上 下
30 / 40
第四章

29

しおりを挟む
あの日からなんとなく気恥ずかしくて子爵と顔を合わせられない日々が続いている。
身体は多分貧血で目覚めなかっただけで、腕には傷のないし体調も万全だ。
プリシラに会ったときは大騒ぎだったが、それも今は落ち着いた。
今問題があるとすると、プリシラが今回の責任を取って私と婚約すると言い始めたことだ。
しかもそれをダイナン伯爵も了承しているらしい。
普通伯爵家の令嬢は上を目指すんじゃないのか? 侯爵とか公爵とか! それなのに傷も残っていない子爵家の養子に対して取る責任なんてない。私と婚約なんて、後で絶対後悔する申し出だ。
そう考えて子爵には断ってもらえるようにお願いした。 えっと、手紙で……
「あの時父上なんて呼ばなければよかった」
演技でもない時に呼んだ父上という言葉があまりに気恥ずかしく、そして、少し重い。
親子だとお互いに認めてしまってい良いのだろうか? 前世のように友人兼パートナーでいいのではないか? そんな葛藤の日々を過ごしている。
「ジェイ様!」
考え事しながら庭を歩いていると門の方からプリシラの声が聞こえてきた。
あの日からお見舞いと言って毎日やってくるのだ。
もちろん、プリシラは可愛いが婚約という話から少し気が引けているのも事実だ。
「プリシラ、今日も来たんだね」
「当たり前よ!! だってジェイ様は私の王子様なんだもの!」
そうあの日からプリシラは私を様付けで呼び、王子様といって頬を染める。
その姿は可愛いし、嬉しくもあるが、プリシラにはもっとふさわしい人がいると思う。
それに子爵家を継ぐということは探偵も引き継ぐのだし、また、危険な目に遭うかもしれないのだ。いつもいつも私がナイフの前に立てるわけでもないし……
「ジェイ様? どうしたの? なんだか元気がないわ」
「えっと、あの、ダイナン伯爵様から聞いてない?」
「何をかしら? 私達の婚約のこと?」
「あ、ああ、うん」
「そうよね。悩むところよね。婚約式のことでしょう? あんまり早すぎても駄目だってお父様は言うのよ」
「え?」
子爵は婚約を断ってくれなかったのか? 手紙を受け取ってない? いやロバートに渡したんだ。絶対に受け取ってるよな。
じゃあ、伯爵が娘に言い出せずにいるのか?
私がぐるぐると考えているとプリシラが私の手を握ってくる。
「ジェイ様はどう思うの? やっぱり七歳まで待つべきだと思う?」
「七歳?」
「もう!! 今話したでしょう。お兄様は婚約は七歳を迎えてからするものだって言うの」
私はガバッと顔を上げる。ハリー! いい仕事してくれた!!
「そうだよ!! まだ早すぎるよ。七歳にしよう」
「そうねぇ。でも、他の子がジェイ様を好きになってしまったら嫌だわ」
プリシラが頬をプクッとふくらませる。その姿はリスのようだ。
「そんなことは絶対にないよ。だから、ゆっくりと準備しよう。いいだろう?」
まだ不満そうなプリシラに更に言葉をつなぐ。
「えっと、ほら、なんていうのかな。プリシラに渡すプレゼントとかしっかり選びたいんだ」
「まぁ、そうなの? そうよねぇ。婚約記念のプレゼントだもの。納得行くものをいただきたいわ」
「そ、そうだよ。どうせ後二年なんてあっという間さ。もし、その間にもっと良いやつがいたら僕のことは気にしないでいいからね」
プリシラは声を立てて笑うと私の腕をぎゅっと掴む。
「絶対にそんなことないわ!」
その自信に溢れた彼女の瞳に私は吸い込まれそうになったのだった。
「あ、ありがとう」
プリシラとはそのまま庭園を散歩して別れた。今日は家庭教師の授業があるらしい。プリシラを見送ると私は大急ぎで子爵の執務室に向かう。
婚約のことを確認しなければならないからだ。
どんなにプリシラが可愛くても、私は結婚するべきではないと思うのだ。それこそ前世のホームズのように。
そう伝えたのに子爵はちゃんとダイナン伯爵に話してくれたのだろうか?
「失礼します!!」
私はノックの返事を待たずにドアを開けて執務室に飛び込んだ。
そこで私に向けられたのは六対の瞳。
いつもの四人と久しぶりに会うホームライト伯爵。そして、初めましての人が一人。
「おお! ジェイではないか。なんだ、いるではないか。シャリアン、嘘はいかんぞ」
「ホームライト伯爵、お久しぶりです」
「ふむ、なかなか貴族らしくなったではないか。もう他人ではない。これからは伯父上と呼びなさい」
私はゆっくりと頭を下げてから姿勢を正して頷いた。
「ありがとうございます。伯父上」
伯爵は満足そうに頷くと隣に座る男の背に手を当てた。
「紹介しよう。これは我が息子だ」
私はソファから立ち上がった伯爵の息子を見上げた。
「マイケルだ」
そう確かマイケルだった。初日に伯爵夫人が言っていた寮に入っている息子か。
「ジェイです。よろしくおねがいします」
普通はここで目上のマイケルから手を差し出して握手となるはずなのに一向に手が差し出されず、刺すような視線で私を睨むばかりだった。
「はぁ、二人共すわりなさい」
子爵がため息を吐いてから私達に割って入る。
その一言でマイケルはふいっと私から視線をずらすとソファに腰掛けてしまう。
なんてやつなんだ? ガキか?
「ジェイ、ここに」
子爵の言葉に私も席に着くと何も気に留めないように伯爵が話を続ける。
「こいつは十六歳なんだ。今アカデミーに通っているが丁度休みになってな。暫く子爵家にいたいと言うから連れてきたんだ。シャリアン、いいだろう? こいつはお前に憧れておる。どうしても休暇はここで過ごすと言って聞かんのだよ」
「兄上、今事件に取り組んでいて忙しいと言ったじゃないですか!」
「なに、マイケルも来年にはアカデミーを卒業するんだ。何かの役に立つだろう」
「しかし!」
子爵の言葉を手で遮ると伯爵は立ち上がった。
「兎に角頼む。丁度いいだろう? 初の従兄弟だ。仲良くなっておくのも必要だからな」
そう言って満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。父上。叔父上、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げたマイケルは絶対に私を睨みつけている。
なんだ? なんでだ? 初対面なのに?
頭の中に疑問符が一杯になるが伯爵は上機嫌にそのまま退出してしまった。
唖然として見送る五人+一人。暫く沈黙が続いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

罠に嵌められたのは一体誰?

チカフジ ユキ
恋愛
卒業前夜祭とも言われる盛大なパーティーで、王太子の婚約者が多くの人の前で婚約破棄された。   誰もが冤罪だと思いながらも、破棄された令嬢は背筋を伸ばし、それを認め国を去ることを誓った。 そして、その一部始終すべてを見ていた僕もまた、その日に婚約が白紙になり、仕方がないかぁと思いながら、実家のある隣国へと帰って行った。 しかし帰宅した家で、なんと婚約破棄された元王太子殿下の婚約者様が僕を出迎えてた。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?

プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。 小説家になろうでも公開している短編集です。

処理中です...