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二部
145 撃破
しおりを挟むハム&アーティアvsドラゴンの戦いは始めから持久戦ありきの展開だったのだが、さすが歴戦の冒険者であるふたりだ。鉤爪や牙、ブレスを受けつつも、まずはじめに翼を集中的に狙っていた。
「ぬん!!」
ドラゴンのブレスに突撃をかまし、炎を突き抜けての炎の舌の一閃がドラゴンの右翼の付け根を捉えた。
「ゴァァァァァァアアアッ!!」
聞くものの心に恐怖を刻み込む咆哮を上げるドラゴン。
だが、その咆哮は怒り半分、痛み半分といったところか。
今の一撃でドラゴンは片翼を失ったからだ。
「こうなると、いくらドラゴンがタフでも上空に逃げられずにボコボコだな……」
圧倒的な不利を悟ったドラゴンが、空に逃げようと翼を動かすがもう遅い。
飛び立つどころか、逆にバランスを崩し転倒する。
その隙を見逃すハムではない。
激しくのたうちまわるドラゴンの動きを先読みし、稲妻のような早さで近寄る。
鱗に守られた野太い首に、満身の力を込めた炎の舌を振り下ろした――
「余裕だったな、ハム」
決着を見届けたところで俺はハムたちに近寄り、巨大なドラゴンの亡骸を眺める。
なんでこんなところに野良ドラゴンが現れるんだか……南無。
「そうでもない。炎の舌が炎のブレスを無効化してくれたが、そのぶんこの剣の効果が薄くて思うようにダメージを与えられなかった。一見超越した力を持っているかのようなこの剣だが、炎の属性を持った相手には防御の助けになるが攻撃の決め手にならない。なかなか使い勝手が難しい剣だ。それに両手持ちの剣だということも――」
「剣のことは後にしなさい。傷を治すわよ」
ハムが剣の考察を始めたところでアーティアが《回復/ヒーリング》の魔法を使う。
なんだかんだで前衛のハムはところどころに打撲や裂傷を負っている。
そしてドラゴンとの戦いでアーティアは《回復/ヒーリング》しか使っていない。
ほぼ毎ターンVITを回復させなくてはならない戦いだったことを考えると、余裕とまではいかないのかもしれない。
「ハム様!! アーティア様!!」
遠くでビショップさんが手を振っている。ハムがそれに軽く応じると、土手の向こうから一台の馬車が上がってきた。
「ふたりでドラゴンを倒すとは!! 改めて『流れ星』の皆様の実力を思い知りました」
「それほどでもない」
ハムは短く応える。武具についてのことでなければ語ることはない。という感じだ。
そういいながらもビショップさんは馬車を川べりへと誘導した。そのあとから十数人の騎士がわらわらと付き従っている。
「ハム。アーティア。見事な戦いであった」
今度はヴァリウスさんの護衛つきでレオンがやってきた。
「そして、メテオ。ユルセールに伝わる秘宝のひとつを使うぞ。メテオといえど、この魔法の品物を見るのは初めてではないか?」
数人の騎士たちが掛け声を合わせながら、馬車の中から一対の柱のようなものを出してきた。
その柱は1メートルほどの四角柱で、それぞれの面には細かい彫刻が刻まれている。
特筆すべきはひとつの面には、ライオンの胴体と鷹の頭と翼を持った魔物――グリフォンの像が刻まれていた。見たところ二本とも外見に差異はない。
「確かに見たことないな」
「余もこうして発動させてみるのは初めてなのだがな」
騎士たちがふたつの柱を馬車から降ろし、グリフォンのある面を対岸へと向ける。柱と柱の間隔はかなり広く取り、10メートルはあるだろうか。
これ一本で数百キロはあるのだろう。なかなかの重労働だ。
手っ取り早く《念動力/テレキネシス》で動かしてやってもいいんだけど、俺はそれくらいの空気は読む男だ。皆がやっている努力を無駄にしてはいけない。
「ユルセール王家に伝わりし『天界の橋』よ。光を束ね、道をつなげ!!」
「「「おおっ!!」」」
騎士たちがどよめいた。
レオンがその橋に向かって何か言葉を発すると、ふたつの石像のグリフォンがゆっくりと翼を広げはじめ、その柱から虹色の光が対岸へ向かいアーチ状に伸びる。
「ああ。これってもしかして――欄干」
「その通りだ、メテオ。初代ユルセール王がこの地のあちこちへと出向き、谷川を越えるために使ったとされる、『建国器』のひとつだ」
「建国器……っていうとアレを思い出すな」
俺は『漆黒の聖杯』を思い出し、少し眉をひそめた。
「確かに聖杯はユルセールの建国器の中でも特別なものだった……しかし、この『天界の橋』のように、初代が扱った魔法の品物を『建国器』と呼ぶのだ」
そして俺はレオンの説明を何か申し訳ない気持ちで聞いている。
先王カザンから譲られたとはいえ、『建国器』でありアーティファクトである炎の舌を失敬してしまい、それは今まさに涼しい顔でレオンの言葉を聞いているハムが使っている。
「ところでレオン。あの虹の橋はどれくらいの重量と効果時間があるんだ?」
「重量は軍隊が通ってもびくともしないという。効果時間は、余が合言葉で効果を解除するか、天界の橋を破壊するまで続く」
「これだけ神々しい橋があれば、ユルセールの観光名所になるんじゃないか?」
「渡河の必要があるときに使う非常用の橋なのでな。余もそれは考えたのだが、橋を作ればそこに街道を通さなくてはならないし、それはそれで兼ね合いがあるのだ」
レオンとそんなことを話していると、黒い鎧をつけた騎士たちがヴァリウスに駆け寄り、何事かを報告しはじめた。そしてみるみる顔を曇らせる黒龍騎士団の団長。
「陛下。悪い知らせです。黒龍騎士団で管理している飛竜、すべての様子がおかしく、これ以上行軍に随伴できそうにもないとのこと……」
「何? どういうことだ、ヴァリウス」
ヴァリウスさんはさっきまで偵察に出て、そこでドラゴンと出会った話。そして、何か飛竜の具合がおかしいと感じ、本隊に合流したことを話し始めた。
「理由はわかりませぬが、テンペスト――わが飛竜が言葉を失いつつあると感じました」
「ワイバーンの言葉?」
「そうだ、メテオ殿。実際に会話をするわけではないのだが、飛竜に乗っていると感じるのだ。あやつらが何を考え、何をしたいのかが…… だが、あのドラゴンに出会う直前あたりから、それが感じ取れなくなった――」
むう。比較的下位の竜亜種である飛竜が、下位種ドラゴンに恐れをなしてコントロール不能になった。とかかな。しかしそれだとドラゴンを倒したあとまで行動不能になるか、普通。
「……黒龍騎士団の操る飛竜は使い物になりませぬ。正直、原因も解決策もわからず…… 不甲斐のない黒龍騎士団の失態。責任はわたくしにあります」
ヴァリウスはレオンへ頭を下げる。
黒龍騎士団が空を飛べなくなったということの意味を知った上で、報告をしているのだろう。
「よせ、ヴァリウスよ。そなたは誰も感じることができなかった異変を察知し、被害が出る前に飛竜たちを下がらせたのであろう。咎めたりはせぬ」
「……はッ」
「ヴァリウスよ。飛竜たちはまったく動けないのか? それとも飛ぶくらいはできるのか?」
「……今の飛竜たちは暴れ馬のようなものだとお思い下さればよいかと存じ上げます。熟達した団員が騎乗すれば、あるいは飛ぶことくらいはできるかもしれませぬが、この状況では戦闘どころか偵察も無謀」
レオンの質問に、しばし考えて応えるヴァリウス。
それでも暴れ馬に乗って走らせることくらいはできるのか。
「それでは黒龍騎士団に命ずる。飛竜を連れて一度ユルセールへと帰還せよ。白狼騎士団のローフルと協議の上、国の防衛に当たれ」
「しかしこの先、レゴリス軍との戦いが……」
「今、ユルセールには金獅子騎士団の団長代理を務めるハム・ボーンレスと、商業神の最高司祭であるアーティア・ソルディアという勇者がおる。飛竜が動けるうちに厩舎へと戻しておくことも重要であろう」
「……御意」
悔しそうに頭を垂れるヴァリウス。
いざ戦争が始まって、戦力の一角を担う騎士団が、敵陣を前に撤退というのはさぞ悔しいだろう。
それでも身体の大きな飛竜がここで足止めを喰らい、全滅することを考えれば、早めの撤退も仕方がないだろう。黒龍騎士団とその飛竜がすべて動けなくなったら、手出しをするなといわれているこの俺がしゃしゃり出たとしても、その移動はかなり骨が折れる。
「ヴァリウスよ。そなたの無念は余が持っていこう。今は飛竜たちを王都へと戻すことに専念してくれまいか? 今ここで黒龍騎士団を失うわけにはいかぬのだ」
「……陛下」
つとヴァリウスに近づくレオン。
「飛竜の翼であれば、すぐにでも王都に戻ることが可能であろう。一度城へと戻り、そなたのできることを考え、そして行動するのだ。戦場で武勇を誇ることだけが黒竜の力ではあるまい?」
「――承知。それではご武運を!!」
レオンの言葉に驚くほど素直に従うヴァリウス。
部下を呼びつけて指示を出し、自ら進んで物事を把握して統率を始める。
黒竜騎士団は驚くほど早く撤退の準備を進め、暴れる飛竜をなんとか御しつつ、進軍してきた道を戻っていった。
「レオン」
「何だ、メテオ」
「黒竜騎士団抜きでっていうのは辛くないか?」
その進軍で連れてきた黒竜騎士団の飛竜はおおよそ30頭。数としては少ないが、空を飛べ、人を乗せることができる飛竜一頭でできることは、人間数十人でもできない。
戦略の幅はおのずと狭まってくる。
なにより、俺がいうのも何だが、失うことを恐れて兵隊を使わない。というのは甘い気がする。
「メテオ。お主は此度のドラゴンの襲撃。偶然だと思っているか?」
「ん? いや、さすがに操られているっぽい気が――ああ」
「そうだ。ドラゴンを操れる者がおれば、下位種族である飛竜も操られる可能性がある」
なるほど。内部で飛竜が突然味方に攻撃してきた場合、被害は甚大だ。
「その前のワームについても同様だ。ビショップの話によると、ワームというのは竜族にまつわる魔物だそうな」
ビショップさん、まさかの賢者スキル持ちか!?
確かに『アャータレウ』におけるワームは竜属性だ。
「そういえばブリンガーの中に、“ドラゴン”の名前を冠した奴がいるってエステルがいってたっけ」
「ドラゴンブリンガー。フィレモンは有名なブリンガーだとロルト翁が余との授業で申しておった。だが、戦いを好まず、西方の険しい山に竜たちと共に住み、外界にはかかわることはないという話である」
ふむ。ロルト爺が知っているなら間違いない存在なんだろう。賢者スキルの高さは物知りエステルと同等だ。
「ほぼ世捨て人だが、フィレモン氏は人品骨柄申し分ないという。伝え聞く限りでは、レゴリスに加担するということはあるまい」
「そうか。でももし、ブリンガーが関わっているなら俺も戦うからな」
「その時はな。顧問魔術師にしてわが友。メテオブリンガーよ、頼りにさせてもらおう」
「あっ近い! だからレオン、なんでそんなに距離が近いんだ!?」
気がつけばレオンと俺の腰が触れ合うくらいまで隣り合って話していた。
こいつの接近は作為とか悪意がないから、気配を感じられないんだよな……
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次回公開は4/12(日)00:00です。
ここで次回公開をできているということは、
まだストックがあるということ…(震)
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