昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「お兄様!! サイラス兄様も! 来てくれたんですか!」
 パパとのお出掛けの朝、玄関ホールに立っていたのは学校にいるはずのお兄様たちだった。
「おう! もちろんだ。アイツに近づけとは言ったが、流石に泊まりはな」
 そう言って、ネイトは私の頭をグリグリと撫でる。
「ふふ、兄さんも心配だって言えばいいじゃないですか」
 隣でサイラスが微笑みながらネイトを見ている。
「まぁ、そういうことだ」
 私は私を心配してくれる人がいることに胸がいっぱいになった。
 ママがいない時の一人ぼっちを知っているだけに、この温かな気持ちが嬉しい。
「お兄様! ありがとうございます」
 私が二人の手を取って感謝を述べると、階段の上から冷たい声が響く。
「なんの騒ぎだ?」
 コツコツと階段を降りてきたのはパパだ。
 普段とは違い、外出用の外套とステッキを持っているので、より一層厳しく感じる。
 この前の優しい雰囲気はもう何処にも見られない。
「ネイト、答えなさい」
「俺たちも一緒に行きます」
「何?」
「あの事件のことなんだろ? 俺達にも知る権利はある」
 ネイトが一歩前に出て答える。
「そうです! 学校にも許可を得ましたし、公爵様に拒否される謂れはありません」
 サイラスも重ねて言うと、パパは大きなため息を吐いた。
「ニコルソンか……」
 それだけ言うとパパは私には目もくれずにドアに向かった。
「行くぞ」
 そう言って、外に出たのだった。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
 四人で乗り込んだ馬車の中は、気まずい空気に包まれている。
 ネイトはずっとパパを睨んでいるし、サイラスは俯いたまま沈黙に耐えている。
 パパは何も気にしていないように窓の外を見て、私は一人キョロキョロと三人の顔を見比べる。
 その時、突然馬車が止まった。
「なんだ?」
 パパは窓から外を確認すると、深くため息を吐いた。
「よ! オスカー」
 そんな明るい声で登場したのは私を公爵家に連れてきたジェームスだ。
「おじさん!」
 私はジェームスに手を振った。
 やっと空気が軽くなった。
「アンジュちゃん! 元気にやってたか? おおぉ、ネイトにサイラスか? 久しぶりだな。デカくなったなぁ」
 窓から顔を覗かせるジェームスにネイトとサイラスは頭を下げた。
「ジェームスおじさん、お久しぶりです」
「おじさん、お元気でしたか?」
「ああ、元気だぞ」
 そう言ってジェームスは二人に手を振った。
「何しに来た?」
 突然の訪問を明らかに歓迎していないパパが冷たく言い放つ。
「連れないな。お前が久しぶりに遠出すると聞いたからな。騎士団から護衛を連れてきてやったぞ」
「いらん」
 パパがソッポを向くが、ジェームスは気にならないかのように話を続ける。
「陛下の命令だからな。断れないぞ。陛下も不思議がっていたぞ。お前が出かけるから休みを取るなど、何年もなかっただろうが?」
「…‥余計なことを」
 ジェームスおじさんは、パパを見て苦笑いを浮かべる。
「まぁ、そう言うな。陛下は陛下なりに気を遣ってんだ」
「わかっている。だが……」
「はいはーい。ちょっとどいてくれよ」
 ジェームスはパパの言葉を聞き流すように言葉を遮ると、私をネイトとサイラスの間に移動させ、パパの隣にどかっと腰を下ろした。
 陛下というのは国王陛下のことなのだろう。
 でも、どうして国王陛下の騎士団が護衛につくの?
 私が首を傾げていると、隣のサイラスが耳元で教えてくれた。
「あの事があってから、公爵様が馬車に乗ると護衛が派遣されるんだよ」
 そういえば、あの事件は王宮からの帰りだったんだ。
 私は大きく頷いた。
 それからの馬車は楽しい時間に変わった。
 ジェームスはパパの不機嫌を打ち消すように、私達に話しかけてくるのだ。
 お兄様達には学校の様子、私には勉強やマナーのこと、そして、パパには社交会のゴシップなどをとめどなく話す。
 中には笑いを誘うような話もあり、私達は笑いながら、馬車に揺られたのだ。
「そういえば、行き先はサンドール村だよな? なんでまた、あんなところに?」
 パパは窓の外を眺めて何も言わない。
「そういえば、どうしてそこに行くことになったんだい? 僕達もニコルソンからアンジュと公爵様が出かけることになったとしか聞いてないんだ」
 私はパパを見つめるが、パパは何も言いそうになかった。
 私はため息を吐いてから、今までの経緯を三人に話したのだった。

「え? それじゃあ、その絵をヒントに見つけたのか?」
 ネイトが感心したように私の頭を撫でる。
「はい」
「その絵って持ってきたのかい?」
 サイラスが、期待した目を向けてきた。
「はい、カバンに入ってます」
 私が答えるとジェームスも身を乗り出した。
「見てもいいか?」
 私は再びパパを見る。私は確かに絵を見せたが、場所を確認したのはパパの部下なのだ。
 すると、パパが窓の外を眺めながら小さく頷いた。
 私は頷くと、持っていたカバンから絵を何枚か取り出した。
「これです」
 三人はその絵を手に取ると食い入るように見つめる。
「すごいな」
「うん。素晴らしいよ」
「これは……」
 三人とも感嘆のため息を吐く。
 私はこの瞬間が好きだ。
 誰かが、ママの絵を褒めてくれると私も誇らしい気分になる。
「ママの絵は本当にすごいんです!」
 自慢も忘れない。だって本当にママの絵は素晴らしいんだもの!
 一人胸を張って、ママのことを思う。
「……ママ」
 私が胸に手を当てて、小さく呟くと馬車の中に沈黙が包まれた。
「あっ、大丈夫です。そういえば、ジェームスおじさんはママのことを何か聞きましたか?」
 ママのことが何かわかったら教えてもらう約束なのだ。
「残念だけど、まだ、帰っていないよ」
 ジェームスが顔を横に振ると、私は肩を落としてしまう。
「そうですか……」
「ああ! でも、君のママ宛に手紙が届いたんだ。持ってきたよ」
ジェームスはそう言うと、胸元の内ポケットから白い封筒を取り出した。
「実はこれもあって、今日僕がきたんだよ。行き先を聞いて、これは何かあるなって思ってね」
そうして、ジェームスは封筒の消印を指差した。
「中は開けていない。でも、この手紙の消印の場所はまさにサンドールなんだよ」
私達は一斉に手紙に目を向けた。
そこには本当にサンドール村と書かれた消印が押されていたのだった。
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