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心の雪解け

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私はベルナンド様とクラウス様がいるという湖の庭園に向かって歩いていた。
お兄様は馬車の前で手を振っている。
「あの、ベルナンド様」
「なんでしょうか?」
「き、騎士の誓いですが……あの……無効に」
「出来ません」
「……ですよね」
私は肩を落としてとぼとぼと歩く。
「でも、もう私が危険な目に遭うことはなくなりました」
「今は……ですよ」
「え?」
私がおもわず振り返るとベルナンド様の思いがけない真剣な瞳に出会う。
「貴女はこれから王室に嫁ぐのでしょう? それならば王宮に精通してクラウスにものを言える護衛は必要ですよ」
「あの、それは」
「クラウスにそれを伝えに行くのでしょう?」
カーッと私の頬が熱くなるのを感じた。
「……はい」
「それならば問題ありません。公爵家にいる間は騎士団を手伝いますが、貴女が王宮にいらしたら護衛騎士としてお支えします」
ベルナンド様の言葉に今から自分が行うことの結果の大きさに二の足を踏む。でも、わたしは足を止めなかった。
もう迷わないと決めたのだ。
「わかりました。その時はよろしくお願いします。ベルナンド様」
「かしこまりました。お嬢様」
暫く歩くと目の前に湖が広がっていた。
「あそこにあるのが今回だけ新しく作られた庭園です。クラウスもあそこにいるはずです」
「あの、私が来ることはクラウス様は……」
「知りません」
「え? そうなんですか? でも、なんでベルナンド様はご存知だったのでは」
私が驚いて尋ねるとベルナンド様が胸を叩いた。
「我が主の動向は常に確認できるようにしています」
「それって……」
公爵家に密偵がいるってことじゃ。
私はなんとか言葉を飲み込むとぎこちなく微笑んだ。
「それは……素晴らしいですね」
その時庭園から湖を見下ろせる場所にクラウス様が現れた。
「あっ」
「おっと、それではここからはお一人でどうぞ」
ベルナンド様が一歩引いて私を前に押し進める。
「あ、あの……」
「さあ、早く」
そう言ってから後ろに下がったベルナンド様は直ぐに見えなくなった。私は仕方なくそのままクラウス様がいる方向に歩みを進めた。
どうしよう。なんて言えば良いのかな?
こんなにお待たせしちゃったんだもの。もう呆れているのかもしれない。
怒ってたら……
嫌われていたら?
段々と悪い想像ばかりが頭をよぎって歩みが遅くなってきた。
少し俯いて歩いている私の目に見慣れない靴のつま先が映る。
「あ」
慌てて顔を上げようとしたその瞬間。私は強く抱きしめられていた。
ハッとして見上げるとそこにはクラウス様の顔がある。
ああ、やっぱり会えなかった期間、私は寂しかったのだ。この腕が恋しくてたまらなかった。
「クラウス様……」
私はわたしを抱きしめる体に腕を回して抱きついた。
「アーデル、会いたかった」
「クラウス様、私もお会いしたかったです」
私達は暫くそのまま動けなかった。お互いに離れがたく、でも、なかなか話をすることも出来ずただお互いの存在を今は確かめていたかったのだ。

「クラウス様」
私は意を決してクラウス様の背中をポンと叩く。
「ああ、本当にアーデルなんだね」
「はい。あの少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
「そ、そうだな」
クラウス様はアタフタと私を離して目の前に立った。
「君が見えた時は心臓が止まりそうだったよ」
「ご公務中に突然お訪ねして申し訳ありませんでした」
「いや、それはいいんだ。気にしないでくれ。もう殆ど見て回っていたんだ」
「そうですか。それならよかったです」
シーンという沈默が辺りを覆う。
「少し歩かないか?」
クラウス様が私に手を差し出してそう言ってくれた。
「はい、喜んで」
私がその上に手を重ねるとゆっくりと二人で並んで歩き始める。そこは湖畔を一周出来る遊歩道となっており静かだが湖に光が反射して明るく光が溢れていた。
「きれい」
「そうなんだ。それがここの名物になるだろう」
少し歩いたところで私は隣を歩くクラウス様を見上げた。
痩せられたかもしれない。薄らと隈の残る目元に申し訳ない気持ちが湧き上がる。ただでさえ今は王室の立て直してお忙しいのに私の事に時間を取らせるなんて。
私は立ち止まるとクラウス様のエスコートの手を離した。
「あの、お忙しいようでしたらまた明日にでも」
「やめてくれ。もう待てない」
クラウス様は再び私の手を掴むとグイッと引き寄せる。
「君からの返事をずっと待っていた。もう限界なんだ。どんな結論であっても受け入れるよ。今話して欲しい」
「……わかりました」
私は大きく息を吸い込むとクラウス様の顔を見上げた。
「私は貴方が好きです」
「私もだ」
はっきりと断言するクラウス様に私は迷っていた気持ちも打ち明けようと決心した。
「でも、覚悟が出来ませんでした」
「覚悟?」
クラウス様が不思議そうに聞き返す。
「はい。あの、婚約の先には結婚があります。そう考えたら王家という重圧に耐えられるのか不安になってしまって」
私がモジモジと下を向くとクラウス様が優しく抱きしめてくれた。
「そうか……。そうだな。さらに王家の血がアーデルには不吉なものに感じても不思議ではない」
「…………」
「私も気づいている。国王陛下は叔父上の能力について知っていたはずだ。でも、それを知っていても尚叔父上を止めようとはなさらなかったのだ」
「…………」
「そして、私は国王陛下の気持ちも理解できる」
「クラウス様」
「あっいや、君も知ってある通り、私は君に能力の譲渡がされたと知って君を利用しようとしたからな」
ああ、そう言えば能力も返さないと。制御できるようになってからはなるべく使わないようにしていたから忘れていた。
「あの、まずはこの能力をお返しします」
「そんなことより! そう思っていたのに何故今君がここにいるのかを教えてほしい」
ガシッと肩を掴まれて顔を寄せられる。至近距離で見るクラウス様の美貌に顔がカッと熱くなる。
「あの、それは…………我慢ならなかったのです」
「え?」
「いろいろな事を考えても私以外の誰かがクラウス様の隣に居るのが耐えられないと気づいたからです。後から後悔するのはもうやめたいのです!」
「アーデルハイド」
「そう考えたら王家に嫁ぐ不安や血筋や重圧なんかたいしたことないって思ったのです」
「アーデル」
「私は何があっても貴方の隣に立っていたいとわかったんです!!」
はぁはぁと肩で息をしながら言い切った。
「アーデル!!」
今度はギューっと強く強く抱きしめられた。
「私も君の隣に私以外の男がいることに耐えられそうもない。重圧をかけないなどという約束は出来ないが君を守り愛することは約束するよ」
「クラウス様」
「私達の子供が陛下や叔父上のようにならないよう真摯に向き合うと誓うよ」
「クラウス様」
「アーデル、君の未来を私にくれないか?」
クラウス様はそう言うと私の顔を少し上向かせて覗き込んできた。
「はい。クラウス様の未来も私に下さい」
「もちろんだ。喜んで差し出すよ」
それからクラウス様の顔がどんどんアップなってくる。
もうあの青い瞳しか見えない。そして、私の唇がクラウス様のものにゆっくりと覆われた。
優しいキスに涙が伝う。これから先何があってもこの瞬間は覚えておこう。この湖の景色と私達。これさえ忘れなけばきっと上手く行く。そう信じられた。
「あっ……」
段々と深くなる口付けに私の息が上がる。
「アーデル、愛している。愛しているよ」
クラウス様がそっと唇を離すと私の息が上がる。
「アーデル、君は?」
優しく笑うクラウス様に私は想いを込めて微笑んだ。
「私も愛しています。クラウス様」
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