Nodding anemone

不思議ちゃん

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四十九輪目

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 気が付けば俺は病院のベッドにいた。
 ここに至るまでずっと起きていたから経緯は分かるのだが、少し衝撃の大きなことがあって現実として受け入れられていない。

「…………」

 だがいつまでもそうしているわけにはいかないため、ベッドに横たえていた上体を起こし。
 自分のペースを取り戻そうと果物籠からバナナを一つもぎり、皮を剥いて一口。

 ……………………うまっ。

 食べ慣れない美味さに衝撃を受けながらも、先ほどよりは少し落ち着いたと思う。
 なので一先ず、現在の状況から目を逸らすのを止めようかなと。

 一番グレードの高い(と思われる)病院の個室がホテルのスイートルームばりに豪華な件について。

 いや、ホテルのスイートルームとか泊まったことないので、テレビで見た印象のままだ。
 二部屋、三部屋とあるわけじゃなく、一室なのだが無駄に広すぎる。
 リビングに置いてあるようなテーブルやイスとか必要ないでしょ。

 窓際にはフカフカなイスもあった。
 ……あれが一番要らないと思う。 

 過去、高校生くらいの時に一泊だけ入院した事があるけど、その時はベッドの上で食べた記憶がある。
 四人部屋だったから他にも入院患者がいて、カーテンで仕切られている感じだ。
 たかだか一泊なので、あれはあれで十分満足できるものである。

 他にはでかいテレビがベッドの正面にあり、さらにはネット環境まで整っている。
 それは正直なところ有り難いが、何故ここまで良い待遇なのだろう。
 少し免疫が落ちたことによる発熱なだけで、それもほぼ下がっている。

 今更だが、バナナとか勝手に食べてよかったのだろうか。
 置いてあるからたぶん大丈夫だと思うのだが、後で請求されるのかな?

「失礼するよ。気分はいかがかな?」

 ドアがノックされたので返事をすれば、なんともまあ綺麗な女医さんが入ってくる。

「まあ、元気です。広すぎてちょっと落ち着かないですけど」
「話に聞いていた通りではあるが、珍しい事を言うもんだね」

 何を言ってるのかよく分からないが、なんとなく頷いておく。
 体温計を渡されたので受け取り、脇に挟みつつ質問するため口を開く。

「このテレビでライブの有料配信を見ることって出来ますか?」
「ああ、出来るよ。時間までには見れるようやっておくよ」
「ありがとうございます」

 現地参戦できないのは残念だが、リアルタイムで見れるだけマシだと思おう。
 性能がいいのか短時間で計り終えたので抜いて見れば、37℃前半と殆ど治ったもんである。

「37.3℃か。検査もあるから退院は早くて明日の午後……いや、明後日だな。本来なら体調を崩した時点で来てもらいたいものだが」
「ただの発熱ですし、そこまでしなくても」
「ただの発熱でも、だよ。……君に常識が無いのは知っていたが、ここまでとは」

 どストレートに酷い言われようである。
 二十歳を超えたいい大人であるため、そこそこ常識はあるつもりである。

「高熱によって種無しになるってのは、男にとって致命的だと思うのだが」
「あー…………聞いたことありますけど、それってなる時はなりますし、ならない時はならないもんですよね」
「それを言われると、こちらとしてはおしまいだ」

 ははは、と困ったように笑う女医さんの言う通りであった。
 常識があるのは変わる前の世界のことで、今の世の中についてはもしかしたら小学生よりも知識がない。

 少しずつ理解していってるが、実際に体験しながらなのでなんともいえない。
 それに加えて男女比率や常識が多少違うだけなので、普通に過ごしているとよく忘れるのだ。

 今でもふとした時に推しと同居している事実を改めて認識し、この世界になった事を感謝してる。

 何故、こうなったのか。
 また、ふとした時に戻るのか。
 たまにそれらを考えることもあるけれど、そうなったらまたその時に考えよう。

「熱が下がったからといっても、まだ完全に治っていないのだから大人しく寝ているように。何かあったり物が欲しい時はそのボタンを押せば誰かが来るから」
「分かりました」

 女医さんが出て行って一人となり、暇になってしまう。
 そういえばスマホ……は、よく見たら果物籠の隣に置いてあった。

 あるならいいか。と、そのまま置いておき、また横になる。
 先ほどは気付かなかったがこのベッド、すごく良いものなのではないだろうか。

 夏月さんと一緒に寝ているベッドも良いものなのだが、また違った良さというか。
 庶民なので言語化は難しいが、この包まれるような安心感は良い……。

 目を閉じると、どこまでも沈んでいくような感覚がした。
 それに抗うことなく身を任せれば、夢の世界へと旅立っていた。
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