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翌日。
約束の時間になると、第三王子の銀ノ宮を訪問した。
王宮の右奥に位置する銀ノ宮の正面は、花に囲まれた庭園が広がり、それを抜けるとアーチを描いた白亜の建造物が現れる。
王宮内には、王族の住まいとして、このような宮がいくつも存在する。
そこに獣人車を引くヨシカがすでに待機していた。
「ヨシカさんが護衛?」
マイネが声をかける。
「うん。俺だけじゃないんだけどね」
ヨシカの視線が戸惑いながら上を向いた。
他にもいるようだが姿はない。
玄関口で使用人に来訪を告げると、ほどなくしてティノを従えたオティリオが現れる。
ティノに「いってらっしゃいませ」と見送られ、オティリオの次に車内に乗り込んだ。
軽量の二人用の車内は、進行方向を向いたベンチシートがあり、屋根が開閉式になっていた。
獣型に変化したヨシカは、腕も足も数倍太く発達し、薄茶色の毛が全身を覆い、顔の周りのたてがみのみが長毛だった。
獣人車が動き出す。
ゆっくりと滑らかに進み、徐々にスピードが増した。
オティリオが早速、屋根を開けると風が入る。
上空を見上げたオティリオが驚愕の声を漏らした。
「あれ?聖獣じゃない?」
「どこ?」
マイネは思わず王子を押し除けるように立ち上がった。
ふらつくマイネをオティリオが支える。
オティリオの「危ないから座って」と言う忠告は聞こえないふりをした。
風がマイネに吹きつける。
聖獣を見たことがなかった。
どこだ。
眩しさに目を細めた瞬間、翼を広げた獣の姿をとらえた。
手のひらで太陽の光を遮ぎり、しっかりと目を開けて眺める。
聖獣は翼を羽ばたくような動きを見せ、ぐっと高度が下がった。
毛の色が金色なのがわかる。
金の聖獣はあの人しかいない。
あまりにも神々しい飛行に凝視してしまう。
青空の中に浮かぶ金色の聖獣は、星や月かのように凛々しく美しく輝いていた。
獣人車が右に曲がる。
翼が右に傾く。
聖獣はマイネ達を追っているかのようだった。
翼の音を聞いてみたくなった。
太陽の光に輝く金色の毛を触りたいと思ってしまった。
マイネの鼓動は徐々に高鳴り、手のひらにじわりと汗を感じた。
結局、店に到着するまで、マイネは聖獣の姿に夢中になっていた。
オティリオが不機嫌になっていることにも気づかず。
獣人車を降りたオティリオは、八つ当たりをするかのようにヨシカに問いただす。
「まさか兄上も護衛とか言わないよね?」
「そのまさかだと聞いています」
ヨシカは、なんとも言いがたい表情を作った。
オティリオが不思議そうな顔で考え込んだのは一瞬で、マイネの背中を押して「入ろう」と言って店内に促す。
馴染みの店らしく、案内された席に店主と菓子職人が挨拶に来た。
果肉が入った冷たい茶も美味しくて、マイネは笑顔になる。
オティリオは紅茶のカップを持ち上げながら言った。
「兄上が護衛とかありえないから」
「そうなんですか?」
フカフカのスポンジと生クリームが添えられたシンプルなデザートを、マイネは堪能する。
「もう帰ったんじゃないかな」
「そうかもしれませんね」
店に着く直前、ルシャードの姿を見失ってしまった。
引き返した可能性もある。
「聖獣って、本当に飛べるんですね。驚きました」
「僕は小さい頃から見慣れてるから、飛んでることに驚くことはないけど。でもルシャード兄上の黄金の聖獣は確かに綺麗だと思うよ。近寄り難いぐらいにね」
「そうですね。ルシャード殿下と話す時は、今でも緊張します」
マイネは剣術大会でルシャードに抱き寄せられた時の体温を反芻した。
なぜか、何度も思い出してしまう。
「こっちも美味しいよ?食べる?」
オティリオが注文したのは、果物とカスタードクリームが挟まったシュークリームだった。
オティリオが不意にフォークをマイネに向けて、食べさせようとする。
「もう、からかわないで下さい」
マイネは笑った。
「だって、あまりにも美味しそうに食べるからさ。気に入ってくれた?」
「はい。ありがとうございます」
「次はどこに行く?何かほしい物があればプレゼントするよ。宝石店にでも行く?」
さすが王子。
誰にでも言っているのだろう。
「結構です。欲しい物があれば、自分で購入できます。寄宿舎が殺風景なので、何か飾りたいんですが、あまり高価じゃない店はありますか?」
「花瓶を買ったらどうだ?そしたら僕の庭園の花をあげるよ。ピレネー広場で陶器市がやってるらしいから、行ってみる?」
マイネが「はい」と頷き、食べ終わって店を出ると、待機していたヨシカと合流した。
獣人車の通行止めをしていたため、ヨシカに護衛されながら歩いてピレネー広場に向かうことになった。
広場の入り口に差し掛かると人が溢れ、活気に湧いている。
王立博物館の前に広がるピレネー広場は、王都の中心的場所だ。
その広場にカラフルな簡易式の出店が立ち並び、売り物の陶器が所狭しと飾られている様は壮観だった。
陽気な音楽が、どこからか流れてきた。
約束の時間になると、第三王子の銀ノ宮を訪問した。
王宮の右奥に位置する銀ノ宮の正面は、花に囲まれた庭園が広がり、それを抜けるとアーチを描いた白亜の建造物が現れる。
王宮内には、王族の住まいとして、このような宮がいくつも存在する。
そこに獣人車を引くヨシカがすでに待機していた。
「ヨシカさんが護衛?」
マイネが声をかける。
「うん。俺だけじゃないんだけどね」
ヨシカの視線が戸惑いながら上を向いた。
他にもいるようだが姿はない。
玄関口で使用人に来訪を告げると、ほどなくしてティノを従えたオティリオが現れる。
ティノに「いってらっしゃいませ」と見送られ、オティリオの次に車内に乗り込んだ。
軽量の二人用の車内は、進行方向を向いたベンチシートがあり、屋根が開閉式になっていた。
獣型に変化したヨシカは、腕も足も数倍太く発達し、薄茶色の毛が全身を覆い、顔の周りのたてがみのみが長毛だった。
獣人車が動き出す。
ゆっくりと滑らかに進み、徐々にスピードが増した。
オティリオが早速、屋根を開けると風が入る。
上空を見上げたオティリオが驚愕の声を漏らした。
「あれ?聖獣じゃない?」
「どこ?」
マイネは思わず王子を押し除けるように立ち上がった。
ふらつくマイネをオティリオが支える。
オティリオの「危ないから座って」と言う忠告は聞こえないふりをした。
風がマイネに吹きつける。
聖獣を見たことがなかった。
どこだ。
眩しさに目を細めた瞬間、翼を広げた獣の姿をとらえた。
手のひらで太陽の光を遮ぎり、しっかりと目を開けて眺める。
聖獣は翼を羽ばたくような動きを見せ、ぐっと高度が下がった。
毛の色が金色なのがわかる。
金の聖獣はあの人しかいない。
あまりにも神々しい飛行に凝視してしまう。
青空の中に浮かぶ金色の聖獣は、星や月かのように凛々しく美しく輝いていた。
獣人車が右に曲がる。
翼が右に傾く。
聖獣はマイネ達を追っているかのようだった。
翼の音を聞いてみたくなった。
太陽の光に輝く金色の毛を触りたいと思ってしまった。
マイネの鼓動は徐々に高鳴り、手のひらにじわりと汗を感じた。
結局、店に到着するまで、マイネは聖獣の姿に夢中になっていた。
オティリオが不機嫌になっていることにも気づかず。
獣人車を降りたオティリオは、八つ当たりをするかのようにヨシカに問いただす。
「まさか兄上も護衛とか言わないよね?」
「そのまさかだと聞いています」
ヨシカは、なんとも言いがたい表情を作った。
オティリオが不思議そうな顔で考え込んだのは一瞬で、マイネの背中を押して「入ろう」と言って店内に促す。
馴染みの店らしく、案内された席に店主と菓子職人が挨拶に来た。
果肉が入った冷たい茶も美味しくて、マイネは笑顔になる。
オティリオは紅茶のカップを持ち上げながら言った。
「兄上が護衛とかありえないから」
「そうなんですか?」
フカフカのスポンジと生クリームが添えられたシンプルなデザートを、マイネは堪能する。
「もう帰ったんじゃないかな」
「そうかもしれませんね」
店に着く直前、ルシャードの姿を見失ってしまった。
引き返した可能性もある。
「聖獣って、本当に飛べるんですね。驚きました」
「僕は小さい頃から見慣れてるから、飛んでることに驚くことはないけど。でもルシャード兄上の黄金の聖獣は確かに綺麗だと思うよ。近寄り難いぐらいにね」
「そうですね。ルシャード殿下と話す時は、今でも緊張します」
マイネは剣術大会でルシャードに抱き寄せられた時の体温を反芻した。
なぜか、何度も思い出してしまう。
「こっちも美味しいよ?食べる?」
オティリオが注文したのは、果物とカスタードクリームが挟まったシュークリームだった。
オティリオが不意にフォークをマイネに向けて、食べさせようとする。
「もう、からかわないで下さい」
マイネは笑った。
「だって、あまりにも美味しそうに食べるからさ。気に入ってくれた?」
「はい。ありがとうございます」
「次はどこに行く?何かほしい物があればプレゼントするよ。宝石店にでも行く?」
さすが王子。
誰にでも言っているのだろう。
「結構です。欲しい物があれば、自分で購入できます。寄宿舎が殺風景なので、何か飾りたいんですが、あまり高価じゃない店はありますか?」
「花瓶を買ったらどうだ?そしたら僕の庭園の花をあげるよ。ピレネー広場で陶器市がやってるらしいから、行ってみる?」
マイネが「はい」と頷き、食べ終わって店を出ると、待機していたヨシカと合流した。
獣人車の通行止めをしていたため、ヨシカに護衛されながら歩いてピレネー広場に向かうことになった。
広場の入り口に差し掛かると人が溢れ、活気に湧いている。
王立博物館の前に広がるピレネー広場は、王都の中心的場所だ。
その広場にカラフルな簡易式の出店が立ち並び、売り物の陶器が所狭しと飾られている様は壮観だった。
陽気な音楽が、どこからか流れてきた。
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