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第四章

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マイケルがこの誘拐犯達と繋がっている。というかミルバーン男爵と繋がっているのだ。
「これは大変な事になった」
これは私達の計画が台無しになるということだ。こちらが餌を巻く前にすでにミルバーンはマイケルに目を付けていたのだ。
もしかしてマイケルが子爵家に来たのだってミルバーンの指示だったのかも知れない。
「なんてこった……」
ミルバーンは私と引き換えに子爵から情報を得ると言っていた。子爵は立場上かなりの情報を持っているはずだ。それこそ国が傾くようなスキャンダルだって知っているはずだ。
それを私のために差し出すか? いや、しないだろう。
悲しいが、私は自分の価値をきちんと把握している。数ヶ月間一緒に暮らしだけの孤児なのだ。
そんな情報と等価であるはずがない。
私は諦めのため息を吐く。前世は中々の長生きだったがこの世界では短い人生だったな。
やはり、取引が成立しなかったときに殺されるんだろうな。定番の毒か? 最後くらい美味い毒にしてほしい。
そんなことを考えて、私は人生を諦めたのだった。
それからどれくらい時間が経っただろう?
私は少し眠っていたようだ。話し声に目を開ける。
「子爵が直接取引するだと?」
「へぇ。代わりのものは認めないと言っていやす」
「情報はなんだと言っているんだ?」
「びっくりするものとしか言っておりやせんぜ」
ミルバーン男爵が少し考え込んだ。きっと子爵はミルバーン本人との交渉を持ちかけたのだろう。うん、それが正しい。犯罪に巻き込まれた時に大切な事は少しでも主導権を握ることだ。
しかし、これは犯人も刺激するから私の身は危なくなるが……
わかっているがいざこうやって見捨てられると悲しいものなんだ。
私の瞳に涙が溜まる。
「このガキはどうなってもいいんですかね?」
「ガキを殺すと伝えたのか?」
「へぇ、言いやしたが全く気にしていやせんでした」
「あいつの情報が間違ってたんじゃないのか? 本当に子爵はこいつを可愛がっていたのか?」
「そう聞いてたんですが……」
誘拐犯が自信なさげに体を揺らす。ミルバーンはため息を吐く。
「仕方がない。私が行く」
「よろしいんで?」
「ああ、思ったよりは可愛がっていないようだが交渉するくらいには情が湧いているのだ。取引では私の有利は変わらんよ」
「こいつはどうしやすか?」
「取引終了時に処理だ。交渉を持ちかけてきたことを後悔させねばな」
そう言って男達は部屋から出て行ってしまう。
あの子爵のことだ、きっとミルバーンは捕まるだろう。だが、私は……殺される。
マイケルめ!! いや、私たちの作戦が良くなかった。マイケルを牽制するために必要以上に子爵と良好な関係を見せすぎた。だからマイケルからの情報ではなく子爵本人からの情報に切り替えたのだ。
まずは縄をどうにかしなくては!
「す、すみませーん。誰か! いませんか!!」
大声で叫ぶと扉から声が聞こえる。
「なんだ! うるせえぞ」
私は前世の記憶も恥ずかしさも何もかもかなぐり捨てて泣き顔を作る。
「僕、僕、トイレに行きたいです!!」

切実な子供のお願いを聞かない大人はいない。それにあの誘拐に手慣れた男ではなかったことがよかった。
ドアから入ってきた男は私の拘束を解くとトイレに連れてきてくれた。
狭い個室に押し込められると私は中を確認する。
汚いトイレの床近くには明かりとりの細長い窓が付いている。大人が通ることは不可能だが、この小さな体ならばなんとかなるかもしれない。
私は覚悟を決める。どうせ待っていたって殺される運命だ。
「おい! まだか!」
「お腹が痛くて……」
「チッ!しょうがねぇな。俺が来るまで待ってろよ」
そう言って男がドアの前からいなくなる。この悪臭だ。ずっと付き合いたくはないだろう。
私は縛られて痛くなった手足をなんとか動かす。もう助けを待つことはできない。なんとか自分で脱出しなくては!
私は汚い床に手をついて窓をどんどんと叩くが割れそうにない。錆びついた鍵を思いっきり蹴る。
動かない。
私は持てる力を全て使って何度も鍵を蹴る。
そして、何十回めかわからないが錆びた鍵がガコンと外れた。
窓は外開きの横滑り窓で隙間はほんの少しだ。
私はもう一度床に這うと頭を何とか窓の隙間に忍び込ませる。
「通れる!」
人間頭さえ通れば何とかなる!
私は全身を蛇のようにくねらせながら窓を潜ったのだった。
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