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二部
174 龍王の装飾卵
しおりを挟む「出てこい!! 竜種の頂点、古代龍よ!! 『龍王の装飾卵』!!」
ザラシュトラスが懐から出したのは小鳥が産んだほどの大きさの卵。それは金銀で幾重にも装飾を施され、小さくとも圧倒的なオーラを発していた。
片手で高々と捧げられた『龍王の装飾卵』は、外観上の変化は何もない。しかし、目に見えないものすごい密度のものが解き放されたようであった。
「……わたしを呼び出すようなことが起こったであるか?」
空から鐘が響くような、腹に落ちてくるようないんいんとした音が響いてきた。貴族や魔術師たちが使う、下位魔法語だ。
「カトラ。お前の主人は俺だ。呼び出す理由は俺が決める」
狂太子は炎のような瞳を上に向けた。
空には銀色の身体と白い体毛を持った長い胴体の龍がいた。
この世に生きる竜の多くは、大きなトカゲのような姿をしていたが、この銀色の龍はまったく違った姿をしていた。
ワームよりも太く長いその身体には幾重にも重なった銀色の鱗。
蛇とは違い、まるで馬のたてがみのような優雅な毛を背に生やし、頭から尾の先にかけて麦の穂のようにたなびいている。
頭には鹿のような銀色の角を生やし、牙のある口と顔だけはトカゲに似た爬虫類のものであった。
一般的な竜とはかけ離れた姿形をしているのに、誰もがこの姿を見て思うことは龍という言葉だった。
「ただの人間がこのわたしを――」
「『龍王の装飾卵』を持った人間だ。俺は、龍王ザラシュトラスだ」
ただごとではない龍の威圧に、ザラシュトラスは一歩も引かない。
後ろに控えるアヴェストリアといえば、龍の発する気に当てられて今にも気を失いそうであったが、主人が一歩も引かずに龍と相対している。何としても意識を失うわけにはいかなかった。
「カトラ」
ザラシュトラスは龍の名前をつぶやいた。
銀龍はその名前をつぶやかれた途端、身体に電流が走ったかのようにびくっとする。
「――カトラ。俺がこの『龍王の装飾卵』とお前の真の名を握っている限り、逆らうことはできない。そうだろ?」
「……死すべき定めの人の子の分際で」
「それくらいの減らず口は許してやる、カトラ」
ザラシュトラスは不必要なまでに銀龍の名前を口にした。
その一言一言が、銀龍カトラの身体に目に見えない鎖を巻きつけているかのように。
「なあ、カトラ。あそこに軍隊がいるだろう? 銀色っぽいところだ。それがユルセールの軍だ。それをな、全滅させてこい」
「双方の軍に被害が出るのであるが、よいのか?」
「アホかてめぇ。そこはうまくやれ――といいたいところだが、多少の犠牲ならかまわん」
「……承知したのである」
カトラは空中で銀と白の身体をうねらせ、低く呻いた。
「それからカトラ。あっちにはちびのくせにえらく強い魔術師がいる。そいつは最優先で殺せ」
ザラシュトラスは殺せ、という言葉に力を込めていった。その様子に気づいたカトラは、たっぷりと皮肉を込める隙を見逃さない。
「その魔術師は、レゴリスの狂太子と霧の魔女ふたり合わせたよりも厄介なのであるか?」
「……俺は命令しているんだ。カトラ」
狂太子の言葉がカトラの身体を縛り上げる。
カトラは怒りを込めた咆哮をひとつ上げると、この巨体からは想像も出来ないしなやかさと速さで、戦場を翔けた。
「――いけ好かない龍だ。全軍に告ぐ!! 銀龍の後を追って、総員突撃!!」
龍の咆哮に当てられて立ちすくんでいたレゴリス軍は、ザラシュトラスの怒号で身体の自由を取り戻した。
そして、波紋が水面に広がるように、ザラシュトラスの号令は背後に控える無傷のレゴリス軍に伝わっていった。
「これはまずいな……見たこともない龍がこっちに向かってきている」
精霊使いリーズンが放った《大地震/アースクエイク》で、あらかたのワームは地面から突き出た石筍に貫かれていた。
最後に残ったワームを炎の舌で焼き切ったハムが、敵軍の空からものすごい勢いで迫ってくる銀色の龍を見て唸った。
「さすがにあれは相手にできる気がしない」
まだずいぶん距離があるのだが、ハムはうねりながら空中を迫ってくる銀龍を見るや、白旗を上げた。
「古代龍……しかもあの色は銀……伝説クラスの龍がレゴリスの切り札というわけか」
ハムとともに最前線でイーフリートと戦っていたリーズンも眉を寄せた。
「どうだリーズン。伝説クラスの龍と戦ってみるか?」
「万全の状態なら検討の余地はあったんだが。ここはお前が殿を務めている間に皆を逃がすとしよう」
「いや、俺ひとりでは殿といってもな。なにしろ相手は空を飛んでいる」
「そうだな、ひとまずアーティアのところまで逃げるぞ!! イーフリート! 俺を乗せて移動だ!!」
リーズンを肩に乗せたイーフリート。そしてハムは全速力で駆け出した。
「リーズン、仮にあの銀龍が俺たちのところに来たら、どれくらい持つと思う?」
「アーティアの具合にもよるが持って数分。秒、ということはあるまい」
「俺もそう思う」
一目散にアーティアとビショップ。そしてシェイラがいる《炎の長城/グレートファイアウォール》の向こうを目指して走る。リーズンはイーフリートの肩に乗っているのだが。
「あれが本当に銀龍だとしたら、《炎の長城/グレートファイアウォール》などものの役に立つまい」
「リーズンよ。我の魔法を侮ってくれるな」
「すまんすまん。イーフリートの炎が頼りにならんといっているわけではなくてな」
リーズンのつぶやきにイーフリートが抗議する。
「だが、我が人間界にとどまっていられるのはあとわずか。リーズンよ、何か策があるとでもいうのか?」
イーフリートは不思議だった。
銀龍といえば、人間界におけるほぼ最強の存在といっていい。
精霊界ではイーフリートとて古代龍に匹敵する存在。
しかし、リーズンという精霊使いを介してこの世に現れているイーフリートは、本来の力を出しきることができない。
そのイーフリートが見るに、いかなリーズンたちといえども古代龍に太刀打ちできるとは思えなかった。
「ああ、おそらく」
「おそらく? だと」
「これだけ大きな龍が現れたんだ。メテオが気づかないはずがない」
「あの魔術師なら、古代龍に勝てるとでも?」
「さて、そこまでは」
リーズンの言葉はリラックスしているかのような響きだ。
このエルフはイーフリートの肩に座り、足を組み、腰から水袋を出して一息入れているくらいだった。
「来るかどうかも怪しいが、俺たちがするのはひとまず時間稼ぎだ。そうだろう、ハム?」
「そうだな。どのみち走って逃げるのは無理がある」
「何、心配するな、イーフリート。これくらいのピンチは今までもなくはなかった」
イーフリートはこの世界に呼び出されるたび、精霊界では滅多に味わうことが出来ない感情を抱く。
そのひとつが今も感じている、“呆れる”だ。
「それに、今はガルーダがいない。それだけでずいぶん生き延びる確率が安定する」
「なるほど、リーズン。状況に比べて、ゆとりがあると思っていたんだが、腑に落ちた」
(ほんの数分後には死ぬかもしれないこの状況で、この者たちはそれを感じさせない)
イーフリートも流れ星とわずかながら行動を共にしている。そのときに味わう“呆れ”のあとには、決まって言葉にできない感情を得ていた。
心地よくさわやかで、何かを達成したという思いが混ざり合ったものだ。
精霊界ではついぞ味わうことの出来ない、泡立つような感情だった。
「――どうした、イーフリート? 黙りこんで」
あげく、この精霊使いには心配をされている。
イーフリートは“呆れ”つつも、リーズンとハムに短く問いかけた。
「……もしや、この状況を“楽しんで”いるのか?」
滅多に見ないイーフリートの当惑顔に、ハムとリーズンは虚を付かれた。
「もちろん」
「何だイーフリート。俺たちと冒険してて今さら気づいたのか? 存外鈍い――」
ハムもリーズンも当然という顔であった。
イーフリートはその答えに“呆れ”たが、同時に納得した。
(なるほど。銀龍相手に我も楽しんでいたということか――)
「無論」
イーフリートはおのれを呼び出してこの世につなぎとめている華奢なエルフを見て、牙のある凶悪な顔を歪めた――笑っているのだ。
「知っておったぞ」
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次回公開は3/6(日)00:00です。
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