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第二章 冒険者活動編
第40話 銀等級昇格試験 其の三
しおりを挟む「それでは、試合開始!」
受付嬢の言葉が合図で、リュートとハリーの試合が始まった。
しかし、両者は動かない。
二人共、それぞれ思惑があった。
まずはリュート。
彼に関しては、昂る心を落ち着かせようとしていた。
理由はわからないが、ハリーと戦える事に対して、今まで味わった経験がない高揚を感じていたからだ。
だがこの状態はリュートのベストコンディションとはかけ離れている。
何となくだが、今の状態だと勝てる気がしないのだ。
(……落ち着け、落ち着けオラ。相手はただの的、動く的だべ)
ハリーから目線をそらす事なく、数回深呼吸をして自身に暗示をかけていく。
すると、ハリーの姿から剣を持った木人のような姿に見えてきた。
――この暗示こそ、リュートの狩りにおける奥義、殺気消しである。
ただの的を射るなら、殺気等の攻撃の起こりを完全にゼロに出来るのだ。
(……よし、大丈夫だべ)
リュートは一瞬にして心を落ち着かせ、本来の自分を取り戻した。
一方のハリーは、非常に慎重になっていた。
一緒に仕事をした上で、リュートの弓の腕前を知っており、下手に動くと一瞬で射貫かれてしまうと感じているからだ。
今は何故か射ってこないが、もしかしたら絶好のタイミングを伺っているのかもしれない。
そしてここまで慎重になる最大の理由があった。
(……リュートの奴、急に存在が希薄になった。俺と戦うという気概すら殺気すらない)
目の前には確かにリュートは存在している。
だが、一瞬でも気を緩ませると、不思議とリュートを見失いそうになる。
リュートが身に付けた奥義は、攻撃の起こりをなくす事により、気配に敏感な獲物すらもリュートを視認できなくなる。
例え目の前にいたとしても、自然と同化して植物等の自然物と同じように認識してしまうのだ。
今、ハリーはリュートを視界に捉えるのが精一杯で、攻撃に意識を向ける事が出来なかったのだった。
ハリーの額から、一筋の汗が頬を伝い地面に落ちる。
一方のリュートは無表情で何を考えているかわからないが、視線はハリーからそらさない。
そして、リュートが矢を放った。
まるで瞬きした瞬間に攻撃されたような感覚だった。
当然ながらハリーは瞬きはしていない。
「うおっ!?」
全く予測できない突然の攻撃に、ハリーは横に大きく飛びながら矢を回避した。
恐らく狙ったのは右腕。武器の無力化を狙った攻撃なのだろう。
しかも、通常の弓使いが放つ矢より速く感じる。
(攻撃の起こりもないし、射るまでの速さが段違い。おまけに矢の放たれた速度までヤバいとか、やっぱリュートはやばすぎだろ!)
そしてハリーに思考の暇すら与えずに、次の矢が彼目掛けて飛んでくる。
二射目が放たれるまで、三秒もかかっていない。
「ちっ!!」
二射目は大剣の腹で受け止めた。
鉄の鏃と大剣がぶつかり、甲高い金属音が会場に響き渡る。
また、間髪入れずに三射目。
「調子に、乗るな!!」
ここでハリーはスキルを発動する。
ハリーは《ステイタス》を得て、二つのスキルを得ていた。
まず一つ目は――
「《縮地》」
縮地は移動スキルだ。
一回だけ移動速度を十倍に跳ね上げるスキルで、スキル使用間隔は約三十秒となっている。
ハリーは縮地を使い、三射目に放たれた矢を潜り抜け、眼も優れているリュートですらハリーの姿を見失った。
そして次の瞬間、リュートの真横でドゴンと不自然な大きな音が鳴る。
リュートは反射的に音が鳴った方向に身体を向けると、大剣で攻撃しようとしているハリーの姿が目に入って来た。
ハリーは、縮地を使って一瞬でリュートの真横まで移動し、自慢の大剣の射程距離に入ったのだ。
大きな音の正体は、縮地の勢いを殺す為に利き足である右足を勢いよく踏み込んだ際に発生した音だ。
右足は地面にめり込んでいるが、《ステイタス》で得られた人外の身体だからこそ可能な強引な急ブレーキだった。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
まるで大剣を片手剣かのように扱うハリーは、横薙ぎを繰り出す。
(はっや!!)
ハリーが放つ斬撃の速さに驚いたが、冷静に後ろに飛んで余裕を持って回避に成功。
――したかのように見えた。
突如謎の衝撃波に襲われ、リュートの身体は持ち上がり後方へ吹っ飛ばされた。
「うあっ!?」
体にダメージはないが、空中できりもみしながら吹き飛ばされているのだ。
観ていた観客も「おお」とざわめく。
これがハリーが得たもう一つのスキル、《戦嵐》である。
任意で発動できるこのスキルは、攻撃時に衝撃波を生み出して相手を吹き飛ばしたり、迫りくる矢を衝撃波で無力化出来る。
リュート程度の体躯なら、約五十メートル位は吹き飛ばせるだろう。
《ステイタス》により人外の身体能力を得たハリーは、きりもみしながら吹っ飛んでいくリュートを追いかけようとした。
が、リュートもリュートで、もはや人外の領域にいた。
なんと、きりもみ状態にも関わらず、ハリーを捉えていた。
こんな状態にも関わらず、リュートは矢を弓の弦に当て、驚異的な動体視力を以てハリーを捉えて矢を放ったのである。
「何っ!?」
これにはハリーも驚き、地面に転がってギリギリ矢を回避した。
そしてリュートは後頭部を手で覆って守りながら、地面に転倒する。
更に強引に腕の力で跳ね起き、体勢を一瞬で整えた後にすぐに矢を放てる準備を終わらせる。
それを見たハリーは、驚愕するしかなかった。
(おいおいおいおい、あいつ本当は《ステイタス》持ちなんじゃないか!? 実は流れ者でしたって事はないか!?)
当然の疑問であろう。
会場にいるリュート以外の全員が、そのように感じた。
だが、残念ながらリュートは《ステイタス》は持っていない。
(……リュートはやっぱり、《ステイタス》を持っていない人間が至れる極致にいる存在、かもしれないな)
ハリーは興奮した。
リュートが通常の人間が至れる極致にいる存在なら、人外に至った自分は彼を超えなくてはならない。
超えた後、更なる人外の高みを目指したい。
ハリーはリュートに出会ってから、元々高かった向上心や野望がより一層増した。
金等級より遥か上に行きたいと思ってしまったのだ。
金等級でも十分に金や名声を得る事が出来る。だが、もっと上を目指したいのだ。
より名声や金を得たいのではない、男なら誰でも一度は抱くであろう《最強》という頂から、世界を見下ろしたいのだ。
となると――
(リュートは超えなくてはいけない壁だ!!)
この思いに、スキルが呼応した。
いや、スキルが進化した。
縮地は一回の移動に対して効果を発揮するのだが、この瞬間を以て《真・縮地》へと変わった効果は、三回分連続で縮地が可能となった。
リュートが矢を射る瞬間に《真・縮地》を発動。
リュートの眼前からハリーの姿は消えた。
再び真横からドゴンという音が聞こえたので、瞬間的に視線を向けて矢を放とうとしたが、既にハリーの姿はなかった。
(……すぐに移動したか?)
今度も更に真横。
また視線を向けたがハリーの姿はない。
そして最後に真後ろ。
ドゴンという音と共に放たれるのは、巨大な殺気。
「こおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
ハリーの気合が入った声が響き渡る。
リュートが体の向きを変えてハリーを視界に捉えた時には、大剣を振り下ろそうとする瞬間だった。
明らかに殺しに来ている一撃。
本来は反則だろうが、リュートにとっては関係なかった。
リュートはかがんだ状態で斬撃をかろうじて回避すると、ハリーの顎目掛けて打ち上げるように矢を放つ。
ハリーも舌打ちをしながら皮一枚で回避に成功。
が、リュートはそこからハリーの腹部に蹴りを見舞う。
矢を避ける事に集中していた為、この蹴りは避け切れずに喰らってしまう。
「ぐっ」
多少の痛みと、蹴りの衝撃でよろめくように後ろに下がったハリー。
リュートは攻撃の手を緩めず、距離が開いた為高速で矢を射る。
ハリーの足元目掛けて放たれた矢を避ける為に、後退するハリー。
そう、まるで誘導されているかのように。
(俺の縮地を恐れて、機動力をなくす為に足を狙っているのか? いや、何か違和感を感じる。何だ、この違和感は?)
すると、リュートの攻撃が止まる。
どうしたんだとふと疑問に思うが、次の瞬間に何故攻撃を止めたかがわかった。
上空から空気を切り裂きながら迫りくる物体の音が、ハリーの耳に飛び込んできた。
《ステイタス》によって五感も常人以上のものを得たハリーは、すぐさま上空を見る。
音の正体は、矢だった。
(まさか、さっき俺の顎目掛けて放った矢か!?)
実はハリーの顎目掛けて放った矢は、当てる気はさらさらなかったのだ。
リュートにとって打ち上げた矢は「顎を狙う」ように見せかけたブラフ。
真の狙いは、自由落下によって勢いが増した矢でハリーの右肩を真上から射貫き、戦闘不能にして勝利を掴もうというものだった。
足元を狙っていたのは、矢の落下地点へ誘導する為だったのだ。
だが、計算外だったのは、予想以上にハリーが上空の矢に気付くのが早かった点だ。
リュートは内心舌打ちを打っていた。
当のハリーは、矢に気付き動揺しつつもかろうじて回避に成功。
だが、彼の内心は穏やかではない。
(……まさかあの段階で、これを狙っていたのか? 化け物過ぎないか?)
戸惑い、畏怖、恐怖。
もう言語化出来ない程に様々な感情がごちゃ混ぜになっていて、冷汗が止まらない。
確かにリュートは神憑り的な弓の腕前だが、まさか落下した矢すらも正確にコントロールできるとは思わなかった。
《ステイタス》持ちより、よっぽど人外をしていた。
(やばいぞ、ほぼ勝てると思っていたが、こいつに限っては勝率は良くて五分かもしれないぞ)
ハリーが徐々に弱気になってきていた。
逆にリュートはやる気に満ちていた。
この勘のいい的は、絶対に仕留めてやる、と。
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