昨日の敵は今日のパパ!

波湖 真

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「アンジュ? いるか?」
ドアの向こうから聞こえて来る声に私はドアに向かって走り出す。
「おじさん!!」
私はドアを開けると、見慣れた顔に笑顔を向ける。
あの日、迷子の私を助けてくれたデイビスおじさんが、食べ物を分けてくれるようになったのだ。
初めは孤児院に連れて行かれると警戒していたが、そんなことはなかった。
おじさんは、母親が帰ってこない私を心配して、こうして食べ物を分けてくれるようになった。
「いい子にしていたか? ほら、今日は肉を持って来たよ」
「ありがとう!!」
私は包を受け取ると中を確認する。
「うわー、飴がある!!」
中には中々食べられない高価なものも入っている。
「でも、私、お金は……」
「いいんだ。まぁ、なんというか、そう、王国は子供のケアに力を入れているんだ。特に親が帰ってこない子供に!」
「そうなの? すごいんだね。この国って」
私は、この王国のことはよく知らないのでふーんと頷いた。
「ところで、アンジュの母親は本当に帰るのか?」
「うん」
おじさんは、玄関から中を見回すと心配そうにため息を吐いた。
「でもなぁ。もう十日だぞ?」
「う、うん。でも、ママは画家だから……」
私はモゴモゴ答えたが、視線は自然と下を向いてしまう。
本来ならばこの国の法律で子供が一人でいることは出来ないのだ。
今は騎士団のこのデイビスおじさんが、様子を確認することで特別に許可をもらっている。
「アンジュ、明日なんだが、俺の上司が会いたいらしいんだが、連れて来てもいいか?」
きっと、状況確認なのだろう。私は頷いた。
「う、うん。大丈夫だよ」
おじさんは私の頭に手を乗せるとワシャワシャとかき混ぜる。
「本当に地毛なんだなぁ。はぁ、俺は心配だよ」
「え?」
「いや、じゃあ、また、明日な?」
「うん! ありがとう。おじさん」
私はパタンと閉まったドアを見つめてから、頭を下げた。
きっと、面倒な子供だろうに、こんなに親切にしてくれるのだ。
おじさんがいなかったら、この知り合いのいない国で私は途方に暮れていた。
「本当によかったーー」
私は、頭を上げると部屋の中を見回した。
掃除は毎日しているが、明日偉い人が来るのならもう少し片付けた方がいいだろう。
私は腕まくりして、気合を入れた。
「よーし! 頑張るぞ!」

翌日、朝早くにドアがノックされた。
「アンジュ? 起きてるか?」
私は一生懸命片付けた部屋を見回して頷いた。
「はーい。今出まーす」
ガチャとドアを開けるとそこにはいつものおじさんの他に二人の大人が立っている。
一人はかなり年配で、もう一人は結構若い。と言っても三十代半ばかな?
「こ、こんにちは。あ、おはようございます!!」
私は頭を下げて挨拶した。
だって、二人とも立派な服を着ていたからだ。
年配の方はデイビスおじさんと同じ騎士団の制服だが、飾りがたくさん付いている。
もう一人の人は、もっとキラキラだ。
うん、本で読んだ貴族みたいな服だ。
しかも、おじさんと呼んではいけないくらいのイケメンだった。
こんな明るい金髪なんて初めて見るし、目なんてママが描いた湖のように青く澄んでいる。
私は顔が赤くなるを感じる。
自分のワンピースが、恥ずかしくなったのだ。
「えっと、君がアンジュちゃんかい?」
イケメンのおじさんが、膝を付いて私の目線に合わせると優しく聞いて来る。
「は、はい」
私は被ってるローブを引っ張りながら、答える。
「そうか、突然尋ねて悪かったね? ママがいないって本当かい?」
「えっと、今は……。でも、絶対帰って来るんです! 本当です!」
私は顔を上げて訴えた。
「……大丈夫だよ。少し話を聞いてもいいかい?」
優しく言われて、私は頷いた。
「はい。どうぞ、入ってください」
私は体を横にして、部屋の中に手を差し出した。
「ありがとう。君達は外で待っていてくれるか?」
「はっ!」
私はデイビスおじさんに顔を向ける。
一人でなんて聞いてない!
おじさんは笑顔で頷くと大丈夫と口で形を作っていた。
「……どうぞ」
「失礼するね」
イケメンのおじさんは立ち上がると部屋の中を見回してから、部屋の中央まで歩く。
広くはない部屋はそれでもう全て見ることができるのだ。
「本当に君だけで暮らしているの?」
「はい、でも、母は本当に戻って来るんです。まだこの国に来たばかりで、法律とか知らなくて……今までもよくあったことなんです」
「よく?」
私はハッとして口に手を当てた。
「……はぁ、取り敢えず、座ろうか?」
「……はい」
私達は部屋にある唯一の場所であるテーブルに向かうと、向かい合って腰を下ろした。
「コホン。改めまして、私はジェームス・フォン・カドリアンというんだ。この王国の騎士団をまとめている」
「凄い」
偉い人って、こんなに偉い人だったんだ。
私は顔を上げて、ジェームスおじさんを見つめた。
「君のことを聞いてね。事情がありそうだから、今日は色々聞きたいんだが良いかな?」
「はい」
「まず、名前は?」
「アンジュです」
「歳は?」
「八歳です」
「ふむ。結構小さいと言われない?」
「言われます。ここに来る前にいたところでも、その、チビって言われました」
「ここの前はどこにいたの?」
それからは根掘り葉掘りと沢山のことを聞かれた。
今までいた場所やママの仕事のこと、どうしてこの国に来たのか等だ。
この国に来た理由は私にもわからない。
ママは本当に、気まぐれだから。
「それで、君の親のことなんだけど……」
「ママは画家です!!」
私は部屋の隅から、ママの書いたキャンバスをガタガタと運んでくる。
「これは前に描いた絵です。この国で売る予定です」
それはマイクロ諸島で描いた海の絵だ。
ジェームスおじさんはじっくりと絵を眺めると手を叩いた。
「素晴らしいね!! 君のママは相当な腕を持っているのは本当だね」
「当たり前です! どの国でもママの絵は飛ぶように売れます!」
私は少しだけ胸を張る。
「ところで、父親はどこにいるんだい?」
「……パパはいません」
「ずっと?」
「はい。ママは生まれた時からいないって言ってます」
「ふむ。名前や顔も知らない?」
「名前は知らないです。でも、顔は知ってます」
「え? どうして? ずっといなかったんだよね?」
私は首から下げているロケットを外した。
その拍子にローブから髪の毛がこぼれ落ちる。
「あ……」
私は慌てて髪をローブに戻したが、ジェームスおじさんは固まったままだ。
「あの、すみません。この国ではこの色の髪は隠さなくちゃいけないってママには言われてたのに……」
「……ママが?」
呆然としたジェームスおじさんが、確認するように尋ねる。
「はい。きっと不快な色なんですよね。ママの髪は綺麗な茶色なのに……」
「茶色……。では、君のパパが?」
なんだかボーッとしたままのジェームスおじさんは、私のローブの下の髪をまだ見てるようだ。
「はい。ママには絶対に誰にも見せちゃダメと言われているんですが……」
そう言ってから、私はロケットの蓋をパカっと開ける。
小さなペンダントになっているロケットの中には、ママが描いたパパの小さな肖像画が入っている。
「この人がパパです!」
私がロケットの中身を見せるとジェームスおじさんはガタッと立ち上がった。
「やばい。本物だ。マジでやばい。オスカーに、連絡……そうだ。連絡しないと!」
「ナサール隊長!!」
ジェームスおじさんが叫ぶと、ドア開かれて先程の年配のおじさんが顔を覗かせる。
「なんでしょうか?」
「オスカーに、ランバート公爵家に連絡してくれ! 大至急だ! 急げ!!!」
その日を境に私の人生は一変したのだった。
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