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家族の形
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私は見慣れただが余りにも敷居の高い公爵家に到着した。
「緊張してるのか?」
先に馬車から降りたベルナンド様が手を差し出してくれる。私はその手を取ると意を決して馬車から降りた。
「え? どうなっているの?」
いつも明るく花が溢れていたエントランスホールには誰もおらず、がらんとして活気が感じられない。
「執事は? 侍女達はどこにいるの?」
私が身を固くしたのと同時に階段をゆっくりと降りてくるお父様とお母様が見える。
「ひっ!」
私は思わず出てしまった声に両手で口を覆った。
なんとも不気味だった。良く知る両親の面影は全くない。血の気のない顔に隈だらけの目がギラギラしているのだ。
あれは本当にお父様とお母様だろうか?
「アーデルハイド嬢……」
ベルナンド様も剣の柄に手をかけている。
「お父様……お母様」
「おお! 戻ったか! 早くこちらに来るのだ」
お父様がニタリと微笑むと私の背筋がビクッと反応した。
「早くきなさい!! なんて図々しい!!」
お母様は目を釣り上げてまるで穢らわしいものでも見るように私を見る。
「アーデルハイド嬢、一旦今日は戻った方がいい。様子がおかしすぎる」
ベルナンド様が警戒した様子で私の前に立った。
「おお、ベルナンド君じゃないか! 君も見守りに来たのか! やっと! やっと儀式が行えるんだ。見て行ってくれ」
お父様がベルナンド様にはいつも通り話しかけてあまつさえにっこり優しく微笑んだ。私に向ける顔とは違いすぎる。
「グランデカール公爵! これは一体何事ですか?」
剣に手をかけたままベルナンド様がお父様に話しかける。
「何って君だって知っているだろう。そこに我が愛しい娘アーデルハイドの体を奪った悪魔がいるのだよ。悪魔を退治しなくては本物のアーデルハイドが戻れないだろう?」
「何を!!」
「ああ、君はまだ知らなかったのかい? リヒャルドでさえ騙されているくらいだからね。本当に悪魔とは恐ろしいものだ。早くアーデルハイドの体から追い出さなければ!」
お父様の目が怪しく揺らめく。ゾクリと私の背筋が凍る。
「お父様、何を仰っているのですか? 私はアーデルハイドですわ。悪魔付きでも、体を乗っ取られてもおりません!」
「往生際の悪い悪魔だ」
お父様が手を挙げると明らかに公爵家にいなかったようか変な仮面を被った男達が現れる。
「何事なの!」
「アーデルハイド嬢、頼むから俺の後ろから出るなよ」
ベルナンド様がそういうと腰に刺していた剣をスラリと抜いた。
「……ベルナンド様」
「ベルナンド君、何のつもりかな? まさか君もリヒャルドのようにその悪魔に魅入られているのか?」
「悪魔悪魔と良く自分の娘に対して言えますね。公爵」
するとお父様が肩をすくめて残念そうに頷いた。
「仕方がないね。折角リヒャルドも出かけているんだ。こんな機会はもうないかもしれない。その男諸共捉えてくれ」
お父様の合図と共に男達が剣を手に向かってくる。私はその場で蹲ると頭を抱えた。
「キャーー」
ガキンという斬撃音に思わず悲鳴が漏れる。
「チッ、多過ぎる」
「ベルナンド様!」
ベルナンド様の横から飛び出してきた男に思わず体当たりしてしまう。
「アーデルハイド嬢!!!」
剣を受けながら私の方に体を向けようとした時ベルナンド様の剣が飛ぶのが見えた。そして、私の首にガツンという衝撃と共に視界が暗転したのだった。
「………なのか?」
「……だろう」
誰かの話し声が聞こえる。私はゆっくりと意識を取り戻した。私は手足を動かしてみたが、どうも後ろ手に縛られているようだ。
ベルナンド様は大丈夫かしら? 最後に見たのは剣を飛ばされるとところだったから心配だ。
薄っすらと目を開けて状況を確認してみる。手足を縛られてはいるが手荒な真似はされていないようだ。
「まだ、観客が集まっていない。もう少し待て」
「ああ、わかったよ」
観客? 何か始まるの? 確かお父様が儀式と言っていたわ。
そうよ。私の中の悪魔を追い払うとあなんとか。それって黒魔術ってこと?
この国では悪魔絡みの儀式は黒魔術と呼ばれ忌み嫌われる。まさか! お父様が?
私の気持ちがずーんと落ち込んだ。両親は敬虔な神の信徒だった。教会に欠かさず通っていたのに。私があんな事にならなければ今でも……今でもこの家で幸せに暮らせたはずなのに。黒魔術になんて手を出さなかったのに。
私は自分だけではなく周りの家族の未来までを変えた犯人に沸々とした怒りが浮かぶ。
黒魔術に、儀式となればきっと私は生贄にされるのかもしれない。私を殺したらもう娘はいなくなるのに……
私の目に涙が溢れてくる。
駄目よ。泣かないわ。こんな理不尽なことは、絶対に許されない。
私は目にグッと力をいれると周りの様子を伺った。
ここは……地下室? 公爵家には食物庫として地下室が存在する。子供の頃お兄様と迷い込んで執事に怒られたわ。
でも、こんなに狭かったかしら?
すると奥に見慣れない真新しいドアを見つけた。
あんなドアあったかしら?
その時ガチャという音と共に誰かが入ってきた。
「まだ目覚めないのか?」
「はい」
「そろそろ観客も集まってきているぞ。泣き叫ばない生贄など興醒めだ。起こせ」
カツンカツンと足音が近づいて来た。
「おい! 起きろ!!」
私は渾身の演技で体から力を抜いた。
「だめだ。暫く起きそうにないぞ。なんだってあんな強く殴ったんだ?」
「おい! 目を覚ませ!!」
ユッサユッサとゆすられても反応しないようにする。私が目覚めなければ儀式が始められないのなら出来る限り時間を引き伸ばさなければ!
「おい、もういい。水でももってくる。それより男の方はどうだ?」
「ああ、かなり暴れてるみたいだな。どこぞの貴族らしいが始末するしかないだろうよ」
ベルナンド様を巻き込んでしまった……
私は唇を噛み締める。
「この女が目覚めないなら男の方から先にやるしかないか」
「そうだな。メインは後回しでもいいか……。男を連れて行くか」
ベルナンド様が!!
私は意を決して頭を動かした。
「ん……」
「お! 起きたぞ! 男は後だ。この女から連れて行くぞ」
ほんの少しだけだけど、ベルナンド様の命を伸ばすことができるのなら……
私は目を開けた。
「緊張してるのか?」
先に馬車から降りたベルナンド様が手を差し出してくれる。私はその手を取ると意を決して馬車から降りた。
「え? どうなっているの?」
いつも明るく花が溢れていたエントランスホールには誰もおらず、がらんとして活気が感じられない。
「執事は? 侍女達はどこにいるの?」
私が身を固くしたのと同時に階段をゆっくりと降りてくるお父様とお母様が見える。
「ひっ!」
私は思わず出てしまった声に両手で口を覆った。
なんとも不気味だった。良く知る両親の面影は全くない。血の気のない顔に隈だらけの目がギラギラしているのだ。
あれは本当にお父様とお母様だろうか?
「アーデルハイド嬢……」
ベルナンド様も剣の柄に手をかけている。
「お父様……お母様」
「おお! 戻ったか! 早くこちらに来るのだ」
お父様がニタリと微笑むと私の背筋がビクッと反応した。
「早くきなさい!! なんて図々しい!!」
お母様は目を釣り上げてまるで穢らわしいものでも見るように私を見る。
「アーデルハイド嬢、一旦今日は戻った方がいい。様子がおかしすぎる」
ベルナンド様が警戒した様子で私の前に立った。
「おお、ベルナンド君じゃないか! 君も見守りに来たのか! やっと! やっと儀式が行えるんだ。見て行ってくれ」
お父様がベルナンド様にはいつも通り話しかけてあまつさえにっこり優しく微笑んだ。私に向ける顔とは違いすぎる。
「グランデカール公爵! これは一体何事ですか?」
剣に手をかけたままベルナンド様がお父様に話しかける。
「何って君だって知っているだろう。そこに我が愛しい娘アーデルハイドの体を奪った悪魔がいるのだよ。悪魔を退治しなくては本物のアーデルハイドが戻れないだろう?」
「何を!!」
「ああ、君はまだ知らなかったのかい? リヒャルドでさえ騙されているくらいだからね。本当に悪魔とは恐ろしいものだ。早くアーデルハイドの体から追い出さなければ!」
お父様の目が怪しく揺らめく。ゾクリと私の背筋が凍る。
「お父様、何を仰っているのですか? 私はアーデルハイドですわ。悪魔付きでも、体を乗っ取られてもおりません!」
「往生際の悪い悪魔だ」
お父様が手を挙げると明らかに公爵家にいなかったようか変な仮面を被った男達が現れる。
「何事なの!」
「アーデルハイド嬢、頼むから俺の後ろから出るなよ」
ベルナンド様がそういうと腰に刺していた剣をスラリと抜いた。
「……ベルナンド様」
「ベルナンド君、何のつもりかな? まさか君もリヒャルドのようにその悪魔に魅入られているのか?」
「悪魔悪魔と良く自分の娘に対して言えますね。公爵」
するとお父様が肩をすくめて残念そうに頷いた。
「仕方がないね。折角リヒャルドも出かけているんだ。こんな機会はもうないかもしれない。その男諸共捉えてくれ」
お父様の合図と共に男達が剣を手に向かってくる。私はその場で蹲ると頭を抱えた。
「キャーー」
ガキンという斬撃音に思わず悲鳴が漏れる。
「チッ、多過ぎる」
「ベルナンド様!」
ベルナンド様の横から飛び出してきた男に思わず体当たりしてしまう。
「アーデルハイド嬢!!!」
剣を受けながら私の方に体を向けようとした時ベルナンド様の剣が飛ぶのが見えた。そして、私の首にガツンという衝撃と共に視界が暗転したのだった。
「………なのか?」
「……だろう」
誰かの話し声が聞こえる。私はゆっくりと意識を取り戻した。私は手足を動かしてみたが、どうも後ろ手に縛られているようだ。
ベルナンド様は大丈夫かしら? 最後に見たのは剣を飛ばされるとところだったから心配だ。
薄っすらと目を開けて状況を確認してみる。手足を縛られてはいるが手荒な真似はされていないようだ。
「まだ、観客が集まっていない。もう少し待て」
「ああ、わかったよ」
観客? 何か始まるの? 確かお父様が儀式と言っていたわ。
そうよ。私の中の悪魔を追い払うとあなんとか。それって黒魔術ってこと?
この国では悪魔絡みの儀式は黒魔術と呼ばれ忌み嫌われる。まさか! お父様が?
私の気持ちがずーんと落ち込んだ。両親は敬虔な神の信徒だった。教会に欠かさず通っていたのに。私があんな事にならなければ今でも……今でもこの家で幸せに暮らせたはずなのに。黒魔術になんて手を出さなかったのに。
私は自分だけではなく周りの家族の未来までを変えた犯人に沸々とした怒りが浮かぶ。
黒魔術に、儀式となればきっと私は生贄にされるのかもしれない。私を殺したらもう娘はいなくなるのに……
私の目に涙が溢れてくる。
駄目よ。泣かないわ。こんな理不尽なことは、絶対に許されない。
私は目にグッと力をいれると周りの様子を伺った。
ここは……地下室? 公爵家には食物庫として地下室が存在する。子供の頃お兄様と迷い込んで執事に怒られたわ。
でも、こんなに狭かったかしら?
すると奥に見慣れない真新しいドアを見つけた。
あんなドアあったかしら?
その時ガチャという音と共に誰かが入ってきた。
「まだ目覚めないのか?」
「はい」
「そろそろ観客も集まってきているぞ。泣き叫ばない生贄など興醒めだ。起こせ」
カツンカツンと足音が近づいて来た。
「おい! 起きろ!!」
私は渾身の演技で体から力を抜いた。
「だめだ。暫く起きそうにないぞ。なんだってあんな強く殴ったんだ?」
「おい! 目を覚ませ!!」
ユッサユッサとゆすられても反応しないようにする。私が目覚めなければ儀式が始められないのなら出来る限り時間を引き伸ばさなければ!
「おい、もういい。水でももってくる。それより男の方はどうだ?」
「ああ、かなり暴れてるみたいだな。どこぞの貴族らしいが始末するしかないだろうよ」
ベルナンド様を巻き込んでしまった……
私は唇を噛み締める。
「この女が目覚めないなら男の方から先にやるしかないか」
「そうだな。メインは後回しでもいいか……。男を連れて行くか」
ベルナンド様が!!
私は意を決して頭を動かした。
「ん……」
「お! 起きたぞ! 男は後だ。この女から連れて行くぞ」
ほんの少しだけだけど、ベルナンド様の命を伸ばすことができるのなら……
私は目を開けた。
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