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不機嫌そうにルシャードは一瞬、顔を歪ませたが「今、行く」と返し、小さく息を吐いた。
「腕はなんともないからな」
ルシャードはそう呟くと、マイネを残しテラスを出ていく。
もう一度、笑顔が見られないだろうかと期待しながら、夜会の会場に戻ったルシャードを目で追った。
テラスは暗くてわからなかったが、白地に金の刺繍が襟元にほどこされた豪奢な服は、ルシャードの容姿を引き立てていた。
入れ替わりにハンがテラスに出て来て、マイネに言った。
「楽しんでる?」
マイネが素直に「ちょっと緊張してます」と告げると、ハンは肩をすくめて「わかるよ」と答えた。
「鹿獣人の女性と話をされてましたよね。あの女性はどなたですか?」
「宰相のミラ様だよ。政務宮の役職でトップの位置にいる方だよ。ルシャード殿下と親しい方だから、これから先、マイネも話をする機会があるかもね」
名前だけはマイネも知っていた。
ハンがマイネの様子を伺う。
「マイネは事務官になってから一ヶ月が経つけど、どう?王宮には慣れた?」
「はい。まだわからないことばかりですけど」
「無理しなくていいからね。体調が悪い時は、休んでいいよ」
「ありがとうございます。俺、丈夫なだけが取り柄なんです」
マイネは笑った。
気にかけてくれるハンに感謝する。
「そろそろ、広場に戻ろうか。体が冷えそうだ」
ハンに誘われて、煌々と明るい室内にマイネは再び戻った。
無意識にルシャードの姿を探してしまう。
五日後。
食堂で昼食を済ませたマイネが、ハンと並んで歩いていると、オティリオが駆け寄ってきた。
「マイネ!どうして図書室に来なくなったの?」
剣術大会が終わってからの五日間、マイネは一度も図書室に行ってなかった。
「ルシャード殿下から本を借りてるから、図書室に行く必要がなくなったんです」
執務室の本棚は騎士団の本だけでなく、今では歴史や礼儀に関する本も並んでいる。
事務官に必要とされる知識ばかりだ。
「僕、待ってたんだよ。話があるから、これから執務室行ってもいい?」
ハンが「どうぞ」と答え、執務室に戻ると、前室にオティリオを通した。
紅茶を用意してソファーに座る。
「マイネは休日は何してるの?王都に出たりしてる?」
楽しげにオティリオが問いかける。
「いいえ。オティリオ殿下は王都によく行かれるんですか?」
「二ヶ月に一度、視察に行ってるよ。美味しいケーキの店があるんだよ。食べたくない?」
「……食べたいです」
「決まりだ。明日は休みだよね。連れて行ってあげるよ」
言葉がでないマイネの代わりにハンが言った。
「オティリオ殿下は休日のマイネを友人として誘っているのですか?」
オティリオは目を細めて笑う。
「そうだよ。マイネと行きたいの」
マイネとハンは顔を見合わせた。
オティリオはマイネの返事を待っている。
どうせ寄宿舎の一人部屋で寝て過ごすだけだ。
「私でよければ」
マイネは承諾した。
オティリオが「やった」と言う小さな声が聞こえる。
手のひらで額を隠し、俯くハンは嘆息した。
「では、明日、近衛の護衛を手配します」
「小さい頃から姉上と一緒に行ったりした店でね。きっとマイネも気にいるよ」
オティリオの姉上とは十年前まで存命だったエリーゼのことだろう。
国境の視察中に川の氾濫により二十二歳の若さで命を落とした王女だ。
「エリーゼ殿下も甘いものがお好きでしたね」とハンが言った。
「うん。きっと姉上がいたら、マイネと気が合っただろうね」
オティリオは寂しそうに笑った。
「腕はなんともないからな」
ルシャードはそう呟くと、マイネを残しテラスを出ていく。
もう一度、笑顔が見られないだろうかと期待しながら、夜会の会場に戻ったルシャードを目で追った。
テラスは暗くてわからなかったが、白地に金の刺繍が襟元にほどこされた豪奢な服は、ルシャードの容姿を引き立てていた。
入れ替わりにハンがテラスに出て来て、マイネに言った。
「楽しんでる?」
マイネが素直に「ちょっと緊張してます」と告げると、ハンは肩をすくめて「わかるよ」と答えた。
「鹿獣人の女性と話をされてましたよね。あの女性はどなたですか?」
「宰相のミラ様だよ。政務宮の役職でトップの位置にいる方だよ。ルシャード殿下と親しい方だから、これから先、マイネも話をする機会があるかもね」
名前だけはマイネも知っていた。
ハンがマイネの様子を伺う。
「マイネは事務官になってから一ヶ月が経つけど、どう?王宮には慣れた?」
「はい。まだわからないことばかりですけど」
「無理しなくていいからね。体調が悪い時は、休んでいいよ」
「ありがとうございます。俺、丈夫なだけが取り柄なんです」
マイネは笑った。
気にかけてくれるハンに感謝する。
「そろそろ、広場に戻ろうか。体が冷えそうだ」
ハンに誘われて、煌々と明るい室内にマイネは再び戻った。
無意識にルシャードの姿を探してしまう。
五日後。
食堂で昼食を済ませたマイネが、ハンと並んで歩いていると、オティリオが駆け寄ってきた。
「マイネ!どうして図書室に来なくなったの?」
剣術大会が終わってからの五日間、マイネは一度も図書室に行ってなかった。
「ルシャード殿下から本を借りてるから、図書室に行く必要がなくなったんです」
執務室の本棚は騎士団の本だけでなく、今では歴史や礼儀に関する本も並んでいる。
事務官に必要とされる知識ばかりだ。
「僕、待ってたんだよ。話があるから、これから執務室行ってもいい?」
ハンが「どうぞ」と答え、執務室に戻ると、前室にオティリオを通した。
紅茶を用意してソファーに座る。
「マイネは休日は何してるの?王都に出たりしてる?」
楽しげにオティリオが問いかける。
「いいえ。オティリオ殿下は王都によく行かれるんですか?」
「二ヶ月に一度、視察に行ってるよ。美味しいケーキの店があるんだよ。食べたくない?」
「……食べたいです」
「決まりだ。明日は休みだよね。連れて行ってあげるよ」
言葉がでないマイネの代わりにハンが言った。
「オティリオ殿下は休日のマイネを友人として誘っているのですか?」
オティリオは目を細めて笑う。
「そうだよ。マイネと行きたいの」
マイネとハンは顔を見合わせた。
オティリオはマイネの返事を待っている。
どうせ寄宿舎の一人部屋で寝て過ごすだけだ。
「私でよければ」
マイネは承諾した。
オティリオが「やった」と言う小さな声が聞こえる。
手のひらで額を隠し、俯くハンは嘆息した。
「では、明日、近衛の護衛を手配します」
「小さい頃から姉上と一緒に行ったりした店でね。きっとマイネも気にいるよ」
オティリオの姉上とは十年前まで存命だったエリーゼのことだろう。
国境の視察中に川の氾濫により二十二歳の若さで命を落とした王女だ。
「エリーゼ殿下も甘いものがお好きでしたね」とハンが言った。
「うん。きっと姉上がいたら、マイネと気が合っただろうね」
オティリオは寂しそうに笑った。
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