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二部
090 マレウスの書9
しおりを挟む「おはよう、女将さん」
「昨日は話し込んじまってすまなかったね。朝食はできてるよ」
コーデリアの秘密について知ってしまったマレウスであるが、猫八の女主人にはショックを受けたそぶりも見せず現れた。歴史家としてのプライドが真実を知ったことの動揺を押しとどめている。
「しばらく猫八に泊まらせてもらおうと思うんで、一週間分くらいの宿代を先払いさせていただく」
「ちょっと多すぎさね。その半分で食事も満足させてあげるよ」
カウンターに置いた革袋の中も見ずに女主人は請け負ったが、マレウスはいいやとかぶりを振った。
「昨日は歴史学者として、いいお話を聞かせていただいた。お礼も含まれている」
「そうかい。冒険者の宿も長く続けてみるもんだね」
イヴァンはすでに完全武装で朝食にありついている。そして足元には巨大な白猫オフィーリアと、マレウスたちを猫八に導いた小さい白猫がいる。
「すっかり懐かれてしまいましたね、イヴァンさん」
「すっかりこの猫に根負けして、白身のいいところを取られてしまったわい」
鱒のパイ包み焼き。もちろん朝は作りおきの冷めたものであったが、そのかけらを二匹の猫にふるまっている。
「あらあらすまないねえ。しっかりエサはやってるんだけど、人様のお裾分けをもらうのが好きみたいでね」
「フン。商売上手な猫達じゃわい。パイをもう一枚もらおうか」
猫嫌いといっていたイヴァンもすっかり籠絡されたようだ。
「遅かったな、マレウスよ」
「……うむ。昨日は夜更かしをしすぎたようだ」
「ユルセラにはしばらく滞在するのですね?」
「もちろん。古都では調べることがたくさんある」
マレウスは焼きたてのパンと新鮮なトマトを味わいながら、古都ユルセラでしなくてはならないことを語り始めた。
「まずは魔術師ギルド。そこで閲覧できるだけの文献をさらってから、ユルセール城跡に向かう」
「儂は魔術師ギルドでは役に立ちそうもない。城跡に向かうまではこの町をぶらつかせてもらう」
「かまわない。ルシアはわたしの手伝いを頼む」
「かしこまりました」
「ニャ~」
小さい方の白猫もルシアの言葉に合わせて鳴く。
思わず顔がほころんでしまう可愛さであった。
「なんじゃロザリンド。コーデリアですら満腹そうなのにお前はまだ食い足りぬのか」
「ニャ~」
仕方ないとイヴァンは白身のなるべく味のついていないところをパイからむしり、小さな猫に与え始めた。
「ロザリンド? その白猫の名前か」
「ああ。こう見えてまだ生まれて数ヶ月らしいぞ」
「……にしては大きいですね」
「猫八の次世代看板娘というわけか」
「ニャ~」
「ごみゃ~」
(美姫……コーデリアにもこのような常識的なサイズの頃があったのだろうな)
いずれはロザリンドも、みるみる大きくなってしまうのだろう。
マレウスはかわいい盛りのロザリンドのノドを撫でると、この小さいころの姿をしっかり心に焼き付けておこうと思うのであった。
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