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二部
142 見守る
しおりを挟む「そうだな。あれは竜だ」
眉を寄せてハムが断ずる。はたしてその表情が警戒からなのか、遠くを見ているからなのかはわからない。
ファンタジーの最強生物代名詞。竜。
といっても竜もピンキリではあるのだが、『アャータレウ』で上を見ればもっとも強い生物といってもいいだろう。
竜族は大別して三種類。下位種と上位種と亜種だ。
上位種については一部古代種とも呼ばれ、神々と同等レベルといわれている。じつのところ俺たち『流れ星』も出会ったことがない。『アャータレウRPG』では、古代種についてけっきょく公式サポートが出ないままだったからだ。
亜種がいちばんバリエーションが多く、かつてストブリが操っていたクラウドドラゴンや、黒龍騎士団が操る飛竜。果ては先ほどから頻出しているワームまでさまざまだ。ゲーム上では“ゲームマスターが設定するオリジナル竜はこの亜種と定める”とされていた。
下位種というのが一番ポピュラーなタイプの竜で、成竜であれば体長はおおよそ10メートル。体色は環境により微妙な変化はあるが、基本的には爬虫類のそれである。飛行能力、強力なブレス攻撃、強靭な体力と魔法抵抗力を持ち、全身を鋼鉄のような鱗に守られている。
攻撃方法は牙と爪、尻尾によるもので、魔法は使ってこない。だが、野生動物はその咆哮を聞いただけで逃げていき、知性ある生物もその咆哮で全身が竦み上がってしまう。竜の咆哮はブレスと共に、ほとんど魔法といっていい特殊能力だ。
人語は介さないが高い知性を持ち、龍の言語や翻訳の魔法を使えば会話を試みることもできる。ただし下位種の竜の興味は光輝く財宝と食欲がほとんどで、会話が成立することは少ない。
「なんでドラゴンがこんな場所にいるんだ?」
「わからん」
ですよねえ。ひとまずわかったことは、先行していた黒龍騎士団たちがドラゴンに追い立てられているということだ。
ユルセール軍の中でもすでに騒ぎが起こっており、急速に近づいてくるドラゴンに対して統率が乱れ始めていた。
「ドラゴン退治か。まさか騎士団を率いる身でこんな面白い獲物が現れるとは」
「余裕ね、ハム。あなたとわたしで倒せると思う?」
「決して余裕とは思わんが……7:3で勝てるといったところか」
「……俺が行かなくても大丈夫か?」
アーティアには釘を刺されたが、やっぱり仲間が戦っているのに自分だけがのほほんとしているのは辛い。ゲームの中で下位種ドラゴンのレベルは最低でも10。戦士レベル11のハムとMNDを上げて魔法使用回数を増やした10レベル神官のアーティアであれば、確かに勝てる見込みの方が高いのは理解できる。
「多少きついが……メテオも行くか?」
「えっ、いいの!?」
「王様との約束なんだろうが、さしあたって俺には関係がない。メテオの好きにすればいいさ」
毛筋ほどのケレン味もなく、至極当然だろうといった顔でハム。
「ちょっとハム。あなた、何メテオをけしかけているのよ」
「けしかけているつもりはないんだが……」
アーティアに睨まれたハムはばつが悪そうに顎を掻いている。
テーブルトークRPGのときでも『流れ星』は一枚岩ではなかった。ことあるごとに意見が対立し、ケンカになることもあれば、別行動をすることもある。そんなことすら気づかなかったとは恥ずかしい。
「あなたねえ。今のメテオが出張ったらなんでもかんでも力押しで解決しちゃうじゃないの!? レオン陛下はそれを危惧してメテオの出番を抑えているんだから邪魔しないで」
「力押し、結構じゃないか。だが、確かにあっさり勝つのは楽しくないな」
「楽しいとか楽しくないとか、そういう意味でいってるんじゃないのよ」
感情を抑えながらも手厳しいアーティアと、のれんに腕押しなハム。意見は平行線だ。
ゲームでもよくあった光景だ。そして、そのとき俺はどうしていたか――
「お前たちの見せ場を取ったら悪いよな。俺はここで様子を見ているから、ドラゴンはふたりで頼んだ」
「おお、任せろ」
「何よ。やけに物分かりがいいじゃない?」
「仲間の意見が対立しているときは、リーダーの俺が決めるもんだろ?」
「ふうん。わかってるじゃない、メテオ」
国や立場がどうとかというより、俺は冒険者『流れ星』のリーダーだ。仲間たちの意見が分かれたのであれば、適当なところで落とし所を決めるのが俺の役目だ。そして、この場合は俺が出なければすべて丸く収まる。
「それにさ。本当にヤバそうになったらこっそり魔法でサポートするし」
「リーダーの手を煩わせないようにするさ」
「わたしは商業神の神官なんだから、嘘がばれてこっちの評判を落とすようなことしないでよね」
ふたりはそういい残して土手を駆け上る。どうやら一番目立つ場所でドラゴンを迎え撃つ心づもりのようだ。
いざとなったら魔法でサポートするといったが、あいつらがこんな何もないところで下位種ドラゴンに遅れを取ることはないはずだ。俺はレオンの警護に回ろう。それが役割のように思えた。
「レオン! あの竜はハムとアーティアが相手をする。兵隊を下げてくれ!!」
「ふたりで竜を相手取る? 可能なのか!?」
「可能だ!!」
レオンの問いに即答する。するとレオンも頷いて周囲に指示を出し始めた。
頭上をいくつかの影が通過した。黒龍騎士団の飛竜だろう。空中でドラゴンに襲われたらひとたまりもないだろうから、逃げてきたのは正解だ。
「何か巨大な力を感じたと思ったら下位種ドラゴンかあ!! 久方ぶりにお目にかかるよ。うんうん、まだ年若いけど活きのいいドラゴンだ。さすがに上位種には比ぶるべくもないけれども、下位種には下位種の良さというものがあるね」
「クロック!? 突然どこから出てきた!!」
「僕はメテオの守護精霊だよ? 何か大きな力を感じたから、リーズンと楽しくお喋りをしているのを中座してまで様子を見にきてあげたのにその言い草はなんだろうね。でもまあ許してあげる。大きな力といってもメテオに比べればそれほどという感じだったし、メテオが思った通りどちらかというと見物しにきたのは否定できない――」
「――見物はいいけど邪魔をするなよ」
時の精霊。俺がクロックと名づけたこの上位精霊は、封印されていた時間が長すぎたせいかどうかは知らないが無類のトーク好きだ。適当なところで強引にこちらも話に割り込まないと会話が成立しない。
「邪魔というけれども、メテオはずいぶんのんびりしているじゃないか。さすがは最高位の魔術師だね。下位種ドラゴン程度は片手間に始末できるといわんばかりだ」
「ああいや、いわれてみれば俺も見物人か」
「うん、何か事情があるのかい? 確かにあのドラゴンは何かわけありな感じではあるけれども――」
「――おい、あのドラゴンはやっぱり何か不自然なんだな!?」
クロックが漏らした言葉は聞き逃せない。やはりあのドラゴンは、何者かが。おそらくはレゴリス軍が何かやっていると見たほうがいいのだろう。
「メテオも人が悪い。誘導尋問というやつかい? お生憎様だけどこれ以上語ることは許されないんだ。以前説明したと思うけれど、必要以上に精霊の知識を知的生命体――とくに人間に教えることは精霊のルール違反なんだ。そりゃあ僕だって守護精霊なのだから、メテオのためにこの時の精霊がもたらす知恵の薫陶を。第六感の果てにある洞察を与えてあげたい――」
「――いや、聞かないでおこう。立場があると自由にできないもんだからな」
思わずクロックの立場に今の自分が重なった。
「手伝ってやりたいけど、手伝っちゃいけないことってあるよなあ」
「な、なんだいメテオ。いつもとはちょっと様子が違うじゃないか」
「クロックもせっかくだから、一緒にハムたちの戦いを眺めていよう」
俺は地面に座って土手の上でドラゴンを待ち受けるハムとアーティアを眺めた。
クロックも何かぶつくさいいながらも、俺の隣に体育座りをして観戦モードだ。
「クロック。上位精霊っていうのもいろいろ大変なんだろうなあ」
「……魔法の実験が失敗したとか、悪いものでも食べたかしたのかい?」
魔術師嫌いで、何かというと嫌味をぶつけてくるクロックだが、なんだか妙に親近感を覚えてしまった。
「規格外の力っていうのも面倒なもんだよな」
「ち、ちょ! 気安く僕に触らないでくれよ!!」
「いいからいいから」
嫌がるクロックの小さな背中をばすばす叩き、俺は鷹揚に頷いてみせた。
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次回更新は3/22(日)です。
いよいよメテオが観戦上等になってきました。
『ワールドトークRPG!』の三巻は3/24(火)から順次書店へと出荷されます。
今までの流れでいくと、実際に書店へ行き渡るのはホントに月末くらいかと。
東京のでっかめの本屋は24日にあるとは思います。たぶん!
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