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第二部

25.昼間会えない夜の逢瀬

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本日2度目の更新です。
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 事務所に行く日は必ずと言っていいほど、東条さんが夜会いに来てくれる。出張や11時を過ぎて会いに来れない時は、いつも仕事の合間を縫って電話を必ずかけてくれる。そんな気遣いや優しさがたまらなく嬉しくて、私は今夜も東条さんから届いたメールを読んだ直後、薄手のジャケット一枚を羽織って静かに玄関を開けた。

 丁度雨が上がった直後の夜は雨の匂いで満ちていた。空気が澄んでいて湿度はあるけど、肌をひやりとした空気が撫でる。向うのは近所の公園近くにいつも停める東条さんの黒い車。街灯が少し離れた場所にあるため、車の中まで見られる事はあまりない。そもそも11時近い時間に外を出歩く人があんまりいないんだけど。

 ノックをする前にロックが解除される。そして慣れた手つきで私は助手席へ座った。

 「こんばんは。遅くなりました、すみません」
 薄っすらと疲労が残る顔で東条さんが目元を和らげて微笑んだ。その表情だけで胸の奥がキュンと疼く。昨日会ったばかりで、東条セキュリティーに出社しない日はこうやって会いに来てくれるし、ほぼ毎日私達は顔を見せているだろう。これ、遠距離恋愛している人にとってはかなり羨ましがられるよね?周りに言わせれば絶対バカップルって言われそうだ。

 思わず見惚れそうになった私は、あわてて挨拶を返した。遅くなったなんて気にしなくていいのに。11時過ぎると私の就寝時間が遅くなるし、東条さんの帰宅も遅くなるから会わないようにしているだけで。本当ならどんなに遅くなっても会いたいんだけどな・・・

 「一目会えるだけで嬉しいですよ?でも無理しないで下さいね。体調崩しちゃったら大変ですし、司馬さんにも心配かけちゃいますよ」
 苦労性の司馬さんの気苦労を少しでも軽減させてあげないと。体調管理も大切だとこの前なんかの時に説明していた気がする。

 苦笑いする東条さんは、その大きくな手で私の頭を撫でると、男の人にしては繊細な指で髪を梳いた。シャワーを浴びて乾かされた髪はほんの少しだけ湿っていたのかもしれない。お風呂上りだとすぐに気付いたようだった。

 「湯冷めさせちゃいますかね?」
 「寒くないから平気ですよ?」
 それに車内は別に寒くない。むしろ心臓が少しずつ主張を始めている。2人きりの状況はもう慣れたはずなのに、どうして相変わらず東条さんの一挙一動に反応しちゃうのだろう。優しい手つきで東条さんが触れてくれると、体の中から満たされる気分になる。

 眠気を誘う手つきにうとうとし始めていたら。ぐいっと後頭部が引き寄せられた。ぱっちりと目を見開いた直前に見えるのは、東条さんの整った顔立ち。朝姫ちゃんと良く似たアーモンド状のきれいな瞳にすっきりとした二重。黒くて直毛の睫毛にすっとした鼻筋。柔和な微笑みから笑みが消えた瞬間、優しく唇が塞がれた。

 触れるだけのキスは角度を変えてどんどん深くなる。すっかり東条さんのキスに慣らされてしまった私は、今は酸素不足にも呼吸困難にも陥ることなく自然に息をする方法を身につけて、しかも自分から東条さんの舌を受け入れてしまう。絡み合う舌の感触や時折耳に入る唾液の音と、零れる甘い声。どれも全て麻薬のように体の中を駆け巡り、私に甘い痺れをもたらした。

 「ふぁ・・・っん・・・」
 
 くちゅり、と水音が響く。熱を孕んだ視線が薄く開いた瞼の隙間から見えた。恥ずかしくてすぐに閉じてしまったけれど、次に目を開けた時は東条さんは目を閉じていて。言葉もなくお互い感じるのはふれ合う体温と深く繋がった唇。熱を分け合うこの行為は何て気持ちよくて、満たされるものなのだろう。
 体の中で篭る熱がどんどん高まってきて、外に逃がせない。
 離れてしまう体温が寂しくて、ふれ合う唇がもっと、もっとと訴える。すがりつくように東条さんの首に腕を回して自分から抱きついた。溢れる想いは枯れることなく、更なる欲求が増す。

 ふいに後頭部に回っていた東条さんの手がゆっくりと下りて来た。首筋を撫でて、耳に触れ、肩のラインをなぞる。掌で優しく宝物を扱うように、私の体をなぞっていく。肩、背中、そして脇。微かに胸に触れた手にぴくり、と反応して思わず体が固まってしまった。揉まれるでもなくただ触れただけで一筋の緊張が体に落ちる。それに気付いた東条さんは、ふいに触れていた手を離した。

 「少し調子に乗りすぎてしまいましたか・・・すみません」

 自嘲気味に微笑んだ東条さんは私の頬を指でゆっくりと撫でる。謝らせてしまったことに罪悪感を感じた。条件反射のように緊張したのは東条さんが悪いわけじゃない。だから、謝らないで。そんな少し悲しそうな眼差しで私を宝物のように触れないで。私はどこにも行かないし、壊れる陶器でもないんだよ?

 望まれているのに覚悟がなかなか決まらない自分を叱咤する。言葉だけじゃなくて触れ合いたいのは私も同じなのに。

 俯きそうになる顔を上げて、顔に熱が集中しながらも、賢明に言葉を探した。自分の気持ちを真っ直ぐに告げなきゃ、不安は拭えないじゃないか。コミュニケーションは絶対に大事で、焦らず待っててくれる東条さんにずっと甘えっぱなしは嫌だ。

 離れそうになる東条さんの左手を咄嗟に握った。私の片手だけじゃおさまらない大きな手を、両手を使ってぎゅっと握る。その行動に驚いた東条さんと視線を合わせた。

 「あ・・・謝らないで。触れたいのは私も同じです・・・!」
 心臓が跳ねるのを無視する。頬が熱い・・・絶対に今の私、恥ずかしいくらい顔が真っ赤だ。でも夜だからそこまでばれていないと自分に言い聞かせながら、小さく息を吸った。

 「もっと触って欲しくて堪らないの。ずっと抱きしめて欲しくて、たくさんキスして欲しいのに・・・その、私が臆病でまだ覚悟が決まってない所為で・・・いろいろ我慢させてごめんなさい」

 うう、恥ずかしい・・・!
 驚いた顔で見つめてくる東条さんが何か言いそうになる前に口を開く。勢いに乗せて今日決めた覚悟を伝えるために。

 「でも!私がんばるから・・・!もっと自分に自信がもてるように、あとちょっとだけ恥ずかしさがなくなるようにがんばるから!だから、後・・・1ヶ月。1ヶ月待って欲しいの。それまでに結果出すから・・・そしたらその時、」
 はたと続きの言葉が止まった。
 その時の続きは何?

 抱いて欲しい?
 ――ダメだ、直接的すぎる。

 私を食べて?
 ――それもこの場で言うにはおかしいよね!?

 結局、咄嗟に出てきた続きの言葉は上の2つではなかった。

 「――その時私を・・・あ、愛して欲しいの!」

 言った直後に気付く。
 それじゃ今まで愛されていないと思っていたみたいじゃないか!?
 
 違う、違うよ東条さん!今だってこんな風に忙しいのに会いに来てくれて、私を優しく抱きしめてくれて、すっごく愛を感じるよ!?決して無理強いはしないし待っててくれるし、嫌な事はしないでくれる東条さんが私を愛していないだなんて思っていない。だから誤解しないで!と、おろおろしながら弁明を続ける私を、急にギュッと抱きしめてきた。東条さんの香りに包まれて、一気に気持ちが落ち着く。ああ、ダメだな私。もうこの癒しオーラを醸し出す東条さんの香りと甘い腕の拘束から離れたくない。

 「その顔でその台詞は、逆効果ですよ・・・」
 ぽつり、と零れた言葉は吐息に混じっていて良く聞き取れなかった。
 
 「まったく、私の理性を試すのですね、麗は。そのような可愛い顔と声で言われたら、うっかり押し倒したくなるじゃないですか」
 抱きしめられていて顔はわからないけど、その台詞にぎょっとした。おおお、押し倒したくなるって!!流石に初めてが車は嫌だよ!って、そうじゃないだろ自分。誰か通ったらどうする・・・でもなくって!

 あわあわと慌てる私の上から笑い声が落ちてくる。後頭部にキスをされた後、東条さんは一言「冗談ですよ」と言って、ゆっくりと離れていった。少し名残惜しさを感じながらもどこかでほっと胸を撫で下ろす。ああ、もう、心臓に悪い!いい加減このドキドキをどうにかしてー!

 「麗がそこまで覚悟を決めてくれた事が嬉しいです。ちゃんと考えていてくれる事が。私にもっと触れて欲しいと貴女が願うまで、ちゃんと待ちます」
 チュ、と持ち上げられた手の甲にキスを落とされる。まるで騎士か王子様の約束みたいだ、なんて思ってしまった。誰かいい加減この乙女思考をどうにかして欲しい。

 「それでは、来月が楽しみですね?」

 車から降りる瞬間かけられた言葉にうっと詰まる。1ヶ月って自分で期間言っちゃったらもう後戻りは出来ないじゃないか!ドアを閉める瞬間、私が出来たのは小さく頷くだけで。顔の赤さを見られたくなくって、おやすみなさいを告げた後脱兎の如く玄関まで走ってしまった。

 明日もは会社で顔を会わせるのにー!!

 部屋に戻ってから枕に突っ伏した私は、声もなく身悶えて呻いた後。すっかり日課化した腹筋を今夜は10回追加したのだった。

 
 ◆ ◆ ◆

 麗が自宅に入り扉が閉まるまで、白夜は車内から見守った。そして彼女の部屋の電気がついたのを確認すると、ようやく溜息を吐き出す。それは彼にとっては珍しく、深く長い溜息だった。 

 「あれは反則ですね・・・」

 ハンドルに突っ伏した白夜は、先ほどの光景を思い浮かべる。

 薄暗い中でもわかるほど、頬を上気させて瞳を潤ませた麗は、うっかりキス以上手を出したくなるほど愛らしかった。はじめは呼吸のタイミングすらわからず自分のキスに流されるだけだった麗が、やがて自分から積極的に舌を絡ませてくるまで成長した。感じている顔を見たくて目を開ければ、お風呂上りの化粧気のない顔が間近に映った。指通りのいい髪は毛先がまだ湿っていて、シャンプーの匂いが鼻をくすぐる。そして首から耳、鎖骨、肩と彼女の体を優しく触れれば、その感覚にすら敏感になっているのか。ぴくりと震える麗が可愛くて、つい調子にのってしまったといえばそうなるのだろう。

 柔らかい体の感触を確かめたくなり、危うく欲望のままもっと大胆に触れそうになった。軽く触れた胸は薄いジャケット越しからでも感じるほど柔らかくて、もっとと求めそうになる自分の理性をつなぎとめたのは、彼女だった。

 しまった、やりすぎた――

 緊張が走った麗を見た白夜は、咄嗟に謝罪する。傷つけたくはないし、無理強いはしない。そう決めていたのに、麗が撒き散らす色香に抗えなくなってきた。声も表情も、仕草の全部が愛おしくて、可愛くて。微かに走った緊張を感じて我に返ったのだ。

 だが、麗から告げられた言葉は予想外のもので、白夜は驚きと戸惑いを感じていた。
 ――今彼女は一体何と言った?

 もっと触れたい、触れて欲しい。そんな願いを持っていた事に、嬉しさがこみ上げる。そして自分に我慢させていると謝罪を述べた麗は、一ヶ月待ってと言った。

 1ヶ月で自信がもてるように、覚悟を決める。それまでに結果を出すから、と。

 「結果とは、一体何をするつもりなのでしょうか・・・」

 何だかまた斜め上の方向に暴走しそうな気がするのは気のせいであってほしい。
 恥ずかしさがなくなるように、何をがんばるのだろうか。自信を持つだなんて、今の彼女のままで十分愛おしくて愛したいのに。

 愛したい。
 その一言にまさかここまで振り回される気分になるとは。

 白夜は深々と溜息を吐いた。

 「愛して欲しいだなんて、まったく何て台詞を言うのでしょうかね・・・麗は」
 
 よくあそこで手を出さなかった、と自分を褒めてやりたい。
 潤んだ瞳で頬を染めながら必死になって気持ちを伝えた麗が、可愛くて仕方がない。目にも頬にも鎖骨にも、体中にキスをして、赤い花を散らしたい。たとえ最後までしなくても、自分の所有の証をつけて周りの目から隠したい。

 白夜はエンジンをかけると、窓を開けた。雨の匂いが満ちる空気が冷静さを取り戻してくれる。

 「もしかして、こんな時にタバコを吸いたくなるのでしょうか・・・」

 今までタバコを吸いたいと思ったこともなかったが、何となく精神安定の為に吸いたい気分になった。お酒は飲むがタバコはしない白夜だが、ほんの少し喫煙者の気持ちが分かるような気がした。

 ちらり、と再び麗の部屋の窓を窺えば、既に明かりが消された後だった。既に就寝したらしい。

 「おやすみなさい、麗。よい夢を」

 静かに発車させた白夜は淡く微笑む。

 彼女が告げた期間。いつもはあっという間に過ぎ去るが、今回ばかりは長く感じそうだ。そしてその1ヵ月後が楽しみだと、白夜は笑みを浮かべながら呟いた。




















************************************************
作者の一言:
「恥ずかしいのはこっちだよ・・・」
麗の発言を書くのに、無糖の紅茶を飲みまくりました。

そしてどっちでもいい設定ですが、司馬はたま~にタバコ吸います。1日に1本程度だと思いますが。吸わなきゃやってられない時に吸うのです、きっと(笑)
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