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「ふあぁぁぁぁ」
いつもより柔らかな手触りの枕をまだ眠たい頬に押し付けて目を覚ました。
ゆっくりと目を開けると、そこには昨日の部屋がそのまま存在している。
「……夢じゃなかった」
昨日の朝はママと借りた港町アンバーの部屋だったのに、今日はランバート公爵家のお姫様のような部屋だ。
私は埋もれるほど柔らかいベッドから降りて、窓に向かう。
朝日が差し込んでいる窓を開けると、爽やかな朝の空気が体を包んだ。
「気持ちいい!!」
昨日はご飯を食べたところまでは覚えているが、その後のことがすっぽりと抜け落ちている。
まさか、自分がご飯を食べながら寝落ちしたとは思ってもいない。
「んー、どうしたんだっけ? ニコルソンと帰ってきたんだっけ?」
曖昧な記憶を辿るのを諦めて、窓の外に目を向ける。
広い庭園が目の前に広がっている。
朝日の差し込む迷路のような庭を歩く人影が一つ。
「ん? パパ?」
朝日を浴びて花が咲き誇る庭園を歩いているのは、間違いなく昨日散々な出会いを果たした父親だった。
くるりと振り向いた父親の視線を避けて、しゃがみ込む。
昨日は視界に入るなと言われたばかりだからだ。
そろりと窓枠から目を向けると、こちらを背にして歩き出した。
私は一旦深呼吸をしてから、カーテンの影に隠れるようにその様子を見つめる。
パパは本当にママを犯罪者だと思ってるのかな?
パパが襲われた事件ってどんなことだったんだろう?
やっぱりママのことを嫌いだと、私のことも嫌いになっちゃうのかな?
「初めて会ったパパなのに……」
パパに会いたいとずっと思っていたのに、これでは会わない方がよかった。
あんな酷いことをいう人がパパなんて、こっちからお断りよ!
もうかなり遠くまで歩いているパパの後ろ姿にベーッと舌を出す。
そして、パパが見えなくなると窓を閉めて、部屋にあるソファに腰を下ろした。
「それでも、パパにはママを思い出してもらわないとなぁ。ママが帰ってきたら犯人にされちゃう」
きっとママがいくら無実だと言っても、パパが犯人だと言えば、捕まってしまうだろう。
ママはあんなに自由な人なのに、捕まって牢屋に入ったら、きっと病気なってしまう。
私は、これからどうしようかと考える。
パパにママのことを思い出してもらう。
それには、パパの記憶喪失を治さなくちゃ。
それには、パパに何があったのか調べないといけないよね。
うん! そうしないと!!
私はやっとやるべきことが見えてきたことに胸が高鳴る。
パパの記憶喪失の原因となった事件について調べるのだ。
もしかしたら、犯人が誰かわかるかもしれない。
ママが帰ってくる前に犯人が捕まったら、万が一パパがママを思い出せなくてもママが捕まることはなくなる。
「へへへ、私って頭がいいわ!!」
その時、部屋がノックされる。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
私はアタフタして、慌ててベッドに潜り込んだ。
「は、はい。起きてます」
するとガチャとドアを開けて入ってきたのは、初めて見る女の人だった。
「あ、あの……」
その人は、スッと身を屈める。とても優雅にお辞儀をする。
「わたくしは、お嬢様の侍女となりました。ミリアと申します」
「ミ、ミリアさん?」
「ミリアとお呼びください」
そう言って、姿勢を正した姿はとても綺麗だ。
金色の髪に緑の瞳、貴族を絵に描いたようだが、侍女というと貴族ではないのかな?
でも、とても平民には見えない。
ボーッとそんなことを考えていたが、自分の自己紹介をしていないことに気づいてベッドから飛び降りる。
「私はアンジュです。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、ミリアは不思議そうに私を見つめてくる。
「お嬢様、私に頭を下げる必要はありませんというか、昨日ニコルソン様にそう言われたはずですが?」
そういえば、確か謝るなとは言われた。
「い、今のは別に誤っているわけではなくて」
「わかっておりますが、お嬢様は由緒正しいランバート公爵家のご令嬢なのです。お嬢様が礼を尽くすのは王家のみですわ」
「王家?」
流石にスケールが大きすぎる。
王様なんて一生会うことなんてないのに!
「そのお顔は、王家の方に会うことはないとお考えですね。そんなことはございません。現在の国王陛下は旦那様の従兄弟にあたりますので、王家のイベントには必ず招待されます」
「え?」
従兄弟ってあれだよね? 親が兄弟同士ってことだよね? まさか……そんな
「皇太后様は旦那様の伯母様ですわ」
あまりの親戚関係に言葉を失う。
確かにそんな家系に、私なんかがいたら大変だ。
パパが娘だと認めないと言ったのも、今ならわかる……
「お嬢様? お嬢様?」
私がガクッと肩を落としているとミリアが、手の平を目の前で振った。
「あっ、大丈夫です。いや、大丈夫ではないけど……」
「ご安心ください。私はこう見えても貴族として教育を受けていますから、必要なことは全てお教えいたします」
「どういうことですか?」
「アハハ、俗にいう没落貴族というやつです。父がアホだと子供に皺寄せがきますよね」
明るく答えるミリアに、私は自分の口を手で塞ぐ。
「ごめんなさい!!」
「お気になさらず。私はスッキリしたんです。借金しながらもプライドだけで学校に通ってマナーを身につけることが、本当に不要だと思っていたんです」
「そうなの?」
「はい。今はこちらのお屋敷で侍女として働き、自分の足で立っているという実感で充実した生活をさせていただいております。ああ、お嬢様の教育係になれたのですから、学校もいい経験だったと今初めて感じています」
ハキハキと答えるミリアに私も口から手を下ろす。
「えっと、じゃあマリアが私の先生なの?」
「そうですね。身の回りのお世話をしながら、基本的なマナーをお教えいたします」
「よ、よろしくお願いします!!」
王家に会うといわれたら、マナーを身につけるしかない。
今までママと気ままに暮らしてきたのだ。
きっと、学ぶべきことが多くある。
「まずは何をすればいいんですか?」
私がミリアを見上げると、ミリアがにっこりと微笑んだ。
「そうですね。まずはお風呂に入りましょう」
そうして、私の公爵家での生活が始まった。
いつもより柔らかな手触りの枕をまだ眠たい頬に押し付けて目を覚ました。
ゆっくりと目を開けると、そこには昨日の部屋がそのまま存在している。
「……夢じゃなかった」
昨日の朝はママと借りた港町アンバーの部屋だったのに、今日はランバート公爵家のお姫様のような部屋だ。
私は埋もれるほど柔らかいベッドから降りて、窓に向かう。
朝日が差し込んでいる窓を開けると、爽やかな朝の空気が体を包んだ。
「気持ちいい!!」
昨日はご飯を食べたところまでは覚えているが、その後のことがすっぽりと抜け落ちている。
まさか、自分がご飯を食べながら寝落ちしたとは思ってもいない。
「んー、どうしたんだっけ? ニコルソンと帰ってきたんだっけ?」
曖昧な記憶を辿るのを諦めて、窓の外に目を向ける。
広い庭園が目の前に広がっている。
朝日の差し込む迷路のような庭を歩く人影が一つ。
「ん? パパ?」
朝日を浴びて花が咲き誇る庭園を歩いているのは、間違いなく昨日散々な出会いを果たした父親だった。
くるりと振り向いた父親の視線を避けて、しゃがみ込む。
昨日は視界に入るなと言われたばかりだからだ。
そろりと窓枠から目を向けると、こちらを背にして歩き出した。
私は一旦深呼吸をしてから、カーテンの影に隠れるようにその様子を見つめる。
パパは本当にママを犯罪者だと思ってるのかな?
パパが襲われた事件ってどんなことだったんだろう?
やっぱりママのことを嫌いだと、私のことも嫌いになっちゃうのかな?
「初めて会ったパパなのに……」
パパに会いたいとずっと思っていたのに、これでは会わない方がよかった。
あんな酷いことをいう人がパパなんて、こっちからお断りよ!
もうかなり遠くまで歩いているパパの後ろ姿にベーッと舌を出す。
そして、パパが見えなくなると窓を閉めて、部屋にあるソファに腰を下ろした。
「それでも、パパにはママを思い出してもらわないとなぁ。ママが帰ってきたら犯人にされちゃう」
きっとママがいくら無実だと言っても、パパが犯人だと言えば、捕まってしまうだろう。
ママはあんなに自由な人なのに、捕まって牢屋に入ったら、きっと病気なってしまう。
私は、これからどうしようかと考える。
パパにママのことを思い出してもらう。
それには、パパの記憶喪失を治さなくちゃ。
それには、パパに何があったのか調べないといけないよね。
うん! そうしないと!!
私はやっとやるべきことが見えてきたことに胸が高鳴る。
パパの記憶喪失の原因となった事件について調べるのだ。
もしかしたら、犯人が誰かわかるかもしれない。
ママが帰ってくる前に犯人が捕まったら、万が一パパがママを思い出せなくてもママが捕まることはなくなる。
「へへへ、私って頭がいいわ!!」
その時、部屋がノックされる。
「お嬢様、お目覚めでしょうか?」
私はアタフタして、慌ててベッドに潜り込んだ。
「は、はい。起きてます」
するとガチャとドアを開けて入ってきたのは、初めて見る女の人だった。
「あ、あの……」
その人は、スッと身を屈める。とても優雅にお辞儀をする。
「わたくしは、お嬢様の侍女となりました。ミリアと申します」
「ミ、ミリアさん?」
「ミリアとお呼びください」
そう言って、姿勢を正した姿はとても綺麗だ。
金色の髪に緑の瞳、貴族を絵に描いたようだが、侍女というと貴族ではないのかな?
でも、とても平民には見えない。
ボーッとそんなことを考えていたが、自分の自己紹介をしていないことに気づいてベッドから飛び降りる。
「私はアンジュです。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げると、ミリアは不思議そうに私を見つめてくる。
「お嬢様、私に頭を下げる必要はありませんというか、昨日ニコルソン様にそう言われたはずですが?」
そういえば、確か謝るなとは言われた。
「い、今のは別に誤っているわけではなくて」
「わかっておりますが、お嬢様は由緒正しいランバート公爵家のご令嬢なのです。お嬢様が礼を尽くすのは王家のみですわ」
「王家?」
流石にスケールが大きすぎる。
王様なんて一生会うことなんてないのに!
「そのお顔は、王家の方に会うことはないとお考えですね。そんなことはございません。現在の国王陛下は旦那様の従兄弟にあたりますので、王家のイベントには必ず招待されます」
「え?」
従兄弟ってあれだよね? 親が兄弟同士ってことだよね? まさか……そんな
「皇太后様は旦那様の伯母様ですわ」
あまりの親戚関係に言葉を失う。
確かにそんな家系に、私なんかがいたら大変だ。
パパが娘だと認めないと言ったのも、今ならわかる……
「お嬢様? お嬢様?」
私がガクッと肩を落としているとミリアが、手の平を目の前で振った。
「あっ、大丈夫です。いや、大丈夫ではないけど……」
「ご安心ください。私はこう見えても貴族として教育を受けていますから、必要なことは全てお教えいたします」
「どういうことですか?」
「アハハ、俗にいう没落貴族というやつです。父がアホだと子供に皺寄せがきますよね」
明るく答えるミリアに、私は自分の口を手で塞ぐ。
「ごめんなさい!!」
「お気になさらず。私はスッキリしたんです。借金しながらもプライドだけで学校に通ってマナーを身につけることが、本当に不要だと思っていたんです」
「そうなの?」
「はい。今はこちらのお屋敷で侍女として働き、自分の足で立っているという実感で充実した生活をさせていただいております。ああ、お嬢様の教育係になれたのですから、学校もいい経験だったと今初めて感じています」
ハキハキと答えるミリアに私も口から手を下ろす。
「えっと、じゃあマリアが私の先生なの?」
「そうですね。身の回りのお世話をしながら、基本的なマナーをお教えいたします」
「よ、よろしくお願いします!!」
王家に会うといわれたら、マナーを身につけるしかない。
今までママと気ままに暮らしてきたのだ。
きっと、学ぶべきことが多くある。
「まずは何をすればいいんですか?」
私がミリアを見上げると、ミリアがにっこりと微笑んだ。
「そうですね。まずはお風呂に入りましょう」
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