太子妃の教育係に任命されたことをきっかけに距離を縮めていくお話です。 R-18シーンには*がつきます。 本編全77話。 完結しました。 11月24日より番外編を投稿いたします。 第10回BL小説大賞にて奨励賞をいただきました。 投票してくださった方々、本当にありがとうございました!

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

処理中です...