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外伝
【外伝】龍と宝石と毒6
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「流石に疲れたっすね」
日が暮れる前に小休止ということで、ノアは背嚢から食料の入った包みを取り出した。とくに味気のない堅いパンとチーズ。そして燻製肉が入っている。
「俺が袋を解くと毒が移るかもなんでこのままでサーセン」
「毒の鎧は生きているものに触らなければ発動しないから平気よ」
「マジっすか! 俺ずっとビビりながら動いてたっす」
ふたりは手近な岩に腰を下ろし、黙々と食べた。ノアの持つ背嚢には水筒もあるが、今はふたりとも自前の水袋に口をつけている。中身はぶどう酒が入っている。すぐ近くに透き通った沢の水があるが、すでに瘴気の影響を受けていると思うべきだろう。
「とにかく毒の強い場所に向かっていくわ。そこに何かがあるはずよ」
「宝石もたくさんあるんすよね。見つけたらひとつくらい土産に持って帰ってもいいっすよね?」
「いいわよ。ただ、よほどいい原石じゃないと重たくて大変よ。わたしたちが持って帰ってきたサファイア。あれは大きくカットしてあれだけど、実際には人間の頭くらいあったんだから」
「小さいのでかまわないっす。記念的な感じのアレなんで」
ノアは堅いパンをひと噛みするとナイフで小さくチーズを削って食べ、その後に燻製肉も小さくちぎって口の中に放り込み、三種同時に咀嚼している。
「そのいろいろ口に入れて食べるの。メテオの食べ方そっくりだわ」
「むぐむぐ……ハム師匠がたまにこうやって食べていたんすよ。やってみると別々に食べるよりなんつーか勢いがつくっす」
「ハムスターみたい」
仲間の魔術師、メテオが口いっぱいに食べ物を頬張って食べる姿を思い出し、思わず笑みが漏れる。
アーティアはパンならパンを食べてからチーズや燻製肉をそれぞれ単体で食べる。小さく分けて、大きな口を開けないように静かに食べる習慣がついている。
「急いでいたから簡単なものしか持ってこなかったけど、三日間なら十分ね」
「姐さんのやることに口出しするつもりはないんすけど――」
もっと聞きにくいことをあれこれ聞いておきながら、いまさらやや申し訳無さそうにノアが質問した。
「どうして三日間限定なんすか? コランティーヌ姐さんは半年もしないで街が毒に飲まれるっていってたっすけど、その上でも三日間で解決は急ぎ過ぎに思えたんす」
(ハムはいい若手を育てたわね)
信じるところは無駄口を叩かずについてきて、落ち着いてから疑問を口にする。しっかり情報の前後も記憶している。言動こそ神官向きではないが、身柄が空いていれば商業神殿の神官戦士として迎えたいほどだ。
「カンよ――といってもかなりいい線だったと思うわ」
右腕のバングルをノアに見せる。色は完熟の山ぶどうの皮ほども濃く、紫というよのも黒に近い。
「《解毒/キュアーポイズン》」
解毒の魔法をバングルに使うと、またたく間に銀色の鮮やかな色が戻った。
「これ。出発からもう三回使って、吸い取った毒を浄化しているの」
毒の影響下に突入してからここまで、おおよそ六~七時間は経っただろう。
「少なくとも三時間。ここから先は二時間に一回は《解毒/キュアーポイズン》が必要になる。つまりどういうことかわかる?」
「……寝ることができないってことっすか?」
「そう。仮眠くらいは取れるだろうけど、ゆっくり眠ることはできない。ということは――」
「魔法に必要な精神力を回復できないってことっすね……」
「あなた。魔法使いでもないのに鋭いのね。当たり」
アーティアの白い腕にある銀のバングルは、すでにうっすらと曇ってきたかに見えた。
「できればじっくり行きたいのは山々なんだけど、さすがのわたしも山道は二徹が限界だと思うの。無補給のまま魔法で精神力削りながらだと、厳しいのよね」
「……アーティア姐さん」
自分がアーティアを背負っていく――ダメだ。毒の鎧がアーティアを蝕む。
毒の鎧をアーティアに貸して――ダメだ。見た目からサイズがもう合わない。ハムから借りたこの鎧は、ノアには着れてもアーティアの身体には合わない。
「すんません……俺、なんにも役立てないっす」
「山道の案内で十分役立っているし、今こうして話し相手にもなってくれているわよ」
「……姐さん!!」
「な、何よ。突然大声出して」
「三時間は平気なんすよね!? その腕輪が黒くなる前に起きればいいんすよね!?」
「そ、そうよ」
「じゃあ、俺がしっかり見張っておくんで、せめて仮眠取ってくださいっす! 何かあったらすぐ起こすっす!!」
(本当にいい子ね)
この先からどんどん毒が濃くなっていけば、バングルの吸毒も三時間ではなく二時間、一時間と短くなるかもしれない。ここが休み所かもしれないとは思っていたところだった。
「寝ている姿を男にじろじろ見られながら寝ろっていうの?」
「オッス! すみません、我慢してほしいっす!!」
少し困らせてやろうと思ったアーティアの言葉は真正面から迎え討たれた。
「……冗談よ、冒険の最中じゃそんなこと気にしたこともないわ。お言葉に甘えさせてもうわ」
「これ、使ってくださいっす。俺のぶんの毛布を敷布にすればちょっとは快適になると思うっす」
季節は寒いというほどではないが、なにぶん川が近くにある山の中だ。そのままでは寒い。横になろうとしたアーティアの近くに甲斐甲斐しく自分の毛布を敷いた。
「……気がつきすぎて怖いくらい。寝ている間もバングルが見えるようにしておくから」
「あざっす――《光明/ライト》」
ノアは指輪を振り、そこに込められた魔法を発動した。魔術師ならば自力で使えるが、これは一般人でもごく初歩の魔法が合言葉だけで使えるようにした魔法の品物だ。
ウォルスタ自警団の上位団員であれば、この《光明/ライト》と《魔力付与/エンチャントウエポン》の指輪がが支給されている。ただし精神力は魔法使いのように熟練によって軽減することができず、発動すればそれなりに疲れる。
太陽が急速に沈み始め、あたりは闇に包まれていく。
ノアは光り輝く指輪をタオルで包み、光量を和らげてそばに眠るアーティアが眩しくないよう置いた。
(ハム師匠とザンジバル王の戦い。国王レオンの仕事で大司教アーティア姐さんと古代龍カトラの背に乗って、毒が渦巻く渓流を征く…… うはっ、めっちゃアガるっすね!!)
物怖じしない男ではあるが、ノアはここ最近までで起こったことを振り返り武者震いを感じていた。
(ウォルスタに突っ込んでくる魔物を退治するのも好きっすけど、ハム師匠やアーティア姐さん――『流れ星』の皆さんと絡んだだけでこんなことあるっすか? 凄くないっすか? こんなおとぎ話の中みたいな体験できるなんて夢みたいっす)
ノアの両親はまだノアが小さい頃にユルセール王国に移住してきた。そして魔物があふれかえるといわれる自治区にできたばかりの街があり、そこは税金が安く、しかも活気に満ちた街であるということで居を移した。
幼いノアは狩人と山野草の採取で生計を立てていた父の技を覚え、そのうち独学で槍や剣での戦い方を覚えていった。数年前にウォルスタ自警団に入ると、戦士としての力量もみるみると上がっていき、ハムを除いた中では五本の指に入るほどの実力者となった。
才能もあったのだろうが、ノアは物怖じをせずに新しいこと。面白そうなことに向かっていくことが何より大好きだった。
子供の頃は父のような狩猟の方法を始め、生活するための技術を楽しく身に着け、青年期からは戦士としての技術に磨きをかけた。それらはすべて、ノアの興味の赴く先であった。
(俺は本当に運がいいっす。興味があればそれをやってみろっていってくれる大人がいてくれたから、こんなに大それたことにも挑戦させてもらえてるっす)
アーティアの静かな寝息を聞きながらバングルの色を確認する。まだ変化はないように見える。静かに、ゆっくりと吸毒の影響は現れるようなのでこまめに確認しなくてはと気を引き締めた。
(アーティア姐さんも流石っすよ。ハム師匠の強さは底が知れないけど、姐さんもどれだけ強いかわからないっすね…… 剣の腕なら互角くらいかもっすけど、本職は神官っすもんね。神官の魔法使われたら手も足も出ないと思うと寒気がするっす……)
一度アーティアに殴られて腕っぷしの強さも神官としての力もはわかっている。高位の神官は魔術師のような破壊の魔法も使えるし、バングルを浄化した解毒の魔法のような回復もできる。
(三時間に一度の魔法を三日間っすよね……最低でも一日八回。三日で二十四回使ってしかも眠らずに!? よくよく考えたらバケモノじゃないっすか! 眠りで精神力回復できずにそんだけ魔法使えるってムリムリっすよ!! 俺の《光明/ライト》だって五回も使ったら気絶しかねないのに二十四回!? パねえっすね!!)
落ち着いてアーティアの負担を考えると背筋がゾッとした。
それだけの魔法を定期的にかけ続けるだなんて、人間技とは思えない。
(アーティア姐さん四十前っすよね? あれ、年齢よく聞かなかったっすけど、俺とたいして変わらないころくらい頃にはもう有名な冒険者で……いやいやいや。マジでかなわないっす)
すうすうと寝息を立てるアーティアの整った顔は、あまり年齢を感じさせない。妙齢ではあるのだが、いつも背筋が通っていて激しく感情を表に出さないので年齢を感じていなかった。
(……よく見るとめっちゃ美人っすよね。寝ているといつも張り詰めてるオーラが薄くなって、なんか美人さんっていうか――かわいいくらいっす。あれ? ぜんぜんアリじゃないっすか?)
それまで師匠のハムの仲間であり、ウォルスタ商業神殿の大司教。という目で見ていたのだが、いざ女性として見るとその魅力はただごとではない。
(いやいやいや。ダメっすよ。だってハム師匠の友人で大司教――聖女。あれ、聖女様ってめっちゃヤバくないっすか? ワンチャンとか……いやキモいっす! 今俺めっちゃキモいっすよ!!)
「ねえ、ノア」
「アハーン!! す、すいません!」
身悶えしていたところに声をかけられたノアは奇妙な声を出してしまう。
「なにモゾモゾしてるのよ……どうも頭の座りがよくないのよね」
アーティアは自分が使っていたショルダーバッグを枕にしていたが、それを直しながら眉を寄せた。
「ねえ。ノアの膝貸してくれない。枕がよくなくて眠れないのよ」
「ええっ!? ま、枕でヒザってその膝枕ってやつっすか!?」
あれこれ悶々としていたところに膝枕を求められて、しどろもどろになってしまう。
「冗談よ。あなた毒の鎧着ているんだから、頭が毒まみれになるじゃない」
突然目を細めてノアを睨みつけた。
「信用しているけどあまり変な動きしていると、ヒザの皿を叩き割るわよ――おややすみ」
そういって顔をそむけて再度眠りにつく。
心を覗かれでもしたのかとすっかり肩を落とし、ノアは膝を守るように抱えてアーティアの背中とバングルを見守った。
ノアからは見えないが、そむけた向こうではアーティアがしてやったりと笑みを浮かべ、浅い眠りに身を任せるのだった。
日が暮れる前に小休止ということで、ノアは背嚢から食料の入った包みを取り出した。とくに味気のない堅いパンとチーズ。そして燻製肉が入っている。
「俺が袋を解くと毒が移るかもなんでこのままでサーセン」
「毒の鎧は生きているものに触らなければ発動しないから平気よ」
「マジっすか! 俺ずっとビビりながら動いてたっす」
ふたりは手近な岩に腰を下ろし、黙々と食べた。ノアの持つ背嚢には水筒もあるが、今はふたりとも自前の水袋に口をつけている。中身はぶどう酒が入っている。すぐ近くに透き通った沢の水があるが、すでに瘴気の影響を受けていると思うべきだろう。
「とにかく毒の強い場所に向かっていくわ。そこに何かがあるはずよ」
「宝石もたくさんあるんすよね。見つけたらひとつくらい土産に持って帰ってもいいっすよね?」
「いいわよ。ただ、よほどいい原石じゃないと重たくて大変よ。わたしたちが持って帰ってきたサファイア。あれは大きくカットしてあれだけど、実際には人間の頭くらいあったんだから」
「小さいのでかまわないっす。記念的な感じのアレなんで」
ノアは堅いパンをひと噛みするとナイフで小さくチーズを削って食べ、その後に燻製肉も小さくちぎって口の中に放り込み、三種同時に咀嚼している。
「そのいろいろ口に入れて食べるの。メテオの食べ方そっくりだわ」
「むぐむぐ……ハム師匠がたまにこうやって食べていたんすよ。やってみると別々に食べるよりなんつーか勢いがつくっす」
「ハムスターみたい」
仲間の魔術師、メテオが口いっぱいに食べ物を頬張って食べる姿を思い出し、思わず笑みが漏れる。
アーティアはパンならパンを食べてからチーズや燻製肉をそれぞれ単体で食べる。小さく分けて、大きな口を開けないように静かに食べる習慣がついている。
「急いでいたから簡単なものしか持ってこなかったけど、三日間なら十分ね」
「姐さんのやることに口出しするつもりはないんすけど――」
もっと聞きにくいことをあれこれ聞いておきながら、いまさらやや申し訳無さそうにノアが質問した。
「どうして三日間限定なんすか? コランティーヌ姐さんは半年もしないで街が毒に飲まれるっていってたっすけど、その上でも三日間で解決は急ぎ過ぎに思えたんす」
(ハムはいい若手を育てたわね)
信じるところは無駄口を叩かずについてきて、落ち着いてから疑問を口にする。しっかり情報の前後も記憶している。言動こそ神官向きではないが、身柄が空いていれば商業神殿の神官戦士として迎えたいほどだ。
「カンよ――といってもかなりいい線だったと思うわ」
右腕のバングルをノアに見せる。色は完熟の山ぶどうの皮ほども濃く、紫というよのも黒に近い。
「《解毒/キュアーポイズン》」
解毒の魔法をバングルに使うと、またたく間に銀色の鮮やかな色が戻った。
「これ。出発からもう三回使って、吸い取った毒を浄化しているの」
毒の影響下に突入してからここまで、おおよそ六~七時間は経っただろう。
「少なくとも三時間。ここから先は二時間に一回は《解毒/キュアーポイズン》が必要になる。つまりどういうことかわかる?」
「……寝ることができないってことっすか?」
「そう。仮眠くらいは取れるだろうけど、ゆっくり眠ることはできない。ということは――」
「魔法に必要な精神力を回復できないってことっすね……」
「あなた。魔法使いでもないのに鋭いのね。当たり」
アーティアの白い腕にある銀のバングルは、すでにうっすらと曇ってきたかに見えた。
「できればじっくり行きたいのは山々なんだけど、さすがのわたしも山道は二徹が限界だと思うの。無補給のまま魔法で精神力削りながらだと、厳しいのよね」
「……アーティア姐さん」
自分がアーティアを背負っていく――ダメだ。毒の鎧がアーティアを蝕む。
毒の鎧をアーティアに貸して――ダメだ。見た目からサイズがもう合わない。ハムから借りたこの鎧は、ノアには着れてもアーティアの身体には合わない。
「すんません……俺、なんにも役立てないっす」
「山道の案内で十分役立っているし、今こうして話し相手にもなってくれているわよ」
「……姐さん!!」
「な、何よ。突然大声出して」
「三時間は平気なんすよね!? その腕輪が黒くなる前に起きればいいんすよね!?」
「そ、そうよ」
「じゃあ、俺がしっかり見張っておくんで、せめて仮眠取ってくださいっす! 何かあったらすぐ起こすっす!!」
(本当にいい子ね)
この先からどんどん毒が濃くなっていけば、バングルの吸毒も三時間ではなく二時間、一時間と短くなるかもしれない。ここが休み所かもしれないとは思っていたところだった。
「寝ている姿を男にじろじろ見られながら寝ろっていうの?」
「オッス! すみません、我慢してほしいっす!!」
少し困らせてやろうと思ったアーティアの言葉は真正面から迎え討たれた。
「……冗談よ、冒険の最中じゃそんなこと気にしたこともないわ。お言葉に甘えさせてもうわ」
「これ、使ってくださいっす。俺のぶんの毛布を敷布にすればちょっとは快適になると思うっす」
季節は寒いというほどではないが、なにぶん川が近くにある山の中だ。そのままでは寒い。横になろうとしたアーティアの近くに甲斐甲斐しく自分の毛布を敷いた。
「……気がつきすぎて怖いくらい。寝ている間もバングルが見えるようにしておくから」
「あざっす――《光明/ライト》」
ノアは指輪を振り、そこに込められた魔法を発動した。魔術師ならば自力で使えるが、これは一般人でもごく初歩の魔法が合言葉だけで使えるようにした魔法の品物だ。
ウォルスタ自警団の上位団員であれば、この《光明/ライト》と《魔力付与/エンチャントウエポン》の指輪がが支給されている。ただし精神力は魔法使いのように熟練によって軽減することができず、発動すればそれなりに疲れる。
太陽が急速に沈み始め、あたりは闇に包まれていく。
ノアは光り輝く指輪をタオルで包み、光量を和らげてそばに眠るアーティアが眩しくないよう置いた。
(ハム師匠とザンジバル王の戦い。国王レオンの仕事で大司教アーティア姐さんと古代龍カトラの背に乗って、毒が渦巻く渓流を征く…… うはっ、めっちゃアガるっすね!!)
物怖じしない男ではあるが、ノアはここ最近までで起こったことを振り返り武者震いを感じていた。
(ウォルスタに突っ込んでくる魔物を退治するのも好きっすけど、ハム師匠やアーティア姐さん――『流れ星』の皆さんと絡んだだけでこんなことあるっすか? 凄くないっすか? こんなおとぎ話の中みたいな体験できるなんて夢みたいっす)
ノアの両親はまだノアが小さい頃にユルセール王国に移住してきた。そして魔物があふれかえるといわれる自治区にできたばかりの街があり、そこは税金が安く、しかも活気に満ちた街であるということで居を移した。
幼いノアは狩人と山野草の採取で生計を立てていた父の技を覚え、そのうち独学で槍や剣での戦い方を覚えていった。数年前にウォルスタ自警団に入ると、戦士としての力量もみるみると上がっていき、ハムを除いた中では五本の指に入るほどの実力者となった。
才能もあったのだろうが、ノアは物怖じをせずに新しいこと。面白そうなことに向かっていくことが何より大好きだった。
子供の頃は父のような狩猟の方法を始め、生活するための技術を楽しく身に着け、青年期からは戦士としての技術に磨きをかけた。それらはすべて、ノアの興味の赴く先であった。
(俺は本当に運がいいっす。興味があればそれをやってみろっていってくれる大人がいてくれたから、こんなに大それたことにも挑戦させてもらえてるっす)
アーティアの静かな寝息を聞きながらバングルの色を確認する。まだ変化はないように見える。静かに、ゆっくりと吸毒の影響は現れるようなのでこまめに確認しなくてはと気を引き締めた。
(アーティア姐さんも流石っすよ。ハム師匠の強さは底が知れないけど、姐さんもどれだけ強いかわからないっすね…… 剣の腕なら互角くらいかもっすけど、本職は神官っすもんね。神官の魔法使われたら手も足も出ないと思うと寒気がするっす……)
一度アーティアに殴られて腕っぷしの強さも神官としての力もはわかっている。高位の神官は魔術師のような破壊の魔法も使えるし、バングルを浄化した解毒の魔法のような回復もできる。
(三時間に一度の魔法を三日間っすよね……最低でも一日八回。三日で二十四回使ってしかも眠らずに!? よくよく考えたらバケモノじゃないっすか! 眠りで精神力回復できずにそんだけ魔法使えるってムリムリっすよ!! 俺の《光明/ライト》だって五回も使ったら気絶しかねないのに二十四回!? パねえっすね!!)
落ち着いてアーティアの負担を考えると背筋がゾッとした。
それだけの魔法を定期的にかけ続けるだなんて、人間技とは思えない。
(アーティア姐さん四十前っすよね? あれ、年齢よく聞かなかったっすけど、俺とたいして変わらないころくらい頃にはもう有名な冒険者で……いやいやいや。マジでかなわないっす)
すうすうと寝息を立てるアーティアの整った顔は、あまり年齢を感じさせない。妙齢ではあるのだが、いつも背筋が通っていて激しく感情を表に出さないので年齢を感じていなかった。
(……よく見るとめっちゃ美人っすよね。寝ているといつも張り詰めてるオーラが薄くなって、なんか美人さんっていうか――かわいいくらいっす。あれ? ぜんぜんアリじゃないっすか?)
それまで師匠のハムの仲間であり、ウォルスタ商業神殿の大司教。という目で見ていたのだが、いざ女性として見るとその魅力はただごとではない。
(いやいやいや。ダメっすよ。だってハム師匠の友人で大司教――聖女。あれ、聖女様ってめっちゃヤバくないっすか? ワンチャンとか……いやキモいっす! 今俺めっちゃキモいっすよ!!)
「ねえ、ノア」
「アハーン!! す、すいません!」
身悶えしていたところに声をかけられたノアは奇妙な声を出してしまう。
「なにモゾモゾしてるのよ……どうも頭の座りがよくないのよね」
アーティアは自分が使っていたショルダーバッグを枕にしていたが、それを直しながら眉を寄せた。
「ねえ。ノアの膝貸してくれない。枕がよくなくて眠れないのよ」
「ええっ!? ま、枕でヒザってその膝枕ってやつっすか!?」
あれこれ悶々としていたところに膝枕を求められて、しどろもどろになってしまう。
「冗談よ。あなた毒の鎧着ているんだから、頭が毒まみれになるじゃない」
突然目を細めてノアを睨みつけた。
「信用しているけどあまり変な動きしていると、ヒザの皿を叩き割るわよ――おややすみ」
そういって顔をそむけて再度眠りにつく。
心を覗かれでもしたのかとすっかり肩を落とし、ノアは膝を守るように抱えてアーティアの背中とバングルを見守った。
ノアからは見えないが、そむけた向こうではアーティアがしてやったりと笑みを浮かべ、浅い眠りに身を任せるのだった。
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