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二部
168 条件
しおりを挟むその日から、ザラシュトラスは毎日三人の奴隷に晴嵐使わせ続けた。
むろんそれは、ただ毎日三人の命を散らすものであった。
老若男女。さらにはエルフ、ドワーフ、獣人といった異種族たちまで実験の幅を広げていく。最終的には奴隷ではなく冒険者のパーティをまるごと拉致し、《強制/ギアス》の魔法を使い、晴嵐を使わせたところでこの凶行は終わった。
晴嵐を使いこなす者が見つかったのではない。
ただひたすら魔法の修行に明け暮れていた魔術師が、毎日繰り返される殺人と魔法の連続使用で、すっかり心を病んで使い物にならなくなってしまったのも原因だ。
しかし、ザラシュトラスはここまでの経験をもとに、ひとつの仮説にたどり着いた。
「これまでの連中は、程度の差はあるが、誰ひとりとして晴嵐を操ることができなかった……」
深夜。自室のテーブルに置いたもやの掛かった晴嵐を眺めつつ、強い酒を飲み下しつつザラシュトラスは思索にふけっていた。
先日、レゴリスの町で拉致してきた冒険者の五人は、かなりいいところまでいっていた。
ひと仕事を終えて帰ってきた時、それぞれ別行動をとっていたときに、数人で取り押さえた冒険者達は、それなりの実力者だった。
年は皆若く、人間の男の戦士。同じく人間の男の神官。女エルフの精霊使い。男リトルフィートの盗賊。そして人間の女魔術師。
戦士の男と神官とリトルフィートの盗賊は仲間を人質として、宮廷魔術師の魔法に抵抗したら女たちを殺すと宣言したので、《強制/ギアス》にかけるのは簡単だった。
だが、戦士とトリルフィートの盗賊はしばらく霧となって漂うことができたが、やがて消滅してしまった。神官に至ってはこれまでで最も早く霧と散ってしまった。
このときザラシュトラスは、いくつかの仮説が頭にあった。
本人の身体の強さもあるが、最も必要な素養は魔法の才能なのではないかと。
魔法を使うときの集中力が、霧化にもっとも必要なのではないかと考えたのだ。
現に霧化して元に戻ることができたのは、晴嵐の力のこれっぽっちも引き出せはしなかったが、宮廷魔術師だけであった。
神官については魔法を使えるとはいえ、信仰にかかわることもある。これについては期待していなかったが、やはり誰よりも早く消滅してしまった。
次に霧化したままの時間が長かったのは、エルフの精霊使いだった。とはいえこれも、一分とたたずに消滅してしまった。
ザラシュトラスがある確信を得たのは、最後に残った女魔術師の結果だ。
最後に残された女魔術師は《強制/ギアス》に抵抗した。
「《強制/ギアス》の魔法は一度失敗してしまうと、使うものの魔力が上がらないかぎりは重ねて使えません……」
ザラシュトラスの叱責を恐れて怯える宮廷魔術師であったが、このときザラシュトラスはいつもとは違うことを試そうと考えた。
女魔術師を鎖で繋いでいる牢屋から場所を変え、ザラシュトラスと宮廷魔術師は離れた部屋でこう語り合った。
「おい。霧化した人間ってのは、どうすれば殺せる?」
「き、霧化といいましても、ごくごく細かい粒におのれの人格がすべて乗り移っております……あくまで理屈の上でございますが、霧を火ですべてを焼きつくすか、範囲魔法ですべての分体に止めを刺せれば……」
「理屈の上? よし、お前ちょっとだけ晴嵐で霧になれ。俺が松明の火で霧を少しだけ炙る」
「な! ご、御無体な……」
「あ゛あ゛?」
宮廷魔術師もまた《強制/ギアス》でレゴリスの王族の命令には逆らうことが出来ない。さんざん命乞いをするのだが、すぐにザラシュトラスのいいなりとなって命がけの晴嵐を発動し、松明で炙られたのちにすぐ人間に戻った。
「ああ! 熱い!! 足が、足が!!」
「騒ぐんじゃねえ。たいした火傷じゃねえだろ」
これはザラシュトラスの言い分が正しかった。
宮廷魔術師はローブのすそが焼け、脛に多少火傷を負ったくらいであった。
「お前、《火球/ファイアボール》は使えるんだよな?」
「は、はい」
「いいだろう。試してみようぜ」
《強制/ギアス》をかけずに、敵対する魔術師に未だ未知数の力を持つアーティファクトを渡す。ザラシュトラスの豪胆さ。というよりは無謀さに宮廷魔術師は目を白黒させた。
「いずれ使いこなすなら、殺し方も知っておかなきゃな。念のため油と火も用意しておくぞ」
松明と油を携えて牢屋に戻ってきたザラシュトラスを見て、さすがに女魔術師は怯えた顔を見せた。
「そんな顔すんな。そら、この宝石を使ってみろ」
格子越しに、魔法が使えぬよう手枷をつけた女魔術師の手に晴嵐を乗せた。
「うまく使えりゃもしかしたら生きて使ってやるかも――うおっ!!」
晴嵐を渡した瞬間、女がぶわっと霧となった。
そして、一本の金属質の槍が鉄格子を超えて、ザラシュトラスの胸をめがけて飛来してきた。槍はすんでのところでザラシュトラスは飛びのき、服を引き裂くだけに終わった。
「――こいつ! おい、火だ!!」
あらかじめ手にしていた油壷を鉄格子にぶつけて割ると、ザラシュトラスは宮廷魔術師に怒鳴りつけると同時に後ろに下がった。
「い、出ませい。天を焦がす炎と石壁崩す衝撃よ。爆ぜて散れ《火球/ファイアボール》!!」
通常であれば相手に近すぎる距離での《火球/ファイアボール》であった。
轟音とともに炎をもたらした魔法は、鉄格子の向こうで破壊の炎をもたらした。
さらにザラシュトラスが撒いた油にも火が周り、そこそこの広さがある牢屋とはいえ、熱波と煙とすすで大変なことになっている。
「ザラシュトラス王子! お逃げ下さい!!」
「ああ。一度引くか――これは」
出口に向かおうとしたとき、背後に女の腕と宝石が転がっていた。それは先程、晴嵐で霧化した女が出した槍が落ちた場所だ。
「……なるほど。いい勉強になった」
晴嵐を拾い上げると、ザラシュトラスは女魔術師の腕を炎の中に蹴飛ばし、高笑いをあげながら牢を後にした。
幸い火はすぐに消し止められ、この凶行もザラシュトラスがいつも起こす残酷ななにかの不始末なのだろうということになった。
だが、本当に残酷なのはこれからであった。
「おい。地方の貴族に俺よりも若い娘がいただろ? トヴァル家だったかの末娘だったか」
晴嵐による人体実験が終わり、しばし心の休息を得ていた宮廷魔術師のところに、ふたたび現れたザラシュトラスはこう切り出した。
「は、はい。トヴァル家といいますと、ザラシュトラス王子よりもかなり若い娘ですな」
ついにこの王子も晴嵐を操るという野望を諦め、貴族の娘と身を固める気でも起こしたのだろうかと、宮廷魔術師は心のなかで喝采を上げた。これで少しはこの“狂太子”の情緒もましになるだろうと――
「しかしトヴァル家は古くは、魔術の殿堂であるヴァル王家血筋の者といわれておりますが、すでにその威光はなく地方領主の末席。正直なところレゴリス王家の王子とつりあうとはとても……」
「あ゛あ゛? 何トンチキなこと抜かしてやがる」
「は? と、言われますと……」
なにやら雲行きが怪しくなってきた。宮廷魔術師は胃のあたりがきゅうっと痛むのを感じた。
「魔術師の血統の、幼い娘ってのがいい」
ザラシュトラスは爛々と燃える目できっぱりと断言した。
「それ以外のトヴァル家は全員殺す。領地も焼く。娘以外は手当たり次第に殺して、娘はレゴリス城下の適当な貴族に引き取らせる」
宮廷魔術師は、自分の胃に小さな穴が空いた音を感じた。
「……なによりその年ならば、王たちの草冠の力に染まっていないだろう」
身体の内側の音が気になるあまり、ザラシュトラスのつぶやきは宮廷魔術師の耳に届かなかった。
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狂太子編はしばらく続くんです
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